第121話 合格者発表

 マグヌスは次か次かとリルの登場を待っていた。 早く見たい。 見届けたい。 受かっても受からなくても、彼女の全てを追いかけて、見ていたい。 一歩違えればストーカーと同じ様な思考回路になりかけていた。


 アイドルの追っかけなんてものは半分ストーカーと言っても過言ではないのかも知れない。 スケジュールを調べて、コンサートへ参加して、グッズを買って出待ちをする。 その行動に幸せを見出すと言うのならば、やはりそうなのだろう。


 既に自作のキーホルダーにもリルの写真が収まっているのだから。



「さあ、大詰めです。 最後の大トリとなりました美少女はリルさんです!! 最後はどんな特技を見せてくれるのでしょうか!? どうぞ!!」



 舞台袖に向かって左側にマリアたちの司会席がある。 その反対側の舞台袖からひょっこりと顔を覗かせて会場を見ている小さな少女にライトが当たる。


 ライトにびっくりした少女は一旦引っ込んで、少し間を開けて素知らぬ顔で歩いて出て来た。


 センターマイクまで来て、話そうとしたら少しマイクが高いことに気付いてマイクの位置を正す。

 

─ピギーッゴゴー…


 マイクが軽く音を出したが、なんとか良い位置にマイクが来たので、リルは息を胸いっぱい吸い込んだ。



「ワタシノナマエハリルデス!!」



 元気いっぱい自己紹介をしたのだが、マイクのスイッチが入っていなかった!

 一瞬時間が止まって顔を赤くするも、そそくさとマイクのスイッチを探す。


─ブツッ……



「あーあーっ!」



 マイクの入りを確かめる。



「私の名前はリルです!! 両親に小さいからリルって付けたんだって聴いて、怒ったのですが、大きくなってもこの通り小さいので、今ではピッタリの名前を付けてくれた事に感謝半分、悔しさ半分の複雑な気分です!!」



─ワハハハハハハハハ!!



「私の特技はっ!! 手品マジックです!!」



 舞台袖から現れたスタッフが、リルが持って行くのを忘れたマジックの道具を持って来た。



 「ス、スミマセンスミマセン! ソシテ、アリガトウゴザイマス!」



 持って来てくれたスタッフに顔を赤くしてペコペコ頭を下げまくる。

 そして、弓矢を受け取ったリルは、センターマイクに身体を向き直して息を吸う。



「すぅっ! これから、この矢先やさきの付いていない弓矢でイリュージョンをお見せします!! ふんす!」



 吸い込んだ呼吸音と、気合を入れて出た鼻息を、センターマイクはつぶさに拾った。


 会場からクスクスと笑い声が小さく咲いている。


 しかし、マグヌスと言えば、ハラハラドキドキしながら、もう三度くらいはキュン死しかけている。


 舞台上のリルはちいさな身体で弓を番えて、矢尻を会場の宙空へと向けた。



「花魔法!! 月に叢雲花に風!! 大輪万華鏡!!」



 リルが放った矢が天にめがけて線を描き、見えなくなった。


 しばしの間があり。


 空が次第に陰り始める。


 見ると月光石の光をさえぎるほどに、大きな花がぐんぐんと空を覆い尽くそうとしている。


 皆が花に気付いたと同時に会場から、うわぁと声があがる。


 やがて会場が真っ暗になろうかと言う頃、リルが空に向かってふうっと軽く息を吹きかけた。



「花嵐!!」



 途端に空を覆い尽くしていた花々が、風に煽られてハラハラと花びらを散らして行く。

 次第に幾条いくすじもの光が花叢はなむらの隙間から差し込み、色とりどりの花びらがひらひらと会場に舞い落ちてくる。

 徐々にその量を増し、大量の花びらが風に煽られて、降り注ぐフラワーシャワー。


 会場から、わあぁっと感嘆の声が漏れ始め、それが大きくなって歓声に変わり、そのまま拍手に移り変わる。

 そして会場に来ていた全ての人々に花が咲き乱れていく。


─ワアアアアアアアアア!!

