第96話 食堂の闇

─ある日の昼休み


 僕とロゼはいつもの様に食堂に来て、食券機の前にいた。


「僕はいつものマダムの日替わりプレートだ」


「ん〜……じゃあ……う〜ん……」


「ロゼ、気持は分かるが、後ろが支えているぞ?」


「じゃあ、コレ!!」



─ピッ……スタッ

 食券機のボタンを押すと食券が落ちてくるので、それを手にとって受取窓口まで行く。



「……ロゼは何にしたんだ?」


「にぃに、きになる? おせ〜えてほしいの?」



 ロゼが下から覗き込んで来る。 もう見慣れた顔の筈なのに、少しドキッとしてしまう自分にあきれてしまう。



「いや、僕は別に……ん、教えて?」


「ふっふっふっ! ロゼはこれにしたんだよ! あけちくん!」


「ロゼ、どこでそんな言葉を覚えるんだ?」


「にぃにのねごとだよ〜」


「えっ……僕、そんな……って寝る部屋別々だろ?」


「ふふん、ロゼにはしんえ〜たいがいるからね!!」


『フェル、お前か!?』


『〜♪』


『てめっ……』



 そして、僕はロゼの食券を見る。


 ……オジャマンペのオムレツプレート? オジャマンペって何だ──っ!?



 給食のおばちゃんがそれぞれ食事を提供してくれる。

 ロゼのオムレツプレートは……見た目は普通のオムレツだが?


 食事を持っていつもの様に空いている席を探す。



「おい! 臭えからこっちに来んな! あっちの席に座れよ!!」


「そうだ、ほらあそこにオメェの飼い主様がいんだろうが!」


「あ、あの方は関係ありません!」


「何を今更! オメェのせいで飼い主に何人退学されたと思っているんだ!! それ以上近づくんじゃねえ!」


「おい! 飼い主が気付いた! やべぇぞ!!」


「逃げろ!!」


「キャッ!」



─ガシャン!!

 女性の持っていた食事が彼らがぶつかった為に床にぶち撒けられる。


「へ! ザマアねえな!」


「おい! 急げ!」


「お、おう……クワバラクワバラ」


「うぅ……」



 暴言を吐いていた男子生徒二人は逃げるように走って消えた。


 残された帽子の女性は床に散らばった食事を拾い上げている。 そう、ノラさんだ。

 

 周囲の人間は見て見ぬ振りで、我関せずといった感じだ。


 嫌な空気だな。 クソッ!



「大丈夫ですか?」


「え?」


「怪我とかしてませんか?」


「だ、大丈夫です……大丈夫ですから放っておいてください!」


「そんな訳には……」


「ノワールさん……」



 言葉途中で僕の名前を呼んだのはエカチェリーナさんだった。


「エカチェリーナさん?」



 彼女は何も言わずに首を振る。 僕は居畳まれず、ソレを無視して彼女の食事を拾い上げる手伝いをした。 ロゼもおばちゃんにフキンを貰って来てくれた。



「あの……すみません。 すみません、すみませんすみません!」


「いえ、僕はコレを拾うお手伝いしか出来ていませんから……」


「それでも……」


「ほら! おばちゃんがおなじのくれたから、コレたべて!」


「……すみません、すみません、すみません!」


「あやまらなくたってい〜よ! おばちゃんにおれ〜いってね?」


「あ……は、はい。 すみません……」



 彼女はそう言うと、おばちゃんの所まで行って頭を下げた。

 おばちゃんは優しく笑って手をヒラヒラさせている。

 おばちゃん……先日は唐揚げが不味いとか言ってごめんなさい!



「エカチェリーナさん、何か事情を知ってるんですね? まあ、それとなく想像が出来ますが、彼女が獣人族だと言う事に関係があるのですね?」


「彼女の名誉の為にもここでは話せないわ。 許してちょうだい?」


「そうですか、分かりました……」


「ノラたん! あの二人が、いなくなったから、ここあいたし、いっしょにたべよ?」


「え? いえ、私は……」


「でも、他の席、空いてなさそうだし、僕たちと一緒で良ければどうぞ?」


「す、すみません……」


「エカチェリーナさんもこちらでどうですか? ちょうど空きましたし」


「私は…もう済んだから行くわ……またね?」


「そうですか、はい、また後で」


「……………」



 僕たちは席に着くと食事を始めた。

 しかし、彼女は何も語らない。

 ロゼは物凄い勢いで食べ始めた!?



