第127話 兄妹の休日2
それなりに殿方の身体は見慣れた筈だった。
しかし
眼の前に横たわるソレは、どんな男のソレとも異なり、私の身体の芯を熱くする。
線は細いのに引き締まった身体は、凹凸がくっきりと浮き立っていて、太い血管が浮き出て見える。
胸の鼓動が速まり、月光石の薄明かりに照らされる、ベッドの上のソレから目を逸らせない。
一部布切れで隠された彼は、私の心の臓を止めて、殺してしまいそうになるほどに……愛おしい。
私は駄目な妹だ。 もはや妹と呼ぶには兄から離れ過ぎてしまった。 心も、身体も、家族の血なんて感じられない。 そうでもなければ、こんなに胸がときめく筈がないのだから。
私も人生の世知辛さを、身を以て思い知らされたクチだ。 それなりに泥水を
なのでもう、我慢することも、諦めることも、私はしない!!
私は自分の心に素直に生きると決めたのだ。
ゲオルグ兄さんが、
否!
私はゲオルグが好きだ!
心の底から彼を愛している。
もう、理屈なんてどうでも良いし、好きにならない理由を探す方がナンセンスだ。
このまま彼を襲ってしまいたいが、彼に嫌われるのだけは避けたい。
彼に嫌われるくらいなら、距離を置かれるくらいなら、まだ妹を装っているほうがマシだ。
私は生唾を飲む。
こんなふしだらな女、ゲオルグはきっと好きではないだろう。 それでも突き上げてくる衝動に抗えない。 頭の中だけでも暴走したって構わないでしょうよ。
私は汚れた女。
ふしだらな女。
彼には似つかわしくない女だ。
本来なら身を引くべきなのだろう。
だがしかし!
私は
彼の近くで彼の幸せを祈りつつ、あわよくばそのお零れを頂戴して生きていく。
そう決めたのだ。
月光石の照明から日光石の照明へと移り変わり外が白んで来た。
私は
塩味が口の中に広がる。
「舐め回したい……」
嗚呼……ゲオルグはこんな私を見たら何て思うのだろう。 怖い気持ちもあるが、ゲオルグがどんな反応を示すのか、知りたいと言う気持ちも無いわけではない。
やがて、何事も無かったかのように私は家事をして、彼が起きた時の為に、食事の仕込みと着替えの準備をしておいた。
彼を睡眠からゆっくりと覚めるように、寝室の空気を入れ替えてゆく。
案の定彼は目を覚まし、いつもの優しい笑顔をこちらに向けてくれる。
私は彼の所望する珈す琲の準備をし、汗を流しに行った風呂場へと足を踏み入れた。
ゲオルグはいつもはタイトな服装を着ている為に、家ではラフな服装を好む、が、私はそれを認めない。
私は彼を着せ替え人形のようにして
そうだ、私色に染め上げたいのだ。
私は自分が選んで買った服とジャージを取り替える。
そして……。
彼の脱ぎ捨てた服と下着を拾い上げて、顔を
何度も。
ゲオルグが出てきたら何て思うだろう。 ドキドキしながら彼の昨夜の身体を妄想する。 あの身体が今、びしょ濡れのだ。
身悶えしそうなほどに身体が
しかし、すぐに彼は出て来るので、トリップしている余裕はない。 私はお湯を沸かし、コーヒーの豆を挽き始め、パンをオーブンへと放り込んだ。
バレてはいけない。
この関係を破綻させては、もはや生きる理由そのものを失ってしまいそうだ。
風呂上がりのゲオルグは、すっかり丸っぽ私の色に染まっていた。 勿論下着も私が用意したモノだ。 スラックスに下着の線が浮き出ないと巷で噂の男性下着。
髪の毛はまだ濡れていて、バスタオルを頭から被っている。 ゲオルグは髪が長いので、乾かすのに時間がかかるのだ。
私は紅茶を飲みながら、ゲオルグの湿っぽい髪から滴る水滴を目で追いかけていた。
頬を伝い、首筋に入り、太く突き出た喉元を過ぎると、鎖骨で少し留まり、やがて分厚い胸の谷に潜り込んで行く。
