第160話 揺れるカーテン

 俺が気が付いたのは次の日の朝だった。


 帝国の総合病院へと運ばれて、頭を数針縫ったが、特に異常はないらしい。

 運転手は軽傷で済んだらしく、入院はしていないが、事情聴取を受けているのだとか。

 俺のベッドの側には母親と魔警隊の刑事だろう、見知らぬスーツの男がいた。



「私は魔警隊・刑事部のアレクセイだ。 退院したら詳しく訊かせてもらうことになるが、今簡単に訊いておきたい事がある。 良いだろうか?」


「…………」


「刑事さん、息子は今目覚めたところですよ!? うちの子は別に容疑者と言うわけではないでしょう?」


「その疑いを晴らす為にも答えて欲しいのですよ?」


「え!? うちの子まで疑っているの!?」


「母さん……良いから! 刑事さん? 彼女はやはり……?」


「ええ。 死亡が確認されております。 しかし事故とは別の死因の線が濃厚なので、当時の状況を詳しく聴かせていただきたい」


「……分かりました」



 俺はコンサートの事、カフェでの会話の事、犯人と思しき男の車を追った事を、順を追って詳細を刑事へ話した。



「なるほど。 ご協力ありがとうございます。 ひとつ伝えておきますが、あの子の身元は不明で、翼人族の少女である事以外はわかっておりません。 そして、車のドライブレコーダーを検証したところ、少女は道路へ飛び出したと言うよりも、車の前方に現れた影から落ちてきた様な画像が出てきました。 しかも映っていた少女は、既に顔も身体も事故現場のものとさほど変わらない状態で映っておりました。

 そして、あなたのおっしゃる通り、コンサートの運営やカフェでの聴取とも合致しております。

 なので、あなたは事件に巻き込まれた可能性が高く、あなたが容疑者となる事は限りなく薄いでしょう」


「そう……ですか。 刑事さん」


「はい、何でしょう?」


「犯人は……?」


「実行犯と見られる男性の身柄は確保しました。 しかし、あなたが見たと仰る男の行方は掴めておりません」


「分かりました。 教えていただき、ありがとうございます」


「いえ、あなたのお陰でこちらも助かりましたので。 親元はまだ掴めておりませんが、実行犯を捕まえられたのは、ひとえにマグヌスさん、あなたのおかげです。 改めてお礼を申し上げます」


「いえ……俺は何も……」


「それでは、ご協力ありがとうございます! お母さん、お邪魔いたしました」


「いいから早く行ってください!」


「はい、失礼いたしました!」



 ……。



「父さんは?」


「あの人が来るわけ無いでしょう?! 仕事に決まってるじゃないの」


「そう、ですか。 母さんは来てくれたんだね? ありがとう!」


「何を言ってるの? あなたがこんな騒ぎを起こすから、あの人が言い聞かせて来いって言うからじゃない! 本当に迷惑だわ!」


「……なら来なけりゃ良いだろう!? 放って置いてくれ!! もう帰れよ!!」


「生みの親に向かって何て口の利き方かしら!? 本当に誰に似たんだか!!」


「アンタとオヤジ以外に誰かいんのかよ!? ああ、良いぜ? むしろお前たちの息子じゃねえ方がマシだ!!」



─パン!



「っつ! 何すんだババア!!」


「本当に私の子かしら? あの人が何処かで作って来た子だったら、私だってこんな所まで来てないわよ!! バカ息子!!」



─バン!


 ……くそ。 母親が病室から出て行った。


 俺の親は二人とも魔導医だ。 父さんはマテリアル専門の魔導医で、母さんはアストラル専門の魔導医をしている。

 この世界の魔導医は大きく三つに分かれている。 肉体、物質体に治療を施すマテリアル、精神体に治療を施すスピリチュアル、そして星幽体、つまり霊体に治療を施すアストラルの三種だ。

 両親はどちらも忙しく、日頃家にいる事は殆ど無い。 仕事では無い日も研究だの学会だのと言っては出突っ張りだ。 今日も母親が学会でたまたま近くにいただけで、様子を見に来ただけだろう。


 俺も魔導医の道を進むように期待されていたみたいだが、ああはなりたくねぇ。 そう思って俺はリリーズ魔導学園に入学したんだ。


 俺は俺の人生を往く。


 と言いつつも、将来的に何に成りたいだとか言う夢もなく、気の向くままにオタクの道に入ったが、このザマだ。


 俺のパソコンは……ああ……そりゃあそうか。 バッキリ割れたタブレット型のパソコンが袋に詰めて無造作に置いてあった。

 マギア・グラム……デバイスは無事な様だな。 


 ……。 誰に連絡するわけでもなく、マギア・グラムを手に取ったが、俺は無意識に学生寮へかけていた。


 俺の事を唯一心配してくれているであろう仲間がそこにいる。


 俺の居場所だ。



「あ、寮長……俺です。 はい……昨日は門限までに帰れずにすみませんでした。 今、帝都の総合病院にいます。 え……いえ、は、はいいいい!! す、す、すびばせんでしたああああ!! え!? 来るんすか!? いや、そんな……申し訳ないっすううう!! あ……」



─ガラッ!

