第163話 マグヌスの推し友

─帝都・東区・シュローダー総合医療センター


 俺は病院のベッド上でただ天井を見上げていた。


 父の病院には来たものの、やはり顔を出すのは母親だけだった。


 父はきっと俺のことなんか、気に留めてもいないのだろう。


 病院の跡取りを辞退して弟に譲ってから、俺のことは放ったらかしで見向きもしない。

 昔からそう言う人だったが、今はもう、他人と何ら変わらないだろう。もう、何年もまともに話してすらいないのだから。



─コンコン…



「はい、どうぞ」


「入ります……」


「あっ……」


「久しぶりです、マグヌス兄さん!」


「おう、元気だったか?」


「はい。 兄さんは……まあ、元気とは言えないね! ハハハ……」


「うっせ! ハハハ……。 それで? 勉強の方は順調なのか?」


「ええ、勉強は問題ありません。しかし……」


「相変わらずアレか?」


「はい、やはり人の血を見るのは慣れませんね……いい加減慣れなくちゃいけないんですが……」


「まあ、そのうち慣れるだろ?」


「兄さん」


「ん?」


「戻って来る気はないんですか?」


「何だ、医者は諦めるのか?」


「いえ、これは僕の夢ですから、諦めません。 それより、兄さんの才能を眠らせるのは勿体ないと思うのです……」


「俺のことは俺が決める。 才能とか関係ない。 俺はやりたい事をやる。 アルス、お前、才能が無かったら医者になるのを諦めるのか?」


「いいえ? 僕は必ず医者になります! これは僕の夢ですから!!」


「そうだろう? 俺は医者になんか成りたくねぇんだ。 成りたくねえもんに成ろうとは思わねえ。 そうだろ?」


「そう……ですね……愚問でした」


「まあ、お前なりに俺の心配してくれたんだろ? サンキューな!」


「いえ、そんな……それより、たまには家に顔出しませんか? 父さん、ああ見えて兄さんの事気にかけてると思うんです……」


「ハハハ……そんなわけ無いだろ? こうして自分の病院に運び込まれても、顔のひとつも見せねえんだぜ?」


「父さん、兄さんに跡を継がないと言われてから、少し落ち込んでいるような気がします。おそらく、断られた事がショックだったんじゃないかと……」


「そんなわけないだろ? あいつぁ、自分の事しか考えてねぇんだ。それに俺がやらなくても、お前が立派に育ってんじゃねえか!」


「そう……ですか、残念ですね。お母さんだって、今でも兄さんの事を……」


「もう、良いだろ? この話は終わりだ。 それよりも、寮長とノワールはどこ行った?」


「お二人なら外へ食事に行かれましたが?」


「そうか……」


「じゃあ、僕も帰って勉強します。兄さんの顔が見れて良かった」


「ああ、ありがとな!」


 弟は爽やかな笑顔を残して出て行った。


 ……。


 ……………。


「何だ?」


 俺の病室は大部屋で、他にも三人患者がいる。と言うのは、急遽この病院へ入院となったので、個室が空いておらず、無理からねじ込んでもらったみたいだ。これが親のコネだとすると、何だか気が引けるのだが。


 部屋の入り口に、可愛い耳のついた帽子を被った、小さな女の子が立っていて、じっとこちらを見ている。


「こんにちは♪」


「お、おう、こんにちは?」


「……」


「何か用か?」


「あの……」


 何か、めっちゃモジモジしてるけど、そんなに勇気出して俺に声かけたの? 何? 告白か何か? こんなあどけない女の子が? いや、それはないだろう!? ……何意識してんだ俺? 自分で自分が気色悪いわっ!!


「あのっ!」


「お、おう?」


「もしかして、プチ・ローグのファンですか!?」


 何だコイツ!? いったいおれの何を知ってやがる!? 一気に不信感が増した眼の前の少女を睨みつける。


「ふぁっ!?」


「だって、そこに大きなポスターが……」


 俺は少女が指差す方向に目をやった。 目をやって、目を疑った。 そこにはプチ・ローグの特大ポスターが貼られていた。 しかもサイン入りだ!?


「ふ、ふぁあああああああ!?」


「どうされましたか!?」


 看護師がびっくりした顔で部屋に飛び込んで来た!


「いや、すみません! なんでもありませんから!」


「そうですか? 病院では静かにしてくださいね!?」


「あ、は、はい、すみませんでした!」


 看護師が出て行くと、少女はにこにことしながらまだ立っていた。

 しかし、誰がこんな所に……って犯人はあの二人くらいしか思い浮かばんが!


