第152話 新しい編入生
─リリーズ魔導学園・一年生講義室
カトリーヌ先生が少し強張った面持ちで講壇に立っている。 何なら少し汗かいてる?
噂では今日、一年生に二人の編入生が来るらしいのだが、そんな事はカトリーヌ先生が緊張する理由にはならないだろう。
しかし、こんな中途半端な時期に編入生とは珍しい。 あと三ヶ月足らずで一年生の講義過程が終了するからだ。
教室内がにわかにザワザワし始める。
「はい、静かに! 皆さんに新しい編入生を紹介します! お二人さん、お入りなさい?」
─っ!?
「さあ、お二人とも自己紹介をお願いします」
「は〜い♪ 『ヴァイオレット』と言います♪ 『ビビ』と呼んでくださいね⌒♡」
ウィンクをこっちにするのやめてもらえませんかね?マダム……。 そして……。
「は〜い♪ 『シエル』と言います♪ 『シエルン』って呼んでくださいね⌒☆」
だから、こっちにウィンクするのやめてくれないだろうか、アハト??
「この二人が今日から皆さん一年生の仲間入りです。 お二人ともとても優秀な成績で編入された優等生です。 どうぞ仲良くして上げてくださいね!?」
─パチパチパチパチパチ……
「先生!?」
「はい、アレクセイ君」
「どこからどう見てもマダム・ヘンリエッタとロゼさんに見えるんですけど?」
「な、な、何を言ってるんです? マダムに学生なんてやってる暇なんてありませんし、ロゼさんはそこにいるじゃありませんか?」
「じゃあお二人は、いったいどこの誰なんです?」
「ちゃんと説明するからそんなに急かさないでくれますか?」
カトリーヌは少し姿勢を正してひとつ咳払いをする。
「こほん。 えー。 ヴァイオレットさんはマダムの姪っ子さんで、先日まで国外で暮らしていたのだそうです。
そしてこちらのシエルさんは、皆さんご察しの通りロゼさんの双子の妹さんで、先日まで入院していましたのよ? 身体が少し病弱なので、皆さん優しく接してあげてくださいね?」
「「よろしくお願いします!」」
─パチパチパチパチパチ……
まあ、双子の妹は解る。 しかし姪っ子と来たか……せめて髪の色くらい変えれば良いのにね? ちなみにシエルは淡い水色、パステルブルーの髪色をしている。 ロゼと同じ様にブルー(ロゼは赤)のラインカラー入りだ。
そうか、昨日アハトを連れてマキナさんが出かけていたのはこのせいか。 本当はボクの仕事だったのに姉さん……大好きなカレーを後回しにしてまで手続きしてくれたんだ……後で何かお礼をしなきゃいけないな。
ビビ?とシエルン?が生徒になると言うことは、つまりこのグループがかさ増しすると言うわけで。
─お昼休み・食堂
「あれ? ま……ビビさんはマダムの日替わりプレートじゃないんですね?」
「ノワたんはこのあたしが、そんなふざけた名前の定食を食べると思ってたのかしら?」
「え? じゃあこれ、食堂が勝手に作ったメニューなのですね……」
「マダムはそんな気まぐれなんてしないと思うわよ? あ、あたしはオジャマンペ定食にしようかしら?」
「それでは、シエルもそれにします!!」
「ロゼはオジャマンペ丼セット!」
「じゃあノラはオジャマンペの唐揚げ定食にします!」
「え、え? 何この流れ? では、ち、チェリーはオジャマンペとダークオーガの炒り付け定食」
「ぴ、ピコは……くっ……思ったよりもダメージが……。 ピコはオジャマンペスペシャルで! はうっ!」
「……オジャマンペのレパートリー多いな!?」
「そりゃあ、人気食材ですからねぇ?」
「そんなノワたんはオジャマンペの何食べるんだい?」
「ピコ君……それはオジャマンペ不可避な感じですかね?」
「え?今の流れで他の選択肢があるとでも!?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「ふぇ?」
「………まぢか」
僕は券売機のメニューを観て悩む。 なんでこんなにオジャマンペが人気あるんだ?
─ピッ、ストン…
「あ……」
「はい、生オジャマンペ定食」
生……オジャマンペ? それって本当に食えるのか?
