第112話 キャロライン教授
「それで? 君は私の研究に興味があると言う事であるが、こちらとしても遊びで研究している訳ではない。 こちらの学園の予算を割いて研究しているのだから、情報漏洩は避けなければならない。
君がメリアス君の友達であるとしても、それは何も信用するに値しないモノだ。 失礼だとは思うが、契約魔法を使わせてもらうが構わないか?」
「はい、勿論です」
「うむ。 少し強力な契約魔法だ。 もし破られる事があれば、君は体内から腐食が始まり、
「……それは恐ろしいですね!?」
「冗談だ、普通に植物人間になるだけだ」
「そんなに変わらないくらい怖い!?」
「嫌なら良いんだぞ? お引き取り願うだけだからな?」
キャロライン教授の目は嘘は言っていなさそうだ。 確かにそれなりの研究内容だと言える。 言ってみれば国家機密と同じくらい大変な研究ではなかろうか?
そもそも、人の蘇生とか倫理が許されるのか? いや、これは魔法植物による魔法生物の蘇生実験だ。 問題ないのだろうが、その先にあるモノはとても危うい思想が働く。
そうだ、これは本来漏れてはイケない筈の研究だろう。 メリアスさん、もしかしたらやらかしてしまった? 僕は本当にココに居て大丈夫だろうか?
「いえ、是非、契約させてください!」
「良かろう。 では、こちらにサインをしてくれ、契約紙だ」
「はい」
契約紙には、この研究の口外及び漏洩の禁止。 契約に違反した場合の文言がびっしりと書かれていた。 ……マジもんだ。
僕が契約紙にサインをし終えると、何処からともなく現れたキラキラとした光が僕とキャロライン教授を包み込み、サラサラと消えて行った。 契約成立だ。
何だか偏見だろうが、サバサバした感じがアルラウネのイメージと異なる気がしてならない。 教授と言うからには当然知能も高く、研究熱心なのだろう。 あまり社交的ではない感じだ……が!?
キャロライン教授が瞳をフルフルと揺らしてコチラを凝視している。 いったい何だ?
「き、君は……本当に人間なのか?」
「……へ?」
「何だ、その歪なアストラル体は……エーテル体にあってはカオスだな? そしてその生命力……そもそも君は死と言う概念そのものがないのではないか? どうなんだ!? お、お、お、教えてくれ!!」
ああ、この人も視えるクチなのだな。
「……言えません。 残念ながらお教えすることは出来ません。 逆に教授はそれを知ってどうするおつもりですか?」
「あ……ああ、ああそうか、すまん。 つい興奮してしまったよ、許しておくれ。 私の研究は今、生命の再生にテーマをおいておるのだ。 君のそれは私の研究にまさに合致するものなのだ。 とは言え、礼を失する発言であった。 重ねて言うが、申し訳なかった」
「いえいえ、それだけ研究熱心だと言うことです。 研究とは貪欲にそれを突き詰めるところから始まるのでしょう。 僕は別に気にしていないので頭を上げてください」
「そうか、そう言ってもらえると助かる。 私は社交的な方ではなくてな、どちらかと言えば人付き合いは苦手なのだ。 助手のメリアス以外の人と話すのも久しぶりなのだよ。
予め君が来る事は聞いてはいたが、やはり緊張はしておるのだ」
「ふふ、私も似たようなものでしたので、お気持ちは良くわかります。 本当にお気になさらないでください」
「うむ。 メリアス君、お茶を淹れてくれるかね」
「分かりまちた!」
メリアス先輩が隣の部屋にお茶を用意しに行ったみたいだ。
僕は研究所内の様子を見回してみる。
幾つかの試験管の中に筋肉、骨、内臓、血管などが露骨に見えている、グロテスクなワーラットが何かの液体に浸されている。
過程毎に並べられている様で、左端の試験管には魔石に絡み付いた何かの植物?が見て取れる。右の試験管に進むに連れて、植物の根の辺りに身体が形成されて行き、最終的にはワーラットの身体が完全に形成された様子が覗える。
「メリアス君にある程度聴いているかも知れないが、簡単に説明しよう。
私の研究はこの魔法植物、
リジェネラは魔法生物に寄生してその魔力を糧に生息する植物だ。
しかし、その寄生している魔法生物が負傷した場合、リジェネラは自らが光合成や魔素吸収を行い、それらをその生体に送り込む事で治癒再生する能力がある。
その再生能力は極めて再現力が高く、現代医学でもごく一部の医院では、怪我の治療に使っている所もあるくらいだ。
私が目を付けたのは、リジェネラの再生能力が、細胞一つ残っていれば、その遺伝子情報を読み取って再現してしまうところにある。
これは絶対条件として、魔石がその細胞の宿主である事が挙げられるが、その条件とて魔石の情報を完全に読み取って魔晶石などに移す事が出来れば、その限りではないと思っている。
つまり、遺伝子情報と魔石の情報、この二つがあればクローンすら作れる可能性すらある。
それが実現するならば、クローンが違法であるにせよ、身体のパーツだけ作り出して移植する事も可能だと言えよう。
