第149話 精霊の国『ティル・ナ・ノーグ』

 僕たちは妖精たちの後について、虹色に輝く光のトンネルを進んで行った。


 やがて光の粒が形を成して、次の空間の入口を呈して来ると、妖精たちが左右に分かれて僕たちをその空間へといざなう。


 お花畑? 桃源郷? 極楽浄土?


 そこは色とりどりの光に溢れ、重力とは無縁に水が流れ、温かな風が一面に咲き誇る極彩色の花々を揺らし、中央に佇む大樹には、たわわに実る果実から新しい命が生まれ落ちている。


 試しにマスクを外してみたが、特に問題もないようだ。

 


『うわああああ〜!?』


『ここは……』


『何だろうね?』


『何だろう?』


『呼んだのはだれ?』


─おいで


『どこ?』


─もっと近くに


『樹?』


─おいで


『そうだ。 あの光が集まる樹に行けばわかる』


『フェル、知ってるの?』


『識ってる。 オレサマは精霊だからな』


『フェル、あの子たちは妖精だよ? フェルは精霊だよね?』


『何言ってんだクロ? そんなだからボンクラなんだよ』


『酷い!?』


『オレサマが具現化したらそれは妖精だ。 つまり精霊とは超自然の精気そのものであり、それらが体を成して具現化すれば、それは妖精だ』


『へえ。 凄く腑に落ちたよ、さすがフェル様だな?』


『バカにしてんだろ?』


『いや、尊敬してるよ』


─おいで


『バカ言ってねぇで行くぞ』


『うん……』



 僕たちは大樹の麓に足を運んで光の中に立った。



─よく来てくれました クロ シロ そしてウラノス


『けっ! オレサマはお呼びじゃねえってわけか?』


─フェル よくこの者たちをここへ連れて来てくれました


『オレサマはオメェの使いっ走りじゃねぇんだぞ!?』


─さて


『スルーか!?』


─ここにあなた方を呼んだのは私です


『チッ…』


─此処は精霊の国【ティル・ナ・ノーグ】 そして私は精霊の王にして神【ルー】


『精霊の国ティル・ナ・ノーグ……神ルー?』


─精霊の国は魔素の海に浮かぶ島国です 島は何処にも無く 何処にでも在る そして選ばれた者だけが入れます


『その、選ばれると言うのは精霊の糸の事ですか?』


─そうですね


『では、どうしてウラノスが入れたのでしょう?』


─ウラノスはあなた方の魂と結びついていて 人よりも精霊に近い存在だからに他なりません そして何より私が選んで呼んだのです


『どうして僕たちが選ばれたのですか?』


─あなた方の魂はこの世に在りながら 実に歪で 忌まわしく 在ってはならない存在なのです


『──っ!?』

    

 僕は咄嗟に構えた。


─クロ 落ち着きなさい 私はあなた方に害を加えるものではありません


『……では、ここに僕たちを呼んだ理由を聴かせて欲しいのですが?』


─お話します


 僕たちはウラノスの背から降りて、大樹の根本に立った。


─あなた方は世の中の理から外れた存在です

 そして あなた方が挑もうとしているモノも同様なのです 

 かの者たちは我々神や この世の全ての脅威であり 災いです

 この世を統べてなお 欲望のままに理に触れ 世界を混沌へと引き摺り込もうとしています

 ユグドラシルが泣いております

 我々神はこのユグドラシルに仕えるもの

 ユグドラシルこそが全てであるこの世界を 我々神が管理し 未来へといざなって来ました

 神子からあなた方へ啓示があったでしょう


『はい』


─あれは我々神々の総意であり あなた方への頼みでもあるのです

 理を超えたものを制するのもまた 理を超えたものでなければ敵いません

 我々神々も悪魔もこの世の均衡を保つものであり その枠から超えることは叶いません

 四大精霊・新四大精霊も人間どもに貶められて その力の限りではありません

 そこで あなた方へ今一度お願いしたいのです


『……………』


─ユグドラシルを守ってほしい


『それは、啓示の内容と合致するものなのですね? グライアイを取戻し、ゴルゴンを帝国から奪還して、四大精霊・新四大精霊を開放し、七つの魔石を集めると言う』


─その通りです


『それを成すことは僕の望み、すなわち、このシロの呪いの開放に、その先の明るい未来に繋がると、そう思って良いのですね?』


─はい

 さもなければ 悲劇は繰り返されて シロやアハトの様な者たちが溢れ やがてあなた達ですら 太刀打ち出来なくなることでしょう

 そこにあなた方の未来は存在しません


『ならばその為に僕たちは歩き始めています! これはあなた方神から頼まれなくても、僕の望みであり、全てだ! 今更そんな事を言う為に、ここへ呼んだのですか?』


─それもあります

 しかし それだけではありません


『と言いますと?』


─神子からあなたへ託したカメオには 我々の魂とも言うべき 精霊石が使われています

 そのカメオの力を開放する為に ここへあなた方を呼んだのです

 大精霊の力無き今 精霊たちの力は微々たるもの 魔法の力は衰退して 人の科学にすら打ち勝てないものとなっております

 四大精霊・新四大精霊が開放されれば魔法の力は戻ります

 あなたがそれを成すまでの間 あなたの魔法の力を そのカメオが底上げするのです


『このカメオが?』


─そのカメオの精霊石は その昔 私が神になる以前の神 【オベロン】の魂を石にしたモノです

 オベロンの力は 属性の力こそは四大精霊のそれには及びません

 しかし あなたの魔力の流れをサポートし その効果を底上げするものです


『シロやウラノスには何も無いのですか?』


─シロやウラノスが一緒でなければ クロ あなたは此処へ来なかったでしょう?


