第130話 ピコと召喚魔法
ナーストレンドの街の駅前にナーストレンド国際ホテルがあるが、巨人族は泊まれない為に南街にある宿泊施設【ホテルティターノ】(大型種対応ホテル)をピコ=ヨトゥン=クエタは常宿にしている。 ピコ自身は人族の子供程度の体躯だが、従者のセバスチャンは巨人族の体躯のままだ。 ちなみにメイドのデイジーは巨人族と人族のハーフだが、人族の背丈である。
ピコの朝は早い。 外が日光石に変わる前の月光石のうちに目覚めるのだ。
つまり、執事のセバスチャンとメイドのデイジーは更に早い寝起きとなる。
デイジーは朝の三時くらいから料理の仕込みを始め、家の掃除に取り掛かる。
セバスチャンは一日のスケジュールをチェックして、世界情勢のネットニュースのチェックを欠かさない。 為替や株価の動向も入念にチェックしており、母国、ヨトゥン王国の情報もつぶさにチェックしている。
ピコの早起きには理由がある。 ひとつは片目に魔力溜まりが出来るために夢見が悪いと言う弊害がある為だ。
ひとつは魔力過多の余剰魔力を蓄魔石に移す為だ。
「ピコ様、今朝も行かれるのですか?」
「当たり前だ! キミは家に居てくれて構わんのだぞ!?」
「何を
「ならば、疾く用意しろ! 行くぞ!」
「はっ!!」
そして、ピコはセバスチャンを連れてエーリヴァーガルの川へ向かう。
エーリヴァーガルまでの道のりはそこそこ遠い。 セバスチャンは巨人故に然程の距離も感じることはないのだが、人族の子供と同じ程度の身体であるピコにとってはかなりあるのだ。
しかし、先日母国ヨトゥンより届いたピコ専用の乗り物、マギア・ライド(通称:マギライド)に乗るとセバスチャンより早く着くことも可能だ。
マギライドは帝国、ミッドガルドにて作られた人族に合わせた乗り物だ。 魔力があるものは、長距離の移動もモノともせず、自転車ほども大きくないので小回りも効くすぐれものだ。
最近になって廉価版とも呼べるメイド・イン・ドヴェルグ版のマギライドも作られているが、やはりメイド・イン・ミッドガルドの方が優れているのだとか。
動力は魔力のため、蓄魔石もあるピコにはうってつけの乗り物と言える。
─キュウウウウゥゥゥゥン……
エーリヴァーガルの川はとても大きく広い。
ピコは一面の草を火魔法で焼き払い、足元の地べたを丸裸にした。
「ピコ様、危険だと思ったらすぐに中止してくださいね?」
「解っている。 セバスチャン、キミは下がって見ておいてくれ」
「かしこまりました」
ピコの手には一本の杖が握られている。
トリネコの木で作られた棒の先に、大きな乳白色の魔石が埋め込まれた市販ではあるものの少し高価な杖だ。
ピコは杖の魔石の付いていない方の先で地面に大きな魔法陣を描き始めた。
滞りなく美しく魔法陣を描きあげたピコは、ひとつ頷くと満足気に微笑んだ。
「さあ、やるよ!」
「はい。 ピコ様」
ピコは覚悟を決めると懐からナイフを取り出して、自らの
その手を握りしめて魔法陣にかざすと、ボタボタと魔力を込めた鮮血を落とす。
薄っすらと光を放ち、魔法陣が活性化する。
「我が名はピコ=ヨトゥン=クエタ! 我が血と我が魔力を対価に盟約を交わさんとするものなり! 応えよ
溢れんばかりの光が魔法陣を彩り、その光は冥国の天井を突くほどにのびてゆく。
やがて光は魔法陣に吸い込まれて跡には何も残らなかった。
「…………また失敗」
「ピコ様! お手を!」
「あ、あぁ……」
ピコはダラダラと流れ出る血をそのままに、セバスチャンへと差し出すと、セバスチャンは回復薬を振りかけて魔力を注いだ。
ピコの手が淡く光を放ち傷口を塞いで消えてゆく。
「もう一度、やったらダメかな?」
「ピコ様、週に一度と言う約束です。 魔力はともかく、血を流しすぎですよ」
「良いところまで行っていると思うんだ……あと少し、何かが足りないのか、間違えているのか……」
「精霊は気まぐれだと聞きます。 例え召喚方法があっていたとしても、それに応えてくれるとは限らないと思われます」
「まあ、そうけど……しかたない。 また今度にするか……」
「はい、ピコ様。 戻って朝食を摂りましょう」
「ああ、デイジーにこれから戻ると連絡しておいてくれ」
「かしこまりました」
セバスチャンはデバイスでデイジーと連絡をとり、ピコはマギライドに
ピコは週に一度、エーリヴァーガル川に来て自らの召喚魔法を試みている。 召喚魔法もいくつか分類があるが、ピコが試みているのは精霊召喚である。
学園での授業も専攻しているのだが、精霊と契約出来たものはまだいない。
精霊と契約を交わすには呼び出すための魔法陣を描き、
誰もがその精霊門の地点で挫折している。
しかしピコは諦めが悪く、図書館に入浸り、その方法を模索したが失敗が続いている。
