第168話 双子の入試

 結局マグヌス先輩は、リリーズ魔導学園マジカルアカデミーを中退して、そのままニヴルヘル冥国に残り、ニヴルヘル国立魔導医大学を受験することになった。

 入試までひと月ほどしかないのに、先輩は余裕だと言って大して勉強していない。 本当に大丈夫なのか心配なレベルだ。

 僕は亜空間ネットワークを利用して、元の世界の骨髄移植の資料を洗いざらい翻訳(マキナさんに翻訳機能を付けてもらっただけ)して、データをマグヌス先輩へと送りつけた。

 受験勉強よりも、寧ろ、そちらにかかりきりなのだと言う。


 そして、リリーズ魔導学園マジカルアカデミーも受験シーズンに入り、受験生が入試を受けに来ている。


 学生寮は、マグヌス先輩が出て行った為に少し静かになったかと思われたが、相も変わらず賑やかだ。



「それで?」


「ん?」


「どうしてマグヌス先輩がここにいるんです?」


「だってお前、今日はカレー曜日だろう?」


「そうですけど、先輩は寮生でも、学生でもないじゃないですか?」


「金なら払うぞ?」


「いや、良いですけどね?」


「なら遠慮なく」



─ザン!

 マグヌスの顔の横に長剣が突き立てられる。



「どわあっ!! 寮長!? 危ないじゃないですか!?」


「いや、寮に居ないはずの輩を見かけたものだからな?」


「そのうち死にますよ!?」


「お前が来ると、カレーの食い扶持が減って、オレの分が減るじゃねえか?」


「ノワール!! そうなのか!?」


「いえ、明日の二日目カレーの分までありますよ?」


「ほらあ!? 寮長は僕がいると邪魔なんですよ。 そんなことよりノワール?」


「なんですか、マグヌス先輩?」


「おいおい、中退したんだから先輩はもうやめてくれ。 マグヌスと呼び捨てで構わねぇよ?」


「まぐぬす」


「ロゼ……? あ、ああ、なんだ?」


「よんだだけだよ?」


「そ、そうか。 でな、ノワール?」


「はい、何でしょう?」


「悪りぃがカレー、少し分けてくんない?」


「だめ〜」


「何でロゼが断わんだよ?」


「だって、ロゼが食べるぶんがなくなるでしょ〜〜!?」


「シエルのぶんもなくなるからだめ〜〜!!」


「おまえらなぁ〜〜!?」


「マグヌスさん、レシピあげるから作ってみたらどうです?」


「そう……だな? 教えてくれるか?」


「そりゃもう、喜んで!」


「わかった。 じゃあ、隣で作るから教えてくれ!?」


「え!? 今からっすか!?」


「何だ、駄目なのか?」


「そ、そんなわけじゃあ……ないですけど、もうこちらは完成間近ですからね!?」


「そんなのは解ってらいな。 教える気がねえなら帰るわ」


「もう、仕方ないですね!!」


「何だかんだでさ?」


「何です?」


「ノワールって優しいのな?」


「なななな、何ですか急に!? ふ、普通じゃないすか?」


「ようやく気付いたかねアケチくん!」


「少しおそいのではないのかね、アケチくん?」


「アケチくん!?」


「マグヌスさん、こいつら動画に毒されてますから、放っておいてあげてください? そんな事より、マグヌスさんだってメリルちゃんの為に、学園まで辞めて大学に復学するんでしょう?

 自分の人生変えるだなんて、そっちの方がよっぽど優しいじゃありませんか!?」


「お、おまっ!? 俺のことは良いんだよ!! とっととカレーの作り方教えやがれ!!」


「はいはい」



 自分から振ってきたのに、返り討ちに合って、オドオドするマグヌスさん。 以前はパソコンばかりして、目の下にクマを作って、何をするにもやる気なさそうだったけど、今は活き活きしている。

 目標があるって良いことだな。



✻     ✻     ✻



─リリーズ魔導学園マジカルアカデミーの試験会場



「これは……」


「凄い……」


「え? 二人とも、ですか?」


「ええ……二人とも、ですね」



最大魔力:99999

魔力濃度:99999


火:S

水:S

風:S

土:S

雷:S

氷:S

光:S

闇:S

聖:S

魔:S

無:S



「ルルワさん、カイン君、君たち双子はいったい……いや、詮索するのはよそう。 しかし、魔晶石も着けないで、魔力過多症ではないのか?」


「先生? 見ての通り何ともありませんわ? ねえ、お兄様?」


「うん、平気だよ? どうして?」


「いや、大丈夫なら良いんだが……」



 入学試験は滞り無く終了して、四十人の入学内定者が決まった。


 リリーズ魔導学園史上初めて、学科、能力、実技の全てにおいて、最高得点の者が二人も現れた。 それも双子だと言うのだから、学園中の話題になる。


 

「それで? カトリーヌ、何か解ったかしら?」


「はいマダム、出身は帝国のメークイン男爵家の御子息と御息女ですね」


「カトリーヌ? マダムは辞めてくださる? 制服を着ている時はヴァイオレットで呼んでちょうだいな?

