第106話 ピグミードラゴン
十五分程のフライトを楽しんだ僕たちは、マシュー牧場に戻った。
僕はロゼを乗せてもう一度フライトに出発し、エカチェリーナさんとノラさんはファームの小型モンスターの見学をすることになった。
……こうしてロゼと二人でウラノスに乗るのは新鮮で、少しドキドキとワクワクが入り混じった気持ちになる。
ロゼは目を輝かせて鼻息も荒い、そうめっちゃ興奮している。 どうしてもと言うので、モデナさんと相談して、ロゼを前に乗せる形でタンデムベルトを着けた。 僕がロゼを後ろから補助する形のライドになる。
まあ、手綱は僕が握るのだが、何故かロゼはやる気満々なのだ。
「さあ、行くぞ!」
「んっ!」
─ダッ!
─バサッ!!
『軽い!』
『そうなのか?』
『うん! ボク自身、以前より大きくなったこともあるけど、君たち二人はまるで僕の身体の一部みたいだ!!』
『そうだな。 魔力の流れをとてもスムーズに感じるよ』
『ウラノス〜! あえなくてさみしかったよ〜!!』
『シロ、ボクもだよ!! すぐにでも飛んで行きたかったけど……僕が行くと騒ぎになっちゃうからね』
『ごめん。 僕がもっと足を運ぶべきだったんだ。 これからはもう少し来るようにするよ』
『ねえ、クロ、ウラノス、フェル!』
『『『ん?』』』
『私、みんなに逢えて良かった! しあわせだよ! 大好き!!』
『『『うん、そうだな!』』』
辺りは薄暗く所かしこに明かりが灯り、大樹の麓はキラキラと輝き始める。
一箇所、眩いばかりの光を放っている。
帝都・ミッドガルドだ。
ギラギラと、下品にも思えるその輝きは、他を圧倒して明るい。 それだけ多くの人が住んでいると言う事だろう。 アスガルド山脈に並ぶシン・バベルからも四方へと光の筋を放っている。
バベルは雲を突き抜けてアスガルドよりはるかに高く
恐らくはあれがヴァナンアイランド、天界と呼ばれるところだろう。
ロゼ……シロはこの上なく上機嫌だ。
ウラノスのアストラル体も喜色を示している。
フェルは口笛を吹いてニヒルを気取っているが、顔がニヤけているのが窺える。
僕もずっとこのまま飛んでいたい。
空は、地上の全てから開放されて、自由を感じられる。
全てから開放されたい。
開放されたいが……
上空にいても、何頭ものワイバーンが牽制してくるのだ。
ウラノスの威光のおかげで必要以上は近付いては来ないが、ずっとこちらの様子を窺っている。
以前のレッサーワイバーンよりも二周りは大きい。
頼むから……
頼むから放っておいてくれ!
