第114話 魔法植物研究棟
キャロライン教授はとても複雑で難しそうな顔をしている。
やはり駄目だろうか……。
「ノワール君、申し訳ないがそれは叶えられない。 私とて研究者だ。 やりたくない訳ではないのだが、これは遊びではない。
学園の為にも法を侵す訳には行かないのだよ。 解ってはくれまいか?」
「……そうですか。 いえ、こちらこそ無理を承知で言っていたのです。 どうぞ、聞き流していただいて大丈夫ですので」
「そうか。 すまんな、力になれなくて……」
「いえ……」
「それに……」
「それに? 他にも問題があるのですか?」
「ああ。 これだけはやってみなければ分からない事なのだが、身体は恐らくは完全に蘇生は出来るかも知れん。 しかしだ……」
「はい……」
「しかし、魂魄、霊魂が戻るかどうかは魔法生物では証明出来んのだ。
ワーラットの実験では、完全に蘇生して動くまでは確認出来たのだが、果たしてそれが同じ魂なのかは確認出来んかった。
これを人体実験で蘇生したとして、同じ魂が宿るのかどうかは賭けとなる。 魂そのものが宿るのかどうかもな?」
「そう……ですか……わかりました。 色々と教えてくださり、ありがとうございます!」
「いや、力及ばずで申し訳ない。 どうか、気を落とさないでくれ」
「はい、お気遣いありがとうございます」
僕が教授に訊いたのはそう……、アハトの蘇生の是非だ。 可能性が数%でもあるのであれば、僕は賭けようと思っている。 ダメ元と言っては何だが、ずっとその可能性を模索していたのだ。
マキナさんに頼んでヒューマノイドにする事も考えたが、それは最終手段であって、倫理的に自分一人では決め切れなかったのだ。
しかし、身体の完全蘇生となると話は別だ。 そこに万が一にも魂が残っていたならば、今度こそ彼女の人生の遣り直しをさせてやりたい。 それが僕の傲慢だとしても、だ!
「ところで君は……そう言った魔石とマテリアルを持ち合わせていると言うことなのか?」
「……はい。 今もこうして……」
僕はアハトさんの魔石を鞄の中の包袋から取り出して見せた。
「……とても大切な人だったのだな」
「それはもう……とても。 僕の大切な人の分身の様な人です」
「……言っている意味がよく分からんが……?」
「あまり……人にお聞かせする様な話ではないのですが……、教授、もう一枚契約紙ありますか?」
「ああ、あるにはあるが……」
「これから話す事を黙っていて欲しいのですが、お聞きになりますか? メリアスさんも、もし話を聴くと言うのなら契約魔法を使って欲しいです」
「え……」
「そこまで言われると、かえって気になるではないか。 私は聞こう、このに契約紙に契約の内容を手書きしたまえ」
「でゎ、ぁたちも聞こうかなぁ」
「そんな感じで契約して大丈夫ですか?」
「ん? 別に口外つるつもりはぁりまてんから、でんでん大丈夫でつぉ?」
契約魔法を使わなくても大丈夫かも知れないが、やはり慎重に行こう。
僕は二人と契約魔法を交わして魔石について話をした。
「僕の……僕の大切な人は帝国の実験体でした。 その実験体のクローンとも言える実験体がこの魔石の人物です」
「実験体……」
「はい。 彼女は奴隷として扱われ、最終的にミドガルズエンドのコロッセオで剣闘士をしておりました。
そこで、死ぬまで戦わされて、虐げられて、賭け事の道具として扱われておりました。
そんな彼女を見かねて、僕は彼女を連れて逃げ出したのですが、帝国の追撃を受けてこの様になってしまいました。
僕は彼女に人生の喜びをもっと知って欲しかったのですが、その願いも虚しく……終わってしまったのです」
「その魔石を見せてみよ」
─ゴトリ……
僕はテーブルの上にハンカチを敷いてその上にアハトさんの魔石を置いた。
キャロライン教授は魔石をひと目見て言う。
「君は良いのか?」
「はい?」
「たとえ彼女の魂が戻らなくても、良いのかと訊いてるのだ」
「それは……仮に魂が戻らない場合、どうなるのでしょう?」
「これはあくまでも仮説だが……、別人の様になる、同一人物の様だが記憶がない、植物人間の
「そう……ですか……」
「まぁ、ぁたちが見るかぎり、ワーラットの場合でつが、どの子も生前と同じ波長のアストラル体に視えまつ。 ぉとらくは魂の残滓が残ってぃるものと思っておりまつ」
「魂の残滓?」
「ふむ、メリアス君の言う通り、ワーラットのアストラル体は、ほぼ同じ波長だと言える。 しかし、計測器があるわけではなくあくまでも感覚上での話だ。 何一つ信憑性はない。
君にも視えるのであろう? この魔石の周りにも薄っすら
机の上の魔石を視ると、まさに淡く光って視えている。 しかし、これは魔石の持つ魔力だと思っていたが……エーテル体が内包されているものだとすると、外に溢れて視えているのはアストラル体だと言う事なのか……。
だとすれば……この魔石のアストラル体から薄く棚引く糸のような光が僕の方に向かって来ているのは、彼女の魂が僕のアストラル体に共鳴して引かれていると言うことなのか……?
