第111話 マリオン

 先日からマキナ姉さんが学生寮に居座っているのには理由がある。

 そうだ、マリオン先輩にゴーレム作成の技術を教える為だ。

 とは言え、研究所やソロモンほど設備が整っているわけではないし、学生のレベルに合わせたものなので、プロのソレとは違うのだ。

 マリオン先輩は講義が終わると真っ直ぐに寮へと帰り、マキナの指導のもとロザリアの改良に勤しんでいる。


 そもそもマキナのマロカとマリオン先輩のロザリアの差は明確だったのだ。


 魔晶石の個数。


 と言うのも、マキナがキング・オブ・ゴーレムの試合の模様を動画で見ていて気付いたのだが、優勝チーム帝国のゴーレムには少なくとも三つ以上の複数の魔晶石が使われていると判断した。 

 マギア・グラムデバイスにあっては並列演算されていると判断しており、抜本的に見直さないと相手には勝てないのは明白だった。


 それに基づいて対帝国仕様のゴーレムとして作成されたのがマロカだ。


 先ず、ロザリアの魔晶石は一つであるのに対し、マロカの魔晶石は大小合わせて十を超える。


 あと、マテリアル素材にあっては未だ公表されてはいない物質、軟質魔鉱石が使われている。 

 軟質魔鉱石は粘土の様に操作性に優れていて、あらゆる造形を可能にするのだ。 これに土属性魔法で形態を変え、固定することによってよりフィギュアの様な造形美を持たせつつ、硬質化も容易に出来ると言うものだ。


 衣装にあってはフラッフィモスの繭から作られた魔力防御に優れた魔絹か、ヤルンヴィドの鉱木材を繊維にして作った物理防御に優れた布か、その両方と言う選択肢もある。

 単純に本体の物理防御が高いので魔法防御に特化させた衣装を選びがちだが、ゴーレムの弱点とも言える関節等をカバーする物理防御があっても良いだろう。


 メタルスライムは無機質の為に大会での使用は認められたが、今回は本体への使用は認証されなかった。


 また、ラビが使用するマギア・グラムデバイスは通常デュアルコア、帝国でもオクタコアプロセッサくらいであるのに対して、フィフティコアプロセッサが搭載されている。

 魔晶石もメイン魔晶石を含め通常三つ、帝国でおよそ五つであるのに対して、十七個も使用している。


 もちろん、マキナはそれをも軽く超える技術を持っているが、あまり世に出ていない技術をひけらかす訳にも行かないのだ。 これは学生の試合であることを忘れてはいけない。 が手を貸して良いモノではない。 は!!


 と、言うわけで今日は今日とてマリオン先輩はマキナの指導のもとにロザリアと向き合っている。


 マリオン先輩の部屋は一階の奥の部屋の右手、つまり僕の隣の部屋だ。



「マキナ先生、なかなか形が上手く出来ません……これ、もう土魔法じゃなく、手でねたら駄目でしょうか?」


「マリオン君、キミはそれでもドワーフの端くれか!? それともまがい物ではあるまいな!? 我々ドワーフ族は土属性において、他を圧倒するほどの才があるのだぞ!? そんな事でどうする!?」


「ぐぬぅ……しかし……」


「しかしもへったくれもない! ……しかしまあ、下手くそだな!?」


「ちょ!? ストレートに言われると傷付きますからねっ!?」


「では一度、手で作ってみせよ。 我々ドワーフは手先が器用な事も間違いないのだからな」


「はいっ、先生!!」


 マリオンはスパチュラヘラのようなものインスツルメント工作道具を利用しながら器用に軟質魔鉱石を形成していく。 普段からスカルピー樹脂粘土などを使ってフィギュアを作っているのでお手のものである。



「おお!? これは……なかなか。 キミの造形はリアルだな。 これならヒューマノイドも作れそうだ。 しかし、土魔法で作れないのは自由度が落ちるので、やはり練習はするべきだと思うぞ?」


「はいっ、先生!!」


「それから……この出来なら行けそうであるな、目は玉眼で行くぞ?」


「玉眼!? それはいったい……」


「うむ、目に石をはめ込むのだ。 これによって、いくつかの展開と手段を組み込めるのだ。 目にサーチ機能とかモニター機能とか凡庸に考えておるなら、君の思考の底が知れると言うものだ。 もっと物事は柔軟に考えるべきだぞ?」


「はいっ!先生!! めちゃくちゃ勉強になります!!」


「うむ、素直で良いな。 ハイモスは少しねちっこかったからな、くせが付いてからでは矯正も時間がかかると言うものだ。 そう言う意味では若いと言うのは、キャンバスが真っ白で良いな!!」


