第129話 ココ=ベアトリクス
ダークエルフが住むとされている『スヴァルトアールヴの大樹海』は、ドヴェルグ王国(地の国)にあるニザヴェリル大丘陵の隣に位置している。
樹海の中に在って、他種族では決して辿り着く事が出来ないと云われている、メア・スヴァルト辺郷国(通称:黒精霊の国)がある。
辺郷国とは、公には認められてはいないが、治外法権が確立されており、民衆の代表とされる統治者(総統)が治める国である。
樹海の奥、『深海』と呼ばれる領域に入ると、樹々の間隔が狭くなり濃霧に包まれてダークエルフ以外の種族は牽制、或いは忌避される。
近代社会に在りながら、未だ秘境とされ、認識阻害効果が強い濃霧と、歪に辺郷国を覆い隠す樹木により、上空からの観測もままならない。
とは言え、まるで国交が無い訳ではなく、唯一この世界を結ぶ鉄道『ヨルムンガンド鉄道』(通称:ガン鉄)によってのみ出入国する事が出来る。 ただ、検疫や出入国審査はトップレベルに厳しいとされている。
また、住人の殆どはダークエルフが占めていて、他種族は許された極一部の者だけである。
ダークエルフと言う種族は基本的に他種族とは相容れない、コミュ障な種族なのである。 種族柄、視野にある種の闇がフィルタリングされており、一般的に眩しすぎて観ることが出来ないとされている精霊を可視化できるのである。 その為、精霊とのコミュ力は高く、生活基盤にも精霊との共存を基調とされている。
そんなメア・スヴァルト辺郷国がココ=ベアトリクスは住んでいた国である。
ココは学生だが、辺郷国は学校と言う概念がない。 コミュ障による不登校が相次いだ為、廃校が増え続け、教育は全てリモートによる通信教育で行われる様になったのだ。
学歴は各国共通の概念が存在していて、学力順にクラス別に分けられており、ロークラス・ミドルクラス・ハイクラスの三段階である。 また、それぞれのクラスにおいても、Dランク・Cランク・Bランク・Aランク・Sランクに細分化していて、年齢如何に関わらず、個々の能力によってランク分けされる。
また、実技の就学においては、MRデバイスによるバーチャル学習が行われている。
余談ではあるが、辺郷国の街は閑散として、人の気配はとても少ない。 しかし、バーチャルタウンの発展は目覚ましく、世界随一と言っても過言ではない。 バーチャルタウンの国民登録率、及びアクセス率は凡そ100%なのだ。
国民総コミュ障? 否。 この国の精神疾患にコミュ障や引きこもりと言ったカテゴリーは無いのだ。 何故なら、それが国民性であり、至極当たり前の普通の事であるからだ。
そんなメア・スヴァルト辺鄕国から飛び出して来たダークエルフのココ=ベアトリクス。 彼女は今、まさに冒険中なのだ。
国の外は未知の世界だ。 毎日が発見と驚きに満ちあふれていた。
ここ、ニヴルヘル冥国ナーストレンドにあるリリーズアカデミーに入学して住み込むことになった、ここ学生寮。
ココは今、とても気になっている事があった。
最近編入して入寮したばかりの兄妹、ノワールとロゼ。 と一緒にやって来た『フェル』。
そう、ココはフェルが気になって仕方がない。
もう一度言うが、ココはメア・スヴァルト辺鄕国出身だ。 彼女は精霊と親しく、視認することも容易である。 そんな彼女でも見たことがない精霊がいたのだ。
あの精霊はいったいどんな精霊なのか、皆目検討もつかない。 精霊にはその属性により、見た目も役割も様々だが、フェルのソレはどれにも当てはまらないのだ。
『おい、何見てやがる!?』
『ぼきゅ、きみのことが気になって』
『気にすんな』
『そんな事言ったって……』
『お前……イヌコロの匂いがするが』
『ん、クーちゃんの事? 分かるの?』
『クーちゃん……か、イヌコロも堕ちたもんだな?』
『クーちゃんの事は悪く言わないで!!』
