第165話 マグヌスと父親

 その日、僕はローレンさんと打ち合わせをしていた。


 プチ・ローグのセンター試験会場のテロの件は、帝国レコードのマックスと呼ばれる男が、事の顛末を全て吐いた。

 帝国レコードはムジカレーベルの提示した損害賠償を全て支払い、マックスとその運転手の男、そしてその上司であるロナードが逮捕された。

 モンスターの入手先は以前不明のままだが、マックスかロナードが口を割るのが時間の問題だと思われた。

 しかし、逮捕の翌日、留置所で謎の死を遂げて迷宮入りとなった。


 この事件の煽りを受けて、帝国レコードの売り上げはみるみる落ちたが、帝国レコードはムジカレーベルに対抗して、グループアイドル部門を立ち上げ、オーディションを開始し始めた。


 ここから加速する様に、この世界でもグループアイドルの活動が目まぐるしく動き始め、それに伴って、サブカルチャーの発展や新しいコンテンツ産業が生まれて行った。



─ムジカレーベル・ローレンの部屋



「どうですか?」


「怖いくらいに順調ですよ、怖いくらいにね?」


「それは良かったです」


「しかし……」


「どうかされました、ローレンさん?」


「いや、今、後進を育てています。 私ばかり抱え過ぎていて、あとが育たないのと、そろそろ私もキャパオーバーですし、アレは私も専門外で……。 そこで……」


「ネモさん? 何か畑違いじゃないんですか?」


「ノワールさん……いやまあ、事務的な事はミレディさんが引き受けてくれるみたいで、彼には……」


「アレの指導ですね?」


「おうよ! あいつら、けっこう見どころあってよ、鍛え甲斐があるんだぜ?」


「弟子はとらないって言ってませんでした?」


「いや、俺もそう言ったんだけどよ?」


「はい、お金で解決しました。彼以上にアレを指導出来る者なんて、おろう筈もありませんからね?」


「そうなんですか?」


「おう、任せとけって!!」


「……何か心配ですね?」


「まあ、どのみちあちらが受からなければ、企画も進まないですからね!?」


「それもそうですねぇ」


「あいつらなら大丈夫だろ? 何たってこの俺の弟子なんだぜ? わはははははは」


「はぁ……」


「まあ、今は結果を待つしかありませんし、結果が出たら場所を決めて発表しましょう」


「わかりました。配信準備だけは進めておきます」


「はい、よろしくお願いします」


「いづれにしても、結果発表は次のセンター試験発表の日となりますので、ノワールさんはそれまでゆっくりとしておいてください」


「はい。 それでは、お任せして、私はもう一度病院に……あ、すみませんが、特別枠の空きはありますか?」


「ノワールさんの席は用意してますよ?」


「いえ、少し都合をつけてあげたい人がおりまして……別に特別枠じゃなくても、空きがあればお願いしたいのですが……」


「まあ、普通は抽選してもらうのですが、ノワールさんの頼みなら断れませんね、何枚要るのですか?」


「まあ、一枚あれば……」 


「では、二枚都合しておきますね」


「あ、何かすみません。職権乱用ですよね」


「いえ、優待券ですので、問題ありませんよ」


「ありがとうございます!」


「お安い御用ですよ」


 ローレンはいつもの営業スマイルで、その胸の内はわからない。 しかし、チケット一枚都合するのだって、綿密に企画された数字を変えるわけだから、調整が要るだろう。なんか、悪いことをしたな。