授業では、召喚術の方法は教えてくれるが、適性があるとかで、召喚出来るかどうかは術者次第、精霊次第と言われている。
この世界には自然天然に精霊は存在している。 それは四大精霊、新四大精霊の眷属たちだ。 それ以外の精霊も数多いるわけだが、それらは下位の精霊であり、人と契約出来るほどの力を有していない。
かと言って四大精霊や新四大精霊と契約するにはそれなりの力を示さなければならないが、それが出来たと言う報告はない。
特に今は、大精霊たちは帝国によってその力を抑えられている。
適性が高いとされるダークエルフは基本的に国の外には出ない為に、召喚魔法の詳細は秘匿されていて、外部に漏れることはほとんどないのだとか。
大賢者と呼ばれる『精霊王の盟友ノアハート』が何かしらの上位精霊と契約しているのではないかと言われているが、明らかではない。
しかし、仮に精霊と契約出来ればその恩恵はおおきく、属性魔法の底上げと付与魔法等の成功率にも大きく関わります。
「デイジー、今日は悪いけど弁当は要らないや。 食堂で友達と話をしたいんだ」
「かしこまりました。 作ってしまったお弁当はセバスチャンに食べていただきます」
「デイジー、悪いね。 セバスチャン、よろしく頼む」
「かしこまりました」
─昼休み・学生食堂
「あらピコたん、珍しいわね?」
「チェリたん、今日はキミに訊きたい事があってね」
「ちょっと待って、……よし、今日はマダムの日替わりプレートにするわ。 オジャマンペが入っているから」
「そう。 良かったね?」
「ええ、オジャマンペは何故かグラトニーも大好きなのよ♪」
「オジャマンペはフェルも大好きだよ」
『おいロゼ、要らん事は言うなよ!』
『あらあら、あなたフェルちゃんて言うの。 今更だし、知ってるとは思うけど、エカチェリーナよ。 よろしくね!』
『うっせ、知らん!』
『ふふふ、可愛いわね』
『あー、うっせうっせ!』
「そう言えばグラトニー少し大きくなった?」
「そうね、指先ほどしかなかったけど、今では指一本分くらいはあるかしら? 本当によく食べるわね」
「さすがハイエルフだね、小型とは言えドラゴンを使役出来るなんて……」
「その考え方は間違えているわよ、ピコたん」
「ん?」
「そうだぞ、ピコたん」
「おい、ロゼ!?」
「あなたもサークル見学に一緒に行ったじゃないの?」
「そうだぞ、ピコたん」
「ロゼ?」
「確かに行ったね?」
「私はグラトニーを使役なんてしない。 彼はペットでもなければ使役魔でも何でもないわ。 あたくしの大切なお友達よ?」
「なるほど。 そう言えばコンパニオン・モンスターとか言ってたっけ」
「うん、それで、聞きたい事って何かしら?」
「ああ、そうそう。 チェリたん、ハイエルフって人よりも精霊に近いと言うだろう?」
「まあ、語弊がないと言えば嘘になるけど、そう捉えても良いかも知れないわ?」
「では聞くけど、精霊門はどうすれば開かれると思う?」
「知らないわ?」
『これだから人って奴はダメなんだよな』
『あら、何か知ってるの?』
『知らん』
『フェル? おしえられないことなの?』
『ロゼ……そうだな。 教えるもんじゃねえな? そんなに知りたきゃココに相談してみたらどうだ?』
『ココさん? あたくしたちと同じクラスの?』
『ああ。 あいつはスゲェぞ』
『へえ? フェルが人を褒めるなんてめずらしいね?』
「ハイエルフは精霊魔法は使えても精霊と契約していると言う訳ではないのか……」
「そうね、精霊との親和性が強いと言うだけかしら? それよりもピコたん?」
「ん、何だい?」
「学生寮にダークエルフのココさんが居たじゃない? 彼女こそ最も精霊と
「確かに……しかし、ダークエルフはコミュ障だと聞いたことがあるから、声をかけて良いものなのかどうか……」
「そうなの、ロゼたん?」
「コミュしょうってなに?」
「ロゼ、コミュ障ってのはコミュニケーションが苦手な人の事だ。 それからピコ君、ココさんはコミュ障なんかじゃありませんよ? 少し変わっていますが、とても気さくで話しやすいです」
「そう……なんだ。 それじゃあ、一度相談してみようかな?」
「ココさんて確か……お昼は食堂にいたような?」
「はい、あちらにおられますね」
ノラがメガネの端をくいっと上げて視線で言う。 その先に友達とランチを食べているココの姿はあった。
「ありがとう、ノラたん! ちょっとお願いしてくるよ!」
「あんたってわりかし物怖じしないわよね?」
「あはは、よく言われるよ!!」
ピコ君はココさんのところへ相談に行った。 そして、放課後に話を聞いてくれることになったらしい。
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