第99話 下校
─ガシャン!!
「あ〜ら手が滑ったわ!? ごめんあそばせ!?」
「何をしやがっ──っ!?」
「あらあら、制服がすっかり汚れておしまいになられましたわねぇ?」
ノラにぶつかった男の頭から、おかずが流れ落ちている。
「かっ、かいぬ──エカチェリーナっ!?」
「はい、何かしら?」
「いいいい、いえ……しかし、これはあまりに酷いんじゃありませんか?」
「そうですわねぇ? でしたら、その制服を買い取りますわ? おいくらかしら?」
「くそっ! 野良猫っ!覚えてろよ!?」
「ノラさん、忘れてしまって構いませんことよ? 代わりにあたくしが覚えておきますわ? あなた、お名前は?」
「くそっ! くそっ!! いったい何なんだ!!」
男たちは自分の食事を持って何処かへ行ってしまった。
エカチェリーナさんが両手を腰に当てて仁王立ちしている後ろ姿を、ノラさんはびっくり
「あらあら、名前も
「あの! エカチェリーナさん!?」
「何かしら、ノラさん?」
「こ、こんな事をしたら、エカチェリーナさんにも、矛先が向かってしまわれるのではないかと……」
「それがどうかいたしましたの?」
「だって……エカチェリーナさんは何も悪くないですし……」
「あなたは自分が悪い事をしたと思っていらっしゃるのかしら?」
「それは……そんなことは……」
「では、何も悪くないのではなくって?」
「ま、まあ……」
「むしろ、あたくしはあいつらに食事をかけてしまいましたわ、勿体ない。 後で食堂のおばさまたちに謝罪をしなくてはいけませんわね?」
「ふ、ふふふ。 あははははははは!!」
「ピコタッ!?」
「いや、ごめんごめん! 笑うつもりなかったんだけどね、あんまり可笑しくって! あははははははは!!」
「何だか、ピコタに笑われると癇に障りますわね!?」
「いやあ、爽快だった! ボクはチェリたんが一気に好きになったよ!」
「な!? な、な、な、何を仰っておられますの!? ピコタ、あなた、あたくしを誂っていらっしゃるのですね!?」
「わ、わ、私も……エカチェリーナ様が好きです……」
「な!? ノラさんまで!? いったい何ですの? あたくしなんて──」
「ロゼも大好き♡」
「僕も♡」
「えっ!? ばかっ!! な
っ!? ええええ──っ!?」
「ふふふ。 ボクは世継ぎから退いた身だけれど、一国を担うような、人の上に立つような人は、チェリたんみたいな人が良いなと、今思ったよ!」
「ひ、人として、あああ、当たり前の事をしただけですわ!?」
「ほら! おばちゃんにいって、もらってきたよ!! おばちゃんスペシャル!!」
「え!? いやロゼたん!? おばさまに謝らないといけませんわ!!」
「何いってんのさ! 子どもがおばちゃんに気ぃつかってどうすんのさ! おばちゃんも遠くで見ていてあんたが気に入ったんだよ! 黙って受け取りな!! ほら、テーブルも綺麗になったし、さっさとお食べ!!」
恰幅の良い食堂のおばちゃんは、汚れたテーブルをピッカピカにして颯爽と去って行った。 おばちゃん格好いいな。
「あ……え? いや、おばちゃん!?」
方手をひらつかせて背中で語っている。「いいからお食べ!」
「もう! 無駄に時間が過ぎたじゃない! みなさん、食べますわよ!? ってコレ、いつもより多くありませんことっ!?」
遠くでおばちゃんがサムズアップを決めた右腕で語っている。「たくさんお食べ!」
エカチェリーナさんが若干モジモジしていると、ピコは食事をしながらノラさんに話しかけた。
「ノラさん?」
「はい、何でしょうかピコさん?」
「キミはこの学園で魔法を習って、いったい何に成りたいんだい?」
「私は……」
「……旨いっ!! この団子はなんだろう?」
「え!? ピコさん!?」
「いや、あまりの旨さに声を出してしまった、申し訳ない。
しかし、この団子の味がいけない、旨すぎるから!
で、何だっけ?」
「……私は、このたまごサラダが好きです」
「え? あたくしもよ? おばちゃんサラダは最高! え、なんの話だっけ?」
「私の進路……です」
「ロゼはおばちゃんとくせ〜ごったにが好き!」
「そうかロゼ、分かったから黙ってよ〜な!?」
「うん?」
「私は……マーナガルムの……」
「魔道具屋さんかな?」
「え? ええ……まあ……」
「そっか……。 素敵な魔道具屋さんになれると良いね?」
「はい、ありがとうございます!」
マーナガルムの、その後の言葉はきっと別の何かだったのだろう。 ピコ君はソレを分かっていて答えを魔道具屋へ促した。 ピコ君は彼女の何かを知っているみたいだが……。
その笑顔の奥は窺い知れないものがある。 ヨトゥン王の御子息……第三王子、ピコ=ヨトゥン=クエタ。 政権争いからは降りたと聴くが、底知れぬ聡明さを感じる。
目線が合う。 彼の視線は少しも物怖じしない。 見た目は少年だが、彼にはそれなりの修羅場を潜り抜けて来たような凄みがある。 そして、何を考えているのか、解らない怖さも。
「ノワたん、今日は食事に誘ってくれてありがとう! マダムの日替わりプレート、とても美味しかったし、会食もとても楽しかったよ!
