第128話 兄妹の休日3

 ………………。


 街を歩くだけで視線を集めるとか……なんだコレ?

 変装してベノムとヘレンと言う事はバレていない筈だが……? もしかしてバレてるのか!?


 俺とレナはマリアンヌさんのお店で購入した服に着替えて、約束していた、ケットシー洋菓子店へと向かって歩いていた。

 歩いていただけの筈が、何故か人目を引いている。


─何故だ!?



「ゲオルグ、キョロキョロしないで真っ直ぐ歩いてちょうだい? 余計に目立ってしまうわ?」


「あ、ああ……」



 さっきからケツに紐がくい込んで気持ち悪い。 何やら下着の線が浮き出ないオシャレな下着なのだとかで、レナが選んだ下着なのだが……前以外はほぼ紐なのだ。

 レナは上機嫌で隣を歩くが、人目は気にならないのか?



「ほら、ゲオルグ! お店が見えて参りましたわ!」


「なあ、レナ? めちゃくちゃ並んでねぇか?」


「ゲオルグ、私達も並ぶのよ?」


「そう……なのか?」


「ええ。 予約は受け付けていないらしいの」


「………………」



 皆の視線が何故か俺達に集中する。 店の入口まで十人くらいだろうか……かなり待ちそうだが、レナは上機嫌みたいだ。 解せん。


 店は赤いレンガに鮮やかな緑の蔦が生い茂り、オーク材で出来た猫の看板がトレードマークとなっているらしい。


 看板の前で女性たちが写真を撮っている。 レナによるとソレをSNSにアップするらしい。

 レナも早速MEMEミームにアップしている。


〜ミーム♪


 俺も入っているミーム・グループに投稿したみたいだ。 すぐにスタンプが……うわぁ、皆の反応が早い。 マキナさんとモイラ三姉妹のハートラッシュ!! レナは何を着ても似合うからな。 俺は引き立て役が出来ていたら良いか。



 「ゲオルグ、このお店のランチでカレーが食べられるらしいわ。 一度食べてみようと思うのだけれど、どう思う?」


「実は俺もまだ食べたこと無いんだ。 マダムのパーティーの時は、コース料理でお腹が膨れて食べられなかったからな。

 自分が取り扱っている商品の味がどんなものが知らないと言うのもおかしい話だ。 今日はいい機会だな」


「お姉様方から聴いた話では、それはそれは美味しいのだとか。 マキナさんは世界一美味し料理なんだって、ふんぞり返って言ってましたし?

 ロゼちゃんなんかはカレーの話するだけで、よだれが垂れてしまうらしいですのよ。 うふふ♪」


「お、おう……。 楽しみだな?」


「ええ、そりゃあもう! あ、順番が回って来ましたわよゲオルグ、入りましょう!」



 俺はレナに手を引かれて、店の中へと足を踏み入れた。

 小麦粉とバター、そして砂糖の甘い香りと共に、とてもスパイシーな香りが漂ってくる。

 見れば、店内の飲食スペースでは、皆が皆同じようなモノを食べている。 きっとアレがカレーと呼ばれるものだろう。

 見た目だけではとても判断し難い、ライスに茶色い液状のモノがかかっていて、赤い何かが添えられているだけだ。



「いらっしゃいませ♪ 当店は初めてですかぁ!?」



 白い獣人族の……この娘、オーディションの時の!?



