第167話 マグヌスの決意

 会場の外に赤色灯をつけた車両が停車した。


 慌ただしく魔救隊が下りて、施設内へと駆けてゆく。


 魔救隊はアリーナの救護所へ向かい、魔導ストレッチャーに患者を乗せて急いで魔救車へと運び込む。



「バイタルサインはどうだ!?」


「心拍数高めです! それから、動脈血酸素飽和度が低下してます!」


「造血魔石は正常に動いているか?」


「はい、それはこの方が……」


 俺と同行してくれているノワールだ。 俺の魔力が枯渇したために、造血魔石の動作が低下して、メリルの容態が急変した。

 注意して見ていた筈だが、センター発表が後回しになった為に、後半で注意散漫になったのだ。 

 リルたんが悪いわけじゃない! 俺が悪いんだ! 例えメリルがリルたん登場した時に、昂揚し過ぎて倒れたのだとしてもだ!!



「ノワール」


「はい……?」


「悪りぃな?」


「いえ……」


「教えてくれねぇか? アレを」


「え……骨髄移植……ですか?」


「ああ。 単純に考えると確かに治る。 しかし、彼女で実験するわけにはいかない」


「そうですね? じゃあ、どうするんですか?」


「俺、アカデミー辞めるわ」


「え? 何言ってんすか、マグヌス先輩?」


「魔導医大学へ行く」


「魔導医になるんですか?」


「ああ。 大学で骨髄移植の実験して、人体レベルで通用するようにするわ。 だからよ……教えてくれるか?」


「わかりました。 必要なデータを収集して先輩のパソコンに送ります」


「すまねえな?」


「いえ、俺は……こんな事しか出来ませんから……」


「何言ってんだよ。 もし、これが上手く行けば治るんだろ?」


「はい。 それは間違いなく」


「じゃあ、あとは俺が実用レベルまで持ってくだけだ!!」


「そうですね、全力で応援します!」


 メリルを乗せた魔救車は、メリルの入院しているシュローダー総合病院の魔導救急医療部へ運ばれた。


 メリルを乗せたストレッチャーを、病院の看護師と魔導医が大急ぎで運び込んでゆく。


 俺とノワールは救急の待合のソファで、処置が終わるのを待っていた。



 少しすると、主治医である俺の父、ルドルフが出て来た。


「父さん、メリルは──」


─バキッ!


 おやじが俺を思いきり殴った。 吹っ飛んだ俺は、ソファを豪快に押し倒して倒れた。


 俺の口の中が切れて血の味がする。 見ると、おやじの手からも血が流れていた。



「ちょっと先生、やり過ぎですよ!」


「ノワール、いいんだ。 やり過ぎたのは俺の方だ」


「解っているなら何故こんな事をした?」


「言っただろ? 俺はあの子に生きる喜びを──」


「──それは生命を危険に晒してもか!?」


「……そうだ。 それでもだ!!」


「あの子の母親がどんな気持ちで居たか解っているのか!?」


「それは……」


「あの子の生命は、あの子だけのものじゃない! お前は自己満足のために、何人ひとを苦しめたら気が済むんだ!?」


「俺が!!」


 俺は立ち上がって、おやじの前まで歩いた。 おやじは、怒っている筈なのに、今にも泣きそうな顔をしてやがる……なんて顔をしてんだよ、おやじ?


「あの子の病気は、俺が治します……」


─ガッ!


 おやじが俺の胸ぐらを掴み上げる。


「大学を中退したお前が! 何を世迷い言を言ってやがる!!」


「絶対に俺が治してやる!! 本気だ!!」


「……治す……だと?」


「ああ。 治してやる!!」


 ぱっと俺の胸元から手を放したおやじは、俺の目を真っ直ぐに覗き込む。


「本気だと言ったな?」


「ああ、本気だ。 脊髄移植をする。 その実験の為に俺は大学へ復学する」


「脊髄移植……そんな事をすれば、ドナーの生命は──」


「──大丈夫だ、全部じゃねえ」


「しかし……」


「だから大学へ行くって言ってんだ!!」


「お前……本気、なのか?」


「ああ、リリーズ魔導学園を辞めて、魔導医大学へ復学する。 そこでマテリアルを専攻して、俺は魔導医になる。 その過程で骨髄移植の研究と実験を進めて、実用レベルへ持って行く。 卒業する頃にはメリルを必ず治せる様になる!!」