「いえ、ハイモスさんの作品を見させていただきましたが、凄かったです。 あのルキナさんとか言うヒューマノイドはもはや芸術の域です!!」


「あまり変な所は似て欲しくないが、確かに言わんとする事は分かる。 キミも男の子と言うことかのぉ……」


「え!? 何か誤解していません!? ぼくは決してそんなやましい意味では……」


「良いのだぞ? こだわりを持つと言う事は悪い事ではない。 それがモチベーションとなるのならな!!」


「いや、絶対に勘違いしてますよねっ!? ぼくはそんな事に興味がない……わけではないですが──」


「──みなまで言わずとも良い。 ボクとてこだわりの塊なのだからな!! 言うなれば皆変態だ!?」


「変態はやめてください! 普通に心折れそうです!!」


「いや、キミ? 科学者たるもの変態でないと成長はせんぞ? 他と違う事を考え、違う行いをするからこそ、新しい世界が拓けると言うものだ! 限界突破とはそう言うものだ!! 凡庸の壁を超えよ!!」


「何故か説得力があるのが極めて遺憾でありますが……分かりました、先生!! ぼくは凡庸を棄てます!! これからは拘りに拘りまくった、拘りモンスターとなります!!」


「よく言った!! よし、それでは身体を作れ!! その拘りを見せてみよ!!」


「……………分かりました! くっそ、こうなったらヤケクソだ!!」


「バカモン!! ヤケクソで作っても良いもんは作れんぞ!!」


「すみません、先生!! ……その、見せてくれますか!? 女性の身体を見たことがないので!!」


「お、おう? いや……その……え、ええええええっ!? ちょっ、ちょっと待て!? ボクにも心の準備と言うものが……む、見たいのか?」



 マキナは言い出した手前、断り切れない雰囲気にされ、覚悟を決めたが、動揺は隠しきれずにめちゃくちゃ顔は赤くなっている。



「めちゃくちゃ動揺してるじゃないですか? 先生、冗談ですよ?!」


「ばっ!? ばっ、バカモーン!! ボクは覚悟してしまったではないか!?」


「え? 見せてくれるんですか?」


「もう見せるか、バカモン!! 白けたわ!! このド変態め!!」


「変態になれって言ったのは、先生じゃないですか……ぼくはそれに従っただけなのに……」


「ぼ、ボクは知らん! そんな資料はネットにいくらでも転がっておるだろう!? ボクは忙しいのだ、今日はここまでだっ!!」


「な、なんかすみません。 変な空気になっちゃって……また懲りずにご教授願います!!」


「ああ、気が向いたらなっ! ノワール!! おい、ノワール!? ボクは今晩カレーを所望する!!」



─バ──ン!!

 マキナはマリオンの部屋の入口の扉を勢い良く蹴飛ばして出て行き、隣室のノワールの部屋の扉も蹴飛ばした。



「居ないではないか、つまらぬ!!」



─放課後・魔法植物研究棟


 僕はメリアスさんの紹介でキャロライン教授の研究室に居た。

 研究室と言っても、所狭しと並ぶ植物の鉢植えのせいもあり、完全に植物園だ。 いや、魔法植物園だな。 どう見ても普通ではない植物に囲まれていて、変な緊張感がある。 おどろおどろしい異様なジャングルにでも迷い込んだ様な感じだ。


 魔法植物は普通の植物と違い、魔力を帯びている。 つまりリンやカリウム等の栄養よりも魔素の供給が必要となるのだ。

 しかし、ここはギンヌンガガプの様に魔素の吹出口があるわけでもない。 なので、小型の魔導炉を使って魔力を作り出し、魔素に分解することで作り出しているのだ。

 植物によって魔素の必要濃度が違い、中には魔物等の魔法生物を捕食する必要がある植物などもある。 一般的には繁殖させやすい、マッドワームやワーラットなどを与えている。



 キャロライン教授は魔族の中でもアルラウネ族と呼ばれる種族で非常に珍しい種族らしい。

 だから何だと言うわけではないが、その容姿も独特で……何と言うか、エキセントリックなのだ。

 上半身は見目麗しき女性の姿だが、下半身は完全に植物なのだ。 そして、二本の腕の他にも、触手の様な、蔓の様なモノが動いてる、と言うか作業をしているのだ。



「キャロライン教授、メリアス先輩から紹介にあずかりました、一年の編入生・ノワールと申します。 本日はお忙しい中、お時間を作っていただいて感謝いたします!」


「堅苦しい挨拶は抜きにしてちょうだい? 私もする気はないわ……なあに? そんなに私が珍しいかしら?」


「あ、いえ、すみません。 初めて見たものですから、少し新鮮で驚きました。」



 申し訳ないが、物珍しそうな顔で見ていた様だ。 注意しなくては……。

 しかし、ドライアド族やアルラウネ族が魔法植物の研究と言うのは……それはある意味医学なのでは?

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