 病棟看護師が慌てて入って来て言う。



「どうなさいましたか!?」


「……いえ、なんでも」


「そ、そうですか。 何かあれば言ってくださいね?」


「はい。 ありがとうございます」



 ……ふう、行ったか。


 寮長がキレ気味に心配してた。 来ると言っていたが、この病院が判るのだろうか。 まあ、心配してくれるだけで嬉しいのだが。



 そして、マグヌスは事件を振り返る。


 あの少女はつまり、車にぶつかる前に殺されていた。 あんなに顔を潰されて肢体を捻じ曲げられて……いったい誰がなんの為に?

 刑事さんは、それが車の前方に現れた影から落ちてきたと言った。 コンサート会場の魔物も先ず影が召喚されて、そこから出て来た。 つまりヤツらがやったと考えるべきだろう。

 召喚魔法はあれほど大きな魔物となると、それなりの魔力量を必要とする為に、そのコストを抑える為にその魔物が入った影を召喚した。 そう考えるとしっくり来る。


 つまり犯人は物質を収納出来る影を持っている。 


 そして問題は魔物だが、マンティコアとグリフォン、そしてステュムパリデスだ。 どう考えても普通ではない。 どの魔物もこのミッドガルドには生息しない魔物なのだ。

 ミッドガルドに魔界から送り込まれているのは基本的にバベルだが、その三体が確認された事例は無い筈だ。 少し前に街道にマンティコアの死骸が横たわっていた事件があったが、出どころが不明のまま処理されている。


 少し前のキンゴレでロゼのゴーレム・マロカが、帝国軍魔導予備校の作り出した影に飲み込まれて消えたと聴いた。 おそらくその技術だと考えるならば、帝国軍か帝都教会が噛んでいると考えるべきか。

 しかし、単純に帝国軍や帝都教会がこんなアイドルのイベントに介入するとは考えられない。まして国内でテロを起こす理由も無い。

 間に何か……。 そうだ、例えばこのアイドルイベントを妨害したい相手と考えるのが自然だろう。


『帝国レコード』


 音楽業界でムジカレーベルを遥かに凌ぐアーティスト数を抱える巨大企業。 しかし、冥王の登場以来、音楽業界のトレンドは全てムジカレーベルが先駆ける様になった。

 冥王、モカ・マタリ、サマエル、メイガス、ベノム、ヘレン、モモキッス、そしてここに来てグループアイドルの爆誕だ!! 妬まない訳が無い!!


 そして……何だこの画像!?


 あのカフェに居た二人の男、内一人は捕まえられたが、金で雇われて言われた事をやっただけで、取り引き相手が何処の誰がだかなんて知るわけもなかった。 そしてもう一人の男は外の車で逃げたのだが、顔がボヤけてハッキリ映っていない。 認識阻害のアーティファクトか!?


 となると、あいつの顔を正確に認識しているのは俺だけと言う事になる。


 こうしてはいられない!! また彼女たちが狙われるかも知れないじゃないか!?


 寝ている場合じゃねえ!!



 ─ガバッ! 



「イテテ……くそがっ!」


 マグヌスの病室は個室だが、その窓には柵などはない。 外から吹き込む風に、病室のカーテンが揺れる。




─ムジカレーベル本社・ローレンの部屋


 ローレンの部屋は入口の正面にデスクがあるのだが、直接本人の顔を見ることは出来ない。 大量の資料と何台ものパソコンと、無限とも思えるモニターに囲まれていて、同じ部屋に居るにも拘らずモニター越しの対話となる。


 ローレンとコンタクトを取るならアポイントが必須だ。 そのローレンがわざわざ自分の時間を割いてコンタクトをとる人間は限られている。



「すみません、ネモさんから紹介いただきましたローレンと申します」


[ああ、よろしゅう。 スミスです]


「スミスさん、既に聞き及んでいる事とは思いますが、この度の依頼と言うのが……」


[こないだのコンサートの犯人な?]


「お話が早くて助かります。 もしかしてもう判っていらっしゃるとか?」


[そんなアホな。 俺かて人間やで? 何でもお見通しっちゅうわけやないで。 まあ、持ってるだけの情報は全部メールで送ってくんなはれ。 後はこっちでやりますさかい]


「分かりました。 宜しくお願いします」


[あ、そうそう、クロの旦那に会う事があれば宜しゅう言うとってください! そこんとこホンマ頼んまっさ!]


「クロさん……ですか、分かりました!」


[ほな!]


「はい!」



 ローレンはモニターに囲まれる様にデスクに置いた写真立てを見遣る。 リリーズキャッスルで撮った集合写真だが、とても良い写真立てに飾ってある。 彼らを繋ぐ唯一の人こそ、そのクロなのだ。



「あなたって人は、本当に底が知れませんね? まるで深淵を見ているようだ……。 恐ろしくもあり、何故かそこに飛び込んでみたくもなる……ふふ、不思議な人だ」



 ローレンは怪訝な顔をしながらも、口元は少し笑っていて、写真に映る面々を眺めていた。 それを見ていた秘書は、彼がどことなく寂しそうに見えたと言う。



 窓から見下ろす帝国の街は、ローレンには居心地の良いものではなくなりつつあった。

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