第93話 特殊魔法

─次の日・四限目

 講師:エルサリオン

 科目:特殊魔法学科

 場所:本館棟第三講義室


 僕は選択科目として特殊魔法学科の講義に参加していた。

 因みに、僕は選択科目としてこの特殊魔法学科と魔法薬学科を専攻している。 ロゼは魔法生物学科と召喚魔法学科を専攻した。 同じ科目を専攻するよりも視野が広がるだろうと言う趣旨なのだ。



「と言うわけで、今日は編入生も居ると言うことで、特殊魔法と言う魔法について、今一度説明いたします。

 特殊魔法と言うのは四大属性や新四大属性の枠には当てはまりません。 所謂いわゆる、物理や自然現象に作用する様な元素魔法は一般魔法と呼べます。

 では、特殊魔法と呼ばれるものにはどんな魔法があると思いますか?」



 エルサリオン教授は講義室の面々を一瞥してニヤリと笑う。



「それでは、その編入生に答えてもらいましょうか。 ノワール君!」


「え? あ、はい! ……空間魔法や時間魔法でしょうか?」


「時空魔法。 確かに特殊魔法の一つだ。 他には?」


「他……」


「ノワール君は概念と言うのは解るかね?」


「概念ですか……言うなれば、物事が持つ性質や特異性そのものと言った感じでしょうか?」


「まあ、そんなところだな。

 例えば氷が持つ凍ると言う概念だが……そうだな、君は炎を凍らせる事が出来ると思うか?」


「……普通に考えると出来ませんね」


「そうだな。 では、ここに棒があるな?」


「はい……」


「これに概念魔法をかけて見せる。 よく見ておけ?」


「はい!」


「蝋燭の様に燃えろ」



─ポゥ…

 棒の先に火が点る。 そう、蝋燭の様にゆらゆらと燃えている。 



「炎よ凍れ」



─キン

 ゆらゆらと揺れていた炎が時間を止めたかのように凍りつく。 凄い! 事象に概念を投げつける魔法、これが概念魔法!?



「炎よ溶けて流れろ」



─シュウゥゥツツツゥ…ボウッ!

 棒の先に凍りついていた炎は一瞬にして溶けて棒を滑り落ちるように流れて落ちた。 棒の下で燃え広がって行く。



「炎よ丸まって固まれ」



─シュウゥゥ……コロン……



「さあ、ノワール君、その炎の塊に触れてみたまえ。 熱いから軽くな?」


「は、はい!」



 まさかとは思ったけど……本当に熱い!!



「とても熱いです!」


「そうだな。 これが概念魔法だ」



─パン!

 教授の拍手ひとつで机の上の炎の玉は一瞬で消えた。

 これは凄い! 凄い! 知りたい! もっと魔法を!



「この概念魔法は突き詰めて行くと呪いに繋がります。 発する言葉がそのまま概念として実現するのだからたちが悪い。 なのでそれは禁忌として扱われるものであり、ここで教える事はございません。

 しかし、概念魔法には同等且つ真逆の概念をぶつける事で相殺も出来ます」



 エルサリオン教授は先程の棒を手に取ると魔法をかける。



「棒よ燃えるな。 これでこの棒は燃えると言う概念が無くなりました。

 では、この棒に燃えると言う概念魔法をかけてみましょう」



 エルサリオン教授は手に持った棒に概念魔法を重ねがけする。



「棒よ燃えろ」



 ……何も起こらない。



「これで、棒の持つ概念は相殺されました。 ……では、今一度かけてみましょう。 棒よ燃えろ」



─ポゥ



「このまま概念を変えてみましょうか。 炎よ冷えろ」



 ……何も変わらない。 しかし、教授が炎に手をかざすも熱がる様子はない。



「ノワール君、君も触れてみるかね?」


「是非っ!」



 僕は恐る恐る炎に手をかざす。 ……熱くない、と言うか冷たいっ!? 単純に概念魔法ヤバいな……。



─パン!

 炎が消える。



「特殊魔法には、この他にも魂魄魔法と言うものもあるのだが、これこそ禁忌に抵触するので教える事は出来ない」



 僕はたまらず手を挙げた。



「ノワール君」


「教える事は出来ないと言う事は、教授は使えると言う事でしょうか?」


「……君に迂闊な事は言えない様だな。 忘れてくれたまえ」



─パン!

