第117話 リオ

─学園休日・ケットシー洋菓子店


 この日、ナーストレンドの街はいつもと違っていた。 どこが違うとか言うのではない。 街全体がソワソワ、ザワザワと物騒がしい。


 そうだ。


 この日は、ムジカレーベル主催のアイドルオーディションがリリーズ・キャッスルの会場で行われるのだ。


 街中がその話題でもちきりである。


 ケットシー洋菓子店の厨房で早朝から働いている、店長・アルベルトの手伝いをしていたノラは、しきりに時間を気にしている。 それこそソワソワと落ち着かない様子で、卵白を撹拌している手元もおぼつかない。



「そろそろ起こしてやんないよ! ココはオイラ一人で十分だがぁ、オメェはアイツの支度を手伝ってやれ?」


「でもマスター、この撹拌だけやってしまいます!!」


「ノラちゃんは真面目だがんなぁ。 んじゃあ、それが終わっだら行ってやれ?」


「はいっ!」



 ケットシー洋菓子店の二階と三階は住所スペースになっている。 二階にはリビングダイニングキッチンと店主のアルベルトさん夫妻が住んでいる。 三階は住み込みアルバイトのノラと、同じ施設にいた獣人族のリオが住んでいる。


 リオは獣人族の戦災孤児で、マーナガルム獣王国の施設では、戦災孤児を全て受け入れる事が出来なかった為に、帝国に連れて来られたのだと言う。


 ケットシー洋菓子店はもともとマダム御用達の洋菓子店とあって大人気だ。 作っても作っても売れて行く為に人手不足で悩んでいた所、マダムの紹介でノラが入居した。


 その後、マダムは少し足が遠退いたのだが、ノワールが持って来たスフレタイプのチーズケーキがあまりにも美味しくて、それを商品化してみたら、以前にも増して人気に拍車がかかってしまったのだ。


 その為、追い打ちをかけるように人手不足に陥ったので、ノラの居た施設から、ノラの紹介で来たのが獅子人種の獣人族、リオだった。


 ノラは店と魔導学園の二足のわらじを履いているが、ミアはずっと店の手伝いだけをしてきた。 二人とも朝の仕込みを手伝って、ノラは学園へ、リオはケモ耳メイドとしてホールスタッフに入っていた。


 それがどうだ。


 先日リオが、ムジカレーベルのアイドルの応募にこっそりと応募してみたら、書類選考に合格してしまったのだ!!


 降って湧いたチャンスを店の人たちに話してみたら、皆が喜んでくれて、応援してくれると言うのだ。 当日の今日も一日休んで、朝はしっかりと寝る様に言われていた。



「ほら、リオ? そろそろ支度をしないと遅れるよ?」


「んん〜」


「ほ〜らっ!」


「んん〜」


「もう〜っ! 遅れても知らないよ!?」


「ん〜? 今何時ぃ〜?」


「もう七時だよ!?」



─ガバッ!!

