第87話 ディアブロ荘

【ディアブロ荘】


 噂通りのオンボロ屋敷。 大きな木に隣接していて、鬱蒼と生い茂る雑草と塀に囲まれた、二階建ての意外と大きな建物だ。 建物には蔦が纏わり付いて外壁はチラホラと赤いレンガが見える程度だ。

 二階の角部屋のベランダだけ、モリモリと草木が伸びていて一段とその異質さを呈している。


 これは……思っていたより……?



「わあ〜!? なんだかごちゃごちゃしていて楽しそう〜♪」


「そう……だな??」



 ロゼは何故かキラキラとした眩しいスマイルを振りまいている。 ……この笑顔を守る為だ、とにかく行こう!


─ガタッガタタタタッ!

 グライアイ三姉妹の家以来の建付けの悪さだな。 そして今どき引き戸とか……。



「たのもーーーーっ!!」 


「おいおい、ロゼ? それは違うからねっ!? ここは普通にこんにちわだよ?」


「道場破りかっ!? 受けて立つぞっ!?」


「どわあぁっ!?」


「道場破りがそんなに驚く必要ないだろうに!?」



 勢いよくポニーテールを振り乱して現れたのは、とてもタッパのある女丈夫じょじょうふだった。

 彼女はほぼ下着だが、何故か片手に長剣を携えている。



「それより何か着てください!」


「何だ、目の保養になるのではないのか?」


「いえ、最近見慣れて来てますので、むしろ目障りです」


「とんだ変態ヤロウだな!?」


「それは心外ですね!?」


「けっきょくお前らは道場破りではないのか?」


「そもそもこちらは道場なのですか?」


「……オレのな?」


「………………僕たちはこちらに入寮する為に下見に来ました。 僕はノワール、こちらは妹のロゼです。 マダム・ヘンリエッタからお話は行ってませんか?」


「なんだ、それならそうと早く言え! 紛らわしいったらないわ! オレはここの寮長のスクルドだが、この学生寮の風紀の乱れは、オレの目の黒いうちは許さんからなっ!?」


「……お言葉ですが、スクルドさん?」


「何だっ!?」


「スクルドさんの目は綺麗なあおですよ?」


「ぐぬぬ……」


「スクルドさん、とにかく服をお召になっていただけませんか?」


「いちいち細かい奴め!!」


「風紀の乱れがどうのって言ってたじゃありませんか!?」


「いちいち細かい奴め!!」


「寮長こそ、だいぶ大雑把ですよね?」


「そんなに褒めるな!! オレはそんなに褒められ慣れてないのだ!! 照れるではないか!!」


「そんな事より寮長?」


「どうした、変態?」


「…………………」


「何だ、用が無いなら玄関を閉めて出て行ってくれ。 オレはこんな格好なんだぞ!?」


「さっきから何か着てくれと言っているじゃないですか!?」


「そうなのか!?」


「そうです」


「では、少し待ってろ!」


「……分かりました」



 スクルド寮長は長剣を床に突き立てると、ペタペタと玄関横の部屋へと入って行った。

 先が思いやられるが、畏まってない分、居心地は悪くない気がする。 非常に不本意ではあるが。

 ともあれ、もう少し話を聞いてから入寮は決めた方が良いか?



「ねえ、のわ〜る?」


「どした、ロゼ?」


「あれ、な〜に?」



 ロゼの指差す方向を見ると、薄暗い階段の上をチョロチョロと何かが動いている。

 ネズミか何かか?



「さあな、ネズミかな?」


「ネズミって二本足で歩く?」


「えっ!?」



 見ると、確かにひょこひょこと二本足で歩いているようだ。



「何だろうな?」


「見て来てい〜い?」


「いやまあ、入寮が決まるまではよそう」


「う〜ん……見たいなぁ?」


「後でな?」


「むぅ〜……」


「持たせたな!?」



 戻って来たスクルドさんはホットパンツにショート丈のキャミソール! そんなに変わんなくない!?

 ペタペタと素足で眼の前まで歩いて来て、床に刺して置いた長剣を抜くやいなや言う。



「さあ! やるの? やらないの?」


「ですから、道場破りじゃないって言ってんでしょ?」


「じゃあ、なんだ!?」


「学生寮の下見だって言っているでしょうに?」


「では、オレに勝ってから言え!!」


「………………」


「さあさあ! やるのか、やらんのか!?」



 スクルドさんは長剣を上段に構えてやる気満々だ!


「どのみち、やらなくちゃいけないんでしょ?」


「やってみてから言ってみろ!?」


「何のこっ!!」



 刹那、僕は彼女の大股の間に足を踏み込み、右手に作り上げた風切刃フェザーナイフを喉元に突き立てた!