と言っても無駄なのは分かっている。
シロの指輪の呪いは強力だ。街の結界から出ると、何処からともなく魔物がやって来る。
しかし
シロはそんなものどこ吹く風と笑っている。
ウラノスは凄い。
霊魂可視化で視てみると、ウラノスのアストラル体がワイバーンをしっかりと牽制しているのだ。 一定の距離から一切近付けないようにしている。
ワイバーンは大きい。
今のウラノスよりも一回りは大きいのだが、もはや格が違うのだとしか思えない。
僕はいつか、何ものにも邪魔をされずに、この世界を自由に旅をしたいと思っている。
以前、一人で旅をしていた頃には見えなかった大切なものが、今なら見えるから。
その細やかな夢を叶える為に、僕はあの忌々しい灯りを相手にしなければならないのだろう。
『クロ』
『ん。 どうしたウラノス?』
『そんなに気負わなくても大丈夫だよ』
『はは、全部伝わっちゃったか、情けないな』
『まあね。 ボクも、シロも、きっとフェルも同じ気持ちだよ』
『オメェみてえなボンクラが、一人でどうにか出来るなんて思うなよ?』
『フェル、お前が先に僕に助けを求めたんじゃねえか?』
『ああ、そうさ。 オレサマもボンクラだからな! 一人じゃどうにもならねえことがあるのさ! この世の中はな!』
『くっ……』
『わははははははは』
『あははははははは』
そうだ。
僕は一人じゃない。
一人では出来なかった事も、今なら出来るのだ。
『私はいまのままでもじゅ〜ぶんしあわせだよ♪』
『ん、そうだな。 でも、僕は欲深い人間なんだ。 もっと幸せになりたい訳じゃない。 ただ、平安を得るために足掻いているんだよ。 誰にも邪魔されたくない。 これは自分の為の、傲慢な願望だよ』
或いは、何処か静かな場所でひっそりと暮らせば、それで叶ってしまう夢なのかも知れない。
しかし、そんな未来がまるで見えない。
カメオに魔力を注ぐと、僕の進むべき方角は、やはりバベルへと向かっている。
『シロ』
『な〜に、クロ?』
『愛してるよ』
『うん、そんなこと知ってるよ〜♪』
『オメェ、そう言うのはオレサマの見てねえとこでやれって言っただろ? 発情してんのか!? ボケナスが!!』
『フェルも愛してる』
『なっ!? ばっ!! アホなのか?』
『ウラノスも』
『うん、知ってるよ。 ボクもキミたちが大好きだ』
『うん。 運命の光は僕を
『うん』
『当然危険しかないだろう。 僕はキミたちを巻き込みたくないと思っている』
『それは─』
『─うん、分かってる。 一人じゃどうにもならないだろう。 だから皆を巻き込む事になると思う』
『うん』
『僕の運命につきあってくれるかい?』
『『うん!』』
『シロがこう言うから……仕方ねぇな?』
『フェル、ありがとうな?』
『うっせ! オレサマはそう言うのは要らねえんだよ!』
『ははは! さあ、戻ろうか!』
『『『うん!』』』
◆◆◆
エカチェリーナは牧場に来て終始興奮気味だ。 今も鼻息を荒くして孵卵器の中を覗いている。
「も、も、も、モデナさん!?」
「ん? なあに?」
「その卵は何の卵ですの!?」
「ああ、これ? ピグミードラゴンの卵よ? ピグミードラゴンの育成状況を見て魔素と成長の関係を研究しているの」
「やっぱり!? 先日動画で観ましたの。 似たような卵でしたから、もしかしたらと思いましたわ!!」
ピグミードラゴンの卵は独特の容姿をしている。 大きさは小鳥の卵くらいだが、鱗の様な外殻をしていて、光沢のあるメタリックカラーで見る角度により表情が変わる。
また、孵化して出てくるピグミードラゴンの幼体も同じ色の外皮をしているらしい。
「こ、こここ、コレは何処で手に入れられるのかしら??」
「ピグミードラゴンは小さくてもドラゴン。 ショップには売ってないわね」
「では、どちらで購入されましたの?」
「
ピグミードラゴンは産みっぱなしで卵は高温で魔素が濃い環境なら勝手に
「ムースペッルに行けば手に入るのかしら?」
「誰にでも見つけられるとは思えないけど、運が良ければ? だけど、一般人には無理よ?」
「え? どうしてですの?」
「当たり前じゃない! ここはギンヌンガガプよ? 魔物が強過ぎて卵を探すどころじゃないわ?」