『別に悪く言ったつもりはねえよ。 しかしよく従えたもんだな?』
『ぼきゅとクーちゃんはそんなんじゃないじょ! お友達なんだじょっ!?』
『ああ、そう言うスタンスね』
『そんなことよりさぁ、きみのことが知りたいんだじょ!! ぼきゅはきみが気になって仕方ないんだ!!』
『放っておいてくれないか? そもそもダークエルフって種族はコミュ障じゃねぇのかよ?』
『ぼきゅはメア・スヴァルトでも異端視されて来たくらいに、フレンドリーなんだじょ!』
『オメェ、大丈夫か!?』
『大丈夫じゃないくらいきみが気になってるけどっ!?』
『フェル〜!』
リビングにいるフェルにロゼが声を掛ける。
『ロゼ、こいつ何とかしてくれねぇか?』
『ん? ココたんがどうかした?』
『オレサマに付き纏うんだよ』
『え〜!? ココたんが!? いいな〜!!』
『オメェの頭ん中ど〜なってんだ!?』
『ん? 今はラーメンのことしかかんがえてないよ〜?』
『ラーメン?』
『ラーメン!?』
『ノワールがばんごはんはラーメンだからそろそろ呼んで来いって〜』
『そうか。 ココ、そう言うこった』
『どう言うこった!?』
〜ピンポ~ン♪
パタパタパタパタ……ガタッガタタン!
ロゼがキャラスリッパを鳴らしながら歩いて、玄関の建付けの悪い扉を開けた。
「あの……ここにノワールさんが……って、ロゼちゃん!!」
「ヘレンたん? 色がちがうからべつじんみたい〜! あ、ベノムたんも〜! あはははははは!!」
「いただきものなんだけど、チーズケーキを持って来たのよ。 皆で食べようと思って……って……何か臭くない?」
「ん? 今、ノワールがラーメンつくってるんだ〜」
「ラーメン? それって臭いの?」
「んん〜……、わかんない!! くさうま? あはははははは!!」
「おいヘレン、失礼だろう?」
「あら、ごめんなさいね。 ご飯時に失礼したわ! コレ置いていくから、失礼するわね?」
「あれ? ヘレンさん? あ、ベノムさんも。 声が聴こえたもんだから来てみたら、珍しいですね、こんなところまで?」
食堂から声のする廊下側へ出て来たノワールが言った。
帰ろうとしていたヘレンとベノムは立ち止まり、ノワールへと向き直す。
「ええ、美味しいと噂のチーズケーキを頂いたのだけれど、二人だと多いので皆で食べようかと……でもご飯時みたいだから、お
「そんなこと言わずに晩御飯、一緒に食べて行きませんか??」
「ラーメン? とお聞きしましたが、どのような食べ物なのでしょう?」
「ああ、この匂いですか? 確かに臭いから美味しそうには思えないかも知れませんね?」
「そんな事は……」
「いえいえ、臭いのは確かなので別に大丈夫ですよ! まあ、味見だけでもして行ってください。 たぶん?気に入っていただけるのではないかと思います」
「ノワールさんがそう仰るのなら……お邪魔しても宜しいのかしら?」
「ええ、ええ、どうぞ召し上がって行ってください」
ロゼがキャラスリッパを用意する。 ウラノス、ミノタウロス、キングオーク、マンティコアの4種類だ。 ヘレンは迷わずウラノスを履き、ベノムは少し考えてマンティコアのスリッパを履いた。
食堂には十人掛けのダイニングテーブルがあり、寮生と寮長は既に席に着いていた。
手伝いをしていたメリアスが二人を席に促す。
「こちらへどうぞぉつわりくだたい。 あ、ぁたちはメリアスでつ」
「皆さんお邪魔します。 私達はノワールさんとお友達で、ヘレンとベノムと申します」
「寮長のスクルドだ!」
「マリオンです」
「ココだじょ」
「マグヌスです……あの……し、し、し、失礼とは存じますが、もしかしてお二人は……!?」
「はい、ノワールさんのお知り合いと言う事でお話しますが、他言無用でお願いします。 私達兄妹は先日マダムのパーティーに出演したヘレンとベノムにございます」
