第97話 獣人族ノラ
─放課後
僕とロゼはエカチェリーナさんに呼び出されて、学園の入口の池の
池はこのニヴルヘルの気候にも
「こんなところに呼び出してごめんなさいね」
「いえ、とんでもない。 ノラさんの話ですね?」
「まあ、彼女の話でもあるわね」
「伺いましょう」
「ロゼはお魚さんみてくるね!!」
「お? おう、気を付けてな?」
「は〜い♪」
ロゼは池のぐるりに張り巡らされた太い木製の柵の上を走って、水鳥が集まっている方へと向かった。
─ツッタカター!
「だから、気をつけろって!!」
「は〜〜い♪ うおっ!?」
「………………」
「ふふふ。 本当に可愛らしい♪」
「……ええ。 さあ、聴きましょうか」
「そうね。 何から話そうかしら?」
「
僕が見る限り彼女、獣人族であることから差別を受けていますね?」
「……そうね。 この世界、特に獣人族にはとても住みにくい世の中になってしまったわ。
その昔は武力こそが国力に等しかったけど、時代が進んで帝国一強時代に入り、それと共に文明も進んで、世の中は魔法ではなく
つまり、力より、技術や知識、情報こそが世を統べる様になったわ。
それが故に、比較的知能が低い獣人族は魔法や文明に疎く、研鑽もしてこなかった為に迫害の対象となった……」
「……そうですね」
「そんなヒエラルキーの底辺に貶められた獣人族は、国を失い、居場所も追い立てられて、帝国の植民地に残るか、亡命する事を余儀なくされたわ……」
「……はい」
「彼女の家族は植民地に残ったらしいのだけれど、心無い人間どもに捕まって、奴隷として売り飛ばされそうになったところを、魔警隊に助けられて施設に保護されたそうよ」
「………………」
「けれど、奴隷紋は彼女の身体……手の甲に焼き付けられていて、今もその跡は残っているわ。 奴隷紋こそ書き換えられて花の模様になっているけれど、隠しようもない痕跡だわね」
「……ひどい」
「彼女は獣人族の未来の為にも、何かしらの知識を得ようとしてこの学園の門戸を叩いたらしいわ。
けれど、その意気や虚しく、受験に落ちた彼女は学校の理事長室に押し入って、懇願したらしいの。
彼女の直向きさを傍らでずっと見ていたマダムは、彼女を特待生として迎え入れた。
つまり、お金も学力も魔力も、受験のソレに及ばなかったのに、特別に迎え入れてしまったのね。
彼女はその温情に応えようとして、それこそ死にものぐるいで勉強していたのだけれど、周囲には心無い人間もいて、特別扱いされている彼女を疎ましく思う人も少なくなかった」
「………………」
「そんなある日、あたくしは目にしてしまったの……彼女を足蹴にして罵倒する生徒たちを!
あたくし、居ても立っても居られなくなりまして、その輩たちに説教たれた挙げ句、お父様に言って、学園の
「退学に、ですか……」
「ええ、あたくし、どうしてもそんな輩と同じ机で勉強する事が許せなかったのですわ!
これから同じ魔導を学ぼうとするものの中に、そんな倫理感が欠如する人たちが居ると思うと虫唾が走りまして!!」
「……解ります」
「……ありがとう。 でもそれは失敗だったわ……」
「それはどうして?」
「正当に門戸を
ある意味真っ当な意見だわ。 あたくしが取った手段は、あたくしの権力を振りかざして得た暴力に等しい悪手だったのよ。
……彼らのしていた事と何ら変わりない行いを、自分がしてしまった事に気付いたあたくしは、とても反省いたしましたけれど……」
「けれど……?」
「それまで仲良くしてくださったお友達や、クラスメイトとも距離を置かれるようになりまして……今に至りますの。
……あたくし、いつも独りぼっちでしょう? あなた方も軽蔑してくださって構いませんことよ?」
「僕はそんな事思いません!」
「ロゼもチェリたんが好き〜♡」
「ロゼ!? いつの間に!?」
「……あたくし……ずっと独りで悩んで、悩んで……全然答えが出ませんでしたの。
何が正解で、何をすれば全てが丸く治まったのか……ずっと……。
そこにあなたたちが現れて、今日のあなたたちを見て、あたくし、目から鱗が落ちましたわ!!」
「エカチェリーナさん?」
「ええ、あなたたちはとても真っ直ぐで、嘘偽り無く生きている。 それで……それで良かったのだと!
今日、あなたたちの行いが、とても眩しく見えましたの!!
あたくし、自分がしたことに自信が持てませんでしたけれど、間違った事だとは全く思っていませんの!!
むしろ、あいつらが出て行って、清々したくらいでしたわ!!」
「そうだ! チェリたんはまちがってない!! だってロゼが好きなひとだもん!!」
……どうしてだか、ロゼが言うと妙に説得力があるんだよな。 ロゼが好きな人は良い人。 それはきっと間違いなく、必然的にそう導き出された答えなのだと。 腑に落ちる。
「そうだな。 ロゼが言うなら間違いない!! これは絶対にだ!!」
「何ですの? その妙な方程式はっ!?」
「知らないのか? ロゼッタ方程式を? ロゼが好きな人=良い人。 皆知ってるぞ?」
「そうなんですのっ!?」
「ああ、間違いない……ぷっ!」
「あ、今吹きましたわよ!?