 ………………。



「さて、この講義で学べる特殊魔法は、世の理に近付いてはならないと言う制限のもとに行われるものである。

 世の理、それは真理であり、不変であり、絶対である。 これに手を出すと言う事は即ち、世界の崩壊を生みだす事に繋がると思え。 

 ならば、この特殊魔法学科は何の為に存在するのか。 それは魔法が持つ可能性を持ち続けて欲しいと言う、ひとつの魔法の持つ未来を失って欲しくないからだ。

 昨今は魔導技術マギアの近代化が進んで、面倒な魔術は必要がなくなって来ており、魔導の必要性を失いつつある。

 しかし、帝国は禁忌に手を出し、真理に手を届かせた。 これは脅威であり、恐怖であり、悪夢にも等しい。

 我々は禁忌に手を出してはならない。 しかし、可能性を無くす訳にも行かないのだ。 帝国と言う悪夢が踊りだす時は、お前たちが我々の未来になるやも知れない。 その可能性を託す為にも、この特殊魔導学科と言う科目は存在しているのだ!」



 エルサリオン教授はうつむき加減にひとつ息をつくと、再び生徒たちに目をやり口を開ける。



「生徒諸君! 我々は何故魔法を学ぶのか!?


 金の為か!?


 戦う為か!?


 世界を手に入れる為か!?


 神を滅ぼすためか!?


 悪魔を従えるためか!?


 では何だ!? 言ってみろ!! そこの帽子を被って俯いている君!! 顔を上げて申してみよ!!」



 エルサリオン教授が指を指して、ひとりの生徒に声をかけた。


 少女は徐ろにおもてを上げて、少し震えながら小声で言う。



「………………」


「聴こえん! もっと大きな声で言ってくれ!」


「明日、笑って生きる為です!」



─わはははははは!

 周囲の生徒たちが笑い出す。 侮蔑の色が見え隠れした笑いだ。 そんなに可笑しい回答でもないだろうに?



「……君、名前を教えてくれないか?」


「え!? ……の……ノラです」


「ノラ君、帽子を取って顔をよく見せてくれ」


「え……は、はい、すみません」



 少女は帽子を取ると、中からぴょこんと耳が飛び出した。

 少女は咄嗟に耳を隠して、今にも泣き出しそうな顔を上げた。



「ノラ君。 もっと胸を張り給え。 私は長い間この仕事をして来たが、こんなに的を得た回答を得られたのは初めてだ。

 君は素晴らしい!! 私は君のような若者にこそ魔法を学んでもらいたいし、教えたいと言うものだ!」



 講義室内は少しざわついて、静かになった。

 あの娘、先日視線が気になったメガネの少女だ。

 ノラと言う獣人族の娘だが、魔導学園内に獣人族は非常に珍しい。 と言うのは、獣人族は魔力が比較的少なくて、適正値も基本的に低いとされているからだ。 クラスでは少し場違い感があって浮いた存在なのだろう。 普段から目立たない様に立ち振る舞い、小さく縮こまっている。

 獣人族は巨人族とは違うが、魔力は主に身体強化に使う。 身体強化で身体の運動能力が、格段に跳ね上がると言う特性を持っているらしい。

 しかし、ここは魔導学園だ。 ちゃんと入試に受かってここに居るのだから、別に問題はないはずだ。


 エルサリオン教授は震えるノラの頭をひと撫ですると、ニコリと笑いかけて言った。



「君は良い魔法使いになる、自信を持ちなさい」


「いえ、私なんて……」


「この私の言う事が信じられないかい?」


「いえ、そんな……とても……」


「なら、信じなさい。 私を。 そして自分を」


「は……はぃ……」


「……ん。 ノワール君」


「はい?」


「私は概念は突き詰めると呪いになると言ったな」


「はい」


「しかし、祝福にもなるのだ。 この様にな」



 エルサリオン教授はノラの頭に手を置いたまま……何か言葉を呟いた。

 すると口元から零れ落ちた言葉が光となってノラの身体を包みこんだ。


 ノラの顔から少しだけ険しさが消えた。



「少しだけ、君に祝福を与えた。 これは授業の一環なのでとても小さな祝福だ。 されど、君の小さな一助になるやも知れぬ祝福だ」


「教授、私は本当に魔法使いに成れますか?」


「ああ、成れるとも」


「私、成りたいんです! 魔法使いに!!」


「成ればいいだろう。 この学園にはその為に来たのだろう?」


「はい!」


「では、頑張りなさい!」


「はい! エルサリオン教授!」



 少女の瞳に小さな光が宿った。 さっきまでの浮かない顔はもうない。 堂々とする風でもないが、ひとつの希望を手に入れたに違いないのだ。

 ……何故か周囲からあざける様な視線が彼女に注がれる。 嫉妬なのか、排他的なモノなのか、よく分からないが彼女に対するうとましさを感じる視線だ。

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