紅茶の味が脳内変換されて、あの聖水の味へと変わる。 私はもう普通の女性には戻れそうにない。 それでもいい。
今、私は幸せなのだ。
「このモーヴとか言う娘は、毎日のように手紙をくれるのだが」
最近ゲオルグにご執心の女性。 ゲオルグは人気で彼を好きな女性はそれこそ山のようにいる。
しかしこのモーヴと言う女はゲオルグの懐に忍び込みつつある。
別に排除するつもりはない。 現にゲオルグの、ひいてはサマエルの手助けとなって、実績を上げている事は確かなのだ。
そして私はゲオルグの恋愛を邪魔するつもりもない。 私はただゲオルグの側にいられるだけで幸せなのだから。 彼が結婚すると言うのなら私は喜んで祝うだろう。
されど、私を彼のそばに置いてくれると言うのならば、だ! メイドでも側仕えでも何でも良い。 あわよくば妾にでもして欲しいがそれは叶わないだろう。
ゲオルグが幸せであることが大前提だが。
「レナ……口にジャムがベッタリと付いてるぞ?」
「もうっ!!」
私は怒ったフリをして、洗面所に行くついでに、彼の椅子にかかったままのバスタオルを持って行く。
洗面所までの道すがら、言うまでもなく私は嬉々として、顔を
口のジャムなんて、この為にわざと付けたに決まっているのだから。
この後、私はゲオルグを街に誘い出すことに成功した。
今、巷で噂の洋菓子店へ行くと言う名目で、一日デートに連れ回す算段だ。
ゲオルグの選んだ下着で、今度は私を着飾るのだ。 私の見た目はとても殿方を刺激するのだとか。 私自身をゲオルグ色に染め上げて、それをゲオルグに見せつければ、ゲオルグは私に欲情してくるだろうか。
そんな淫らな事を考えつつ、今日のデートコースを組み立てる。
ナーストレンドの西街は商業施設が密集していて、若者が集まって来る。 最近のトレンドやオリジナルを主張するような個性的なファッションが目立つ。
私はそんな下卑たトレンドや見た目に流されない。
ゲオルグは私の色に染めるのだ。 そして私も他とは違う色に、ゲオルグ色に成りたい。
「ゲオルグ、兄さん? 向こうに個人がやっている小さなお店があるの、そちらに向かいましょう」
「ああ、しかし、向こうの大きなお店の方が品数があって物色出来るのではないか?」
「私の顔馴染みのお店なのです。 いつもそちらで買ってますのよ?」
「そうか、レナの顔馴染みと言うとワグナー家御用達だったあの?」
「いいえ? 昔の私は捨てました。 花街時代にお世話になったお店なのです」
「そうか。 じゃあ行こう」
私達は繁華街を抜けて、少し
店の入口は狭いが、中は存外広く、街の奇抜さは微塵も感じさせない、落ち着いた感じの服が綺麗に並んでいる。
城の高級娼婦の服はこの店の店主に一任して受注生産されている。 その娼婦に合った下着や服が出来上がって納品されるのだが、商品が届く度にそのセンスの良さに驚かされたものだ。
「お久しぶりですマリアンヌさん。 今日も宜しくお願いします」
「あらあら、久しぶりね? かつての姫君が今や歌姫だなんて、いつかは舞台衣装も縫わせて欲しいわね?」
「うふふ。 次の衣装はマリアンヌさんに縫ってもらえるように、ローレンさん……プロデューサーさんにお願いしてみるわ?」
「あはははは、冗談のつもりだっんだけどねえ。 その時は気合入れて縫うわよ!? 例の服なら出来ているわ。 お兄様のサイズは貴女からいただいたデータで作っているけど、貴女のサイズはそのままなのよね?」
「ええ、そのままです。 ありがとうございます! さあ、お兄様? この中から私に似合う服を選んでくださいな?」
「どれ……おい? これ、下着じゃねえか?」
ゲオルグが顔を隠して上目遣いにこちらを睨みつける。
