第150話 精霊の泉と『バンシー』

 僕たちはルーに連れられて、精霊の国ティル・ナ・ノーグの森の奥、精霊の泉へとやって来た。


 泉の真ん中に祭壇の様なものがあり、ルーはそれを指し示して言う。



『さあクロ、泉にあなたの手を浸して呼びなさい。 あなたの精気に応じた者がその祭壇へと召喚されます。

 そして契約すると良いでしょう。 きっとあなたの役に立ってくれることには間違いありません』


『精霊召喚からの契約?』


『ええ、我々とてあなたへの協力は惜しみません。 あなたの未来の一助となるならば仮に私が──』


『──やめて! フラグに聴こえるから止めてください。 わかりました。 せっかくなのでやってみます!』


『フラグとは何ですか?』


『言霊の様にその言葉に引っ張られて事象が起こる事を言うのですよ』


『それは面白いですね。 やってみ──』


『──やめて! お願いだからやめてください?』



 何なんだこの神様は? まあ、神だからと言って威厳があるとかないとかどうでもいい事だけど、何だか納得いかない。


 そして、僕は言われた通り両手を泉に浸して、精霊を呼ぶ。 何だか僕と契約だなんて、気の毒な精霊さんだよな……。



─ぴちゃり…



『精霊さん……』


『はい……』


『え?』



 祭壇を見ると、いつからいたのか長い黒髪の少し暗い雰囲気の少女の様な出で立ちの……妖精?がいた。



『やあ、バンシー。 君が人前に出てくるなんて珍しいね?』


『ルー様、お久しぶりです。 あたしみたいな妖精はお呼びでなかったと言う事ですね。 失礼しました』



 と言い残すとバンシーと呼ばれる妖精は姿を消そうとする。



『ちょっと待って!』


『え……!?』


『バンシーさんで合ってますか?』


『はい、引きこもりで有名なバンシーとはあたしの事です』


『引きこもりで有名なんですか?』


『呼ばれませんので……では』


『ちょちょい! ちょっと待って?』


『え? あたしと契約してくれるんですか?』


『まだ何も言ってませんよ?』


『だって今、引き止めたではありませんか?』


『クロ?』


『何ですか、ルー?』


『彼女はほとんど人に接した事がありませんので、コミュ障なのですよ。 悪く思わないでやってくださいね?』


『ルー様、あたしこの人と契約しても良いのですか?』


『ええ、クロがそれを望むなら契約すると良いですよ?』


『ではクロ様、不束者ではございますが、宜しくお願いします!』


『あの、ちょっと待って? 話聴いて? ね?』


『はい、契約ならいつでも出来ますよ!?』


『バンシー?』


『はい』


『君はいったいどんな妖精さんなのですか?』


『それ……聴きます?』


『はい、聴かせてもらえますか?』


『それを言うと、いつも要らないと言われるんですよ……あなたもそう?』


『それは聴いてみない事には何とも?』



 バンシーはとても困った顔になった。 何なら今にも泣きそうな顔をしている。 僕が困らせているみたいで、何だか僕が悪いみたいになってる?



『クロ、バンシーちゃん泣きそうになってるよ?』


『そうだよクロ、契約してあげなよ?』


『……バンシーさん、何か言えない事情があるんですね?』


『……言っても引かないと、約束してくれますか? ……契約魔法で』


『そんなに!? 契約魔法を使わなきゃいけないくらいに引く内容ってこと?』


『クロ、それはさすがに彼女に対して失礼ですよ? ほら、先程まで妖精だったのにもう精霊になっているではありませんか?』



 見ると弱々しく儚いくらいの霊体しか見えなくなっている。 心做しかぷるぷると震えていて、悲しげな顔をこちらに向けている。 


 ……逆にあざとくない?


 これは罠か? 何故か契約しなきゃいけないムードにどんどんとなって行ってる気がするのだが……引き止めたのは失敗?



『バンシーさん』


『ハイ……』


『僕と……』


『ハイ……』


『契約……』


『ハイ……』


『します?』


『はい。 契約成立です! 宜しくです、クロ様♡』



 バンシーが抱きついて来る。 めちゃくちゃペタペタ触って来る! いや、なんなら舐めて来る!? それより今の、契約成立したの!?



