第116話 マグヌス
─カタ……カタタタタタタ……タンッ!
「………………」
─カタタタタタタ……カタタッタン!
「………………」
─ブゥン……
「はああああぁぁ……」
深くため息をついているのは、学生寮の住人マグヌスだった。
マグヌスはパソコンを閉じるとそのまま後ろのベッドに
「はああああぁぁ……」
天井を見て、また、ため息をついた……。
あの日以来、マグヌスはずっと一つのことに夢中になっている。
そう、あの日。
リリーズキャッスルで行われた伝説のライブの生中継を見た、あの日。
マグヌスはずっとあの時の情報を追いかけている。
何故ならあの時の
激しい衝撃を
高鳴る鼓動を
忘れることが出来ないからだ!
メイガス?
─違う!
ベノム?
─違う!
ディーヴァ?
─違う!!
モモキッス!!
─そう!
モモキッスだ!!
モモキッスのライブ映像が放送されてからと言うもの、アイドルの概念がガラリと変わった。
今までは歌が上手くて見た目が良い、ソロのアイドルが主流でアルバムを売り上げていたのだが、モモキッスが登場してからと言うもの見た目とキャラが重視されて、アルバムもさながら複数のコンテンツで売り上げを伸ばしていた。 伸ばしまくっていた!
しかし、あのライブを限りに活動していないモモキッスの復活を求める声が世界中から寄せられていて、ムジカレーベルはモモキッス専用の窓口を用意し、専属オペレーターが日々対応に追われている。
モモキッスの復活は無いと断言しているムジカレーベルだが、一向に熱が冷める様子がない。
そんなモモキッス人気を考慮して、新たなプロジェクトを立ち上げた。
それが──
『新グループアイドルプロジェクト』
当然冥王及びメイガスがサポートをする形で、ローレンが全面的にプロデュースすることとなる。
今やローレンは押しも押されもしない名プロデューサーなのだ。 彼の手掛けたアーティストは必ずヒットする。 これはジンクスなどではなく、もはや天啓だと噂されるほどである。
そのローレンが新しくアイドルを手掛けるのだ。 当然のごとく、世界中から注目が集まっており、マグヌスも目が離せないでいる。
「はああああぁぁ……」
仰ぎ見た天井にはバカでかく引き伸ばした、モモキッスの自作ポスターが貼られている。
モニターに映る画像を違法キャプチャして、引き伸ばしてプリントアウトしたものだから、まあまあの勢いでボヤケている。
それでもマグヌスには、あの時の興奮を思い起こすのに十分だった。
そもそもマグヌスは、モモキッスに出会うまではアイドルには興味なんてなかったのだ。 むしろ、ベノムたちサマエルのメンバーの追いかけをしていたくらいで、それこそメイガスの登場に衝撃を受けていた真っ只中だったのだ。
そのサマエルがリリーズキャッスルのイベントライブに参加すると言う情報を得て、ライブ映像を観ていたのだ。
そうだ、モモキッスを観たのは偶然だった。 しかし、そのあまりにも衝撃的なカルチャーショックに、マグヌスは打ちのめされたのだ。
『新グループアイドルプロジェクト』
期待しないわけがない!!
着々と進められるグループのメンバー選考。
各地から寄せ集められた選りすぐりの美少女たちが、
そうしてマグヌスは、新アイドル時代の幕開けと言う、ひとつの局面に対峙していた。
その選考がどれほど重要なものなのか、考えただけでも恐ろしいほどの感情が身の内を駆け回って身悶えする!!
