第91話 学生食堂

 お昼は学食を食べる事にしていたので、ロゼと二人食堂へと向かっていた。 ピコ君はメイドさんが準備してくれたと言うお弁当を持参していたので、教室で食べているのだろう。


 学生食堂は本館棟一階の中庭に面した場所に設けられており、庭師によって手入れの行き届いた中庭を愛でる事が出来る。

 僕とロゼは食券機の前で固まっていた。



「ロゼ……」


「なあに、のわ〜るにぃちゃん?」


「……にぃ?……ロゼは何にするか決まったか?」



 何故ここに来て妹属性を……!? いや、全然ウェルカムだけど!?



「ん〜ん! にぃちゃんはきまったの?」


「いんや、まだだ……」


「どれがい〜のかぜんぜんわかんないね?」


「ちょっと……メニューの数が多すぎるわ!! 定食が二十種類、プレートランチが十種類、その他軽食が二十種類って!!」


「おや? ノワールきゅんとロゼきゅんではないか!? きみたちも食堂だったか」


「あ! ココちゃん!!」


「ココさん、ここの食堂メニューが多過ぎて……何かオススメとかありますか?」


「それなら、新メニューとして追加された冥界料理にすればどうだ? ぼきゅ的にわ唐揚げ定食とカツ丼がオススメなのだが……」


「唐揚げ定食とカツ丼……はぁ、そうですか……」


「え? 唐揚げ?? ロゼはそれにする!! にぃちゃんは? カツ丼!?」


「いや。 僕はマダムの日替わりプレートにしようかな?」


「おお! なかなか目敏いですな!!」



 確かココさんは同じ一年生だった筈……しかし、さっきの授業では見かけなかったが?



「ココさん、さっきの授業居ました??」


「え!? 一緒に受けてたじょ? ロゼきゅんがウサギを作っておったではないか!?」


「そう……ですか、それは勘違いしてすみません」


「いやいや、ぼきゅわ先に行くじょ。 あ、料理長のもりもりプレートだけはやめておいた方が良いじょ? 絶対に食べ切れる気がしないからねっ!! でわっ!」



 何故かもりもりプレートが気になって仕方がないが……今日は無難にマダムの日替わりプレートにしよう。


 食堂のおばちゃんに食券を渡して食事を受け取ると、座る席を探し始めたが、食券を買うのにまごついていた所為か、目ぼしい席が埋まって来ていた。


 空席を求めてうろついていると、窓際に独り食事をする高貴なお方の姿が目に入った。

 中庭を眺めながら優雅にお食事を召されている様だ。



「エカチェリーナさん?」


「あら、貴方がたはピコタのお友達のノワール君とロゼさんでしたわね?」


「席が何処にも空いておりませんでしたので、もし不敬でなければお隣宜しいでしょうか?」


「え、……ええ。 宜しくってよ!?」


「素敵なお庭ですね?」


「ええ、ここが落ち着くわ」


「にぃちゃん?」


「何だ、ロゼ?」


「このからあげはニセモノだよ!?」


「なん……だと?」


「なんかベチャベチャだし、味もない!!」


「一つ食べても良いか?」


「はい、あ~ん!」



 これが天然だから困る……。 まあ、兄妹の間柄なら大丈夫だろう?


「……もう。 はぐ! ……ゴクッ」


「ね?」


「これは揚げる温度が低い上に上げる時間も短い様だな、しかも味付けは塩コショウだけ……まあ、見様見真似ではこんなものか?」


「あら、お料理にお詳しいのね?

 あたくしはそのからあげ?とやらはまだ食べた事ございませんが、貴方は新人なのにこの新メニューの冥界料理をご存知なのですか?」


「うっ……。 は、まあ。 ひょんな事で食べる機会がございまして……へへへ」


「そうなのですね? そんなに美味しいと仰るならば、一度食べてみようかしら?」


「ここのはダメだよ〜! 美味しくない!」


「では、何処に行けばホンモノ?の唐揚げをいただけるのかしら?」


「……分かりました。 今晩うちの寮で唐揚げをお作りしますので、お試しになりますか?」


「今、り、寮……と仰っしゃりました? 学生寮ですの?」


「はい、ディアブロ荘ですが?」


「……あそこには近付くなと言われているのですけれど、危険ではありませんの?」


「まだ一日しか寝泊まりしていませんが、今のところ危険を感じた事は……ありますね? 寮長に長剣で斬りつけられました。

 あ、怪我はしてないので大丈夫ですよ?」


「ち、長剣……ここだけの話ですが、あたくし、これでも一国の後継ぎなのでございます。

 さすがに生命の危険があるような場所には参れませんことよ?」


「あ、大丈夫です。 寮に入るなり『たのもー』とか言わなければそんな事にはなりませんよ?」


「……心配なのでピコタも誘って構いませんこと?」


「ええ、寮長には許可をとっておきますので、気軽に来ていただければ」


「分かりました。 では、今晩の予定を変更しなくてはいけませんね……」


「あの? 予定があるなら別に他の日でも構いませんが?」


「いいえ、とのお約束は学園生活において最優先ですわ! 少し失礼しますわね?」


「は、はい……あ、うまっ! さすがマダムだ、口が肥えてるなぁ」


「あ~ん」



 ロゼが大きく口を開けて待っている。 口の中が丸見えだぞ。

 舌を動かすんじゃない、舌を!! 何故か吸い付きたくなるから!! ……いかん、変な性癖が生まれそうだ!?