私は澄ました顔をして言ってやる。
「ええ、そうですわ。 あなたが今履いている下着は私が選んだモノ。 今度はお兄様が選んでくださるかしら? その先に服の方もあるから、そちらも宜しくね?」
「くっ……」
ゲオルグは耳まで赤くして、カタログをめくる。
「下着はコレとコレ。 それから服はコレとコレとコレだ!」
「あら早い、そして意外とセンスが良いのね? それにしても……データからとても良い体付きを想像していたけれど、本当にモデルさんみたいに細身で締まった身体。 顔立ちも端正ね?」
「ええ、私の自慢のお兄様ですわ!!」
「着替えて行くんだったわよね? 奥の部屋を使ってちょうだい? 兄妹でもパーテションは必要ね」
「いいえ、必要ありませんわ。 お兄様なら私の身体を見られても恥ずかしくはありません」
私は意を汲んで欲しくて、マリアンヌさんに目配せをする。 マリアンヌさんは何を察したのか、ひとつニコリと笑う。
「おい、俺は恥ずかしいのだが……」
「何を言ってるの、ヘレンちゃんはとても良い身体なんだから、見て損はないわよ?」
「マリアンヌさんまで変な事言わないでくださいよ?」
「あら、それとも妹の裸を見て欲情してしまうのかしら?」
ナイス、マリアンヌさん!!
「それは……私も男ですから、分かりませんよ」
へぇ……分からない、のね。
「あはははは!! その気になったら仰りなさいな? この国、ニヴルヘルでは異母兄妹の結婚は認められているのよ?」
「マリアンヌさん!?」
知ってる。 けど、私の重量級の気持ちを押し付ける勇気がないだけ。
「まあ、条件として魔族同士に限るのだけれど? 他の種族と違って魔族は近親でも異形が生まれないのよ?」
「あら、お兄様? お具合でも悪いのかしら? お顔が真っ赤になっておりますわよ?」
「レナ、おま……っ!?」
「良いから着替えてらっしゃいな。 仕立て直しが必要かどうか、アタシも確認したいんだからさ?」
「わ、判りましたよ! れ、レナ! 行くぞっ!!」
「はい! お兄様♡」
「何だよ、その余所行きみたいな『お兄様』はよ!?」
「じゃあ、お兄様? ゲオルグって呼んでも宜しいかしら?」
「げ、ゲオ?……まあ、俺もお前のことレナって呼び捨てだしな……別に好きに呼べば良いだろう?」
「っ!? じ、じゃあ! ゲオルグ!!」
「ばか、さっさと着替えるぞ!」
「うん、ゲオルグ♡」
ドキドキお着替えタイムです。 ゲオルグは私の今の身体を見て、どう思うのかしら? 期待半分不安半分……。
私は着替えを想定してワンピースを着て来た。
「ゲオルグ……お願い」
私は後ろ髪をかき上げてワンピースの背中のボタンを外すようにゲオルグにお願いする。
「お前、自分で出来るんだろ?」
「あらあら、やっぱり意識していらっしゃるのかしら?」
「ばっ! ばかっ! そんなわけねぇだろ!? ほら、後ろ向け!」
ゲオルグはとてもぎこち無い手付きで、背中のボタンを一つずつ外してゆく。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ……。
全て外し終えるとゲオルグは、んっと一言こぼしてむこうを向いた。
私はブラのホックを外して、最後の一枚まで脱ぎ終えると。
「ゲオルグ……」
「ん?」
「こっちを……見て?」
「早過ぎないか? ……ちゃんと着たのか?」
「ん、大丈夫」
ゲオルグがゆっくりとこちらを……。
「お、おまっ!! 嘘つけ!!」
「うふふ。 欲情……しました?」
「そ、そそ、そんなこと……いいから早く着ろよ!!」
ゲオルグ……お可愛いこと♡
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