「あ、何か気を使わせてしまってすみません。 僕が気が回らないものですから……皆さん、本当に黙っていてくださいね?」
「いえ、突然押しかけてきたのはこちらですので、お気遣いなく」
「ほ、ほほほほほ、本物だ!! ぶ、不躾だとは思いますが、後でサインをいただいても、良いですか!?」
「ええ、構いませんよ。 ご相伴に預かるお礼です」
「か、家宝にします!!」
「そんな、大袈裟ですわ。 ところで……あなたも寮生さん?」
「……………」
「……フェル、具現化してるの忘れてるぞ?」
「あ……。 チッ。 オレサマはフェルってんだ。 気にすんな」
「は、はい。 フェルさん、よろしくお願いします」
「さて、皆さん先に唐揚げと餃子を食べ始めておいてください。 順番にラーメンを作っていきますんで!」
「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」
テーブルの中央に設置された唐揚げマウンテンがみるみるうちに崩されていく。 また、二箇所に分けられて設置されている餃子も瞬く間に数を減らす。
「この唐揚げと言うのか? 旨いな……」
「確かパーティーにも置いておりましたが、やはり食べてられませんでしたものね」
そして次々とラーメンが運ばれていく。
「なんだコレ!? コレだけで完成されているんじゃねえか!?」
「ほんとだな!! カレーに匹敵する美味しさではない、か!! 街にもスープに麺が入った食べ物があるが、比べ物にならないな!?」
「あの臭い匂いはどこに消えたんだ!? 本当に同じ食べ物なのか!?」
「ぉ肉がトロットロでつぉ!」
「このコリコリとした野菜も美味しいじょ」
「お……美味しいです……本当に」
「ああ、驚いた。 街ではこんなの食ったことがないぞ……」
「ノワール!! これもサイコー!! カレーの次くらいに!!」
「そうか、良かったな。 皆さん、麺だけならお代わりがあるので言ってください。 麺の硬さを標準にしているので、堅め柔らかめも言ってくれたら調整します」
「やはりノワールさんは凄いですねぇ」
「何の事ですか?」
「いえ、次々と新しいモノを生み出して行くと言うか……」
「そうですかね? ベノムさんやヘレンさんの歌のほうがよっぽど凄いと思うんですが?」
「俺やヘレンの歌の指導だってノワールさんじゃないですか!?」
「お前、学校の外で何やってんだ?」
「え? ……ぼ、ボランティア?」
「お前……何か隠してんだろ? まさかリルちゃんとも知り合いなのか!? おい!!」
「え……リル? 知らない子ですね?」
「最近マグヌスは推し活始めたらしいですよ?」
「あ、マリオン、てめぇいらんこと言うんじゃねえ!」
「何いってんだよ、独り言が駄々漏れなんだよお前」
「なっ!?」
マグヌスは俯いてラーメンのスープを
「リルさんは今度は本選があるので会場は帝都になるみたいです。 学生だとナーストレンドからでは行けそうにありませんね?」
「ライブ映像で観るから良いんすよ」
「受かると良いですね!」
「お二人は審査員ではないんですか?」
「私達は予選だけですね。 あとはコンテンツに併せた選考になるので、本社で行われる予定です」
「大丈夫だよ? あのこは受かるから!」
「ロゼちゃんは前回も言ってたよね。 でも本当に受かったから、少し信憑性も出て来るよな……うん、信じるよ!! 受かって欲しいし!!」
「私から見ても彼女は文字通りの華があります。 けっこう良い線行くんじゃないですかね?」
「うわあ! そんな事言われると断然期待しちゃいますよ!!」
─ワハハハハハハハ!
皆お腹が膨れたが、デザートは別腹だとかでチーズケーキも食べてご満悦だ。
ベノムさんとヘレンさんは食後のコーヒーを飲んで、まったりしてから帰宅した。
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