 彼女は動かない。 しかしニヤリと笑う。



「やるじゃねぇか坊主。 しかしまだ甘いな」


「それはどう言う……っ!?」



 彼女の懐に踏み込んだ僕は彼女の剣の間合いから外れたと思っていた。 しかし、外れていたのは僕だけだった!

 彼女の長剣の切っ先はロゼの喉元に突き立てられていたのだ。

 引き分けではない。 これは僕の完敗だ。 例えロゼが不死身だろうと関係ない。 魔石を切られたらそれで終わりなのだ。



「参りましたっっ!!」


「わはははははははは!! 潔いではないか、気に入った!! 入寮を認めよう!!」


「え、いや、とりあえず下見をしに来ただけで……」


「そんなに遠慮せんで良いではないかっ!! 歓迎するぞ!?」


「ほんっと、人の話を聞きませんね!?」


「オレが気に入ったんだ、入れ? な!?」



─キン

 空気が凍りついた様に張り詰めて、身動き一つ取れなくなる……威圧か!? それも凄まじい圧だ!!



「ねえ、のわ〜る〜! 私二階に行ってもい〜い?」



─何でロゼには威圧が効かないんだ!?



「ほら、妹さんもあ〜言ってる事だし、諦めろ? な?」


「分かりましたよ! その代わりと言ってはなんですが、バイクの利用を認めてくれませんか!?」


「バイク!? 何だそれは!?」


「物資運搬用の乗り物です。 簡単に言うとエンジンで走る早馬の様な乗り物ですね?」


「ほほお。 興味深いではないか、許そう!! それで、入寮は今日か?」


「いいえ、一度戻ります。 入寮手続きに必要な書類をください」


「ほれ、これだ!」



 ……紙切れ一枚?



「何だ? 難しい事は何も書いてないだろう?」



──────────────

賃金:一部屋月々五万プス

   半年滞納で強制退寮

共益費:なし

光熱費:一律五千プス

ネット:あり

約款:寮長の指示に従う事

   従えない場合は退寮

   住人同士の喧嘩不可

   入寮中は当番制で仕事有

   仕事内容は寮長の指示有

   巨人族又はそれに準ずる

   種族不可

   ペットその他は要相談

   生活魔法以外の使用禁止

※約款に違反した場合は即退寮


     署名_______________

──────────────



 テキトーだな? まあ、寮長がこんな感じなら仕方ないか?



「ところで、こちらの住人は今、授業中ですかね?」


「そうだな、今はオレが一人居るだけだが?」


「さっき、階段の上でチョロチョロ何か動いていたんですが?」


「そんな訳ないだろう? 誰も居ないのに!!」


「いや、しかし……」


「そんなに言うなら上がって見てみろ!」


「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね!」



 こちらの寮は入口で靴を脱いで上がるらしい。 少し懐かしい気分になりながら、僕とロゼは上履きを入口に置いてスクルド寮長が用意してくれたスリッパへと履き替えた。

 ロゼがわざとらしくペタペタと音をさせて歩く。 めちゃくちゃ可愛い。 背中にゼンマイとか探してしまいそうだ。


 そしてそのまま疑惑の二階へ上がって行く。 二階は確か女子寮なので、失礼しますとか言いながら階段を上がった。

 階段を上がりきったものの特に何もなく、廊下が非常ドアに突き当たるまでに、左右に六部屋を数えるのみである。

 ただ、一番奥の部屋の周囲に植え込みがあり、六つ程何かの株が植えてある。



「ほら、何も無いではないか?」


「す、すみません。 僕の勘違い……でした?」


「まあ、良い。 ついでなので、ロゼッタちゃんの部屋を案内しよう。 と言ってもこの一番手前の部屋なのだが……」


「ロゼだよ〜?」



─ガチャリ

 部屋には鍵はかけられていない。 部屋はわりと広く、ハイモスなど巨人族は無理だが、翼人族や魔族の有翼種族でも余裕をもって動けるスペースはある。

 部屋は収納としてクローゼットが付いていて、エアコンとベッドは予め備え付けられている。 窓は入口の対面に大きな窓が一つあるので、実にスッキリとした開放的な空間だ。

 逆に言えばそれ以外は何も無い、とても簡素な部屋だと言えるだろう。

 

 部屋以外も見て回ったが特に目新しい物はない。

 一階は男子寮だが、管理人室と食堂に空間を割かれていて、部屋割りとしては四部屋しか充てられていない。


 トイレ(男女別)、風呂(男女別)、洗濯(男女別)、キッチンは共同。 一階に大きな【食堂】と言う名のリビング・キッチンがあり、一種のシェアハウスと言った感じだ。


 確かに床は軋むし、あちらこちらにガタはきているみたいだが、住むには特に問題は無さそうだ。 まあ、何かあったら出て行くだけなので、気に病む必要もないだろう。


 それにしても二足歩行のアレはいったい何だったのだろうか……見間違いとは思えないのだが……。

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