第164話 マグヌスと推し活

 少女の名前はメリル。


 後で知った事だが、彼女は白血病と言う病気にかかっていて、非常に免疫力が低く、こう言った事が頻繁にあるらしい。


 彼女の母親に気にしないでくれと言われたが、何となくそうもいかない。


 急性骨髄性白血病は、治癒魔法では治らないのだとか。

 今は投薬治療と併せて魔力変換で血液を強制的に造っている状態だが、身体の負担も大きく困難な病気なのだと言う。


 彼女が運ばれる際に帽子が脱げて、彼女の毛髪が抜け落ちて無毛になっているのが見えた。俺の胸をチクリと何かが刺した。


 俺には何もしてやれることがない。しかし、どうにも気になって、白血病について調べてみたが、現在の魔導医術では造血魔石を着けて生活する他はない。

 しかし、造血魔石は多大な魔力を消費する為に、まだ小さな彼女には負担が大きいのだと言う。なので、入院して魔力供給を行いながらの治療が続いているらしい。

 仮に魔法を使って患った造血幹細胞を破壊して再生しても、同じ細胞が出来てしまうのだと言う。


 つまり、体の成長につれて、造血魔石を普通に使える魔力量に達することが出来なければ、彼女は一生入院生活を余儀なくされる。


 関わるんじゃなかったと、後悔したが後の祭りだ。 この遣り切れない気持ちはもうどうしようもない。



「先輩、顔色が悪いですよ? まだ何処か具合が悪いんですか?」


「いや、そう言うんじゃねえよ……それよりノワール、お前、白血病って知ってるか?」


「まあ、一般常識的な知識程度には知ってますよ?」


「あまり一般情報常識ではないがな?」


「そうなんですか? ……それで? 白血病がどうかしまし……まさか先輩っ!?」


「いや、俺じゃねえよ!?」


「まあ、ドナーさえ居れば、治らない病気でもないんでしょう?」


「ドナー? 何のドナーだ?」


「え、白血病と言えば脊髄でしょう?」


「お前、そんな事したらドナーが死んじまうだろう?」


「何を言ってるんですか、先輩? ドナーの脊髄から造血幹細胞を注射で取り出して、患者に移植するだけでしょ?」


「お前……何だそれ? 何処の常識だよ!?」


「あ……。 わ、忘れて下さい先輩。 たぶん僕の記憶違いです! この世界、放射線治療とかも無いですもんね!?」


「放射線治療……おまえ……、今、この世界とか言ったか?」


「いや、それは、この国は、と言う……ことですよ?」


「じゃあ、お前は何処の国から来たってんだ?」


「僕はその……帝国の片田舎?」


「そんな曖昧な回答があるか!! お前の出身なんて興味はねえが、お前の知識の裏付けが欲しいんだ」


「……」


「何だよ、だんまりか?」


「えと、確認しても良いですか?」


「あん?」


「先輩はそれを聞いてどうしようってんですか?」


「ど、どうもしねえよ!」


「じゃあ、別に良いですね?」


「何だよケチ!」


「先輩がどうしても聞きたくなったら教えてあげますよ」


「わかった。それよりノワール、寮長はどうした?」


「へ? もう帰ったんじゃないすか?」


「なんてフットワークの軽い!? ノワールも帰るのか?」


「僕は少しこちらで用事があるので、もうしばらくは居ますよ?」


「そうか。 パソコン、持って来てくれて助かったよ。 これが無かったら退屈して死んでた」


「はははは。 早く治さないと、センター発表に間に合いませんよ?」


「センターはリルたんで決まりだろ!? むしろ一択じゃね?」


「けど、その場に居合わせないなんて、マグヌスさんらしくないんじゃないですか?」


「そう……だな。 とりあえず応募には出してるんだぜ? どのみち当たらなきゃ行けねぇんだ」


「そうですね? けど、何か重大発表があるかもですよ?」


「お前……何か知ってんのか?」


「へ? 知るわけないじゃないですか」


「怪しいな、お前……」

 

