第103話 ケットシー洋菓子店

 学生寮の車庫からウラノス号を出して、サイドカーにロゼとノラさんの二人が乗せた。


 サイドカーは荷物がたっぷりと載せられる様に、大きく設計してもらっていたのは正解だった。 ロゼがノラさんの耳や尻尾を見てキャッキャと騒いでいる。

 ……ロゼにもケモミミとシッポを付けてみたくなる衝動がふつふつと……イカン! 思考があらぬ方向へと向かってしまうではないか!? 何故だっ!?



「さ……、さあ行こうか」


「しゅっぱ〜つ!!」


「進行!!」


「お、……おう!!」



 僕たちはノラさんがオススメするお店に向かった。

 デバイスに店の情報を登録しているので、ナビも大丈夫だ。

 それとなくエカチェリーナさんの好みも聞いておいたが……ドラゴン好き? いや、どうでも良いが!?


 学園の門を潜り抜けて、緩やかな下り坂の並木道を颯爽と走る。 リリーズ魔導学園マジカルアカデミーは小高い丘の上に建っていて、街までは下り坂なのでアクセルをかけなくてもまあまあのスピードが出る。



「わはははははは!!」


「こら! 身を乗り出すと危ないから座っていなさい!」


「は〜い♪ ノラた〜ん! きもちいいねぇ〜♪」


「はい! こんな乗り物初めて乗ります! 私、とっても楽しいです♪」


「そうか? まあ、店にはすぐに着いちゃうけど……」



 丘を下ってエーリヴァーガルの川に架かる大橋を渡ると、すぐにニヴルヘル王国の首都、ナーストレンドの街に繋がる。


 ナーストレンドに入るとさすがに目立つ様で注目を集めている。 別にバイクの様な乗り物が無いわけではなく、ウラノスのカウルがえらく目立っているのだ。

 ……あれ? よく見るとこのウラノス……眉毛付いてねえか!? 目を凝らすと何かマジックの様なモノで書き殴った跡がある……。



「なあ、ロゼ?」


「ん? にぃに、なぁに〜?」


「お前……ここんとこ何かしたか?」



 僕がカウルを指差すと、あ~っと思い出したかのようにロゼが手を叩く。



「えへへ〜♪ かぁいいでしょ?」


「えっ……!? そうか?」


「ねえ、ノラたん? かぁいいよねぇ??」


「え……ま、まあ、可愛らしいと思いますけど……それ、ロゼさんがお書きになったんですか?」


「えっへん! そのと〜りっ!!」



 もの凄いドヤ顔だが……う〜ん……どうすっかなぁ??



─キキー!ザザザッ!

 そうこうしている間に目的地に着いてしまった。

 僕はウラノスの眉毛を触ってみるが、油性なのか落ちそうにない……。 諦めるしかないな。


 【ケットシー洋菓子店】


 お店は赤いレンガの壁に蔦の緑が映えていて、オーク材で出来た猫の絵柄の看板が可愛らしい。 列こそは出来ていないが、店の中はかなり賑わっているようで、外からガラス窓を通して中の人の賑わいが伺える。



─カランカラン♪

 小気味良いベルの音とともに入店すると、小麦とバターの香ばしい匂いが漂ってくる。

 中に入ると正面のショーケース内は勿論、所狭しと商品が陳列されているが、お客の方も多くて品物もどんどんと捌けていく。



「マスター! 今日はお休みをいただいた上に、ケーキまで作っていただいてすみません!!」


「何を言ってるんだい、ノラちゃんが大切な友達に持って行くってんならオイラも張り切って作るってもんだぜ!? おや、そちらが言ってたお友達かい?」


「はい! 私の大切なお友達のロゼさんと、そのお兄さんのノワールさんです!」


「へぇ〜! なんかすっげーめんこい娘とイケメンだなぁ!? 何食ったらそうなれんだ?」 


「ちょちょ!! マスター!? お二人ともすみません、すみません! こちら、私のバイト先の店長さんで、アルベルトさんです! アルベルトさんの作るケーキはどれもとっても美味しいので、エカチェリーナさんにも食べていただきたくて!」