「……ほら、少しだけだぞ」


「はむ! もむもむもむ……ウマウマ♪」



 鳥の雛みたいでめちゃくちゃ可愛いなぁ。



「もしもし、スチュアート? 今日の予定は全てキャンセルよ!! え? お祖父様が来ていらっしゃる? 御老体の相手なんてしていられませんわ! 断ってちょうだい! よろしくって? では」



 何か、お祖父様とかきっと元国王だよな? 大丈夫なのか? 唐揚げなんかいつでも食べられるんだぞ? まあ、高貴なお方の考える事は分からんから、口出しするのは辞めておこう。


 そう言えば彼女、お姫様だよな? よくある設定とか言うと変かも知れんが、取り巻きがいないとか普通なのか? いつ見てもお一人でいらっしゃるような……。 まあ、深く詮索しない方が良いだろうか。 何か事情があったとしても、こちらから聞く事でもあるまい。



「それでは、夕刻学生寮に行きますので、宜しくお願いいたします」


「エカチェリーナちゃん! めちゃくちゃ美味しいから、お腹すかせてくるんだよ!?」


「エカチェリーナちゃん……」


「こら、ロゼ! 失礼だろ!? ちゃんと─」


「ノワールさん? 宜しくってよ!? あたくしたち、なんですもの。 あだ名や愛称で呼び合うものですわ? お二方もあたくしをチェリーと呼んでいただいて結構ですわよ?」


「チェリーちゃん♪ か〜いいな〜!」


「かっ!? かわいい……」


「こらこら、ロゼッ! さすがにそりゃあ─」


もお可愛いこと! うふふ♪」


「えへへ〜♡」



 男には分からん世界なのか? まあ、不敬じゃないなら良いか。 チェリーさんも顔を赤らめて喜んでいるみたいだし。



 三人で教室に戻るとピコ君がギョッとした顔をしてこちらを見て来た。 そんなに驚く様な事も無い気がしたが、そうでもないようだ。 よく見ると教室の皆の視線を浴びている。

 姫と一緒だから? 何だろう、姫様ってもしかして嫌われているのだろうか? それとも普通に恐れられている?

 とにかくエカチェリーナ自身も言及する事は無かったので、こちらからは何も言うまい。



「チェリーちゃん、今日の晩御飯楽しみだね〜♡」


「ええそうね、ロゼッタちゃん♪」



─ガタタッ!!


 さっきより目を丸くして注目されている!?

 ピコ君が何か言いたそうだが、口をパクパクしているだけで、特に何も言ってこない。


 姫様は平常運転だ、気にするのはよそう。 彼女はなのだから。



「ピコタさん、今晩は何かご予定がございまして?」


「いや、家に帰るだけですが……?」


「では、ピコタさんも参加で宜しいかしら? 今晩のお食事会なんですけども……?」


「と、言いますと?」


「食堂でね? ロゼが食べた唐揚げ定食が美味しくなかったからさ、僕が今晩学生寮で唐揚げを作ることになったんだ。 ピコ君が良ければ、晩御飯を食べに来ますか?」


「え? ノワール君てお料理出来るの!?」


「え? そんなに驚く事?」


「だって普通料理って料理人がするんじゃないの?」


「ああ……うちは貴族じゃないからね。 作らなきゃ誰も作ってくれないんだよ。 ピコ君の家はセバスチャンさんが作ってくれるのかな?」


「ううん。 うちはメイドのデイジーが作ってくれるんだ。

 ノワール君が作ると言うのなら、行かない選択肢はないね!?

 デイジーには今晩食事を作らなくて良いように連絡しておくとしよう」


「聴いたよノワールきゅん! 今晩もぼきゅは作らなくても良いんだね!?」


「ココさん!? ええまあ、作りますけど、寮長の確認取ってからですよ?」


「そんなモノはこうだじょ! りょーちょー! 今晩ノワールきゅんが作ってくれるらしーよー! お友達二人連れて行くけど良いかなー!?」


「え?」


「うん、MEMEミームだよ。  ぼきゅはいつも音声入力なんだじょ! ほら、既読着いた! 『おけ』だって! これで決まりだじょ!!」


「軽っ!? それじゃあ、二人とも今晩は学生寮に夕方に来てくださいね?」


「「わかった(わ)!!」」


「ぬふふふふ♪」


「ロゼきゅんは嬉しそうだねぇ?」


「うれし〜よ〜! おともだちがいっぱいなの〜!!」


『でも、フェルきゅんは不服そうだねぇ?』


『うっせ!』


『あなた、フェルと仰るのね? その精霊とも聖霊ともつかない─』


『おい!? エカチェリーナとか言ったか!? ノワールやロゼと仲良くするのは良いが、オレサマはまだ仲良くなった訳じゃねーからな!?』


『…………わかったわ。 無神経だったかしら。 もう何も言わないから安心してちょうだい?』


『わ、わかったらそれでいいんだ……』


『…………………』


「ロゼ、そしたら買い出し行かなくっちゃな? 今日はウラヌス君に乗れるぞ?」


「やっふ〜い♪」



 ロゼがお尻フリフリして喜んでいる。 いちいち可愛いから困るんだよな。


 それにしても……あの娘、ずっとチラチラとこちらを見ているが……まあ、放っておくか。


 視線の先には、それは大人しそうな女子生徒が居た。 女子生徒は帽子とメガネをしていて、その表情は窺えないが、始終こちらを気にしている様子だったのだ。

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