 リオは布団をめくって上体を一気に起こした。



「うそっ!?」


「ほんとよ!? 髪の毛ボッサボサ!」



 りおの髪の毛全部が明後日あさっての方向を向いている。 目は腫れぼったく、口元はだらりと緩んでしまっている。



「あんた、本当にアイドルになる気ある?」


「ん〜? アイドルになるのに早起きは必要かな〜?」


「そりゃああんた、スケジュールってもんがある限りは必要じゃない? アイドルだってお仕事だよ?」


「ん〜、そっか〜。 んふふ」


「ほ〜らっ、髪の毛に櫛入れるから鏡の前に座ってちょうだい!?」


「ん〜」



 リオは布団を引きずって、ズルズルとベッドを降り、ノラの足の間にすっぽりと収まった。 

 収まったそばから、スースーと寝息を立てている。

 もうっと呆れた声を放つも、ノラは優しい手つきで、リオの髪を丁寧にくしけずってゆく。



「リオ? 今日はどの服着て行くの?」


「ん!? その辺のやつ?」


「何も考えてないんでしょ!?」


「んふふ。 そだよ〜?」


「もうっ! それじゃあ、私が選ぶから、後から文句言わないでよね!?」


「ん〜、わかった〜。 ノラちゃんありがとお〜。 むちゅ〜♡」


「ああっ!? もうっ、よだれがつく〜っ!!」


「ぬえへへ〜。 ノラちゃんは朝から美味しそうな匂いがするね〜」


「さっきまでマスターのお手伝いしてたからよ!! リオが居ないからお店も忙しいんだよ!?」


「そっか〜、ごめんね〜?」


「いいから早くコレに袖を通してちょうだい!」


「は〜い!」



 一通り髪を整え終えると、今度は着せ替えだ。 リオのはだけきったTシャツと半パンを剥ぎ取って、白いワンピースに着せ替えてゆく。


 リオはホワイトライオンと呼ばれる獅子人種の獣人族だ。 プラチナブロンドの長い髪、澄んだ青碧の瞳、丸みを帯びたケモ耳、そして何よりも小柄な身体が特徴的だ。

 ノラから見れば妹の様な存在ではあるが、ひいき目で見なくても可愛らしい。

 この愛らしさがアイドルのソレに合致するかどうかはともかく、天然色の輝きを放っているのは確かだ。


 店での評判も良く、彼女が居るだけで店が華やぎ、何故か売れ行きも上がる。 女性客ばかりだった客層も、男性客が増えて彼女のレジに行列が出来るほどである。


 リオは既にケットシー洋菓子店のアイドルなのだ。



「よし! 今日も可愛いよ、リオちゃん!!」


「ん! いつもありがと、ノラちゃん!!」



 同郷のよしみもあるが、二人はとても仲良しなのだ。 ノラは面倒見が良く、リオはそんなノラに懐いている。 はたから見ると姉妹に見えなくもない。

 また、家主のアルベルト夫妻は子供が居ないので、二人を実の子どものように可愛がっている。


─コンコン⌒☆

 ドアをノックしてひょっこりと顔を覗かせたのは、アルベルトの妻のマーサだ。



「ノラ、リオ、朝ご飯食べて行きなさいね?」


「マーサさん、ありがとうございます!」


「わ〜い♪ すぐ行くよ〜!!」



 服を着終えたりおは、部屋を飛び出すように二階のダイニングへと向かった。



「あ! リオぉ〜!? 食べるのは良いけど、服を汚さないでね!? それから、食べ過ぎるとお腹がぽっこり出るから駄目よ?」


「ん〜!!」


「ふふふ、リオはほんとに可愛い♡ 合格出来ると嬉しいなぁ♪」



 リオは人が何を言ってもリオなのだ。 ノラは期待半分不安半分でリオの小さな背中を見つめた。



─リリーズキャッスル・予選会場


 予選会場と言ってもリリーズキャッスルここは花街である。 夜の装いは無いものの、御香の香りや、草木に咲く色とりどり花々が、街のソレとは一線を画している。


 そんな花街を入口から城まで続く長い渡り廊下から見下ろし、見目美しい女性の案内人の後をついて行く、本日の予選見学者一行。


 その中にマグヌスはいた。


 前を歩くパックリと背中の開いたドレスの女性は、ただならぬ色香を漂わせ、まるで背後の男性たちを誘惑するのかの如く、腰を右に左にと振り向かせている。

 せっかくの花街の景色が目に入らない。 眼の前に揺れる二つの肉塊おしりを前に、男どもはヨダレを拭きながらついて行く。 

 時折振り向いてはいたずらに微笑んで、花街の説明をしてくれるのだが、大きく開いた脇の下から、これはまた大きな脂肪の塊乳房の横っ面を覗かせて、艷やかな口元からこぼれた言葉は男どもの耳に入る様子はない。


 果たして本当に予選会場へと向かっているのか不安になるレベルに、頭の中がフワフワと浮ついている。


 マグヌスは花街は恐ろしさを肌身にに感じながら、身体の異変を隠すように前屈まえかがみになって歩く。


 それが街の雰囲気のせいなのか、前を歩く女性のせいなのか、或いは何かしらの仕掛けでもあるのか分からない。

 分からずもがな、嫌な気分ではなく、むしろ心地よいのだ。


 自分の中に潜む男の性に呆れながらも、いつかは訪れる事などを夢見るマグヌス。 いや……マグヌスだけではなく、前屈みの男達は全員夢見ていた。 


 その少し後を女性見学者たちが、背の高い執事風の装いをした男性を先導に足を運んでいた。 その一行もまた前を歩く男性の所作や甘い言葉に、黄色い声を上げながら何かしらの夢見ているのは言うまでもない。


 予選会場はすぐそこだと言うのに、渡り廊下は延々とその距離を伸ばすようだ。


 マダムはちゃっかりと花街の営業していた。



 出場者と付添人は裏口から入場して控室までの案内が付くことになっている。


 控室は各個メイクルームとなっており、それぞれのドアに名前が貼り付けられている。


 ノアとリオは身だしなみを整えながら、予選の時を待っていた。



「リオ?」


「ん?」


「楽しんで来るんだよ?」


「ん!!」



 最高の笑顔だ。


 もしかしたら? と、密かな期待をするノラだった。

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