『ちょっ!? バンシーさん!?』


『バンシー♡ って呼んでください! クロ様♡』


『バンシー?』


『はい♪ クロ様♡』


『あ〜あ、契約しちまいやがったな?』


『フェル!? おまえ、知ってたのか!?』


『聴かなかったじゃねえか?』


『彼女は何の妖精なんだ!?』


『死兆の妖精だ。 誰かが死にそうな時に知らせてくれるぜ?』


『何ソレ? そんな妖精いるの?』


『クロ様? もう離れませんからね? ほら、これはちぎりの指輪です。 一声「バンシー♡」とお呼びいただければ馳せ参じますのでっ!』


『クロは妖精たらしだなあ?』


『ちょっ!? ウラノス!?』


『ちげぇねえな?』


『フェル!?』


『それからシロたらし♡』


『何それ?』



 シロがもじもじしてるが……うん。 シロならいいや。



『本当に。 他の妖精が嫉妬しておりますよ。 こんな事は初めてだ』


『ルー様! ルー様と言えどクロ様を愚弄する事は、私が許しませんよ!?』


『おやおや、えらくクロを気に入ってしまったようだ。 これで名付けでもした日にゃ……』


『名付け?』


『そう、名付け。 彼女は見ての通り羽がないでしょう? 上位精霊になるほど人の形に近付くんだよ。 彼女の場合ほとんど人の形を呈していて、個性も強い。 あなたの為なら神である私の名にも背くでしょう。

 彼女が「名」を得て「個」を成せば、進化して精霊では無くなってしまう為に、精霊契約は破棄されて彼女は開放されます』


『神の威厳、本当にありませんね? しかしそうなると、どうなるのですか?』


『ふむ、その先はその「個」の意思に依る為に、どうなるのか私にも判りません』


『クロ様? あたし、名を得てもあなたと離れる気はありません! ずっと傍に置いてください!!』


『え? ああ、宜しくね? とりあえず名前は保留だけど、良いですか?』


『構いません、あなたの傍に居られるならば!!』



 バンシーが僕の腕にギュッとしがみついて離れない。 何なら脚まで絡ませてくるのだが……。 何故かシロが対抗して反対側にしがみつくし……何だこれ?



『さあ、大精霊樹へ戻りましょう。 あなたのカメオを解放します』



 僕たちは大精霊樹と呼ばれる先程の大樹の元へと戻った。

 右手に天使、左手に妖精、頭にドラゴン。 うん、ウラノスが僕の頭に自分の頭を乗せてゴロゴロ言ってるんだ。

 非常に歩きにくい!



