第79話 ポワソン
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ベンさんが怪訝そうな顔つきで、寸胴鍋を覗き込んでいる。 何?臭いのだろうか?
「ベンさん、どうかしましたか?」
「どうもこうも……言っては何だけど? この鍋の
中身って魚のアラだとか野菜のヘタや皮じゃない? 言ってみれば捨てるモノでしょう?
それを幾分普通の野菜を入れて白ワインや香草を加えても、美味しくなるとは思えないんだけど?」
他の料理人たちも頷いている。 どうやらこちらの世界では共通認識の様だな。
「もしかして……こちらの世界って臓物とかも食べないんですか?」
「臓物!? とんでもない!! あんな不潔なものを調理台に乗せるだなんて!?」
「ああ……そうですか、わかりました。 では、そろそろ出来ている頃ですので、こちらの鍋に移して濾しましょうか」
僕はもうひとつの寸胴鍋を用意して、上にフキンを被せた。
そこに出汁を取った方の鍋から、オタマで掬ってスープを丁寧に移し始めた。
ベンさんたちはフキンの上に残った出し殻を見て、
出汁を濾し終えた鍋から、人数分の小皿に少量取り分けて、料理人たちに配る。
ベンさんを始めら料理人たちはひとつ匂いを嗅ぐと口に含んだ。
「なんこれ!?」
「旨いです」
「凄く濃厚で良い出汁がとれていますね」
「そうね。 とても深みがあって幾重にも味の層が広がって行く。 口に含んだ時に鼻腔に抜けるこの香りときたら……とても芳醇で鼻腔を抜けた後もすっきりと爽やかに食欲を擽る……。
ごめんなさい、メイガスさん! 前言撤回ね、コレはもはや至高のスープだわ! とても出汁のレベルじゃない!」
「いやまあ、出汁なんだけどね……フュメ・ド・ポワソンと言います」
「これがベースになる料理なんて、完成の上を行くに決まっている訳か……と言う事は、さっき言ってた臓物もとても美味しいと言いたい訳よね?
私、非常に興味が湧いてきたわ!!」
「ま、まあ……臓物はまたの機会と言う事で! それよりポワソンを仕上げますよ!!」
「「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」」
と言った返事をしたすぐ後、ベンさんは僕の捌いている魚をじっとあの目で見ている。 今度は何だろ?
「……これはまた、何処で見つけて来たんですか? メイガスさん?」
「街の鮮魚店では普段よく食べていらっしゃる様な魚しか置いてませんでしたので、漁師の所まで行って譲っていただきました。 オーガロックフィッシュと言うお魚だそうです。 根付きの魚で今が旬、脂が乗っていてとても美味しいそうですよ」
「オーガロックフィッシュ……聴いた事もありませんけど、見た目が凄いわね……角が生えた岩の様な?」
「そうですね、普段岩場に隠れていて、近くに来た魚を食べているんです。 皮も身もとても美味しいですよ!」
「え、メイガスさんは食べた事があるのかしら?」
「まあ、似たような魚をね……僕の好物でしたので……あ。 ちゃんと試食くらいしてますよ?」
「へぇ……いや、あのメイガスさんの好物だと言う事は……めちゃくちゃ旨いに決まってるじゃない? 後で味見しても宜しいかしら?」
「勿論ですよ。 街には出回らないと言う事で、沢山手に入れる事が出来ましたので!」
「それにしても……火加減への拘りと言うか繊細さと言うか、凄いよね? そんなのバッと焼いちゃえば良いと思うけど、違うのよね?」
「はい、当然焦がしてしまったら全て台無しだし、ゆっくり火を通す事でふっくらジューシーに仕上げる事ができます。 皮目からしっかりと焼き上げる事で、皮目の香ばしさが立って味が引き立ちます。
しかし、このロックフィッシュと言う魚の皮はゼラチン質が多いのでカリカリにはなりません。 なので皮目にホタテのすり身を塗ってポテトの薄切りをウロコ状に付けて焼き上げます。 なので、火加減には要注意ですね!」
「え? そんなに手を加えるの?」
「ええ、そのままでも美味しい魚ですが、歯応えも楽しい方が美味しく感じるでしょう?」
「いや、普通、そこまで考えないわよ?」
「だって、美味しい方が良くないですか?」