─パチパチパチパチパチ!!


 日の光に表情を変えながら降り注ぐ花弁は地面に着くと、ふわっと雪が溶けるように消えて行く。

 全ての花弁が消えた後の会場には、一面のお花畑が広がっていた。


─パチパチパチパチパチ!!


 拍手は鳴り止むことなく続けられて、リルがお辞儀をして舞台袖に帰るまで続いた。


 舞台袖に帰って行くリルの顔ときたら、やりきった感でいっぱいなのか、ホクホク顔だ。

 それを見てマグヌスは、ほっとため息をつくと、自分の胸を撫で下ろした。



「さいっ……





 ……っこうにエモい!! そして可愛い!! 可愛すぎる!!」



 マグヌスはあまりの衝撃に打ちのめされている。 もう放心状態である。



「さあて、リルちゃんの手品マジック……あれは手品マジックなの? まあ、その辺はさておき、凄かったですねぇ!!

 そして、これにて出場者の紹介と特技の披露は終了します!! これから審議に入りますので、結果まで残られる方はそのまはまお待ち下さい」



 会場の見学者たちはほとんど帰らずに結果を待っている。 もちろんマグヌスも同じだ。



─別室



「何です、今の?」


「花魔法とか言うておったの?」


「リルたんか〜いかった〜♪」


「ん!?…………もぐもぐもぐもぐ…ごきゅん。 一瞬食べるのを忘れておったわ!」


「「私も」」


「もう、ずっと忘れていてください」


「「「ひどい!?」」」


「さて、出揃いましたね」


「審査員の皆さんは選びましたか?」



─会場・審査員席


 審査員の五人は軽く頷くと、手元の紙を封筒に入れて回収に来たダフネに手渡した。


 会場の見学者はあくまでも見学者であって、投票の権利はない。 観客の反応を見るためだけのエキストラに過ぎないのだ。


 回収された封筒はすぐに運営本部の部屋に運ばれて審議に入る為に、審査員も部屋へ移動を始める。


 見学者は誰一人帰ろうとはしない。



─運営本部・審議室


 リリーズキャッスルのカンファレンスルームに特設審議室が設けられている。


 別室でモニタリングしていたノワール、ロゼ、マキナ、モイラ三姉妹。

 そして審査員として会場にいたローレン、マダム、ベノム、ヘレン、ルキナ。

 そして裏で控えていたマッキーナ、ネモ、ミレディと、司会進行役のマリア、ダフネの十六人が集まった。


 このメンバーで全国五箇所で開催された予選の選考により、およそ十五名選出しなければならない。


 とりわけ、先ずはこの会場の三名を先行して決める必要があるが……。



「ひとつ良いかしら?」


「マダム? どうぞ」


「アンネローゼは人間って書いているけれど、魔族・サキュバスの血が混じっているわね。 或いは本人は無自覚かも知れないから、会場での意見は控えたのだけれど」


「それはどうして分かるんですか?」


「あら、気づかなかった?」


「まだまだだな、今はノワールだっけか? 魅了だよ。

 スキルとして大々的にゃあ使っちゃいねぇが、薄っすら滲み出てるな。 見学者の食いつきが良かったり、事前人気投票の投票数が頭一つ抜きん出てたりするのはそのせいだ」


「ネモさんは分かるんですね、本当に僕はまだまだだなぁ……」


「けど、彼女は確かに可愛いし、アイドルとしての度量もあるかと思います。

 実際に歌もダンスも標準以上で、あれだけキャラが作れるなら、いろんなコンテンツで活躍出来ると思います」


「ローレンさんの言う通り、彼女は普通に人気も高いし、様々な場面で活躍出来るでしょう。

 しかし、今一度思い出して欲しいのですが、私がこのオーディションを始めるに当たって言った事を覚えていますよね?」


「『アイドルはファンがいて成り立つ』ですね。 そして、『ファンとはアイドルを育てるもの』 『アイドルは磨かれた宝石よりも、これから磨きあげる原石でなければならない』と」