 それで? 帝国の何処の出身かしら?」


「失礼いたしました! 帝国の……ミドガルズエンド!?」


「……急に胡散臭くなりましたわね?」


「しかしまあ、だからと言って入学資格が無いわけではありませんし……」


「当たり前かしら。 そんな事くらいで入学拒否するようなアカデミーじゃなくってよ? もし仮に、学園に害を成す者であれば、全力で排除するまでかしら?」


「そう……でございますわね」


「別にわざわざ警戒する必要はないけれど、何かあれば報告しなさい」


「かしこまりました!」


「それじゃ、もう行って良いわよ? 私も暇じゃないの。 それに、後でも良い報告の時は、制服の私には、しないでいただけると助かるかしら?」


「し、失礼しました!」



 カトリーヌは一礼すると、学園の女子トイレを出て行った。



「もう、化粧直しする時間なくなったじゃないの……。 それにしても、ミドガルズエンドのメークイン男爵家……ねぇ? ミドガルズエンドに貴族なんて居るのかしら?」


「いるよ?」


「あら、シエルンそうなの?」


「はい。そのメークイン男爵が事実上統治しているのが帝国領ミドガルズエンドですから」


「へえ? ますます胡散臭くなって来たわね?」


「……そうとも限りません。 ミドガルズエンドは帝国にあって帝国に非ず、と言われている通り、帝国内で一番帝国の干渉が薄い領だとも言えます」


「なるほど? でも成らず者もとても多い領だと聞くわよ?」


「ビビたん?」


「なあに、シエルン?」


「シエルは……」 


「うん?」


「シエルはそのむかし、あの街で売られる奴隷でございました」


「なっ……!? ……うん、それで?」


「私は奴隷商から侯爵であるマルクスに買われて、コロッセオの剣闘士として育てられました。 ……つまり、私も人殺しを生業とした、成らず者でございます」


「……シエルン」


「はい」



 バイオレットは真っ直ぐに、深々と頭を下げた。



「ごめんなさい!」



 シエルはヴァイオレットの頭に手をおいて。



「昔の話ですから、気にしないで、ビビたん?」



 ヴァイオレットは頭を上げる、が。



「でも……あたし、シエルンにとても酷いことを言っちゃった……」



 眉をハの字にしてシエルの様子を見る。 シエルはいつも通りの笑顔をヴァイオレットへ向けて言う。



「私、ビビたんが大好きです。 大好きなお友達を、そんな小さな事で責めたりしません!」


「うん、あたしも大好き! シエルン大好き〜♡」


「ビビたん、魅了が漏れ漏れで、変な気分」


「えへへ。 あたし、シエルンなら良いよぉ」


「うふふ。 私はノワールさんなら良いかなぁ」


「またノワールかぁ!! ぐぬぬ……サキュバスの魅了を上回るなんて、もう! 自信失くしちゃうなぁ!」


「私は、ノワたんに助けられたから。 人生も。 心も。 全てをかけて、お慕いしています」


「そりゃあ、負けても仕方ないかぁ。 でもじゃあ、ロゼとは恋敵だね!?」


「いいえ?」


「ん? どうして?」


「ノワたんと、添い遂げるのは、ロゼたん以外にいません。 私は横で見ているだけで満足なのです」


「でもそれじゃあ……あまりにもシエルンが可哀想かしら!」


「私はそれでも満足しているのです。 ノワたんとロゼたんはどちらも同じくらい好きなんです。 あの二人の隣に居るだけで、とても幸せなことなのです」



 ヴァイオレットがシエルを抱きしめる。 シエルは少し驚いて、目を細めた。



「もし、身体が欲しくなったら言いなさい? あなたも年頃の女性でそんな事もあると思うわ? そうしたら、あたしがあなたの身体を慰めてあげる」


「ふふふ。 ビビたん、じゃあ、その時はお願いします」


「うん、一晩中可愛がってあげるかしら♡」


「きゃん! もう、変なところ触らないでください!」


「え! 女同士なんだし、良いじゃない? 減るもんじゃなし、ぐえへへへへ……」


「なんか、いやらしいオッサンに見えますよ? マルクスが夜、女性を侍らせる時はそんな感じでした」


「ひいぃ……サキュバスの自信失くすから、やめて!!」


「あはははは!」


「うふふふふ!」



 その後、ヴァイオレットとシエルは手を繋いで教室へと戻った。

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