「それは……そうね? ……あら、本当にカリッとしてて美味しそう! 香りも良いし、すぐにでも食べたいわん♪」
「これに……先ほどのフュメ・ド・ポワソンに手を加えてアルベールソースにしています。 これをこう……絵を描くように敷いて、バジルソースも敷いて、闇イカのフリット・エピス風味と山牡蠣のグラタンをあしらいます。 はい!完成!」
「これは後で絶対に食べるわよ!! ベン!! コレを早くマダムへ!!」
「畏まりました!」
給仕たちが慌ただしく配膳を始める。 誰一人立ち止まる者はいない。 テーブルの方の、他の料理も新しく更新して補充しなければならず、未だかつて経験したこともない忙しさなのだ。 コースもあと少しだ、是非頑張ってもらいたい。
「ねえ、シロちゃん?」
「な〜に? マッダ〜ム♪」
「あのテーブルの人集りは何かしら? そしてこの香ばしい香り……とても気になるかしら!」
「あれはねぇ〜、この匂いはねぇ〜……教えて欲しい?」
「ええ〜〜っ!? 意地悪しないで教えてよ〜〜っ!!」
「んとね〜、アレはきっとカレーだよぉ〜♪ めちゃくちゃ美味しいのぉ〜♪ でもねぇ、アレは食べちゃ駄目なんだよぉ?」
「そんなに美味しいなら、どうしてっ!?」
「絶対に食べ過ぎて他のお料理が食べられなくなっちゃうから!」
「そ、そそそ、そんなに美味しいなら、宜しいのじゃなくて!?」
「だ〜めっ!! 食べたら絶対に後悔するよ? アレは後からでも食べられるけど、今食べてるのは一生食べられないかもだから!!」
「ぐぬぬぬぬ……」
「さあさ、顔をお上げくださいませ、マダム。 大変お待たせしました。
本日の一つ目のスペシャリテ、オーガロックフィッシュのポワレ、アルベールソース仕立て、闇イカのフリット、エピス風味と山牡蠣のグラタンを添えて。
山牡蠣のグラタンはお熱くなっておりますので、お気をつけてお召し上がり下さい」
「もう、すっごく良い香り! そして、絵画みたいに綺麗ね!」
「まだむんむぐむぐむぐむぐむぐむぐ、ごきゅん! めちゃくちゃ美味しい!!」
「あはは、はしたないわねぇ♪ でも、それくらい美味しいってわけね! アタシも我慢出来ないかしら!! サクッ!?」
──────っ!!!?
マダムが眼をまん丸にして咀嚼に勤しんでいる。 口の中のソレを飲み込むとシロの方へ視線を投げつける。
「シロちゃん!! コレ、危険だわ!! 美味し過ぎて旨死してしまいそうよ!?」
「旨死?」
「うん、魚なのにサックリとした歯触り!
その後に香ばしく焼き上げられた皮目から溢れ出る脂の旨味が洪水の様に口に広がって、この備え付けのソースがそれを何倍にも膨らませて味を深くして行くの!!
旨過ぎて死ぬ!!」
「私は死なない。 死んだら食べられないよぉ?」
「バカねぇ、それくらい美味しいと言う意味よ? こちらのバジルソースもよく合うし、備え付けのこの小さなイカや牡蠣も尋常ではない旨さかしら!!」
「カレー食べなくて良かったねぇ♪」
「いや、そっちはそっちで気になるのだけれどもね!?」
「カレーは正義! カレーは全能! カレーこそが唯一神なの!」
「シロちゃんっ!?」
「……っ!? か、カレーなんかより……クロ……メイガス!!」
肉のメインディッシュをベンさんに一任して来た僕は、服を着替えて舞台へと移動していた。 ピアノを弾くのに調理服じゃ格好つかないからね。
「さて、本日のスペシャルゲスト、メイガスさんです!! 皆さん、拍手を!!」
─ワアアアアアアアアア!!
─パチパチパチパチパチ!!
スポットライトが照らされて、僕は深くお辞儀をした。
「ご紹介に預かりましたメイガスです。
マダム・ヘンリエッタ様、本日は斯様なパーティーにご招待いただきましてありがとうございます!
そして、リリーズ・キャッスルのスタッフの皆さん、初めまして!」
─ワアアアアアアアアアアアアア!!
─パチパチパチパチパチパチパチ!!
「今日はウィスパーボイスと言う素敵な声の持ち主である、ヘレンさんに歌ってもらいたいと思います!」
「……ども。 ご紹介に預かりました……ヘレンです……。
頑張って歌いますので……聴いてください……」
─ワアアアアアアアアアアアアア!!