「ええ、初めてですわ」


「初めてのご来店、ありがとうございます! この時間ランチしか提供しておりませんが、宜しかったですかぁ?」


「あら、デザートまではいただけませんのね?」


「はいぃ、見ての通りお並びいただいている次第で、この時間のデザートはテイクアウトのみとなっております!」


「解ったわ。 ゲオルグはカレーで宜しいのですね?」


「ああ、頼む」


「では、AランチとBランチでお願いします」



 ちなみにAランチはカレー、サラダ、ドリンク。 Bランチはグラタン、サラダ、ドリンクだ。 レナは二人でシェアして食べるつもりなのだろう。


「かしこまりました♪ お飲み物はどうなさいますか? ドリンクメニューは下の方にございますよぉ!」


「この……コーラってのは?」


「はい、炭酸飲料なんですが、甘くてスパイシーな飲み物となっておりますよぉ♪」


「こちらのラッシーと言うのは?」


「そちらは乳酸飲料となります。 爽やかな酸味のあるヨーグルトのような飲み物ですよぉ♪」


「じゃあ、俺はコーラ」


「私はラッシーをお願いします」


「かしこまりましたぁ♪ しばらくお待ちを〜!」



 変わらず元気で明るい娘だ。 レジ打ちしている娘も会場で見た気がする。 付き添いだったのかな?


 店内は全体的に可愛く飾られていて、女性客が多いことからも対象に併せてそうしているのだろう。 少しむず痒い居心地だが、俺はレナの話に頷きつつ時間が過ぎるのを待った。



 リオさんだと思われる獣耳メイドさんが、尻尾ふりふりオーダーしたものを運んでくれる。

 食欲を刺激するスパイスの香りが、テーブルに付く前から鼻腔をくすぐり、自然と視線を奪われる。


 俺の前にはカレー、レナの前にはグラタンが配膳されて「ごゆっくり♪」と食事を促される。



「どうしたんだ?」



 レナが大きく口を開けて口の中を見せてくる。



「あ〜ん」


「おい……自分で食えるだろう?」


「あ〜ん」


「………………ほら」


「あむっ…………んーっ!?」


「ゲオルグ、ゲオルグ!!」


「どうした?」


「も、もうひとくち!!」


「おい、俺はまだ……ん、ほら!」



 何なら今回は食い気味に乗り出してきた……あのレナが? そんなに旨い…のか?



「ん──────っ♪」


「そんなに旨いのか?」


「ゲオルグも食べてみれば分かりますわ!」


「──っ。 そうしよう」



 俺は出そうとした言葉を飲み込んで、カレーをひとくち口に含んだ。



「うおっ!?」



 ヤバい。 声に漏れ出てしまった。 いやまあ、周囲も皆カレーを食べていて同じ様な反応をしているのだが。



「すまん……しかしコレは……旨すぎないか?」


「はい。 私も美味し過ぎてしまって、はしたなくもおかわりを要求してしまいましたわ。 うふふ♪」


「そうか、印税の収入の異常さがようやく合点がいった気がする」


「ノワール様のお陰で今の私達があるのは間違いありませんものね♪」



 レジ打ちをしていた女性の猫耳がピクリと動く。



「ああ、彼には何かお返しが出来ないかとずっと考えているのだが、何を考えても受けた恩義の対価としては不十分なんだ」


「そうですわね……存在そのものが大き過ぎて、私達がお力になれることなんて知れてますもの。 お金にしても、私達が得意とする音楽としても、遠く及ばない存在だわ。 マダムが人を褒めるなるて、彼くらいですもの」



