第159話 顔のない天使

─帝国ギガアリーナ・『プチ・ローグ』センター試験・運営本部


 センター試験終了後、運営本部は魔警隊による特別捜査対策室を設け、テロ事件の真相究明を急いでいた。


 魔法陣が展開されたと言う事は、近くに術者が居たか、魔法陣を発動させるメカニズムを持ったアーティファクト等が設置されていたと推測されるからだ。

 観客の中には特に怪しい者は見つけ出せなかった。

 また会場を封鎖して危険物などの捜索にも当たったが、それらしきモノも発見されないでいた。



「本当に助かりました! クロさんのおすすめでお願いしておいて本当に良かったです!」


「いや、保険で済んだ方が良かったんだろうがな。 まあ、役に立てて良かったぜ」


「そうですね。 出来ることならこの様な事態は回避したいものですが、実際にこうして起きてみると、これからも警戒しないわけにも行きませんね」


「俺が毎回入れるかどうか判んねえが、コレもなにかの縁だ、なるべく応じてやるよ」


「ありがとうございます! そう言ってもらえると心強いですよ、ネモさん!!」


「ああ、こちらもよろしく頼むぜ、ローレンさんよ!」


「はい!!」


「そんな事より約束通り、俺の事は大っぴらにはしねぇでくれよ?」


「はい、『赤髪の騎士』は謎のままにしておきます。 しかしマッチポンプを疑われても困るので、何としても犯人を突き止めたいのですが……」


「まあ、あの影魔法を見る限りは、ろくなのが関わっちゃいねえが、ただのテロなのかこのライブを妨害するためなのか」


「ライブの妨害で思い当たるとすれば、やはり『帝国レコード』でしょうか。 うちのアーティストを引き抜こうと必死に勧誘しているそうです。 まあ、引き抜けるなら引き抜けば構いませんが、向こうに行くメリットなんて殆ど無いと思います」


「なるほど。 まあ、可能性があるのなら闇ギルドに頼んで、調べてもらっても良いかも知れんな? 一介のレコード会社があんな危険なマネをするとも思えねえ。 ぜってえに裏がある筈だ」


「闇ギルド……ですか? それって大丈夫なんですか?」


「今更何言ってんだ? クロだって闇ギルドだろうが?」


「……知りませんでした。 他にもたくさんおられるのでしょうか?」


「さあな? まあ名前ほど信用出来ないわけじゃねえ。 俺もかなり救われているからな?」


「へえ、そちらの方面は詳しくないので誰か紹介していただけると助かるのですが、駄目……ですかね?」


「いや、かまわねえぜ? 俺が口きいといてやるから、連絡を待ちな?」


「何から何までありがとうございます」


「いや、良いって事よ。 俺も闇ギルドも貰うもん貰えりゃそれで良いってもんだ」


「はい。 報酬は惜しみません!」


「ワハハハハハハハハハハハ!! 期待してるぜ!? さて……レディ、行くぞ!?」



 ネモはそう言ってレディのケツを叩いた。



「あんもう! イエス、マイロード!!」


「あっちの準備も良いか?」


「……イエス、マイロード♡」



 ネモはレディを抱え上げて駆け足になった。 レディはおしりを抑えて脚をパタパタさせて抵抗を試みるが、すぐに諦めた。



「……さてミルさん? 今日はすこし仕事の後始末があるので遅くなりそうです。 先にご飯を食べていてください。 ……え? 待ってなくて良いですから……そ、そうですか? では、なるべく早く帰りますね! んっ……ふふふ、なんか照れますね」


 ローレンはデバイスを切ると、いつもの仕事モードに戻り、パソコンを前に方々へ連絡を取り始めた。




─帝国ギガアリーナ近くのカフェ


 一般的な追っかけのアフターライブは、禁止されている出待ちをする者や、反省会と称してコンサートを振り返って推しメンの話で盛り上がる、二次会的な食事会や飲み会等がある。


 しかし、俺はそれらには参加せず、ひとりカフェでパソコンに向き合っている。


 群れるのが嫌いな訳では無いが、決まってひとりでカフェに居る事が多いだろう。


 何をしているのかって、インターネットにアップされた動画のキャプチャーやその編集をしながら、お気に入りの掲示板の書き込みを観ている。


 掲示板では根も葉もない噂が実しやかに囁かれており、遺憾である。 そんな書き込みを誘導すべく、俺は真実を追求して情報の流れを見守っている。



 俺は今日、赤髪の騎士にプリンセスガードと呼ばれた事に得意になっている。

 とても誇らしく、気分が良い。 僕はずっと彼女たちを追って来たんだ。

 そしてそんな彼女たちの身に危険が及んだ。 こんなことをした奴らが許せない。

 彼女たちの為に死ぬなら本望だと、あの時本気で思ったんだ。 しかし、生き残ったのならば、どうしてもやりたい事があった。


 犯人を突き止めたい!


