第108話 窓辺の君

 ある日少年は恋に落ちました


 それは突然で


 短く


 儚い恋でした



 窓を閉めようとした少年の目に


 一人の少女が飛び込んで来たのです


 少女は窓辺に独り


 何処か遠くを見つめて


 いつも泣いていました



 けれども少年には


 あまりに美しく


 可憐で


 尊く思えたのです



 その日から少年は


 少女から目が離せませんでした



 来る日も


 来る日も


 来る日も


 少年は少女を見ていました



 ある日のこと


 少女は少年の視線に


 気付いてしまいました


 少年はドキッとして


 隠れてしまいました



 次の日のこと


 少女は姿を現しませんでした


 次の日も


 次の日も


 次の日も


 少女は姿を現しませんでした



 少年は寂しさのあまり


 少女を彫ることにしました


 来る日も


 来る日も


 来る日も


 少年は少女を彫り続けました



 ある日のこと


 少年は知りました


 あの部屋にはもう


 誰も住んではいませんでした


 窓辺の君は


 何処にいったのだろう



 少年は泣きました


 来る日も


 来る日も


 来る日も


 少年は泣きました



 泣きつかれた


 ある日のこと


 窓辺の君は


 少年の部屋にいました



 少女はもう


 泣いてはいません


 少し笑って


 幸せそうでした


 少年もまた


 幸せそうでした



 けれど


 少年は寂しかったのです


 少年は虚しかったのです


 少女は冷たく


 動かない


 ただの人形だったのです



─ならば、動かしてやろうじゃないか!


 こうして、少年は魔導学園の門戸を叩きました。

 ある日、少年はその才覚を現し、少女を動かすことに成功するのです。


 少女の名はロザリア。


 ビスクドールの様に、可憐で、美しいその少女の容姿に少年は夢中になりました。


 少年の名はマリオン。


 されど今、二人は一つの問題に直面している。 自分の愛するロザリアよりも、美しく、可憐な少女が現れたからだ!


 しかし、少年は認めたくはなかった。 自分の技術が稚拙な為に、ロザリアをただのゴーレムにおとしめている事を!



─ドン!