 レジの女性の猫耳がピクピクと細かく動いて、なんなら少しソワソワしているようだ。



「ゲオルグ、はいどうぞ!」


「レナ!? 俺は自分で食べられるが?」


「知っていますわよ? ほら、あ〜ん!」


「…………………」



 最近レナが明るくなったのは良いが、俺にべったりなのは良くないような気がするが。

 ずっと花街にいた事を考えると、今だけは自由にさせてやりたい気持ちもある。

 黙って口を開ける。



「ん。 これも旨いな? 魚介の味が広がって風味が豊かだ。 そして何よりこのチーズ……ふんだんに使われていて濃厚なのが良い」


「ええ、ええ! ここのお料理、どれも秀逸ですわ。 明日も来ようかしら?」


「まあ、列を並ぶのは億劫だが、それに見合う価値は十分にあるな」



 気付けば猫耳店員が近くに来ていた。 そして、他に聞こえにくい様に、小声で話しかけてきた。



「あのぉ……聞き耳立ててたみたいで失礼だとは思ったのですが、私、どうしても我慢出来なくて……」


「っ!? ……どうかなさいましたか?」



 やべ。 俺達の事はともかく、ノワールさんたちに迷惑がかかるのは避けたい。 俺は気持ちを切り替えて慎重に話を促す。



「ノワールさんのお知り合い……と言うか、今気付きましたが、お二人とも先日の……いえ、失礼しました。 お名前は伏せておきます」


「………………」



 さすが獣人族と言うわけか。 全てバレているみたいだ。 何を話すか知れないが、迂闊な行動は避けなければ、色んなところに迷惑がかかってしまう。



?」



 ヤバいな、レナが声に魔力を乗せて威圧をかけている。



「……は、はい。 失礼を承知でお伺いします。 お二方はノワールさんのお知り合いなのですか?」


「……それを聞いてどうする?」


「わ、私もっ……ノワールさんの友達なんです。 良ければお話したいなと思っただけですが、おデート中に失礼でしたよね! 申し訳ありません!」


「あら貴女、ノワールさんの?」


「はい。 彼にはとてもお世話になっていて、あの、その、私も何かお返しが出来ないかと、思っているのですが、情報が少な過ぎて……」


「あらあらまあまあ。 彼のこと……なのね?」



 獣人族の猫耳娘は顔を真赤にして頷く。 どうやら怪しいモノではなさそうだが、やはりノワールさんに迷惑をかけないように立ち回らなければ……。



「彼に好意を抱いているにせよ、俺たちも彼に迷惑をかけるわけにはいかない。 プライベートな情報は教えられないし、なんなら君のほうが詳しいのではないか?」


「わ、私は学校でいる時の彼しか知らないので……」


「ゲオルグ? 恋をする乙女と言うものは、相手の事を知りたいものよ? とは言え、店員さん? 私たちとしても教えられる情報は少ないの。 許してちょうだい?」


「いえ、こちらこそ、出しゃばった真似を、お食事の邪魔をしてすみませんでした!!」


「だけど、私たちも彼の情報が欲しいわ。 MEMEミーム交換ならしてあげてもよろしくってよ?」


「本当ですか!? ありがとうございます!!」


「うふふ。 可愛いわね♪ 私、貴女みたいな娘、好きよ」


「か、か、可愛いだなんて! 私なんかがとてもとても!!」


「あら、気付いてないのかしら? 恋する乙女は輝いて見えているものよ?」



 彼女はまた顔を赤らめて俯いてしまった。 確かに可愛いな。



「ゲオルグ?」


「ん?」


「少し注目され過ぎたみたいだわ。 また来ましょう」


「わ、わ! 何かすみません! お会計しますね!!」



 彼女は慌ててレジに向かう。 俺たちも荷物をもってそちらに向かう。

 指定された料金を電子決済する。


─にゃあ♪



「ありがとうございました!!」(こちらはお詫びのチーズケーキです。 後で召し上がってください!)


「あらあら。 こちらこそご馳走様。 また来るわね♪」



 レナは最高の笑顔を置いて、俺たちは店を出た。

 ノワールさんの影響力って……本当に計り知れないな。


 俺たちが店を出る頃には店の前の列は倍以上に伸びていた。 少しゾッとしながらも、俺たちは帰路へ……帰る気あるのか? 何故か家路とは違う方角へと歩き出すレナ。 後を追う他ないが、いったい何処へ向かうのだろうか。


 以前とは打って変わって行動的になったレナを、俺は素直に喜んでいる。 多少、驚かされる事はあるが、俺はそんな彼女を見守ると決めたのだ。



──────────────



ゲオルグ&レナのデートイメージを挿絵として描いております。


同時に加須千花先生とのコラボキャラ、モーヴ・モブデッサさんからのファンレターが届いております。 コメント欄を参照ください。



挿絵&ファンレターのリンク先

     ↓

https://kakuyomu.jp/users/dark-unknown/news/16818023213717792257

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