「その通りです。 その条件に当てはまる人物を最優先に考えてみてください。 その『ファン』を『熱狂』させるのは、『夢中』にさせるのは誰か!? 極端に言うなれば、アイドルはファンの手の届きそうで届かない恋愛対象でなければならないのです!」



 ノワールは、水を一口飲んで間を開ける。



「審査員の方には選考用紙に書いていただいておりますが、変更してもらって構いません。

 あと、例のアレに関しても考えなければなりませんが、この会場で該当する人物はリオさんだけでした。

 つまり、一枠は確定となりますので、残りの二枠を決めていただきます」


「私はリルたんだ〜♪ ロゼも頑張ったら花魔法使えるかな〜?」


「ロゼはブレないな」


「「「何を仰っているのかしら、私達もですわよ?」」」


「三人が言うと確定みたいになるので、最後に伺いたかったんですがね……」


「まあ、誰が観てもあの娘はアイドルのたまごであろう?」


「あたしもお持ち帰りしたくなったかしら」


「マダム? やめてください!」 


「ノワール、冗談も分からないと嫌われるわよ?」


「あの……私は基本的に私情は挟まないタチなのですが……私もリルさんを推したいと思いました」


「ローレンさん!? アイドルですからね!? 手を出しちゃ駄目ですよ!? 絶対に!!」


「そ! そそそそそそ、そんなんじゃないですからっ!! 本当に単純にプロデューサーとして彼女を育てたいなと思いまして……」


「なら、他の誰が何を言っても仕方ないじゃない? 残り一枠ね?」


「弟よ」


「何ですか、姉さん?」


「グループアイドルと言うのはリーダー的なポジションはあるのか?」


「そうですね……面倒見の良いまとめ役が居ればチームとしてまとまります。 出来ればチームを引っ張れるカリスマを持っていれば最高です。

 それとは別にセンターと言うポジションがありますが、これはチームの人気を牽引する、一番人気のメンバーがなれるポジションがあります」


「それならば、やはりアンネローゼの存在は無視出来んのではないか?? 彼女は若いし、まだまだ頭打ちと言う事もなかろう。 伸び代もあるのではないか?」


「そうもとれます。 しかし、選考はこのナーストレンドだけではないので、絶対に彼女でないといけない訳でもありません」


「ふむ」


「けど、アナタの感じじゃマリーベルもリーゼロッテも当てはまらないみたいだし、他はどれも横並びだったでしょう?

 そして、リーゼロッテはダメ出ししていたし、となるとアンネローゼかマリーベルになるけど、この二択ならアンネローゼじゃない??」


「まあ……その通りですけどねマリアさん。 他に何か意見はありませんか??」


─………………。 


「良いんじゃねえか? そんなもんだろう? どうなんだ、プロデューサー、どのみちあんたの仕事になるんだぜ?」


「そう……ですね! 決めました! リオ、リル、アンネローゼの三名をこのナーストレンド予選会場の合格者とします!!」



─パチパチパチパチパチ!!


 合格者は決まった。


 会場では選考結果を待ち侘びている見学者がいる。

 司会席にマリアが戻り、封筒を舞台中央のローレンへと手渡す。



「それでは、合格者を発表します!!」


─パチパチパチパチパチ!!


「順位は申し上げません。 合格者三名の名前のみ発表いたします!!」


─ザワザワザワザワ…


 会場がザワついてローレンの一言を待つ。



「リオ! アンネローゼ! リル! 以上の三名を合格とします!

 本選は帝国での審査となります! 日時は追って連絡しますので、それまでお待ち下さい!! それでは皆さん、本日は当社のイベントに参加していただき、まことにありがとうございました!!

 つきましては、モモキッスのサイン入り色紙をプレゼントいたします!! どうぞ、帰りに受け取ってください!!」



─ドワアアアアアアアア!!

─パチパチパチパチパチ!!



 この時マグヌスは、ひとり涙してリルの合格を喜んだと言う。

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