「これは……非常に興味深い……。 さっきこの魔石の主は実験体だと言っておったな?」
「はい。 帝国のある施設で作られたホムンクルスだと言えます」
「ふむ、つまりこの世に
「そう……なりますね?」
「変な言い方をするが、彼女はこの世にあって存在しない人物と言う事になる」
「あ……」
「そして、実験するにも都合が良い対象だとも言える」
「実験……」
「そうだ、今話しているコレは実験以上のモノには成りえん。 結果は誰にも予測出来んのだ。 つまり、出たとこ勝負だと言えよう。 君は帝国と同じ、人体実験をしようとしているのだ。 目的はどうであれ、やっていることは他の何ものでもないのだ」
「そう……ですね……」
「今一度、よく考えて答えを出したまえ。 もし、決行すると言うのならば、秘密裏に手伝ってやろう。 しかし、学園の為にこの場所と直接手を貸す事は出来んので、忘れるな?」
「分かりました! キャロライン教授、相談に乗っていただき、ありがとうございました!」
「いや、こちらこそ君に会えて良かった。 また、いつでも遊びに来てくれたまえ」
「はい、お邪魔しました!」
「ノワール君、ぁたちも何かぉ手伝ぃ出来るかな?」
「いえ、お気持ちだけで十分嬉しいです。 今日は連れて来ていただいてありがとうございました!」
僕は魔法植物研究棟を出ると、寮で待っているロゼと話をする為に、真っ直ぐに学生寮へと帰った。
辺りは既に薄暗く、日光石から月光石へと移り変わろうとしていた。
……駄目だな、晩御飯の準備を始めないといけないや。
今日はビーフシチューの下ごしらえを朝のうちにしておいたので、材料を魔導圧力鍋で炊くだけだ。 あとはビーフシチューを煮詰めている間にコブサラダを作って、パンを焼けば良い。
一時間も経てばビーフシチューの香りか寮内に広がって、一人また一人と食堂に集まって来る。
直ぐに全員揃って食事となり、わいのわいのと食堂は賑々しく華やぐ。
僕は一人浮かない顔をしていたのか、ロゼが横から覗き込んで来る。 この子には隠せないなあ。
「にいに、どうかした?」
「いや、まあ……後で話すよ」
「うん、わかった」
「お? ここで話せない様な内容なのか、後輩よ?」
「マグヌス先輩、残念ながら、話せませんね?」
「なぬ? 寮長にも話せんのか?」
「話せませんね?」
「ココにも話せんのか?」
「話せませんね?」
「ねぇねにも話せんのか?」
「……ねぇね……え、ねぇね?」
「もう一度、もう一度言ってはくれぬか? ハァ、ハァ……」
「マキナ姉さん、二度と言いたくなくなりましたね?」
「グハッ!!!!」
「ねぇね? ねぇねはねぇねがいいんだよねぇ〜!?」
「おうおう、ロゼは何て出来た娘なのだ!? ノワールは手を掛けてやっているにもかかわらず恩知らずなのだ。 お前からもよく言っておいてくれまいか?」
「うん、わかった!」
「して、何の話なのだ!?」
「ここでは話しませんよ??」
「良いではないか、減るもんでなし」
「減る減らないの問題ではありません! 真面目な話だからです!!」
「皆聞いたか!? ノワールが真面目な話をロゼと二人で密室で話すそうだぞ!?」
─ヒュウヒュウ♪
「シスコンもついに行くところまで
「違います!!!! もう絶対に話しませんからね!! ロゼ、もう食べたな!? 行くぞ!?」
「は〜い♪」
「ボクは聞かなくてよいのだな?」
「ぐぬ……き、……聞いてください」
「ん? 誰に聞いて欲しいのだ?」
「ぐぬぬ……ね……」
「聞こえんな~? 何だ?」
「ねぇね……ねぇねも聞いてください!」
「えっ!? 何だって〜!? 全然聞こえな〜い!」
「くっ……。 どうかお願いします、ねぇねも聞いてください!!」
「初めからそう言えば良いのだぞ?」
「分かりましたよ! いいから鼻血吹いて部屋に来てください!」
「ぬ!? 仕方あるまい!!」
マキナさんは鼻も拭かずに来ようとするので、ハンカチで拭ってやると満足そうに、無い胸を仰け反らして歩いて来た。
……非常に面倒くさい。
「寮長は駄目ですからねっ!?」
「なん……だと?」
……非常に面倒くさい。
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