第102話 幸運を齎す黒猫
─昼休み・食堂
エカチェリーナさんが休んでいるので、ここ数日は僕とロゼ、ノラさんの三人でお昼を食べている。
ノラさんはエカチェリーナさんの事をずっと心配していて、今日も浮かない顔をしている。
「ノラたん?」
「え? あ、はい。 なんでしょう、ロゼさん?」
「お腹いっぱいなら、ロゼが食べようか?」
「おいおい、ロゼ? ノラさんはゆっくり食べてるだけだかんな? ロゼ、まだ足りないなら僕のを食べろ?」
「は〜い!」
─ポス!
ロゼのフォークがノワールの皿の肉団子を突き刺した!
「あ! 最後に置いておいた肉団子!!」
「パク! ほむほむはむ、っまい!!」
「あ……あぁ……」
「じ〜!」
「こ、こっちの煮玉子だけは勘弁してくれ!」
「もう、しかたないな〜♪ 今回だけだぞ〜?」
「次もあるのか!?」
「クスクス……あ、ごめんなさい……」
「ねえ、ノラたん?」
「はい、何でしょうか?」
「きょう、ほうかごにサークル行って、にゅ〜ぶとろけ?を出したら、チェリたんのとこいこっか?」
「え? エカチェリーナさんのお住まい、ご存知なんですか?」
「知らないよ?」
「じゃあ、どうやって行くのでしょうか?」
「ねえ、にぃに? どうやっていくの?」
「おい!?」
まあ、どうせ無計画だろうとは思っていたが……思いつきで次から次へとよくもまあ……。
そんなロゼを可愛いと思ってしまう僕も、大概だとは思うが仕方ない。
考えてみたら連絡先も交換していないし……あまり使いたくはなかったが……。
「もしもし? あ……
そうだ。 僕たちは闇ギルドの一員なのだから、蛇の道は蛇ではないが、専門家に任せるのが一番だろう?
「あ、マリアさん? はい、
折り行って頼みがあるのですが……学園に在籍している、エカチェリーナ=ヴィクトリアと言う人を……え? あ、はい……そうですが、そんな事まで知ってるんですか?
……まあ、良いですが、彼女の今住んでいる場所……え? はい……では、僕のデバイスへ送ってもらえますか?
……ありがとうございます!
え? ああ……はいはい。 また顔出せば良いんですね、分かりました。 では!」
「どう? わかった?」
「うん」
「……ノワールさんて……いえ、すみません、何でもないです!」
「手ぶらで行くのも何だから……何か……作って持ってくか?」
「えっ!? 作るんですか!?」
「じゃあ、買う? 僕は今の街の流行とか知らないよ?」
「じ、じゃあ、私、心当たりがあるので案内します……良いですか?」
「じゃ、それで! ロゼ、今日は買い物だな♪」
「やっふ〜い♪」
─放課後・ゴーレム研究会
僕とロゼは後で図書館でノラさんと落ち合う事にして、ゴーレム研究会へロゼの入部届を提出しに来ていた。
予めマリオン先輩からフランク部長には連絡が行っていて、入部はスムーズに終わった。
しかし、キング・オブ・ゴーレムの大会出場するにあたって、ゴーレムの規格、試合のルール等の説明を受ける事になった。
「本当に大会に参加出来るのか?」
「うん♪ でるよ〜♪」
「本当にゴーレムは用意出来るんだな? 既成のゴーレムでは駄目なんだぞ? あくまでもオリジナルでなくては……」
「だいじょぶだよ! かぁい〜のつくるから!!」
「可愛いゴーレム……まあ、そこまで言うからには本気なんだな。
ゴーレムは作れば良いと言うわけではなく、ちゃんと規格ってモンがあるんだ。 まあ、規格っつっても緩いがな」
「すみません、妹が突然無理を言いまして……迷惑だったんじゃないですか?」
「いや……こちらとしては渡りに船というか、サークル存続に貢献してもらう事になって、非常に助かると言うか……」
「そうですか。 それでは、その規格と言うのを教えてください。 あと、大会のルール等も……」
「はい。 先ずゴーレムの規格ですが、こちらの箱を見てもらえますか?」
フランク部長の横のテーブルに置かれた正方形の箱がある。
部長はその箱をポンポンと叩きながら説明を続ける。
「この箱はちょうど五十センチ四方の箱になっている。 ゴーレム本体含めて武器や防具もこの箱に収まる事。 そして、本体は一体である事、これは絶対条件だ。
ゴーレムはAI搭載は禁止されていて、一般の魔晶石のみ使用可能だ。
当然ラビが使用するゴーレム用のコントロール・デバイスもAIの搭載は禁止されているし、ネットワークとの連動も禁止されている。
あ、そうそう、ラビと言うのはゴーレムの操縦者の事を言うんだ。
ゴーレムの魔晶石とラビのデバイスは、大会直前に不正がないかのチェックが入る。 まあ、ゲートを潜るだけなので時間はかからないがな」
「ふ〜ん?」
ロゼは恐らく何を言っているのか理解出来ていないのだろう。
フランク部長はロゼを訝し気な表情で見ている。
「あ、僕が理解しているので大丈夫です。 続けてください!」
「……そうか? わかった。