─パチパチパチパチパチパチパチ!!
【幸せの言の葉】
作詞:ヘレン
作曲:メイガス
〜♪♫♬♪♫♬♪♫♬♪♫♬♪♫♬
さ ┃ ┃ 落
あ 『荷物を捨てて』 ┃ ち
┃ ┃ ┃ る
も ┃ 墜
う『走らなくていい』 ち ┃
┃ ┃ る ┃
ほ ┃ ┃ 堕
ら 『疲れたでしょう』 ち
┃ ┃ る
ね ┃ ┃ 落
え『休みましょう』┃ ち ┃
┃ る ┃
さ ┃ ┃ 墜
あ 『目を閉じて』┃ ┃ ち
┃ ┃ ┃ る
も ┃ 堕
う『眠ってもいいの』 ち
┃ る ┃
ほ ┃ 眠
ら 『歌ってあげる』 ┃ る
┃ ┃ 眠
ね る ┃
え『キスしてあげる』 ┃
┃ chu⌒♡
眠 ┃
れ ┃ 『安らかに』 眠
歌 ┃ れ
┃ え 『子守唄』 ┃
み ┃ ┃ 歌
ん 『眠りなさい』 ┃ え
な ┃ み
『眠りなさい』 ん
┃ な
『長い睫毛の檻から ┃
解き放たれる ┃
┃ 翡翠色の光彩』
『艶やかな桜唇から
┃ 揺らぎ紡がれる ┃
┃ 黄金色の魔力』
┃
┃ ┃ 歌
┃ 湧 人 声
馥 光 き 足 の が
言 郁 辺 の 出 元 目 黄
の た り 新 る に か 金
葉 る は 芽 清 生 ら 色
の 大 千 を 水 命 心 に
風 気 紫 息 は の が 輝
が に 万 吹 止 泉 零 き
吹 覆 紅 か め 湧 れ
き わ に せ 処 く
抜 れ 彩 る な ┃
け る ら く ┃
た れ ┃ ┃
┃ そ
┃ ┃ 人 の ┃
┃ 光 の 時 ┃
が 目
┃ 灯 に ┃
┃ ┃ る ┃
さ ┃ ┃ 起
あ 『起きなさい』 ┃ き
┃ ろ
も ┃ ┃
う 『あなたは立てる』立
┃ ┃ て ┃
ほ ┃ ┃
ら 『歩きなさい』 ┃ 歩
┃ ┃ け
ね ┃ ┃
え 『上を見て』 見
┃ ろ ┃
さ ┃ 覚
あ 『時は来た』 醒
┃ ┃ め
も ┃ ┃ ろ
う 『あなたは翔べる』翔
┃ ┃ べ ┃
ほ ┃ 羽
ら 『旅立ちなさい』 ば
┃ ┃ た
ね ┃ 自 け
え 『世界は広い』 由
┃ に
┃ ┃
┃『ほら、笑ってごらん?』┃
┃
『きっと、幸せになれるから』┃
┃ ┃
┃
┃
✿ ✿ ✿ ✿
\┃/ \┃/ \┃/ \┃/
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〜♪♫♬♪♫♬♪♫♬♪♫♬♪♫♬
─ワアアアアアアアアアアアアア!!
─パチパチパチパチパチパチパチ!!
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
unknown〚なんだあれ!?〛
unknown〚なんでもミックスボイスとか言うらしいぜ?〛
unknown〚なんそれ!?〛
unknown〚奇跡だ!!〛
unknown〚俺、何か草花に囲まれる幻想観たぜ?〛
unknown〚俺も!!〛
unknown〚ああ、俺もだ!!〛
unknown〚ああ、俺たちゃDIVAが誕生する瞬間に立ち合ったんじゃまいか?〛
深淵の大賢者〚あれは歌姫なんてモノを超えている……神、否、女神だ!!〛
unknown〚大賢者さん!? お願いします!音源コピーさせてください!!〛
unknown〚俺も!!〛
unknown〚金なら即金で払いますから!!〛
unknown〚………………〛
unknown〚…………また、落ちたんぢゃね?〛
unknown〚……かな? くっそムカツク!!〛
unknown〚誰か、奴のPCハック出来ねぇか!? 金なら出す!!〛
unknown〚……………〛
unknown〚……………そこまでやる!?〛
unknown〚……やってやっても良いぜ?〛
unknown〚mjk!? 個チャするわ!!〛
unknown〚おけ〛
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