「
「もう!! 知りませんわ!! …………ぷっ! あははははははは♪」
「わはははははは!!」
「ロゼッタウソツカナ〜イ♪」
ロゼが調子に乗って、変顔しながら片言で言う。 これもフェルの仕業か!?
「あはははははは!! とても嘘くさいですわ!! あははははははは!!」
エカチェリーナさんが、喜色満面に笑っている……これでいい。 ロゼ、ありがとう。
格差社会・人種差別・いじめ……人の偏見と言うものは異世界だろうと何だろうと、どこの世界でもあるらしい。
闇が闇を生み出す……そんな不毛な人の作り出す闇はどうして出来るのだろう?
強い人も居れば、弱い人もいる。
賢い人もいれば、そうでない人も居る。
美しい人も居れば、そうでない人も居る。
金持ちも居れば、そうでない人も居る。
そんな事は、誰もが知っている当たり前の事だ。
世の中には色んな人が居て、然るべきなのに、どうしてこんな事が起こってしまうのだろう?
集団を統率するのに上下関係が出来て、ヒエラルキー然り、カースト等が構築されるのは理解できるが、それはそれぞれの役割があって、どれが欠けても良いと言うものではない筈だ。
自分より弱いものを貶める事で、自分が強くなるわけではない。 最下層が居なくれば、いつかは自分たちが最下層になるのだとは思えないのだろうか?
人は協調性を持って相互関係を築き、お互いを支え合って生きているものだろう?
極端な話、王様だけでは国は成り立たないし、国民だけでも国は成り立たない。
国民を先導する王が居て、それを支える国民が居る。 だから国が成り立つのだろう。
One for all All for oneなんて言葉もあって……みんながそうあればきっと……。
─なんて、そんなモノは幻想だ!
実際は腹黒い人は沢山居るし、腹黒くなくても長いものに巻かれる人も居る!
悲惨な状況を目にしているのに、傍観しているだけの人も大勢いる!
みんな自分勝手で、自分が大事なんだ!
しかし、それは当然の事だろう。 人生は自分在りきで成り立っているのだから。 誰も自己犠牲なんて望んでいないのだから。
─人はそんなに善人ばかりではない!
とは言え、人を迫害していい事由には繋がらない! 悪意ある者にはそれ相応の処罰があって然るべきだろう!
しかし、悪人と言うものはいくら排除しても、必ず生まれるものなのだ。 これは働き蜂の法則に近いのかも知れない。 怠惰な蜂を追いやってもまた同じ割合の怠惰な蜂が生まれる。 もはやそれは必要悪なのかと思えるほどだ。 まあ、必要だとは思わないが。
そして、迫害される者。
いじめられる者。
もう、そこが生きにくい世界なら、死んだっていいのかも知れない。
だってそうだろう?
普通に暮らしているだけでも人生は楽ではない。 大抵苦しいモノだ。 その上、生きる事が苦痛で困難な事情を抱えて生きる先に、そこからの解放が待っているとは限らないのだから。
それなのに心無い人、否、例え心があったとしても、当事者でなければ、もっとこうすればだとか、何か他に方法があっただろうだとか、迫害される側・いじめられる側にも原因があるのではないかだとか……言うのだ。 言い放つのだ。 それも無責任にも放っただけで回収しないのだ。
しかし、死ぬと言う事は簡単な事ではない。 言うのは簡単だが、誰だって元々死にたいわけでは無いし、単純に怖いのだ。
そうしてズルズルと生きていても、耐えられなくなった者は、けっきょく疲れて絶えてしまう。
─しかし
それでも生きたいと、強く望むのならば、それは活きるべきだ!
挫けている暇はない!
どんな環境だろうと笑い飛ばして生きるくらいの気概でなければ、その人生に価値はない!
ノラさんは生きている。 何かしらの夢もある。 そして、ちゃんと笑える。
彼女は未来に向かって、力強く歩を進めている。
彼女の様な人には手を差し伸べるべきだろう。
そして、手を差し伸べる者は、それ相応の覚悟を持って差し伸べるべきだ。
中途半端な覚悟だと、自分まで巻き込まれてしまいかねないからだ。
迷うならば、辞めたほうが良いかも知れない。
それでも善意ある者は迷うだろう。
完璧な人なんてどこにも居ないし、大抵は弱者だ。
正解のない回答、その先の見えない未来は誰だって怖いし、選ぶことすら躊躇してしまうものだ。
エカチェリーナさんの様に、考えて、考えて、考えたけれど、答えが見出だせない場合もあるだろう。
しかし、何が正解かだなんて、人には決められないし、解らない。 結果だけが全てだとしても、選ばなければならない時がある。
そんな時は、正解だと思った道を突き進むしかないのだ。
僕はその結果、大切な友達を失った。 しかし、それは結果であって、僕が選んだ選択が間違っていただなんて思ってはいない。 あの結果は、僕ではなく友達が望んだ結果なのだ。
間違ったか、間違っていないかではない。
その選択を心から望んだ選択なのかどうかだ!
結果ではなく、その選択を後悔しない事が重要なのだ!
全力で活きて、全力で選択した結果ならば、例えそれが不本意な結果だったとしても、受け入れるべき結果だと、僕は思う。
僕はもう後悔しない。
─全て笑い飛ばしてやる!
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