─帝都・東区・シュローダー総合医療センター


─ポコン♪


 俺のマギアグラムの着信音がなる。


「…………………」


「マグヌス兄さん? 何か、怖い顔して何かあった?」


「いや、やっぱり落選したみたいだ。 しかたねぇな」


「あらら……。 まあ、センターはきっとリルたんだよ!!」



 メリルはにっこりと笑ってそう言った。そりゃそうかも知れない。しかし、その瞬間に立ち会えないのは、非常に残念だ。

 とは言え、この子は外に出る事も出来ないのだと思うと、自分が贅沢に思えてくる。

 この子にあの、ライブの感じを観せてあげたい。あの、直接耳から伝わる音を、聴かせてあげたいと、思ってしまう。



「なあ?」


「ん、なあに?」


「お前さ……もしさ?」


「うん?」


「もし仮にだよ?」


「うん」


「プチローグのチケットが当たったら、ライブ、行ってみたいか?」


「行きたくても行けないから……」


「行きたいか、行きたくないかで言えば、行きたいのか?」


「そりゃあ、行きたいよ? でも……」


「お前の造血魔石がちゃんと作動すれば問題ないんだよな?」


「うん……でも、私の魔力じゃ……」


「俺の魔力があれば足りるのか?」


「そりゃあ、行ける……のかな? わかんないや」


「そうか」



 行けるかも知れない。しかし足りなければ命の危険もある。病院に居ればもしもの際にも対処出来るが、ライブ会場に救護所があったとしても本当の意味で対処出来るのか謎だ。

 そもそも医者が許可を出してくれるかどうかも分からない。


 おやじ……か。


 先ほど、MEMEミームでノワールからチケットが手に入ったと言う連絡が入った。 どうやって手に入れたか知らねえが、俺の為に都合してくれたらしい。 それも二枚だ。


 なんとかメリルを連れてってやりたいが……おやじと相談しなきゃならない。


 たいへん不本意ではあるが、俺は松葉杖をついて、院長室へと向かった。


 院長室の前で立ち止まる。


「はぁ……」


 正直なところ、おやじとは話したくはない。 本来、メリルの為にこの俺がここまでする必要はないのだから……。 そして断られたら、俺のこの不本意な行動が無駄に終わるのだ。 そうなると、無駄に遺恨が残ることになる。


 ……。


─コンコン…


「はいりたまえ」


─ガチャ…


「父さん……」


「何だ、マグヌスか……何か用か? 俺は忙しいんだが」



 確かに書類の山があり、それに目を通している様子。 タイミングが悪かったか……。



「父さんに相談があるんですが、お時間いただけるでしょうか?」


「……」


「む、無理なら良いです……」


「……五分だ」


「っ!? ありがとうございます」


 おやじが俺の為に時間を作った?


「それで、何の用だ?」


「父さんの診ている患者にメリルと言う、十五歳くらいの女の子がいるでしょう?」


「……ああ」


「彼女をライブに連れて行きたいのですが、造血魔石への魔力供給が出来れば、外出許可は下りますか?」


「駄目だ。 彼女は元々免疫力が低く、造血魔石が正常に動いていても、身体の不調をきたしやすい。 先日、お前のせいで体調を崩したのに、凝りてないのか?」


「それは……すみませんでした。 しかし……」


「お前、もしも彼女に何かあった時、責任を取れるのか?」


 おやじの言ってる事はもっともだ。 反論する余地はない。 しかし……。


「何とか、どうにかして連れて行く事は出来ないですか?」


「……どうして、そんな危険を犯してまで、そんなモノに行きたがる?」


「彼女に……」


 これは、俺の独りよがりなのだろう。 本当に彼女がソレを望んでいるのか、わからないのだから。


 しかし。


「……彼女に、生きる喜びを、希望を観せてやりたいんです!」


「……」


 おやじが手元を見る。


「……時間だ。 お前の言いたいことはわかったが、メリルの主治医として外出許可は出せん。 諦めろ」


「医者は……」


「マグヌス、時間だ……出ていけ」


「医者は! 患者を治すわけじゃない! 患者の生きようとする力をサポートするものだって、教えてくれたのは! あんたじゃないか!! 違うのかっ!?」


「……」


「見損なったぞ、おやじ。 もう、あんたにゃ頼まねぇ。 じゃあな!」


「……」


─バン!


 俺は院長室を出た。


 おやじの最後の表情は読めないが、あいつは自分の保身でしか物事を考えないだろう。 そりゃあ、医者と言う仕事は信用が命だ。 迂闊に冒険させるような許可を出せないのは解る。

 だとしても、何とかしてやりたいと思う、人の心があったって良いじゃないか。



 俺は明日には退院する。 そしてライブは一週間後だ。 もう、誰も頼れない。 彼女にその意志があるのなら、俺は彼女を連れ出してやりたい。


 そう、思っていた。

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