「あ、僕、これから約束あるんで行きますね!?」


「あっ! 逃げる気か!?」


「それじゃ!!」


「おい、ノワール! 次来る時甘いモン持って来てくれよ!!」


「は〜い♪」


 ノワールはそそくさと出て行きやがった。もともと得体の知れねえ奴だが……。


「ほんと、わかんねえ奴だ……」


「友だち?」


「おおう!?」


 メリルが入り口に立っていた。


「お前、もう大丈夫……なのか?」


「うん、いつもの事だから。 ははは……」


「そうか。 俺、マグヌスって言うんだ」


「マグヌスお兄さん。 あたしはメリルよ、よろしくね?」


「うん、それよりお前の病気、あまり良くないのか?」


「う〜ん……わかんない。 あたしが大きくなって魔力量が十分あれば、普通の生活は出来るだろうって、先生は言ってるけど……あたしの保有魔力量って低めなんだって……」


「先生って、ルドルフ院長か?」


「ええそうよ? それがどうかした?」


「いや、何でもない。 それよか、本当に調子悪くねんだろな?」


「大丈夫よ? 何なら、ちょっと良いみたいよ? きのう、リルちゃん見せてくれたおかげかな?」


「むしろ、アレが良くなかったんじゃねえかと心配してたんだぞ?」


「え? ソンナコトナイヨ〜!」


「ははは。 ならさ? まだお宝映像あるんだぜ? 観るか?」


「ええっ!? 良いのっ!?」


「その代わり約束しろ? 昨日みたいに昂奮してきたらすぐに止めるからな?」


「ん! わかった!」


 彼女はにんまり笑うと、また、俺の隣に腰掛けた。ずいずいとおしりを押し付けて、そっちに寄れと催促される。

 彼女の体温が少し温かい。 もしかすると、まだ本調子ではないのかもな……。


「良いか? 今から見せる画像は昨日と同じく誰にも言うんじゃねえぞ?」


「あたしと、マグヌス兄さんだけのヒ・ミ・ツだね!?」


 と言ってウインクする。まだ少女のくせにあざといな?


「そうだ。 バラしたらゼッコウだかんな?」


「にひひ。 だいじょぶだいじょぶ!」


 俺は、彼女の元気そうな笑顔を見て、パソコンの動画を再生させた。

 これはリルたんが出た、ニヴルヘル冥国、リリーズキャッスル会場のオーディションの映像だ。


 メリルの目がいっそうキラキラと輝きを増し、小さな胸を期待で膨らませている。


 少し心配になり、彼女の首元に触れてみる。

 一瞬びくっとしたが、映像に夢中のようだ。

 少し汗ばんでいるが、汗に粘りはないし、まだ熱があるってほどではない。これなら大丈夫だろうか。


「お、お兄さんって……」


「ん?」


「ロリコン?」


「なっ!? そんなんじゃねえよ!? 今触ったのはお前の体調をだな!?」


「ふふふ。 焦った?」


「お、お前……ふふふ。 まあ、リルたん推しだから、そうでもないとは言えないぞ? 身に危険を感じたか?」


「ぜんぜん? あたし、病気だし、キョーミ持ってくれる人なんていないからね?」


「そうか? じゃあ、もう少し触らせてもらおうかな?」


「いや! ロリコン!!」


「お、おい!? 冗談だからやめろ? この部屋大部屋だからな? 変な目で見られるだろう?」


「何だ、少女をベッドに乗せてる地点で変な目で見てたがな?」


 向かいのベッドの患者が言う。


「ひえ!? ち、違いますからね?」


「わははは! まあ、変なことしたら、すぐにナースコール押すけどな?」


「あははは。 きゃー! かんごしさーん!」


 とか言って抱きついてくる。おいっ!? シャレなんねぇぞ!?


「どうかされましたか!?」


 看護師が飛び込んで来る。


「あ……いえ、これは……」


「ゴメンナサイ! お兄さんにパソコン教えてもらってたの! 大きな声出しちゃった!」


「そ、そう? そう言えばメリルちゃん、今日は顔色良いわね? でも、お兄さんが変な事したらすぐに呼んでちょうだいね?」


「仮にも院長の息子がそんな事するわけないでしょう?」


「へぇ……」


 看護師さんが胡乱な目で見てくる。 まあ、信用されないですよねー。 こんな大きなプチローグのポスター(全員見た目少女)貼ってるし、説得力が皆無だ!!


「あたし、マグヌスお兄さんなら平気!!」


「まあ!? おか──さ──ん!」


「ちょいちょい!! 看護師さん? 変な誤解しないでくださいよ!?」


 ……やべぇ。この女、侮れねぇ。

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