第86話 編入試験ー最終ー

「さあ、最後の試験です。 最後は簡単な詠唱による魔法の発動を試みてもらいます」



 エルサリオン教授は小さなタクトを配ると、詠唱する呪文の文言を部屋の黒板へと書き綴った。



「さて、お手本をお見せします」


「「「はい!」」」


「では行きますよ」



 エルサリオン教授は人の居ない方角にタクトを構えると詠唱を始めた。 タクトの下には水桶が用意してある。



大気よ集いて水流を成せエアル・アクァム・コリッジ・エト・フォルマ!」



 タクトの先からチョロチョロと水が流れ落ちる。 僕のファンタジーなイメージだと、宙空に水球が出来てフヨフヨと浮いているか、ドバっと噴出するイメージだが、現実的には水は形成されるが大気中の物理の法則に逆らう訳では無いみたいだ。

 即ち、魔法は現状存在する物理に魔力によって干渉すると言う事だろう。 逆に言うと物理が理解出来ていると如何様にも干渉出来ると言う訳だ。



「はっきりと申しますと、詠唱の呪文、文言はなんであれ、頭にイメージする事を魔力に乗せる事が出来れば─」



─チョロチョロ……



「詠唱なんて、必要ないのが現代魔術です。 では、何故呪文を詠唱するのかと言うと、逆に頭にイメージしやすくする為です」



 エルサリオン教授は水桶から少し離れてタクトを構えた。



─ピキュン

 タクトから水の糸が伸びて水桶に当たってぜた。



「まあ、適性があればですが、イメージするだけで、大気から水を作り出し、風魔法で勢いよく放出して、このように飛ばす事も出来ます。

 つまり、大切なのは物理的なイメージです。 魔法はあくまでも物理に干渉する力であると言うことを理解してください」


「「「はい!」」」


「では、順番通りピコ君からやってもらいましょう」


「はい、教授!」



 ピコさんは少しテンションが上がって目が輝いている。 きっと本当に魔法が好きなんだろうな。


 ピコさんは水桶にタクトを構えると、黒板に綴られた呪文を唱えた。



大気よ集いて水流を成せエアル・アクァム・コリッジ・エト・フォルマ!」



─チョロチョロ……

 成功。 凄く安定して水が落ちている。 さすがピコさんは訓練してきただけの事はあるな。



「よし、いいぞ。 次、ノワール君やってみようかの」


「はい!」



 僕は言われた通りにやるだけだ。 水桶にタクトを構えて詠唱する。



大気よ集いて水流を成せエアル・アクァム・コリッジ・エト・フォルマ!」



─チョロチョロ……

 よしよし、問題ない。 あとはロゼだが……。



「うん、良いだろう。 さあ、最後だロゼ君、やってみたまえ」


「は~い♪」



 ロゼは水桶にタクトを構えて詠唱を唱えた。



「えあ〜るあか〜むこりこりえ〜っとなんだっけ?」



─シャアアアアア……



「あ、できた〜♪」


「……まあ、教えた通り、イメージが確かなら文言なんて飾りのようなもの。 問題ないだろう、合格だ」


「はいはい、じゃあ特に皆合格ね! 入学は休み明けの三日後からなので、それまでは入学準備に充てていただいて結構かしら。 入学当日はとりあえず教員室に来てもらうわ。 それまでに選択科目を決めておくこと。 わかったかしら?」