「え? あ、うん。 ロゼ、ありがとな?」
「ふふん♪ どういたまして!」
「の、ノワ……これ言わなきゃならんの?」
「ならん」
「ならん」
「そうか……ノワールは、な……生オジャマンペ定食、だ?」
「さ、行こ?」
「うん、行こ行こ♪」
皆はさっさと自分のトレーを持って席を探しに行った。
「おいっ!?」
僕たちは六人席が空いてないので、テラス席へと移った。
テラス席は少し冷えるのであまり人気がないのだが、人数が多い僕たちが座れるのはここくらいだ。 ビビさんが何かブツブツ言っていたので、そのうち改善されるかも知れない。
でろんとした薄切りされたにくいから、粘着質な液が滴り落ちている……生オジャマンペ。
「美味しそう!」
「えっ!?」
「え?」
「これ、生だとこんななの? ってこれ、美味しそうに見えるわけ??」
「オジャマンペの生肉は粘り気のある粘液で覆われていて、肉の旨みを空気の酸化から守られていてその風味を損なわないんだ。 そしてその粘液にこそ旨みと栄養が凝縮されていると言っても過言ではない」
「ピコ君は何でも知ってるね?」
「オジャマンペは好物だからね! ボクの家系は皆大好きだよ?」
「あたしの国では捕れないから高級なお肉として流通しているわ? まあ、うちでは普通に食べていたけど、生で食べられるなんてとても贅沢な話だわ?」
「く……わかった。 とりあえず食べてみます。 これは何かつけて食べるよね?」
「初めてなら、とりあえずそのままか、塩で食べると良いよ?」
「ケットシー洋菓子店の店長アルベルトさんは、オジャマンペの粘液で予め塩ダレを作って絡ませていましたよ?」
「へえ!? それはアイデアだね!?」
「じゃぁ……とりあえず塩で食べてみますね?」
何故か皆が見守る中、僕はフォークで切り身を持ち上げると、滴り落ちる粘液をそのままに、塩を付けて口に運ぼうとしたら。
─パクッ
「もぐもぐもぐもぐ……ごきゅん! うまっ!!」
「ロゼ?」
「にぃに、おいし〜からはやく食べたほ〜がい〜よ!?」
「……そうか」
僕は残り四切れになったオジャマンペの切り身を今度こそ塩に付けて口に運ぼうとすると。
─パクッ!
「もくもくもくもく……こきゅん! うまっ!!」
「シエル??」
「にぃに、食べないなら食べてあげよっか?」
「もう食べたでしょ!?」
「残念!」
今度こそは横取りされまいと、塩の入ったお皿を手にとってオジャマンペを口に……。
「ノラさん?」
「ふぁ?」
「鳥の雛みたいな口になってますよ?」
「今度は私が食べられる番ではないかと待っておりましたが!?」
「あと三切れしかないからね?」
「では私と、ピコたんとビビたんで丁度ですね!?」
「僕のは!?」
─あははははははははは!!
「もうっ!!」
僕はようやくオジャマンペの切り身を口に運んだ。
ねっとりとした口当たり。 口の中に広がるオジャマンペの濃厚な肉汁が、喉を通り抜ける頃にはその風味が鼻腔を
「旨い……」
「「「「「でしょっ!?」」」」」
次の一枚はつけダレをつけて口に入れた。
ああ、つけダレの風味の後にオジャマンペの味が広がり、やがて口の中で合わさって渾然一体のハーモニーを奏でる。 さながらオーケストラで奏でる交響曲のように次から次へと旨味が重なってゆく。
「旨い……」
それ以外の言葉が見つからないのだ。
いや、
それ以外の言葉は必要のないのだろう。
このオジャマンペと言う食材は旨味の化け物だ。 その原型こそは想像できないが、こんなに人を魅了する食べ物は、オジャマンペとカレーをおいて他にないだろう。
「ところで皆、聴いて欲しいんだけど……」
オジャマンペって結局何なんだろう? とか、考えていたら、ピコ君が食事の手を止めて真剣な顔で言う。
そして皆、少し面食らう。
「どうしたのピコたん、改まって?」
「放課後少し付き合って欲しいんだ。
……と言うのは、少し見てほしいものがあるんだよ。 そして、それを見て皆の知恵を貸して欲しい」
「見てほしいものって、例のやつ成功したってことかな?」
「チェリたん勘が良いね!!」
「例のやつ?」
「ま……ビビちゃんとシエルちゃんは知らない話だわね?」
「チェリたん? 『ビビ』と呼び捨てか、私も『ビビたん』で良いかしら?」
「シエルも呼び捨てか、『シエルン』で良いよ〜」
「う……うん。 気持ちは痛い程解るんだけど、何故だか恐縮しちゃって……ビビたん、シエルン」
「あん♡ 友だちって良いわん♡」
「はいビビたん、シエルも同感です♡」
「と言うことは、ま……ビビたんやシエルたんも放課後付き合ってくれる運びだね? 心強いよ!!」
「ええ、何か知らないけど楽しそう!?」
「シエルもです♪」
こうして放課後、皆でエーリヴァーガル川の河原に集まることになった。
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