「この娘が僕のロザリアだ!!」



 僕の部屋の机の上に置かれた一体のゴーレムは、ゴーレムと呼ぶにはあまりに可憐で美しい。 まるでビスクドールの様だ。


 ゴシックロリータの衣装に身を包み、金髪碧眼の端正な顔立ちは、ごく自然に微笑んでいる



「ほほう。 思っていたよりはよく出来ておるな? ちゃんと動くのか?」


「ったりまえだ!! バカにすんな!!」


「悪い悪い! ゴーレムと言うより人形だったものだから、確認しただけだ。

 男性が作るにしては繊細で細やかな仕事をしていたものでな。 まあ、ボクの弟子には遠く及ばんが、良い線行っているのではないか?」


「やっぱりバカにしてるじゃないか!?」


「何だ、悔しいのか? ボクはこう見えて社会人だ。 少年の作ったモノに優っていて当然だろう?」


「くっそ! ぼくのロザリアは可愛いだけの木偶じゃない!! きみの作ったそのフィギュアの杖や弓なんかじゃ刃が立たないんだからな!?」


「ほう、ならば試してみるか?」


「ぐっ……………くそっ!!」


「なんだ、威勢だけか? つまらん奴だな!?」


「ぼ、ぼくはこの子を傷付けたくないだけだ!!」


「ならば趣向を変えて勝負しようではないか?」


「趣向!?」


「おう、キミはいったい何で勝負したいのだ? スピードか? パワーか? タフネスか? その全てか? キミの一番自信のある種目で勝負してやろう!」


「くっ……じ、じゃあ、スピードで勝負だ!!」


「ふむ、ではそちらが勝ったらこちらは何でも言う事を聞いてやろう」


「なっ!? じゃあ、ぼくが負けたらどうなる!?」


「逆に聞こう! 何なら出来るのだ?」



 マリオンは歯をギリギリと噛み締めて、マキナを睨み付けている。



「……出てやるよ」


「何のことだ?」


「大会にでてやるって言ってんだろ!?」


「……キミが大会に出る事に、ボクは何のメリットがあるのだ!?」


「じゃ、じゃあ、何が望みなんだ!?」


「ふん、別にケツの青い若僧に望むことなんて無いがな? では、それで行こうか。 キミが負けたらそのゴーレムで大会に出るのだ」


「わ、分かった! じゃあ、対決の手段とルールを決めるが、どうする?」


「ん? そちらの言いなりで良いが?」


「後悔すんじゃねえぞ!? 言い訳も聞かねえかんな!!」


「異論ない。 申してみよ!」


「よ〜し! 学園の入口の池を一周だ! 妨害工作はなし! ショートカットなし! 審判は寮長で! コース取りはジャンケンで決めること!」


「良かろう! それで勝負だ!!」


「面白い! その審判、オレが引き受けた!!」


「なんだか……大丈夫なんすか、マリオン先輩?」


「ノワール、きみまでぼくをバカにすんのか? ほらっ、とっとと行くぞ!!」


「姉さんもそんなにけしかけなくたって……」


「ボクはけしかけてなんかおらんかっただろう?」


「まあ、こうなってしまったら仕方ありません、行きましょうか」



 学生寮のすぐ隣に池があり、庭の木からそのぐるりが見渡せる。 池は人気ひとけがなく、この日は日頃マラソンをしている生徒も見当たらなかった。

 僕たちは学生寮の庭の木の下に集まった。

 木の下のスタート地点から始まって、池の畔に続くなだらかな坂を下り、池の周囲を一周し、また坂を登って、この木の下がゴールとなる。


 ルールは簡単。


 ショートカットはなし。


 妨害工作はなし。


 特殊魔法の使用はなし。


 審判はスクルド寮長。


 判定はここにいる学生寮の皆となる。


 プレイヤーはゴーレム・マロカとマキナ、ゴーレム・ロザリアとマリオンだ。


 両者位置について用意している。 インコースはマリオン、アウトコースはマキナだ。


 ゴーレムは内蔵している魔晶石で動く。 命令は操縦者ラビが持つマギア・グラムデバイスと全ての指に嵌められた指輪で行われる。


 ちなみにマロカの衣装は天使スタイルだ。 今回は戦闘ではないので武器は持たせていない。 純粋なスピード勝負となる。



 朝の冷たい空気が一層マリオン緊張感を煽る。 マキナは緊張感の欠片も見えないが。 それほどの自信があると言う事だろう。 その所為もあり、マリオンは終始煮立っている。



「両者準備は良いか?」


「はい!」「うむ!」



 珍しく学生寮の面々が揃うと言うイベントに、他の面子は少し楽しそうである。 ロゼに至っては、目がキラキラとしていて、むしろ自分が動かしたくてウズウズとしている様だ。

 

 スクルド寮長が片手を高らかに掲げる。


 ザワついていた外野が静かになって、一瞬の静寂が訪れる。



「スタート!!」



 先にスタートダッシュをキメたのは、マリオンのゴーレム、ロザリアだ。 瞬く間に風魔法を展開してトップスピードへ到達している。



「ん? 故障か?」


 

 寮長がマキナに声をかけたが、マキナは首を振って否定している。

 見ると、スタート地点にマキナのゴーレム・マロカがスタートせずに突っ立っていた。



「これはハンデと言うものだ」


「なっ!? ば……ばっ! バカにするのもいい加減にしろっ!!」


「ふむ……まあ、見ていろ少年。 ボクはちゃんと本気で相手をしてやるとも」



 マキナは徐ろに両手を広げてマロカに指示を出した。



究極強化アルティメット・ブースト!!」



 スタート地点のマロカから異様なオーラを感じる。 真っ白な天使の衣装がパタパタとはためいて、背中の翼が薄っすらと光をまとった。



「ルート確認完了! け、マロカ!! 高速飛翔エア・ドライブ!!」



─シュルルルル……ドン!!