とりあえず続けるが、ゴーレムはゴーレムであり、アンドロイドやオートマタ、ホムンクルスであってはならない。
つまり、身体は魔晶石を核に錬成によって得た無機質なマテリアルで構築されている事が絶対条件だ。
会場は魔防壁の中で行われる為に、攻撃手段は物理でも魔法でも構わないが、特殊魔法や召喚魔法は禁止されている。
武器や防具はエンチャント可能だけど、特殊魔法は禁止されてるんだ。
制限時間は十五分。 勝敗はどちらが降参、或いは戦闘不能、若しくは判定、または反則が認められた場合は反則負けとなる。
勝敗がつかない場合は判定となり、判定にあっては、AIモニターと四人の審判員が判断する。
以上がゴーレムの規格と大会ルールの簡単な説明でだが、何か不明な点とか聞きたい事などあるか?」
「ほえ?」
ロゼは既にキャパオーバーだな。 頭の上にハテナが大渋滞を起こしている。
「ゴーレムのマテリアルは、無機質なら何でも構わないのでしょうか? 例えばアダマンタイト合金とか?」
「え? いや、逆にそんなレアメタルが手に入るもんなのか?」
「レアメタル? なんですか?」
「そりゃ……見た事もなければ聴いたことくらいしかないもんだし? まあ、無機質であるならば問題ないのかな?」
「そうですか。 ありがとうございます。 あと……メタルスライムやヤルンヴィドの鉱木材なんてのはどっちになるんですか?」
「そんな希少な材料見たこともないので、大会の運営に直接聴いてみないことには分からんな?」
「そう……ですか、分かりました。 では、ロゼの出場に際しては僕も立ち会いますのでご了承ください」
「いやまあ、どちらかと言うと、居てもらう方が助かるな?」
「では、これから用事がありますので、お愛想なしですが、二人共失礼します」
「お、おう。 よろしくな!」
ゴレ研を出た僕たちは、ノラさんの待つ図書館へと向かった。
ピコ君も居ないだろうか?
などと考えていたが、今日は図書館には居ないようだ。
ピコ君の連絡先も聴いておくべきだろうか……せめて
「あ、ノラさ……」
図書館に着いた僕たちは、半個室で本に囲まれたノラさんに声をかけようとしたが……。
「……寝てる?」
「ねてるねぇ……おミミがパタパタしててかぁい〜ねぇ〜♪」
「可愛いな……てか、泣いて……るのか?」
ノラさんは机に突っ伏して寝ているが、頬を涙が伝った跡がある。
「や……やめて……やめてください……」
駄目だ! きっと昔のフラッシュバックだろう。 起こそう!
「ノラさん! ノラさん、起きて!?」
「─えっ!? 猫ちゃん!?」
「え!? 何っ!?」
何故か僕の顔を見て、驚いたような顔で猫だと言う……。
まあ、以前は確かに猫ちゃんだったがな……。
「ノラさん、しっかりしてください! 僕ですよ!? ノワールです」
「あれ!? すみません、すみません!! 昔の夢を見ていたみたいで……いつもは最後に黒猫ちゃんが出て来るんですが……」
「え、黒猫……ですか? でもまあ、黒猫の夢は幸運を
「そっかあ!! だからロゼは幸せなんだね!? まいにちみたいにみてる!!」
「そうなのか?」
「うん!!」
「いえ、違うんです! ……まあ、違わないんですけどね、ふふふ」
「……と言うと?」
「私、3年くらい前に奴隷商に売り飛ばされそうになった事があるんですが、偶然通りかかった魔警隊に助けられたんです……」
「それは……とても怖い思いをされましたね……でも助かって良かった」
「はい……。 その時、魔警隊のそばにいた黒猫ちゃんと目が合ったんです……」
「く……黒猫……」
「はい。 何故かその時、その黒猫ちゃんが良かったねって言ってくれた気がして……きっと黒猫ちゃんが幸運を運んでくれたんじゃないかって、そう思っているんです」
「そう……じゃあ、良い事があったのかな?」
「うん! だって変な人に売リ飛ばされずに、施設に入ることが出来て、こうして魔導学園に入学出来て、お友達も出来て……こう見えて私、今、幸せなんですよ?」
「そうか……じゃあ、お裾分けしないといけませんね!?」
「お裾分け……ですか?」
「ああ、幸せってのは分け合わないと、独り占めしても幸せにはなれないんだよ」
「……なんとなく、分かる気がします!」
「ねえ! はやくチェリたんのとこいこ!!」
「そうだな、行こうか!」
「はい♪」
確かに。
良い顔してるな。
獣人族、特にノラさんは猫科の獣人族で、笑うととてもチャーミングだ。 笑っているだけで、彼女の場合は幸せが寄って来そうなほどに愛くるしい。
あの日以来、ノラさんは帽子を被らなくなって、尻尾も隠してはいない。 獣人族として堂々としているのだ。
それはきっと、エカチェリーナさんから自分に注意を引いているのだろうと思うが、その効果は確かにあるのだ。 良くも悪くも人の視線を集めている。
それにしても、ノラさんの見た黒猫……まさかな?
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