「おにぃたん!! このナンチャラカンチャラのオムレツ、おいひいよ!?」


「何だっけ?」


「……オジャマンペ……」


「そうそう、オジャマンペ! ノラさん、詳しいですね?」


「いえ、別に……」



 周囲でクスクスと笑い声がする。 ……オジャマンペへの笑い……ではなさそうだが。



「おじゃまんぺ、おいひ〜♪」


「そんなに美味しいなら一口いいか?」


「い〜よ〜♪ はい、あ~ん!」


「え? いや、自分で食べれるから!」


「い〜じゃな〜い!」


「もう! はむっ! ……むぐ!?」



 オムレツに広がる濃厚な旨味……これは……蟹!? オジャマンペは蟹なのかっ!?



「これは……美味すぎる……」


「でしょ〜!? おかわりしたいな〜?」


「昼の授業が眠くなるからよそうな?」


「む〜……」


「ほら、これやるから!」



 僕はマダムの日帰りプレートからチキンのスパイス焼きをロゼの皿に乗せた。



「やったー!! 肉だ!!」


「おまえは……」


「ふふふ……あ、すみませんすみません!」


「いや、いいんですよ、コイツ卑しいでしょ? 肉が大好きなんですよ……」


「だって~! おいしいからしかたないよ!!」


「いえ、以前から見ていてとても仲が良くて素敵なご兄妹だなって思っていました。 ……あ、すみません、すみません!」


「そんなに謝らないでください。 何も悪い事なんてしてないんですから」


「いえ、私が悪いんです、私が……」


「それはどう言う……?」


「………………」



 彼女は無言で食事をするだけで、何も語らない。 


 どこにでもある人種差別やいじめ……僕はそう言った人間の嫌なところをずっと見てきたし、自分自身でも体感してきた。

 マダムが管理するこの学園ならそんな事は無いのではないかと思っていたが、やはり人の悪意と言うものは全てが全て、排除なんて出来ないものだ。

 そんな事は分かっている。 分かっているが、やはり胸糞悪い。

 そして……あまり深入りする事も……僕のトラウマがブレーキをかける。

 このまま僕が避けられるのは構わない。 しかし、それが逆に彼女を追い詰める様な事になるのだけは避けたいのだ。



「ねえねえ、ノラたんはいつも大人しいねぇ〜?」



──と、思った側からロゼ!?



「おい、ロゼ? ノラさんが困るからやめなさい!」


「あのっ!? 良いんです。 私皆さんにご迷惑をおかけしているので、大人しくしているのです。 なので大丈夫です。 ロゼさん、お心遣い感謝します」


「め〜わくってなに?」


「そ、それは……」


「ノラさん、こちらこそ迷惑をすみません!」


「い、いえ……でも……少しだけ嬉しいんです。 少しだけ……」



 ……この目は駄目だ。 放っておけない。 けど、どうすれば……。



「ノラたん、いつも一人でごはんたべるの?」


「は、はい……」


「じゃ、あしたからはロゼたちといっしょにたべよ?」


「ロゼ?」


「あの、その……本当にご迷惑おかけしますから……その……すみません、すみません!」


「じゃ、め〜わくじゃないからあしたからいっしょだよ!? やくそく!!」


「え!? ええっ!?」



 本当ロゼこの娘は……めちゃくちゃ好きだ! 一生ついて行きます!!



「そのっ、ロゼさんが良くてもノワールさんが──」


「構いません!! 全然、全く構いませんよ!! まるっきり迷惑なんて、これっぽっちも感じていませんからっ!!」


「ええええ──っ!?」


「それじゃやくそくのユビキリ!!」


「?? ……あの、なんですかそれ?」


「こ〜やるんだよ!」



 ロゼは彼女の手を取って、小指を絡ませてブンブン手を振った!



「ひゃっ!?」


「ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん、うっそつ〜いた〜ら、は〜りせ〜んぼ〜んの〜ますっ! ゆ〜びきった〜♪」


「あ、あの……??」


「ノラさん、それは約束のおまじないですよ。 契約魔法みたいなものなので、守ってくださいね?」


「ええええ──っ!?」


「ふふふふ……これできみはぼくからのがれられない!!」


「ロゼ? そんな言葉どこから──」『おまえか!?』


『〜♪』


「そ、そそそそれでは……ご迷惑でなければ……すみませんすみません!」


「やっふ〜〜い♪」


「ふふふ……」



─また笑った、良い笑顔だな。

 皆、こうあって欲しいだけなのに、窮屈な世の中だよ、まったく。


 周囲の冷ややかな目は、僕の心に闇を生む。 しかし、ロゼがそんな闇を片っ端から取り払ってくれる。

 ロゼと一緒なら、どんな闇だって祓えるのかも知れない。


 僕はそう思った。

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