『だとしても、それはそちらの都合でしょう? 巻き込んでおいて何も無しではあまりに身勝手じゃありませんか?』


─あなたも人間らしい事を言うのですね


『僕の事を強欲だと言いたいみたいですが どちらがご都合主義なのか考えてみたらどうですか?』


─わかりました ではこうしましょう あなた達にはこれを授けます



 大樹の麓を照らしていた光が収束してゆく。

 やがて一本の虹色の糸を紡いだ。

 そして糸は僕たちの胸を刺した。



『これは……精霊の糸、ですか?』


─はい 正確には精霊王の糸です あなた方は私が選んだ者です 即ち このティル・ナ・ノーグへの出入りが許された者

 その糸があれば 任意にこの空間へと来る事が可能です

 神子を介さなくても精霊の道 ビフレストの使用が可能となります

 精霊の道を使えばアスガルドや各地にある祭壇への移動も可能となります 

 そして この糸の力はその限りではありません 我々精霊の加護を得る事が出来ます

 どうぞ 精霊召喚魔法を覚えると良いでしょう 召喚に応じてあなた方の役に立ってくれる事でしょう


『ルー』


─何ですか シロ


 おいおい、神を呼び捨て?


『ありがとう♪』


『ルー、ありがとう♪』


─良いのです シロ ウラノスも クロを支えてあげてください

 我々神は 不甲斐なくもあなた方の力を借りる他ありません

 クロ 今一度お願いします

 この ユグドラシルを守ってください その為に力を貸してください お願いします


『……わかりました』


『ルー、私もがんばるね!』


『ルー、ボクも頑張るよ!』


 おまえらもう神と友達だよな?


─ありがとう 宜しく 頼みましたよ


『……ところでルー』


─なんですか?


『姿は見せないのですか?』


─そんなこと……



 温かな風に乗って花びらが運ばれて、光の中に溶け込み、極彩色の繭が現れて、解ける様に繭がひらくと、中から息を呑むほど美しい羽を広げて一柱の神が現れた。

 


『これで良いのかな? 人の前に姿を表したのは何千年振りだろうか』


『人に頼み事をするのにかくれんぼはないでしょう?』


『すまない。 永く神をしていると驕りが出てしまうようだ』


『ねえ、ルー?』


『何だい、シロ?』


『ルーのその羽って飛べるの?』


『ん? 飛べるよほら?』



 ルーは羽に魔力を通して身体を浮かしてゆく。



『やっぱり羽ばたかないんだ?』


『動かせるけど、この空間では意味がないんだよ。 そんなシロだって飛べる筈だよ?』


『え、ほんと?』



 ほんと、お前たち友達みたいだな?


 シロは手のひらサイズの羽に魔力を……通してるの?


 あ……。



『わあっ!! 本当に飛べた!! クロ!! 見て見て!!』


『うん、飛んでるね?』


『クロ、ほらほら!!』


『ウラノス、君は元々飛べるだろう?』


『でもほら、魔力だけで飛べてるよ?』


『あ、そう』


『クロも飛べるでしょ?』


『ん、まあ……フォームチェンジ・エンジェルウィング』



 服を着てるので、シロの羽を生やしてみた。 そのまま魔力を通すと。


 はい、浮きましたよ。


 皆でフヨフヨ浮いてニコニコしてる。 


『何これ?』


『楽しいね?』


『う、うんまあ?』


『あそうだ。 ちょうど良かった、こっちに来て?』


『『ほ〜い♪』』


『……はい』



 ルーが先導してフヨフヨと森の中を浮遊しながら進む。

 森の中は草花の種類も豊富だが、それ以上に妖精がちょこまかと動いていて賑やかしい。

 妖精が僕のそばに寄って来ては、ちょこんと触って何処かへ逃げて行く。


 何なんだ?



『はははは……クロは皆に人気だね?』


『え? でも、逃げて行きますよ?』


『あれは逃げてるのではなくて、君に触れた事が嬉しくって他の妖精に報告に行ってるんだよ。 その証拠に向こうからどんどんとほかの妖精たちがやって来るだろう?』


『……ほんとだ』



 めちゃくちゃ妖精が集まって来た!!


 何故かシロも同じ様にペタペタ触り始めた。



『シロ、何やってんの?』


『んん? 触ってる』


『どうして?』


『ほら、触ると嬉しくなるから』


『そ……そうか?』



 ペタペタ……。



『あのお……?』


『ん? いや、確かめて見たくなってね? 本当に嬉しくなるのかどうか?』


『……で、どうなんですか?』



 ペタペタ……。

 ペタペタ……。

 ベロンベロン……。



『ウラノス?』


『こんなの嬉しいに決まってる♪』


『そう言われるとそんな気がするね?』


『そんなの気の所為ですからっっ!!』


『ほら、着いたよ?』


『もうっっ!!』



 そこは森の中に忽然と現れた泉。

 滾々こんこんと湧き出る泉は、泡沫うたかたの様に湧いては、妖精たちがそれを何処かへと運んでゆく。

 その周辺の草花からは次々と光が生み出されて、それもまた何処かへと運ばれてゆく。


 泉の真ん中にガゼボの様な祭壇がある。



『ここは?』


『泉だよ』


『見たら分かりますが?』


『そうだね?』



 ルーはここでいったい何を……?

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