第104話 エカチェリーナ
スチュアートさんが浮かない顔で言うには……。
「ノワールさん……エカチェリーナ様は今、どなたにもお会いたしたくないそうです。 お引き取りを願えないでしょうか?」
思っていた以上に重症だな……。
まあ、ちゃんと天の岩戸を動かす方法を考えて来ているが、上手く開くかどうか……。
「それではスチュアートさん、エカチェリーナさんに伝言とコレをお渡し願いたいのですが、お耳を拝借しても良いですか?」
「……はい、何でございましょう?」
僕はスチュアートさんに耳打ちすると、ひとつ頷いて持って来たケットシー洋菓子店のケーキ類を渡した。
スチュアートさんは少し驚いたような顔をして、すぐに踵を返してエレベーターを上がって行った。
僕たちは少し様子を見るために、ロビーにあるラウンジに入り、それぞれ飲み物を注文した。
「やはりエカチェリーナさん、心の傷が癒えてないのでしょうか……心配ですね」
「傷ならロゼが治してあげるのにね?」
「お前のおまじないは心の傷にも効くのか?」
「どんな傷だってへいき、へっちゃらッ!」
「何のキャラだよ!?」
「何だっけ?」
「知らんがな!」
「あの、ロゼさんは治癒魔法まで使えるんですか!?」
「うん、つかえるよ〜♪」
「それは凄いですね! 羨ましい!!」
「そう言えば、ノラさんがいつも図書館で読んでいる本は魔導書か何かですか?」
「え? いや……まあ……そ、そうなんですが……あ! エカチェリーナさん!!」
見ると、ラウンジの入口で少し鼻息を荒くして立っているエカチェリーナさんの姿があった。
「まあ! ノラたんまで来てくださったのですか!?」
「はい! 私の所為でエカチェリーナさんがあんな目に合ってしまって……大変申し訳なく……」
「違いますわよ!? ノラたんは悪くありませんわ!! あたくしは結局あの二人を、退学に追いやってしまったことを、自分が情けなくて悔やんでおりましたの……」
「けれどアレは彼らの自業自得ですし、彼らは自らお辞めになられたわけで……」
「……何を言っても終わってしまった事ですわ……それよりも」
「エカチェリーナさん、下りて来たと言う事は行くと言う事で良いのですね? 今から行くと帰りは暗くなりますが……」
「当然ですわ!! 行きますわよ!?」
「え? ええっ!? これから何処かへ行くんですか!?」
「ええ、これからギンヌンガガプまで行こうかと……」
「ギンヌンガガプと言うと深淵があって、強い魔物が出たりすると言う、あのギンヌンガガプですか??」
「はい、そうですよ?」
「……ノラたんは行かないのかしら?」
「エカチェリーナさん!? どうしてあんな場所に行こうだなんて……??」
「ここでは言えないけど、行く価値は大いにあるわ!! 少なくともあたくしにはね!!」
「……なら、私も行きます!! いったいギンヌンガガプに何があるのか、この目で見たいです!!」
「やふ〜い♪ ぎんぬんがががぷ? いこ〜♪」
ロゼが勢いよくホテルを飛び出して駐車場へと向かう。 僕らは会計を済ませて、その後を追う様について行く。
ホテルを出たところで僕は目的の人に連絡を取って段取りをしてもらった。
ウラノス号は四人乗りだ。 サイドカーに二人と本体に二人。
僕は人数分のヘルメットを取り出してそれぞれに手渡すと、ロゼを専用のベルトで自分と繋いだ。
さあ、準備は整った!
「行こうか!!」
「「「は〜い!」」」
─ブロロン!ドッドッドッドッ……バリリリリリリ!!
「凄い!! 何か振動が心地良いですわね!!」
「そうなんですよ、何と言うか、ワクワクしちゃいますよね!?」
「そう!! ノワたん、これ、あたくしでも運転出来ますのかしら!?」
「それは……危険だからやめたほうが良いですね?」
「あら残念ですわ!」
「私はうんてんしてもだいじょ──」
「──駄目だ。 お前が死ななくても、周囲を危険に巻き込むからな?」
「え〜!? そんな〜!?」
「ねえ!? この眉毛は何!?」
「……………」
ナーストレンドの街からギンヌンガガプへの街道は、エーリヴァーガル川を横切る様にギンヌンガガプまで続いている。
薄暗いニヴルヘルの地下空洞の先には明るい日差しが燦々と差し込んでいて、目が慣れるまでは外は真っ白で何も見えない。
少しずつ霧も晴れてきて、自生している植物などの生態系の変化もあって面白い。
とは言え、一般的な植物などであろうはずがない。 ギンヌンガガプは言うなれば魔素の吹出口だ。 その影響もあり、この辺りの植物は魔素の影響を多分に受けた植物だと言える。
つまり霊魂可視化のスキルを使うとよく解るのだが、植物に含まれるエーテルがとても濃いのだ。 もしかすると、毒素のある植物や植物系のモンスターもいるかも知れない。
当然、魔素が人体に及ぼす影響もあるので、ここから先はマスクが必要となるのだ。
僕は一度側道でバイクを止めて、それぞれにマスクを渡す。
「これは……?」
「はい、ギンヌンガガプは魔素が濃くて人体への影響もあるので、必ずコレを着けてください」
「それは空気を吸うと死んでしまったりしますの?」
「少し吸ったぐらいではどうと言う事もありませんが、吸い過ぎると或いは死んでしまう事もあるかも知れません。
エカチェリーナさんはご存知でしょうが、ノラさんはここだけの話にしておいてください。
ピコ君は魔力過多で魔晶石が無いとそれこそ死んでしまうかも知れない病気ですが、それと同等の効果があると思ってください」
「え、ピコさんはそんなお身体なんですか……お元気そうなので全然気付きませんでした……」
「とにかく、マスクをしてれば大丈夫なのね! 分かったわ!」
「さあ、もう少しで着きます! 行きましょうか!」
「「「はい(〜い)!」」」
─ブロロロロロロロ!!