「そう……なんですね? はじめまして、ノワールと妹のロゼです。 宜しくお願いします」


「ああ、堅苦しいのは抜きでええよ。 一応コレが頼まれていたケーキだが、他にも欲しいモノがあったらどれでも持って行きな?」


「マスター、本当にありがとうございます!」


「じゅるり……う……おいしそうだよ? にぃに? ほら!コレとか、コレとか……あ!コレも!!」


「おいおい、ロゼ?……このデコレーションケーキが一つあれば十分だろう?」


「え〜!? せっかくマスタ〜がどれでももってけ〜って言ってくれたのにぃ?」


「ガハハハハハ!! ええからどれでも持ってけ!! ほら、嬢ちゃんカゴだ!!」


「わ〜い♪」


「なんか、妹がすみません、すみません!」


「ええからええから、あんちゃんも好きなの取るとええでな!」


「ありがとうございます! じゃあ、……ロゼ? 遠慮って言葉知らない?」


「ほえ?」


「すでに山盛りだな!? アルベルトさん、コレ買い取ります! さすがにこの量は気が引けますんで!!」


「ガハハハハハハ!! ええからええから、細けえことは気にすんな、若えもんがよ!! ガハハハハハハれ!」


「さすがマスタ〜!! 太いはら!!」


「おい!?」


「ガハハハハハハ!! 太い腹にはちげーねーわな!! ノラちゃん、こいつらおもしれーな、おい!?」


「ええ♪ 私の素敵なお友達です♪」


「ああ、ノラちゃん、こう言う友達は大切にするべきだ!! ノワール君とロゼちゃんだったかな? これからもノラちゃんのこと、宜しく頼むな!!」


「マスター!?」


「この娘は住み込みで働いてくれてんだが、勉強と仕事ばっかしててよお、オイラもうしんぺーでしんぺーでよお?」


「マスター! 恥ずかしいですから!!」


「へえ、ノラさんはここに住み込みで働いてたんだね?」


「まあ、はい。 黙っていてすみません、すみません!」


「いや、とても良い人の所に住まわせてもらえて良かったね?」


「はい♪ こちらもマダムの紹介で……本当にマダムには頭が上がりません!」


「そういやマダム……最近顔を出さねえな? あんなにケーキ好きだったのに、身体でも壊したか?」



 ギクリ……何となく思い当たる節がある。 ……あそこの料理長にデザートのレシピを教えたのは失敗だったか?



「アルベルトさん、今日は本当にありがとうございます! 今度、僕の田舎くにのオヤツを持って来ますので味見してください!!」


「おう、そうか? 何か逆に気を使わせてしまったみてぇで悪ぃな? しかし、甘いもんは好きだもんで、断らんがな!! ガハハハハハハ!!」


「ではでは、マスター! 本当にありがとうございます! 遅くならない内に帰りますので!」


「おう、あんちゃんが送ってくれるだろう? 時間なんか気にせずたっぷりと遊んで来い!!」


「もちろん、ちゃんと送り届けます!」


「え? あ、すみません! お願いします!」


「じゃあ、いこ〜♪」


「お、おう!」



─カランカラン♪


─バルルンッ!ドッドッドッドッ……


 エカチェリーナさんの住んでいる場所がデバイスに表示されていて、その方角を見遣ると……ナーストレンドの駅の眼の前に建てられている高層ビル、【ナーストレンド国際ホテル】が見える。 ……あそこか。

 行く前から少し緊張するな。 あのスチュアートさんだっけ? はたしてエカチェリーナさんに取り次いでもらえるだろうか?


 ……一度気にしたら負けだな。 さっきからカウルの眉毛が気になって仕方ない!! クソッ! なんか麻痺してきたのか? 僕までこのカウルが可愛く見えてきやがった!!



「チェリたん、ケーキよろこんでくれるとい〜ね〜?」


「はい! 少しでも元気をだしてもらいたいです!」


「そうだな……おい、ロゼ? それはエカチェリーナさんの為に買ったんじゃないのか?」


「え!? ちょっとくらいだいじょ〜ぶだよ〜♪ ね?ノラたん?」


「え? まあ……大丈夫じゃないでしょうか?」


「そ、そうなのか? とりあえずケーキには手を付けるなよ?」


「ほ〜い♪」



 ホテルの駐車場にウラノス号を停めると、僕たちはホテルのエントランスホールへと向かった。 カウンターでエカチェリーナさんの友達だと言って連絡をとってもらおうとしたが……。



「そんな方は当ホテルには宿泊されておりません。 どうぞ、お引き取りください」



 の、一点張りだ。 それはそうか? 言ってみれば超が着くほど特別な国賓みたいなものだし? 一介の友達風情は会わせてもらえないのかも知れない。

 仕方ない、奥の手を使うか?



「マダム? 僕ですが……実はですね……」


「マダム……」


「ええ。 今ナーストレンド国際ホテルの受付カウンターにいるんですが、エカチェリーナさんに会いに来たんです。 はい、それでですね、受付の……ジョンて人がいくら言っても取り次いでくれないんですよ……はい、……はい。 分かりました。 ありがとうございます!」


「あの……失礼とは

存じますが……今どちらにお電話を……」



 受付のジョンさんが、変な汗を流しながら話しかけてきた。



「え? マダム・ヘンリエッタさんですが?」


「マダム……ヘンリエッタ様……!?」



─トゥルルルルル!トゥルルル─カチャッ!


「ナーストレ……はいっ!! はいっ!! 申し訳ありませんでした!! はいいいいっ!!」


─カ……チャ……


「お客様! マダムやエカチェリーナ様とお知り合いとは存じませんで、大変失礼をしました!

 今すぐ連絡させていただきます!!」


「いえ、いいんですよ。 お仕事ですもんね?」


「そう仰っていただけると助かります!! 今、部屋の内線におかけしておりますので……あ、失礼します!」



 ジョンさんは子機を使ってスチュアートさんとコンタクトを取ってくれているみたいだ。



「お客様、スチュアート様が確認の為に降りて来られます。 今暫くお待ち下さい」


「分かりました!」



 ジョンさんには申し訳ないが、次からは連絡先交換して、ちゃんとアポ取ってくるから許してください。


 暫く待つとスチュアートさんがエレベーターから姿を現したが、えらく浮かない顔をしている。

 エカチェリーナさんの調子は、あまり芳しくないのだろうか……。

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