「……信用出来んな!? また、吠え面こいて、途中で放り出すんじゃないのか?」


「別にあんたの信用なんざ欲しくはねえよ?」


「じゃあ、誰がその費用を払うと言うのだ?」


「それは……」


 学生の俺には、大学の金など払えるはずがない。 まして、魔導医大学だ。 莫大な費用がかかる。 親が出せないと言うのなら、それは不可能を意味する。


 言葉が出ない。



「……出すわ?」


「!?……母さん!?」


 待合の入口に母さんと、弟のアルスが立っていた。


「……エマ?」


「その費用、私が出すわよ」


「お前はマグヌスを甘やかし過ぎだ!!」


「自分の息子を甘やかして何が悪いのかしら? それに、マグヌスが何かをしたいと言ったのは初めてよ? 私はソレを信じてあげたいわ?」


「母さん……」


「……お前──」


「──父さん、僕からもお願いします!! 兄さんを許してあげて下さい!!」


「アルス!?」


「兄さんは、父さんや母さんの期待と言う重圧に、耐えきれずに大学を辞めました。

 小さい頃から、ずっと十分な成績と結果を出していたのに、兄さんの好きなことを何もさせてあげなかった事の、弊害です。

 それに兄さんは、僕なんかよりずっと才能があります!! 僕は今の骨髄移植の話を聞いても、とても出来る気がしませんからね?」


「アルス……」


「あなた? 今回の事は全てマグヌスの責任です。 しかし、まだ学生であるマグヌスの責任を背負うのは、親の務めです。

 我々が、今のマグヌスを育てたのですから、当然でしょう?」


「……」


「そして、そのマグヌスが反省して、自分の進むべき道を自ら示しました。 これは、親として、とても喜ぶべき事だわ?

 そんなマグヌスの背中を押してあげる。 それくらいの親心が、あなたには無いのかしら?」


「母さん……」


「……もういい、わかった」



 おやじが背を向けて待合の入口へと向かった。



「あなた?」



 立ち止まり。



「……やってみろ」


「父さん……」


「やって見せろ。 そして、俺を驚かせて見せろ。 そうしたら、俺はお前を認めてやる」



 俺は一歩前に出て、力いっぱい拳を握りしめた。



「やってやる! 俺、絶対に父さんに認めさせてやるから!!」


 おやじは、ひとつ頷いて、部屋を出て行く。 その背中を追うようにして、俺は声をかける。



「そうしたら!」



 おやじは足を止めない。



「そうしたら、ここで働かさてくれよな!?」



 おやじは振り向かずに足を進めて、軽く右手を挙げた。


 途端に、俺の目から涙が溢れて……こぼれ落ちた。


 


 結局、メリルは無事に回復して、俺はメリルの両親に親子揃って頭を下げた。

 本来ならば訴訟問題だ。 そうしたら、病院の信用はガタ落ちで、きっと運営的にも大打撃を与えただろう。

 しかし、メリルが両親を説得して、今回は何とか許してくれた。



 それ以来、俺はメリルに会わせてもらえなかったが、ある日、俺は看護師からメリルの手紙をもらった。


─・─・─・─・─・─・─・─


  マグヌス兄さんへ


 私の体が弱いから、あんなことになってしまってごめんなさい。 だけど、私はお兄さんとライブに行けたこと、とてもうれしかったです。

 生のリルたんも見ることができたし、新しいアイドルグループも、この目で見ることができたのは、お兄さんが私を連れ出してくれたからです。

 お兄さんが私を連れ出してくれなければ、私は生きることの喜びなんて、ぜんぜん知らなかった。 ううん。 本当は、お兄さんに会えたことが、私のたったひとつの喜びでした。

 お兄さんといっしょにすごす時間が、とても楽しくて、毎日がキラキラしてました。 いっしょに動画を見たり、お話したり、ふざけあったり、毎日が幸せでした。

 私、お兄さんのことが、大好きです! こんな病弱で、まだそんな年じゃないのかも知れないけれど、こんなに人を好きになったのは初めてです。

 ガキが何を言ってんだ? そんな顔をしているんでしょう? 私は本気でも、子供だからそう思われても、しかたないかも知れません。

 でも、私、お兄さんのこと、忘れません!

 あのあと、ノワールさんが来て、お兄さんの話を、あれこれ聞かせてくれました。 私の病気を治すために、これから勉強するんだって、言ってました。 そしたら私、泣いてしまって、お兄さんのこと、もっと聞きたかったのに、泣きつかれて、そのまま寝ちゃいました。

 もし、もしもお兄さんが、私の病気を治してくれたら、私、お兄さんにプロポーズします!

 もちろん断ってくれてかまいませんよ? だけど、私は本気です。 ずっと、お兄さんの隣にいて、アイドルの追っかけするのが、私の将来の夢だから!!

 だから、ぜったいに治してくださいね!? それまで私、待ってます! ずっとお兄さんのこと、待ってます!!

 マグヌス兄さん、大好き♡


         メリルより

─・─・─・─・─・─・─・─


 ……ばかやろう、ガキが何を言ってんだ!?


 やべっ、ニヤつきが止まんねえ!?

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