 刹那、マロカの姿が消えた。



─えっ!?

 居合わせた皆が声を漏らした。


 池の一周は二キロメートル程だ。

 ロザリアは既に池の半周の一キロ地点に差し掛かろうとしていた。


 ロザリアは人の走る速度を軽く超えて疾走しているが、その脇をピンクの帯が瞬時に追い越して行った。


 ピンクの帯は僅か数秒で池を一周して、スタート地点に戻って来た。



「勝者、マロカ・マキナ!!」



 待つこと三十秒ほど、マリオンのゴーレム、ロザリアがゴールした。



「敗者、マリオン・ロザリア!!」


─………………。

 寮長を含め、寮の皆は呆気にとられて言葉もない。 ロゼはマロカに夢中だが。



「ふ、不正をしたんじゃないのか!? あんなスピード出せるわけがない!! イカサマだ!!」



 額に汗をしながら、怒りの形相を露わにマキナをなじる。



「ほう……、ボクのゴーレムにいったい何の不正があると言うのか、申してみよ!?」


「そっ……それは……ゴーレムを分解して、デバイスの記録を見れば解る!!」


「ならば分解でも解析でもするが良かろう! しかし、不正が無かったらどうするのだ?」


「無かったら……くっ……。

その時は煮るなり焼くなりしやがれ!!」


「相わかった。 では、寮に戻って存分にするが良かろう」


「クソックソッ! 絶対に不正がある筈だ! ぼくは認めない! 認めないからな!!」



 マリオンはロゼからマロカを取り上げ、マキナのデバイスと指輪を回収して学生寮へと戻った。



 場所をマリオンの部屋に移動して、マリオンはマロカの解体とデバイスの解析を始めた。


 マリオンの部屋は一階の奥の部屋だ。 部屋にはゴーレム制作用の工具や専門書、設計図や資料などが散らかっているのかと思いきや、ちゃんとまとめられて小綺麗にされている。


 マキナの作ったマロカは、マリオンの作業台の上で丸裸にされ、見るも無惨な姿になっている。

 デバイスももはやバラバラで、どうやって組み立てて良いやら解らないくらいだ。



「どうだ若僧。 何か不正が出てきたか?」


「……いえ、こんな筈では……。」


「負けず嫌いはキライではないぞ? しかし、受け入れる事も大事だ。

 試合に負けたことは恥ずべきことではない。 これが天才と凡人の差なのだからな!

 キミはまだ若僧なのだ。 その悔しさをバネにいくらでも伸ばせば良いであろう」


「……その容姿で若僧だとか言われても説得力がありませんよ。 しかし、言っている事は最もです。

 ぼくは井の中の蛙でした。 このまま自分を過信して試合に出たとて、負けていたかも知れません。

 そしてこのゴーレムは凄い……。 ぼくの想像を遥かに超えています! しかし、追いつきたい。 この性能、この造形美、この高みまで、ぼくは辿り着けるでしょうか?」


「辿り着けるかどうかではない、やるのかやらないのか、それだけだ!

 何度も言うが、キミは若いのだ! 可能性にキャップなどつけるべきではない!! 限界は突破するためにある!!」


「可能性に……キャップなど!! マキナ先生!! ありがとうございます!!

 ぼくはやります!! 今度の大会も出ます!! そしていつか、このロザリアに本当の息吹を吹き込んでやりますよ!!」


「おう、その意気や好し!! 精進したまえ!!」



 マリオンの瞳に先程までの曇りはない、その輝きはマキナの威光を受けて増すばかりであった。


 しかし、周囲の平たい目は、天才や夢多き少年を見るそれではなかった。



─また変態が一人……

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