「ちょ、ちょっとちょっとマダム!? もう少し詳しく教えてくださいよ!!」


「え!?」


「選択科目ってなんですか?」


「あら、そんなこと? ……あたしこれから仕事の支度があるから、後の事はカトリーヌ先生に聞いてくれるかしら?」


「えっ!? あ……はい。 宜しくお願いします、カトリーヌ先生」


「ふふん、いいわよ♪ じゃあ、場所を変えましょうか」


「え……あ、はい……」


「ボクも一緒しても良いですか?」


「ロゼも〜♪」


「分かったわ。 皆ついていらっしゃいな! 本館棟の教員室にある客間へと案内します。 ちゃんと入学案内の資料もお渡ししますので、安心してくださいな」


「ありがとうございます」



 マダムは編入試験にしゃしゃり出て来ただけで、学校のシステムについては疎かったらしい。 なので、適当な理由を付けてとっとた退散したと言うわけだ。

 正直なところ、カトリーヌ先生は苦手だが仕方ない。 ピコ君も一緒に来てくれるのは非常に心強い。


 僕たちは魔導訓練棟を後にして、本館棟にある教員室の客間へと案内された。



「さあて、それでは簡単に説明いたしますわね?」


「「「お願いします!」」」



 ハイモスは少し後ろでカトリーヌ先生を訝しそうな目で見ている。



「さて、本校は必須科目と選択科目があります。 必須科目としては基本魔導学科、応用魔導学科、魔導歴史学科、魔導倫理・魔導関係法規があります。

 また、選択科目として、魔導具学科、魔法薬学科、魔法生物学科、召喚魔法学科、特殊魔法学科があります。

 選択科目からは二科目選べます。 選び直しは出来ないので、よく考えて選んでください」


「あのぉ……」


「はい、何かしらノワール君?」


「魔導医学科的な科目はないのでしょうか?」


「それは専門外だわ。 別に学校があるのよ。 他にも魔導武具開発…魔導兵器開発、魔導劇薬開発など、国家資格が必要な科目は専門外なの。

 要するに、国家レベルの管理が必要になるので、私立で扱えないと言う訳よ。 資格取得にあたり魔導倫理や関係法規もより厳しくなりますからね」


「なるほど」


「本校での就学は、魔導を活かした就職に役立てる為の魔法を教える機関、そう認識していただけたら良いかと思うわね?」


「理解しました。 それで、案内の資料と言うのは……」


「本校のパンフレットと校内規則、入学に際しての必要書類とその案内。 あと、ノワール君とロゼさんは入寮希望とお聞きしましたが……本気なの?」


「えっ!?………何か不都合があるのでしょうか?」


「ここだけの話なんだけど……。 これは私が言ったというのは伏せといてもらえるかしら?」


「は……………はい」


「うちの寮はその昔、男女別々でそれなりに大きな寮があって、全寮制だったのよ。

 それが魔法人気の衰退で生徒が減って全寮制は廃止されて、火事のあった男子寮は解体。 現在は人手不足から手入れが行き届いていない、男女混合のオンボロ学生寮となっているわ。

 一応二階が女子、一階が男子と別れてはいるけどね。 入寮しているのは男子二人と女子二人の四人の生徒だけ。 どの子も癖が強い子ばかりで、他に入寮希望者が入って来ても出て行ってしまうのよ。

 そんな環境だからと言う事もあって、寮長も癖が強めの女教師。 かく言う私もあの人……いいえ、あの人たちは苦手だわ?」


「まあ、僕たちは学校にさえ通えたら、そんなに環境は気にしませんが……」


「まあ、後で見に行ってみると良いわ?」


「そう、ですね……そうします」


「ロゼはどこでも大丈夫だよ!」



 ……まあ、三年もあんな環境で生きて来たからな。



「あと、一つ良いですか?」


「何かしら?」


「乗り物の持ち込みは許可してもらえるのでしょうか?」


「乗り物?」


「はい、食料の買い出しにあると便利なので……」


「それなら寮長に聞いてみると良いわ。 あの人なら多分?許可してくれると思うわね?」


「そうですか、それでは他に何もなければこのまま学生寮へ向かおうかと思いますが……?」


「えっ!? ああ……そうねぇ……ピコちゃ、コホン……失礼。 ピコ君はどちらから通学するのかしら?」


「ボクはナーストレンドの─」


「ピコ!? そろそろ戻らないとセバスチャンが待っておりますよ?」


「ええ!? ハイモス、もうそんな時間!?」


「ええ、時間通りに戻らないと、セバスチャンに怒られますよ!」


「あわあわ……か、カトリーヌ先生! 今日ありがとうございました! 急ぎますので失礼します!!

 ノワール君、ロゼさん入学の時にお会いしましょう!!」


「はい、お疲れ様でした!」


「またね〜!」



 ハイモスはピコを急いで担ぎ上げると、そそくさと部屋を出て行った。 僕らも便乗しなくちゃ!!



「ではでは! 僕たちもこれから学生寮の見学に向かいますので、失礼します!!」


「ええっ!? あの、そのっ……もう少しゆっくりとしていっても学生寮ならすぐそ─」


「カトリーヌ先生! 色々と教えていただいて感謝します!! それでは、入学の時にお会いしましょう!!」


「しつれ〜しま〜す♪」



─バタン!



「あっ!! あぁ……」



 ドアの向こうに見えたカトリーヌ先生は、凄く物悲しく見えたが関係ない。 僕たちも住む所のリサーチはしっかりしておきたいのだ!!


 とは言え、学生寮は本館からそれほど遠くもなく、十分ほど歩いたら着いた。

 小高い丘の上に大きな木が見えるのだが、その木に隣接するように建てられた二階建ての建物だ。

 学生寮の正面には門があって、古い表札がかかっている。


【ディアブロ荘】


 ………………。


 噂に違わず実に個性的だ!

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