 ネット上に寄せられた情報は雑多で精査するにも難しい。 運営本部もまだ犯人の足取りを掴めていないようだ。

 事件の後、観客の身体検査や会場の操作も行われた様だが、コレと言った情報は得られなかった様だ。


 迷宮入りか……?



「おう、よくやったな」


「まあ、思わぬ横槍で失敗しましたが、やりきりましたよ」


「まあ、それは仕方ない、よくやったな。 報酬はネットバンクに振り込んでおいたが確認してくれ」


「……ええ、確かに受け取りました」


「しかしおめぇ、まだスタッフは働いてんじゃねえのか? ひとり抜け出て来て大丈夫だったのか?」


「はん、まとまった金が入るのに働いてるなんてアホらしいだろう?」


「まあ、それもそうか?」


─ワハハハハハハハハ



 失敗、金、スタッフ……黒だろコレ?!

とりあえず匿名で運営本部へ報告しておこう。 しかし、ひとりはスタッフだとして、相手の男はどこのどいつだ……?


 きっとヤベェ奴だよな……。


 話し声は俺の席の後ろから聴こえてくる。 俺はその会話に聞き耳を立てながらパソコンを使って運営の方へ情報を流す。 俺を詮索されても困るから随分と回りくどい方々を使うが、許してほしい。


 この店の防犯カメラは……あそこか。 ハック出来れば良いが……………よし。 画像は入手した。 これも運営には送っておこう。


─ガタッ!


 っ!?……もう出て行くのか。 運営が動いたのかどうかわからんが、この実行犯の方はスタッフだと言うのであれば、例えアルバイトだとしてもすぐにバレるだろう。

 問題はもう一人だ。 このままみすみす逃がしてしまうのは……ダメだろう!?


 男たちは支払いを済ませて出て行く。


 店員に事情を話して食器を置いといてもらう。 指紋でも残っていれば良いが。


 俺も支払いを済ませて外へ出た。 アルバイトの男は駅の方へ歩いて行き、もう一人の男は近くに停めていた車へ乗り込んだ。


 俺は近くに停まっていた運転手に声をかけた。 もし乗せてくれなければそれまでだ。



「すまないが、あの車を追っているんだ! 追ってもらえないだろうか!?」



 うひょーっ!? めちゃくちゃ厳ついドライバーだった!! 魔族か? 頭部の角もそうだが、牙がスゲェ!! 



「何だかしらねぇが面白そうじゃねぇか、乗れやあんちゃん!!」



─バン! ブオン!! ギャギャギャギャ!!



「おふっ!」


「おう、舌噛むなよ!?」


「少し噛みました!」


「ガハハハハハハハハ!!」


「あの黒い車です!!」


「おうよ!! 任せろい!!」


「いや、出来れば気付かれたくないので、少し距離をとって欲しいです」


「お、おう……そ、そうか、わかった……」


「注文多くてすみません……」


「まあ、構わねえやな。 これくらい離れていれば大丈夫か?」


「はい!」



 車はどんどん帝国ギガアリーナから離れて行く。 そして車は大通りから裏通りへと入り、どんどん人気が無くなってゆく。



 犯人であろう男の黒い車が路地の角を曲がった。 少し後をつけている俺たちもその角を……。



─ドン!



 ………………。


 ………………。


 なんてことだ!? なんてことだ、なんてことだ、なんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだなんてことだ……。


 俺たちが乗っていた車は何かにぶつかって跳ね飛ばした。


 一瞬見えた姿は真っ白な少女だったが……フロントガラスは彼女の血で真っ赤に染まり、前方が見えなくなった車は路地の壁にぶつかって止まった。


 俺や運転手の命は大丈夫だ。 運転手は動揺してパニック状態だが、俺は至って冷静だった。


 少し脳震盪で頭はふらつくが、俺は車から歪んだドアをこじ開けて降りた。


 恐る恐る血塗れになった少女へと近付く。


 ───────っ!?



「おえええええ!! うぐっ……」



 少女の顔面は原型を留めておらず、身体もあらぬ方向へと捻れて折れている。



「とりあえず魔警隊だ!! いや、魔救隊が先か!!」



 俺はあわててマギア・グラムを使って魔救隊を要請して、併せて魔警隊を呼んだ。


 痛い。 眼の前が真っ赤だ。 脳震盪だと思っていたが、頭を強く打っていたようだ。


 くそっ……意識が遠退く。




 それにしても……この子、雰囲気がロゼに似てるよなぁ……顔のない天使の様だ。

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