「はああああぁぁ……」
ため息ばかりが出るが、先程からソワソワして身震いが止まらない。
明日の公開予選オーディションの見学招待券の抽選に当選したのだ。 次のモモキッスになるかも知れない、アイドルのたまごたちが集結するのだ。 マグヌスにとって期待しか無いイベントに、今から待ち遠しくて胸が高鳴っていた。
明日の休日、ニヴルヘル冥国の首都ナーストレンドの街、リリーズキャッスル会場にて、オーディションが行われる。
参加者は書類選考で勝ち残った二十名で、自薦他薦にかかわらず応募して来た有数の美少女たちだ。
審査員として、マダム・ヘンリエッタとベノム、ヘレンが選ばれているので注目度も期待度も否応なしに高まっている。
しかし、アイドルはアーティストではない、歌って踊れるだけではアイドルにはなれないのだと、ムジカレーベルの敏腕プロデューサー・ローレンは言う。
いくつかの大事な素養、素質が求められるらしい。 見た目は全身写真を送っている事から、クリアしていると言っても良い。 歌とダンスは軽いテストがあるものの、プロの指導のもと教育し直されるので標準レベルで大丈夫だ。
では、審査は何をもって合格とするのか……、それは運営からは明かされてはいない。
オーディションに参加する二十名は、すでに運営のホームページに顔写真が貼り付けられて、一般人気投票が行われている。 これは合否には関係ないのだが、異常なくらいに盛り上がっており、すでに合格するのではないかと囁かれている者も出始めているくらいだ。
「はああああぁぁ……」
と、四度目のため息をついているマグヌスは、オーディション前の現地点で推しの子がいるのだ。
ひと目見た時からハートを撃ち抜かれていた。
ビビビッと来たのだと言う。
二十名はそれぞれ特徴的で、どの子も自分の個性を全面に押し出そうとして、メイクや髪型、そして最高のスマイルで攻めている。
しかし、マグヌスの選んだ推しの子はそうではなかった。
良くも悪くも地味で、自然な笑顔が素敵だと思える、一見普通の女の子なのだ。
それだけにマグヌスは心配だった。 自分は一番良いと思っているが、人がどう思っているのかは別だ。 そして現に数字になってそれが表れている。
マグヌスの推しの子は最下位なのだ。
「はああああぁぁ……」
マグヌスのため息の一番の原因はソレだった。
─ガチャリ……
マグヌスは頭の中がモヤモヤしてきたので、スッキリさせる為に珈琲でも飲もうと食堂へと向かった。
どうせならば美味しい珈琲が飲みたいと、通り様にノワールの部屋をノックした。
─コンコン、ガチャッ…
「おい、ノワール珈琲を淹れてくれないか〜?」
「あ、僕もちょうど欲しかったところです、良いですよ! すぐに食堂へ行くので座って待っていてください!」
「ああ、センキュ!」
マグヌスは
「はああああぁぁ……」
「どしたんですか先輩? そんな深いため息なんかついたりして……」
僕は魔導コンロに水を張った鍋を置いて湯を沸かし始めた。
「聞いてくれるか、後輩よ……」
「何か聞きたくなくなりましたね?」
「そんなつれないことを言うなよ後輩ぃ〜!」
「冗談ですよ、どうぞ?」
「……お前はどの娘が好みだ??」
「へっ?」
─ゴリゴリゴリ……
僕が珈琲豆を挽いていたところに、マグヌスは先輩がデバイスの画像を壁に投影して言う。
壁には二十人の美少女の写真がズラリと並べられた。
うわ、何か恥ずかしいな、コレ……。 まるで学生……あれ? 僕は今、学生か!?
「ちなみにマグヌス先輩はどの娘が好みなんですか?」
「あ、それ先に聞いちゃう??」
「まあ、別に先輩の好みに興味なんてありませんけどね?」
「そんな事を言うなよ、後輩ぃ〜」
「僕は……」
「ねえ、にぃに〜! 私もミルクラテ欲しいなぁ〜」
ロゼがラフな部屋着でリビングに駆け込んで来た。 おそらく珈琲の匂いにつられて来たのだろう。 そして、僕はそんなロゼの顔を見て言う。
「うん、僕はシスコンだからロゼが良いですね? なあロゼ、ちょっと待ってくれ」
「おまっ!? 卑怯だぞ? この中でって言ってんだろう!?」
「なんのはなしぃ〜?」
「ロゼちゃん、どう思うよ? この中で一番良い娘はどれだ!?」
「ん〜とねぇ……」
「また下世話な話をしておるのぉ〜!! ノワール、オレにも淹れてくれないか!?」
ロゼが映像を見て考えていると、寮長がのっそりと顔を出した。 今日はホットパンツとキャミソールだが…もう少し着込んでくれないかな?
僕は鍋の中の珈琲を混ぜながら言う。
「コレを淹れてからになるので、次まで待ってくださいね?」
「おう。 で、この中から選べば良いのか!?」
「ええ、寮長の推しを教えてください!」
「今度つまらんダジャレを言ったら二度と話さんからな?」
「ひえ! 言いません、言いません! すんません!」
「ふむ、オレはこの娘だ。 笑顔が良い!!」
寮長が選んだ娘は、屈託のない爽やかな笑顔が印象的な女の子だ。 誰が見ても高感度が高そうな雰囲気を醸し出している。
「やはりそうですか……」
「何だ、お前はどの娘が良いのか、マグヌスよ?」
「俺は……この娘です……」
「地味だな……」
マグヌス先輩の自信なさげな言葉に、寮長がぼそりと呟く。
「ロゼもこの娘! この娘が一番!!」
マグヌス先輩が目を丸くしてロゼを見た。 寮長は、え〜っとか言って賛同出来ない様子だ。
「だってホラ、一番光ってる!」
「「何が!?」」
「えっ!?」
まあ、普通は視えないからね? ロゼ、危うい言葉は使わないでくれ?
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