『カメオをこちらに』


『あ、はいどうぞ』



 ルーがカメオを手にして何やら呪文のような言葉?をつぶやいている。

 フェルによると妖精語なので僕には理解出来ないそうだが、霊魂可視化を突き詰めればそれも可能なのだと言う。

 きっとルーが僕の名前を識っていたのと同じ様に、魂から発せられる信号の様なものを視る事が出来るのだろう。


 ルーに渡したカメオが眩く輝き始めた。

 ルーの握り締める手の隙間から光が漏れ出て、辺りを光で一瞬包み込むと、やがてその手中のカメオに収束していった。



『はい、クロ。 これでこのカメオの解放は済ませた。

 このカメオを着けて、この大精霊樹へと魔力を注いでごらん? 今までの魔力流れとの違いを感じ取れる事はが出来ると思うよ?』


『わかりました』



 僕は手渡されたカメオを首にかけると、大精霊樹に手を当てて魔力を注ぎ込んだ。


 あ……。


 手から一度に放出される魔力の量が全然ちがう。 更に言えば身体に内包している魔力の練り上げも格段に跳ね上がっている気がする。


 僕は何気に魔力を大精霊樹へと送っていたのだが、頭上ではとんでもない事になっていた。



『クロ!? もう良い!! 手を離し給え!!』


『へ??』


『わあああああああ!! 凄い!!』



 シロが樹上を見上げて目を輝かせている。

 僕がその視線の先に目を遣ると……。


 大精霊樹に実っていた妖精の卵の様な果実から、一斉に妖精たちが孵って行った。

 その後から後から綺麗な花が咲き乱れ、新しい実がたわわに実り、大きく膨らんで色付き始めている。



『さすがはあたしが生涯を捧げた人。 いつか、あなたに名をいただけたなら、大義名分などかなぐり捨てて、全力であなた様にお仕えします!!』


『バンシー?』


『はい、クロ様♡』


『約束して欲しい事があるんだ』


『いったい何でしょう? あなた様の仰ることならばあたし、生命を捨て──』


『──絶対に生命を粗末にしないでくれるか!? 僕の為に生命を賭けるような真似はして欲しくないんだ!!』


『しかし──』


『──これが守れないならこの精霊契約は破棄させてもらう』


『い……嫌です!! 解りました!! 生命を粗末にはしません!! ですから傍に置いてください!! クロ様!!』


『良かった。 それから僕たちは主従関係ではない。 どちらかと言うと友達の様な関係でありたいんだ。 なので、「様」も要らないよ。 バンシー、クロで良いからね?』


『それにしても、本当に君たちは規格外だね? 神々が人間に手を焼いているのが理解出来たよ』


『しかし、僕はまだ未熟です。 今までにも何度も危険な目に会いました。 もっと強くならなければ、啓示も遂行することは叶わないでしょう』



 ルーはひとつ頷いて言葉を零す。



『クロ、よく聞きなさい』


『はい』


『あなたが成すべき事はとても大きい。 それは想像をはるかに超える力が必要となり、それに伴う危険も甚大なものだと思われます』


『はい』


『しかし 忘れないで欲しいのです』


『はい』


『あなたは独りではない!』


『それは……』


『あなたは「誰も傷つけたくない」「誰も失いたくない」そう思っているのでしょう?』


『はい』



 シロやバンシーが僕の手を強く握り締めてくる。



『良いですか? あなたは同じ様に皆に思われているのです』


『……』


『あなたを失う事で悲しむ人が大勢います』


『……』


『あなたが独りで歩いた時、そこのシロは、他の皆はどうしましたか?』


『それは……』


『あなたの後を追ったでしょう? そしてシロにあってはあなたを助けたのではありませんか?』


『はい、その通りです』


『あなたは勇者ではない! 愚かで、傲慢で、とても弱い、ただの人間だ!』


『その通りです』


『良いですか? 今一度言いますよ? あなたは独りではない!

 独りで事を成そうと思ってはなりません。

 皆を頼るのです。 あなたが思っている以上にあなたの周りには素晴らしい人たちに囲まれております』


『『『クロ!』』』



 シロやバンシー、ウラノスのがギュッと身体を寄せて来る。 フェルも照れながら脚にもたれかかっている。



『うっ……』



 僕は何も言い返せずに、ごく自然に涙が溢れた。


 情けない。


 ルーの言う通りだ。


 僕は独りでは何も出来ない、ちっぽけな人間だ。


 でもそう、僕は独りではなかった。


 僕には皆がいる。


 大切な仲間たちが!



『また休息が必要になった時、此処へ来なさい。 此処はあなたを心から歓迎しますよ』


『ありがとう……ございました……う……』



 もう止め処なく流れる涙を、拭き取っても、拭き取っても間に合わず、零れ落ちる涙を妖精たちが拾い集めてくれた。


 そうして泣き崩れた僕は、少しだけ眠っていた様だ。


 ふと我に返ると、僕はシロの膝枕で眠っていた。

 僕はシロを見上げて言った。



『シロ……君を慰めにきたのに、あべこべになってしまったね?』


『ん〜ん。 これでいいんだよ』


『ん。 とても心が安らぐよ』


『ん。 ずっとこうしていたいね♪』


『そうだな……』



 精霊の国は常春の様な気候で温かく、風が草木を揺らし、清流がせせらいで、色とりどりの花々と、色とりどりの妖精たちが咲う場所。


 時間が過ぎるのも忘れてしまいそうで……。



─キュルルルルル… 

 シロのお腹が鳴った。



『ご、ごめんなさい……』


『わはははははは!! 良いよシロ! 今夜はカレーだったもんね!?』


『うん!』


『帰ろう!!』


『ん、帰ろう!!』



 僕たちはお世話になったルーや妖精たちにお別れをして、バンシーにもお別れのチューをせがまれて、何故かシロやウラノスにもチューをせがまれて、フェルにチューをしようとしたら嫌がられた。


 そうして僕たちはウラノスに跨って、精霊の国ティル・ナ・ノーグを後にした。

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