また、何らかの事故で亡くなった者を生き返らせる事も可能かも知れない。 これは魔石を持たない人間では不可能ではあるが、魔石を持つ生物にとって一つの希望となるであろう」
「少し危険な香りもしますが、素晴らしいですね!」
一拍おいて、キャロライン教授がこちらに向き直る。
「やはり危険だと思うか?」
「はい、その能力を悪用すれば戦場に混乱を招き入れる事になるやも知れません。
がしかし、対帝国で考えるのであれば、一つの活路と言えなくもありませんが……その様に医療ではなく、軍事に利用される事もあるだろうと思われます。
例えばゾンビアタック、クローン兵など、考えるだけでもゾッとします」
「確かに、ゾッとするな。 君はそれを知って、この研究を辞めるべきだと思うかね?!」
「逆に聴きますが、研究者として、一度着手した研究を半ばで放り出したり出来るものなのですか?」
「いや、出来まいな。 君に聴いたのは愚問だった。
しかし、直ぐにその考えに行き着くところ、君は少し危険な人物だと言えよう。
今ここで消しておくか……?」
「ちょちょちょ、教授!?」
教授が作業を止めて冷ややかな視線で僕を突き刺してくる。
その視線に穿たれた僕は、蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなる。
本当に僕を殺そうとしているのか、殺気だけは空気がビリビリと震えるくらいに感じ取れる。
─ガチャリ
メリアスさんがティーセットを机に置いたであろう音が聴こえたが、僕は教授から目が離せない。
「教授? ぉ茶が入りまちたよ?」
「………………」
「………………」
「ふむ、良かろう。 お茶にするとしよう。
ノワール君、君を試すような真似をしてすまなかった。 君は危険な思想を知ってはいるが、君自身は危険ではないと言えるだろう。
私の殺気でも物怖じしないところ、それなりの死線は潜って来たようだが、君からは邪気は感じ取れない。
お詫びと言っては何だが、この研究の最大の課題と言っても良い、魂魄、または霊魂と呼ばれるものの話をしようではないか。 まあ、正直に言ってしまえば、これは君の意見を訊いてみたいと言うのもあるのだがな」
「わはははは。 教授もお人が悪いですね!」
「とうなんでつっ!☘教授はたまにいたづらつるんでつ!❀イヂワルなんでつ!」
「こらこら、私の助手がそんなに言うと本気にしてしまうではないか。 私がメリアス君に悪戯するのは、君の成長を促す為だ、悪意があってのことではない。 誤解するような発言はよしてくれよ。 はははははは」
「とんな事を言っていまつけど✿今だって教授はぁたちのおケツを触っているんでつよ!?」
「おっと、バレてしまったか!? はははははは!! この子の反応が楽しくってね。 セクハラっぽいから辞めろと言われているのだが、どうにもクセになってしまってねぇ?」
「もう! ぁたち✿ちらない!! ぷんっ⌒☆」
「ほら、可愛いだろう?」
「はい、先輩はとても可愛らしいです♪」
「ノワール君まで!? ぁたちのおちりは遊び道具ではありまてんよ!?」
「いや、僕が触ったら完全にアウトだから、触りませんよ?」
「おや? やはり触りたいのか?」
「いやいやいやいや、そんな誤解するような事を言わないでください!! 僕は触られるようなことがあっても、僕から触った事は一度もないんですからねっ!?」
「いったい何の話をちてぃるんでつか?」
「……いや、こちらの話です。 はい。 魂魄? 霊魂? 話を続けてください」
「そうだな。 メリアス君にお茶請けも用意させた。 どうぞ食べてみてくれ」
見ると、テーブルに置かれたティーセットにはお茶請けが一緒に添えられていて、深い皿の中に何かの身が入っている。 赤い実の果物?
「これは何と言うフルーツですか?」
「これはブロースと呼ばれる猛毒のフルーツだ、旨いぞ?」
「……今、聞き違いでなければ、猛毒と仰っしゃいましたよね?!」
「ほら、教授はイヂワルなんでつよ!
ノワール君、これは元来猛毒……【死の果実】とちて有名な
「はははははは! なあ、
「本当にお人が悪い……先輩? 僕からマダムに言ってやろうか?」
「おいおいおいおい、君はマダムと知り合いなのかね!?」
「そうですけど何か?」
「そんな事は聞いてなかったぞ!? すまん、メリアス君! ノワール君? マダムにだけは言わないでくれ!! 頼む!! 私はこの学園で研究を続けていたいんだ!!」
急に血相を変えて焦り始めたキャロライン教授。 やはりマダムの威光は凄い効果だな? ここは一つ踏み込んでみるか?
「……別に言いませんけど、少し相談に乗ってもらいたい事があるんですが、聞いてもらえますか?」
「内容にもよるが、話だけは聴いてやろう。 何でも話してくれたまえ!」
─もしかしたら、万が一の可能性でもあるのならば!! 僕はそれに賭けてみたい!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます