第100話 野良猫

─同日・放課後


 僕はエンチャント研究会も気になってはいたが、やはりルーティンの魔導書漁りをしていた。

 ロゼは隣で大人しくイヤホンをしてタブレットの動画を見ている。

 最近お気に入りの【魔法少女系アニメ】だ。 僕が亜空間ネットワークを利用してダウンロードしたアニメにご執心なのである。

 コレを観ている間は非常に大人しくなる為に、悪いがロゼはタブレット漬けになっている。 ……すまん、ロゼ。 まあ、目はラッキラキなのだが!


 しかし、いくら探してもコレと言った魔導書が見当たらない。 

 今日は、先ほどの話にも出てきた、付与魔法系の魔導書を物色中だ。 呪いに関する魔導書もいくつか抜粋して持って来た。


 ノラさんもいつもの席で何か分厚い本を読んでいる。 本当に勉強熱心だな。


 ピコ君は僕の眼の前で本をパラパラとめくっているが、彼は僕が見ても解らない文字で書かれた魔導書を手にとっていた。

 この世界の文字は大抵解る様に、僕の魔晶石にはインストールされている筈なのだが、それ以外の文字となると……はて?



「ピコ君?」


「ああ、ノワたん、どうかした?」


「君の持っているソレは、いったい何の本? 文字が難しくって表紙の文字が読めないけど?」


「ああ、これはフルサクと呼ばれる古代ルーン文字だよ。 ボクはずっと歴史について興味があってね、古い文献を読み漁っているんだ♪」


「へえ! そんな文字があるんだ!? そのルーン文字で書かれた魔導書もあるのかな?」


「そりゃたくさん在るだろうね?」


「ルーン文字は勉強すれば読み書き出来るの?」


「……ルーン文字は勉強しても読めないんだよ。

 特にフルサクは文字自体が特殊でね、基本的に文字として認識出来ない様な仕様なのさ」


「じゃあ、どうして……」


「ボクかい? どうして読めるかだよね……?」


「う、うん。 いや、別に話せない理由があるなら無理には聴かないけど、気になっちゃって……」


「ボクは巨人族の中でもキュクロプス族と呼ばれる種族なんだ」


「キュクロプスって……一つ目の?」


「正確にはキュクロプス族はモノアイ一つ目と言う訳では無いよ。 ほら、眼帯の下にはちゃんと目があるでしょう?」



 ピコ君が左目の眼帯をめくって見せてくれた。 確かにちゃんと両目がある。

 ただ、左目は光を失ったように白く濁っているのだ。



「コレはね、キュクロプス族の慣わしなのだけど、十歳になると選択肢を与えられるんだ」


「選択肢?」


「うん。 一つは普通に暮らせる様に何もしない選択。 一つは全知を得るために、ミーミルの泉の水で作られた密酒ミードで片目を洗い、光と引き換えに古代ルーン文字を読める様になると言う選択。

 王家は代々跡継ぎがソレを行うのが慣わしなのだけど、近年はルーン文字を読める必要性が無くなって来た為に、その古い慣習も廃れて来ていたんだよ。

 でも、ボクの身体は生まれつき虚弱体質こんなだろう? その所為もあって、ボクは本の虫になった話はしたよね?」


「う、うん……」


「ボクは自分の意思で片目から光を奪ったんだ! 全ては本、引いては歴史を識りたいが為にね!!」


「す、凄い! なんか、壮絶ですね?」


「いや、大袈裟に言ったけど、本当に本や歴史が好きなだけなんだ。 はははは……あ、いけない。 ここ図書館だ……はは」


「それはもう重症ですね♪」


「うん、そうなんだ♪ 本って当に良いよね、なんてね♪」


「ぶっ! いや、図書館だからやめて? 面白くないのに無駄にジワルからね?」


「ところで目的の本は見つかったのかい?」


「いや、それが見つからないんだよね……無いのかなぁ?」


「そっか、見つかると良いね」



─ガタンッ!

 大きな物音がしてその方向に目をやると、ノラさんが立ち上がって椅子が倒れたみたいだ。



「そこ! 静かになさい!!」



 司書の方からお叱りのお言葉が飛んでくる。

 しかし、そんなモノはどこ吹く風と、ノラさんはどこを見るともなく立ち尽くしている。



「ノラさん?」



 僕が声を掛けても聴く風でもない。


─ダン! ダダッ……バァン! ダッ!


 ノラさんは急に駆けだしたと思ったら、図書館の窓を開け放って飛び出した!!



「ノラさんっ!?」


「ピコ君、僕、行ってくる! ロゼを見てて!!」


「あっ……、うん、分かった!! 気を付けて!!」


「ああ!」



 僕はノラさんの後を追って窓を飛び出した!



「コラッ! 貴方たち!?」


「すみませんお姉さん、ボクから後でキツく言っておきますんで……」


「あら……そぉお?」


「はいっ!」


「それじゃあ、窓を閉めといてくれるしら?」


「分かりました! ありがとうございます、お姉さん!」


「おね……まあ、うふふ♪」




─バリッバリリッ!!



「んんん───っ!!」


「おうおう、良いね♪」


「おい、早くしろよ!」


「焦るなよ、こんな所に誰も来ねぇよ!」



 エカチェリーナと男たちは、場所を通りから奥まった建物の影に移動している。 男が言う通り、誰一人通る気配はない。


 エカチェリーナはブラウスのボタンを千切られ、スカートも下ろされてほぼ下着姿になっている。

 口に自分のハンカチーフをつっこまれて声も出せない。

 既に目から幾筋かの涙が伝って頬を濡らしている。


 そして


 残された下着も


 めくられ

 

 おろされて


 男たちは荒々しく


 まさぐ


 自慢の縦巻きロールは


 振り乱されて


 バラけている


 彼女の嗚咽にも似た


 その叫びは


 ただ助けを求める


 その叫びは


 ただ空気を


 揺らすだけであった






 

─ダダダダダダッ!!


「「ぐあああああ!!」」



 しかし


 彼女を呼ぶには


 それで十分だったのだ!



「ってぇ……野良猫っ!?」



 放たれた魔法は石礫ラピス・グラレアだ。 彼らの身体を石の鏃が襲う。


─パララ……


「へっ、獣が放った魔法なんざぁ、大して効かねえぜ?」


「エカチェリーナさんからその薄汚い手を退けなさい!!」


「おうおう、言うじゃねえか。 嫌だっつったらどうすんだ?」


「んん──っ!!」



 男たちは二人してエカチェリーナの身体を触り立てた。

 胸を揉みしだき、股間を弄る。



「エカチェリーナさん……あなたたち……なんてことを……」


「なんだ、そんなにいきり立ちやがって……発情してんじゃねえか? この野良猫はよぉ!?」


「お情けでテメェも相手してやったって良いんだぜ?」



─ザンッ!!


 二人の視界からノラが消える。



─なっ!?


「グアッ!?」


「イッタアアアア!?」



 男たちの腕から大量の血が噴き出す!!

 見ると二人の両腕から幾筋もの斬撃が見られ、ドクドクと血が溢れ出している。



「さっさと退けなさい!」



 ノラは両腕を振って、手に付着した血を落とす。 地べたに赤いシミがいくつも出来上がる。


 男たちは溢れる血をそのままにタクトを構える。



─ダンッ!


─ドカカッ! ……カラン! カララン!



 男たちとタクトが吹き飛ぶ!