「え? じゃあ、どうしてモデナさんは……」
「私にはマデリーンがいるからよ。 ドラゴンは高位の生き物よ。 そんじょそこらの魔物じゃ手を出さないわね。 例えその個体が弱いドラゴンだったとしても、ドラゴンの持つ独自のネットワークで他のドラゴンを引き寄せる事になるからよ」
「聴いたことがございますわ、ドラゴン・ネットワークと言うやつですわね?」
「そう、よく知ってるわね?」
「あたくし、ドラゴンには目がありませんの! ドラゴン関係のアイテムや書物、グッズに至るまであたくしの部屋は埋め尽くされているくらいですわ!」
「あら、本当に好きなようね? そのピアスも何かドラゴンの素材か何か?」
「あ、これは違いますわ! ドラゴンアイと言うドラゴンの瞳に似た石を使ったピアスですの」
「あははははははは! でも本当にドラゴンが好きなようね!?」
「ええ、それはもう!! 今日は人生で最高の日ですわ!! モデナさん、本当に感謝しておりますのよ!? あたくし、国に帰りましたら、こちらにあたくしのポケットマネーを寄付いたしますわ!!」
「いやまあ、そこまではしてもらわなくても大丈夫よ? しかしまあ、ガンドアルヴの竜騎士には興味があるかしら」
「ならば、ガンドアルヴにお越しになられた場合は紹介いたしますわ! これはほんのお礼です、受け取っていただけるかしら?」
エカチェリーナは一枚の金貨をモデナに手渡した。 それはこの世界に流通しているプスと呼ばれる猫の絵柄の硬貨などではなく、一本の木を模した絵柄の硬貨だった。
「これは……!?」
「森の民、ガンドアルヴの王族のみが持つ硬貨、ユグドラシルのレプリカよ。 裏にあたくしの名前が彫ってあるでしょう?」
「ほんとだ!?」
「これはその名前の者と親しい者に渡される硬貨で、一つの認証となりますわ。 ガンドアルヴに来た時はそれを城門の衛兵にお見せになってお名前を仰ってくださいな。 あたくしへのアポイントとなりますの」
「ほうほう! これがあれば、王城へ入れると言うわけですか!?」
「あたくしが確認出来ればよ? 不在の時はどうにもなりませんわ!」
「ふむ。 分かった! その時は是非宜しく頼みます! 竜騎士とかめちゃくちゃ憧れる!! きっとレッドドラゴンの類かしらね!?」
「あら、分かりますの!?」
「それはもう、戦闘に特化した竜種と言えばレッドドラゴンでしょう!?」
「うふふふふ。 本当にいつまでもお話していたいですわ! しかし、そろそろ戻って来る頃かしら? 流石に暗くなってきましたし、宿に戻らないとスチュアートに怒られますわね……」
「ふむ、では……エカチェリーナさん?」
「はい?」
「これが孵化するかどうかはあなた次第となりますが、育ててみますか? ピグミードラゴンを!」
「えええっ!? そ、そそそ、そんな大切なものを宜しいのかしら?」
「
でも、これが
「あ、あたくし、やりますわ! この子を命に代えても
「いや、命に代えられると、こちらの責任が問われるから辞めて!?」
「あははははははは!! それくらいの気概があるという、ものの例えですわ!! ありがとうございます、モデナさん!!」
「うふふ、こちらも貴重なものをいただいたからおあいこね! また会いに来てちょうだい! クロは定期的に来るだろうから、ついて来ると良いわ! わははははははは!!」
─クシュン!
ウラノスを厩舎に戻してブラッシングをしていたノワールがくしゃみをする。
「お風邪ひいた? 治す?」
「大丈夫だロゼ、ただのくしゃみだよ。 そっち側のブラッシングは終わりそうか?」
「うん、あとちょっと!」
「暗くなって来たから、そろそろ戻らないといけないな」
「分かった、がんばる!!」
ウラノスは気持ちよさそうに目を瞑って、口元も少し笑っているように見える。
ウラノスに触れているだけで気分が良い。 これはチャネリングのせいもあるが、この連帯感は人と人とではないものだろう。
とても精神衛生上、良いものだと思える。 ロゼもご機嫌そのものだ。
─近いうちにまた来よう!
僕は優しくウラノスの背を撫でた。
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