 そして、少女がずいっと前に出て来て言う。


 「あのっ! 私もプチ・ローグのファンなんです!! 推しは何と言ってもリルちゃん!!」


「なんですとおおおおお!?」


 そして看護師が駆けて来て言う。


「ちょっと!? 大部屋ですよ? 他の患者さんも居るんです! 静かにしてください!!」


 また怒られた。 いや、面目ない。


「あはははは。 お兄ちゃん面白いねぇ」


「うっせ! お前が悪いんだろっ!?」


「そんな事より、お兄さんは誰が推しなの〜?」


「お、よくぞ聞いてくれた!! 当然リルたんだろう!?」


「そうよねっ!? お兄さん、わっかる〜!!」


「お前もな!? ワハハハハハはは!!」


 俺達はいつの間にか手を取り合って意気投合していた。


 そして、看護師が眉間にシワを寄せて入って来た!!


「す、すみません!! 静かにしまっす!!」


「もうっ!!」


 激おこぷんぷん丸だな。


「ふふふ。 また怒られちゃったね、ごめんね?」


「いや、いいけど。 それよりさ、こないだのセンター試験観たか!?」


「……ううん、あたし、病院にいたから……」


「そ、そっか。 じゃあ、コレ観るか?」


「え?」


 俺はパソコンに収めていた、先日のセンター試験の画像をモニターで見せた。

 そして、ワイヤレスイヤホンを片耳だけ少女に渡した。


「ほら、コレ着けて見てみろよ」


「わあ!? こんなのテレビでやってた?」


「……ココだけの話だから誰にも言うなよ?」


「うん?」


「運営の録画映像をハックしてコピーしたんだ」


「ハック? って何?」


「解んなきゃいいや、ほら、始まるぜ?」


「うん♪ あ!? リルたんだ♪」


「おう、ちょっとハプニングもあったけど、スゲーもん見れんぞ?」


「そうなの?」


「ああ、公式発表はまだだろうけど、センターはリルたんで決まりだろうな?」


「そうなのっ!?」


「まあ、観てれば判るさ」


 彼女は小さな手を握りしめて、大きな目をキラキラ輝かせている。

 センター試験が始まる。 彼女はいっそう目を煌めかせて、ニヤケ顔が止まらない。 うんうん、解るよ、その気持ち。



「小さな恋の魔法?」


「うん、それは新曲だね。 メンバーそれぞれにパートがあって、皆で作り上げた曲らしいよ?」


「へぇ? 良いな、これ〜♪」


「問題はその後だよ……」


「問題? ……あっ!? え? ええええ??」


 映像にモンスターが映し出される。マンティコアだ。


「よく見てて、大丈夫だから」


「本当に大丈夫なの? こんなモンスター出てきたら……あっ!!」


 赤髪の騎士が現れた。


「ね?」


「何この赤い人!? すっご────っい!!」


「そうなんだよ。 彼一人でこのモンスター全てやっつけたんだよ?」


「へぇ……あれ?」


「ん?」


「このステージの上の人ってお兄さんじゃない?? え? 絶対にそう!! 何で!?」


「そりゃあ、まあ? 観に行ってたからな?」


「てか、リルたんに近い!!」


「いや、それどころじゃなかったからな? 俺、こん時死ぬの覚悟してんだからっ!?」


「うん、お兄さん腰抜かしてるし!」


「うっせ! 俺も必死だったんだよ!!」


「あははは……はっ!? 静かにしまっす!」


「そんな事よりもこの後よく見とけ?」


「ん? この後?」


「ああ!」


「やだ、お兄さん気を失ってる? あ、でもメンバーに囲まれて良いな〜!?」


「違う! そこじゃねえ!!」


「ふふふ♪ あっ、リルたん??」


「そうだ、そこからよく見とけ?」


「うん!」


 そこから少女は瞬きひとつせずにパソコンのモニターを見続けて、目をまんまるにして、息が粗くなる。


「凄い! 凄い!! 凄いよっ!! お兄さん!? はぁ、はぁ、はぁ……」


 彼女は昂奮して息が粗くなっている


「だろ?」


 俺はにっこり笑ってドヤ顔で言う。


「う、うん!! あっ……」


「え? お、おい!?」


 突然彼女は卒倒した。 まだベッドの上だから良かったし、すぐにナースコールを押せて良かったが……まあ、病院だし、何らかの病気なのかも知れないが。


 くそっ、胸がざわつく。


 

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