 地べたに倒れ込んだ二人の腕には、更に傷が増えている。



 男たちが怯んだ隙にノラは、エカチェリーナを彼らから遠ざけて、口に詰め込まれたハンカチーフを取り出した。



「クソッ! 野良猫のクセに! 身体強化か!?」


「ウスノロの身体強化とわけが違うわよ!?」


「ノラさん……ノラさん!!」


「もう大丈夫です、エカチェリーナ様。 どうぞ、私の後ろに」


「うぅ……」



「くっそ……やべぇな……」


「おい、マジでヤバくねえか、俺たち……」



 ノラは男たちの様子を注意深く見ながら、エカチェリーナを背にして構えている。 しかし、それ以上に動き出す様子はない。


 男たちは起き上がって、落ちていたタクトを拾って構える。

 流れる血を身体強化で抑えているが、フルフルと震えている。



「先輩方、もう良いでしょう? これ以上罪を重ねると、本当に退学どころじゃ済みませんよ?」


「の、ノワールさん?」


「ノラさんは、エカチェリーナさんをお願いします」


「は、はい!」


「貴様は……昼間の男か……チッ」


「も、もう駄目だ! お仕舞だ! 俺たち本当に終わりだあああああっ!!」



 一人の男がタクトを構えて詠唱に入ろうとしたその時!



─バリリッ!!



「ぐああっ!?」


「もう大人しくしておいてくださいよ、先輩?」


「うが……が……」


「おい!? コイツに何しやがった!?」


「ただの電撃パラライズです。 少し感電しているだけですよ? 同じ目に合いたくなければ、大人しくしておいてくださいね?」


「お嬢様!!」


「スチュアート!!」


「なんておいたわしい……貴様等がお嬢様を……!?」


「ひっ!?」



─ビキッ!

 勢いよく駆け付けたエカチェリーナの執事、スチュアートから大量の魔力が放出されて、僕を含めた男共を威圧する。



「スチュアートさん、彼らはもう戦意はありません。 どうぞ、抑えてください……」


「ぐぬぬぬぬ……貴様は誰だ!?」



 スチュアートの突き刺す様な視線がノワールに向けられる。 そして、ビシッと整えられたオールバックがピリピリと逆立ち始めている。



「スチュアート!! 彼は違います! 落ち着きなさい!!」


「しかし、お嬢様、此奴のこの禍々しいばかりの魔力は……」


「落ち着きなさいと言っているでしょう!? スチュアート!!」


「………………承知いたしました」


「スチュアート、彼らを学園へ突き出しなさい。 魔警隊への連絡は禁じます!」


「なっ!? しかしお嬢様……!?」


「早くなさい!!」


「はっ!」



 スチュアートは上着をエカチェリーナへと着せると、暴漢二人を連れて学園の本館棟へと向かった。



─ペタン……

 緊張と身体強化が解けたのだろう、ノラさんが力なく腰から落ちた。

 隣で震えていたエカチェリーナが、ノラさんに飛びつくように抱きついた。



「ノラさん……ありがとう……ありがとう、ノラさん!!」


「エカチェリーナさま……良かった……です……」


「う、うう……うわあああああぁぁぁ!!」


「エカチェリーナさま!?」


「ノラさん! 怖かった!! 怖かったわ、あたくし……あたくし……うわあああああぁぁぁ」


「もう……大丈夫です! 大丈夫ですから、ご安心ください!」


「ああああああぁぁぁ……」



 エカチェリーナさんは緊張の糸が切れたのだろう、ノラさんに抱かれながら泣き崩れている。

 ノラさんもエカチェリーナさんの背中をポンポンと叩きながら、安堵の表情を浮かべて一筋の涙を流していた。


 僕は何も出来なかった。


 考え無しだった。


 彼らがどんな行動をとるのか、もう少し考えるべきだった。


 注意していれば、未然に防げた事だったかも知れない。


 何とも言えない気持ちになるが、時間は戻せないのだ。


 エカチェリーナさんの身体は無事だった様だが、心の傷はかなり深いモノだろう。


 このどす黒い負の連鎖。


 明日には彼らはそれ相応の処分を受けて、彼女らは畏怖の目で見られる事だろう。


─僕は本当に何やってんだ!

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