また誘ってくれると嬉しいけれど、メイドのデイジーが妬いてしまうかも知れないなぁ。 あはははははは!」
「そう言えばピコタ、あなたはあの後、サークルは何処かにお決めになられましたの?」
「いや、まだ迷っているところさ! エンチャント研究会なんか面白そうかなぁなんて思っているところだよ」
「付与魔法と言う事ですね!? それは面白そう!!」
「お? ノワたんが食い付いた!?」
「モノに魔法を付与出来ると言うのなら、呪いも付与出来る。 付与出来るというのならば、解除も出来ると言うことだろう?」
「まあ? そんな簡単な話ではないとは思うけどね? 何か呪われたモノでもあるの?」
「いやまあ……知り合いが、ね……?」
「そうなんだ? まあ、呪いの強さにもよるかもだけど、可能性は無いわけではないのかな?」
「また今度覗いてみようかな……」
「それが良いね♪ さあ、次の授業の用意もあるし、講義室に戻ろうか!」
「あの……私も誘ってくれてありがとうございました……また、ご一緒出来たら嬉しいです」
「ああ、食堂で食べる時は一緒に食べようよ」
「そうね、あたくしもご一緒しますわ♪」
「みんなといっしょだとたのしいね〜♪」
ボクは学生時代、ずっと独りで食事をしていた。 当時、特になんとも思っていなかったが、今と比べてしまうとやはり淋しいものだと言えるだろう。
皆と食事……良いよね。
─放課後
エカチェリーナはサークル活動を終えて独り帰路についていた。 エカチェリーナには門限がある為、一人早めに部屋を出たのだ。
辺りは薄暗くなり始めている。
エカチェリーナは、可愛いコンパニオン・モンスターとたっぷりと戯れてホクホク顔だ。 自分はどんなモンスターを飼おうかなどと考えながら歩く足取りは軽い。
サークル棟は学園の敷地の端の方に位置しており、噴水のある中央広場まで少し距離がある。 道中、外灯で真っ暗ではないが、ニヴルヘル特有の霧に包まれていて薄暗くなっていく……。
「よう、こんな暗い夜道に女性独りで歩いているなんて、危ないんじゃねぇか?」
「あなた、昼間のっ!?」
「はん、どうせ俺も退学にさせられんだろうよ?
せっかく入学出来たんだ、楽しい思い出作りはしなきゃなんねぇよな?」
「何が言いたいのか解らないけど、下品な匂いしかしないわね!?」
「へっ! 何とでも言いやがれ! どうせこの顔見るのも今日が最後になんだろうからな?
まあ、せいぜい愉しませてもらうぜ?」
「近寄るんじゃないわよ!? ゴミ虫が!!」
「そうさ、ゴミ虫さ! あんたから見れば全員な!? いつ不敬で踏み潰されてもおかしくねぇゴミ虫だから、生きるのも必死だぜ。
そんなゴミ虫にこれからナニされるか分かってんだろう?」
「フン! 知ったこっちゃないわね!! デバイスで記録したし、うちの執事にも転送済よ!?。 あなたの人生もうオワコンねぇ!?」
記録用の指輪とデバイスを見せる。
「それがどうした? 俺みたいなゴミ虫はよお、王女の飼い猫の尻尾を踏んだ時点でオワコンなんだよぉ。 そんな終わった事より眼の前のお愉しみだろう?」
「なっ!? そ、それ以上近付くと魔法を放つわよ!?」
エカチェリーナはポケットからタクトを取り出して構えた。
演習場以外での魔法の使用は基本的に認められないが、非常時、及び正当防衛が考えられる場合の使用は認められる。
「ほう、正当防衛が成立してるかんな? しかし放てるのか?」
「なにを──っ!?」
─パシッ! ヒュッ!
背後から隠れていたもうひとりの男が、エカチェリーナのタクトを取り上げて遠くへ投げ捨てた。 そして、現れた男性は既に身体強化済で、エカチェリーナはそのまま羽交い締めにされる。 一生懸命足掻いてみるが、微動だにしないし、口も塞がれた。
「さあ、お遊びの時間だぜ!?」
「ん───っ!!」
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