ニヴルヘルの地下空洞を完全に抜けると、広大な平野が広がっていて、その先に突如として深い渓谷が大地を真っ二つに引き裂いている。
渓谷からは魔素を含む上昇気流、ニヴルヘルの方からは寒気、ムースペッルからは暖気が流れ込んで上空の天候は大荒れである。
なので渓谷へは近付かずに、ニヴルヘルの国立ファームを横切り、マシューさんが経営するマシュー牧場へと向かう。
予めマシューさんとモデナさんには連絡をしておいたが、準備してくれているだろうか?
モデナさんはたまたま育成しているモンスターの様子を見に来ていたらしい。
マシュー牧場は国立ファームと違って、ドラゴン専用牧場と言うわけではないのだ。 小型のモンスターを使ってギンヌンガガプの魔素がモンスターに与える影響を調べたりしている。
まあ、マシューさんはモデナさんの餌やりを手伝うくらいで、研究そのものはモデナさんが主体で行っているのだが。
「モデナ師匠!! ご無沙汰しております!!」
「ク……いや、ノワールお前!! もう少しウラノスに会いに来てやらんか!! 寂しがっておったぞ!?」
「う……すみません! まあ、色々とございまして……ウラノスは元気ですか?」
「当たり前だ!! 早く行ってやれ!!」
「はい!!」
牧場の母屋には様々な小型モンスターが飼われているが、中でも成長に魔素を必要とするモンスターを中心に飼われている。
エカチェリーナやノラさんはそれらのモンスターに夢中である。 そしてロゼはと言うと……。
「ウラノスにあいにいってくる!!」
「お、おう! でもお前、場所知ってんのか?」
「わかるよ!! ウラノスのことならなんだって!」
チャネリング。 心と心を通わせる……よりも深い、リンクさせると言った方がニュアンスが近いだろうか。 今、ウラノスが何を考え、何を見ているのかすら解るのだ。
ロゼはその感覚が強く、ウラノスの事なら手に取るように解るのだと言う。
「さあ、行こうか。 ウラノスが僕やロゼを待っているんだ。 君たちのことも紹介するよ」
「ウラノスって……外のバイクの事ではなく?」
「何を仰ってるの!? ウラノスはドラゴンよ!! それも真っ黒なドラゴン!! ノワールさん、早く! 案内お願いしますわ!!」
「わかった。 ついて来て!」
「真っ黒な……ドラゴン……!?」
「見れば分かるわよ!! 時間が勿体ないわ!! 行きましょう!!」
「はい!!」
エカチェリーナさんが僕とノラさんの腕を強く引っ張って、ロゼの出ていった後を追う。
うん、良いな。 エカチェリーナさんはもうウジウジしてはいない。 その目は真っ直ぐで、足取りも力強い。
─クルォ!
ウラノスがロゼの顔をベロンベロン舐めている。 羨ましい。 ロゼもウラノスにしがみついて離れない。
「やあ、ウラノス!! なかなか顔出せなくて悪かったな!!」
─クルルゥオオ!クルックア!『本当だよクロ!! 酷いよ!! ちょくちょく顔出すってか言ってたじゃないか!!』
「すまんすまんウラノス! 色々と身の回りの環境が変わってね……何かと忙しかったんだ。 まあ、約束を守れていない事には変わりないよね。 悪かったよ!!」
─クォオオ! クックルアア!『そんな事よりも、早くアレを加工して肌身に着けて欲しいなぁ?』
「分かった! 今日、マキナさんか、ハイモスさんに頼んでみるよ! 街のアクセサリーのお店でも探そうかと思ってたけど……淋しい想いをさせてしまったみたいだしな」
─クルア!『うん、そうしてよ!』
ウラノスが元気そうで良かった。 そして、こちらにも元気になってもらいたい人が、居るんだ……。
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