第76話 台無し

「あ〜♪あ〜♪あ〜♪あ〜♪あ〜♪あ〜♪あ〜♪あ〜♪あ〜♪」


 リリーズ・キャッスルの大広間。 いくつかのブースに区切られていて、それぞれ遮音の魔法がかけられている。

 モカ・マタリさんはサマエルのメンバーと打ち合わせをして、演奏の指導をしてもらっている。

 モカ・マタリはかなり勉強していたらしく、僕の動画や音源から独学で奏法を会得していたみたいだ。 加えて今回の演奏の録画映像を見てもらって、解らない所は僕が直に指導に入るスタイルだ。


 ヘレンさん、ベノムさん、シロ、何故か集結したモイラ三姉妹には、僕がボイストレーニングを行っている。 シロとモイラ三姉妹にはコーラスに入ってもらう予定だ。

 モイラ姉妹を運んで来てくれたルキナは、身の回りの世話をしてくれている。



 シロとモイラ三姉妹には基本的なトレーニングからやってもらっている。

 腹式呼吸、音程練習、リズム練習、早口練習等だ。 それに加えて筋トレとランニングをしてもらっている。 何故か皆ノリノリで頑張っている。 何故だ? 何故だ? 何故かマダムまでウズウズしている……一緒にやりたいのだろうか?



「……やりたいんですか?」


「……う、うん!」


「じゃあ、一緒にどうぞ?」


「あ、ありがとう♪」



 よくわからんが、満面の笑みだ。 普通にしていれば美少女なのに、年齢とのギャップなのだろうか? キャラとの相違がありすぎる。

 とにかく、マダムが主催なのだから遠慮しなくてもいいのにね?


 ヘレンさんとベノムさんには徹底的に表現力をつけるためのトレーニングをしている。


・ウィスパーボイス

・ヘッドボイス

・ファルセット

・ミックスボイス

・3種(顎、喉、横隔膜)のビブラート

・タングトリル

・しゃくり

・こぶし(モルデント、プラルトリラー)

・フォール

・リップトリル

・ロングトーン


 等々課題は山盛りだ。 しかし、やる気は抜群で集中力と練習量が凄い。 それぞれに合わせたメソッドを作り、目標までのカリキュラムを組んでおいた。

 喉を痛めては元も子もないので、適当に休憩も入れている。



「どうですか?」


「はい、とてもクリアしなければならない課題が多くて大変ですが、やり甲斐があってとても充実しています!」


「俺は、デスメタル以外は歌った事がないんスが、これ、練習する必要があるんスか?」


「はい、ベノムさんにはデスメタル以外の曲を歌ってもらうので、今回はシャウトはありませんからね。 しっかりとボイストレーニングしてください」


「ねえ、シロは? シロは何をすれば良い?」


「……シロ? あっちのトレーニングはどうしたんだ?」


「シロは全部出来るからこっちがやりたい」


「そっか、後でちゃんと出来てるかチェックするな?」


「は〜い♪」


「は〜い♪」


「え? マダム?」



 ……ま、いいか。


 休憩時間は皆でティータイムだ。 蜂蜜を入れた紅茶で喉を潤してもらって、甘いお菓子で消耗した体力を補ってもらっている。



「ねえ、クロさん? 今日のお菓子……コレは何と申しますの?」


「はい、今日はスフレタイプのチーズケーキを焼いてみました。 お口に合いませんか?」


「とんでもございませんわ? 美味しくいただけましたので、また作って貰うのに、名前が分からなかったら頼めないではありませんか?」


「このふっくらとして、プルプルとした独特の食感がたまりませんわね?」


「シロは昨日のプリンが好きなの! プリンプリン〜♪」


「俺はブランデーケーキが良かったかな?」


「アタシはマカロン♪ クロ? レシピはくれないかしら?」


「マカロンはレシピがあっても作るのが難しいんですよ?」


「ぬぬぬ……では、うちの料理人に手解きをしてくれないかしら?」


「……じ、時間があったら?」


「時間は作るものじゃないかしら?」


「そんな時間があったら練習したいんですが? 歌も、料理もそんなに時間無いんですよ?」


「ぐぬぬ……パーティーが終わってからで良いかしら?」 


「一日くらいは空けておきます」


「よし、分かった! 甘いものは全部教えてもらおうかしら♪」


「……はいはい」


「さて、少し休憩したら振り付けも覚えてもらいますからね?」


「歌を披露するのに振り付けとかって必要ですの?」


「世界に発信するんですよ? 貴女方の美貌が、この世界に!!

 あ、帝国にバレたらアレなんでシロやモイラ姉妹は、髪や羽根の色は変えてもらいますからね?」


「世界に!?」


「え? 殿方から求婚されたらどうしますの? 私、まだ嫁ぐつもりなんてありませんことよ?」


「アタシの指名が増えまくって困りますわね!? このワガママボディを求めてケダモノの群れが押し寄せて来るんじゃないかしら?」


モカマタリ俺たちの曲も全国に流したら駄目ッスか?」


「シロは歌が歌えたらそれで良いよ?」


「クロさん、私にもっと歌を……いえ、貴方の知っている表現法をもっと教えてください! 歌を歌えるだけで、こんなに楽しいだなんて、思いもしませんでしたから……」


「クロさん、俺からもお願いします。 ヘレンこいつ、今、すっげぇ楽しそうで、俺まで嬉しいんスよ! 嫌な事沢山あった筈なのに……今はそんなどうでもよく思えるんです」


「……ああ、まあ、まだ時間はあるからボチボチ行こう。 君たちなら、僕のもっと先へ行ける筈だから!」


「「はいっ!!」」



◆◆◆



「それで、どうなんですか? マキナさん……」


「……うぬ、今はまだ何とも言えんのだ……のお、Gちゃん?」


「左様。 施術自体は成功だと言えるじゃろう。 しかし、意識が戻らぬでは何とも言えぬ……のお」



 マキナの研究所の一室で施術台に横になるヒューマノイド。

 血色は良く、呼吸も問題なく、脳波も心拍も全て正常である。

 しかし、一向に意識が戻る気配がなかった。



「ヒューマノイドが起動しないとか、初期不良って事なのか!?」


「いや、我々の仕事に初期不良そんなものはない。 それは断言しよう。 システムもプログラムも正常なのだよ。 後は起動を待つのみなのだ」


「そして、起動してみないと、記憶のデータが正常に読み取れるかどうか……わからんのじゃ」



──ガン!


 壁を強く殴りつけたネモの手から血が滲む。


──ガン!ガン!ガン!……


 何度も、何度も、何度も殴りつけた。 自分を戒める為なのか、心の苦しみを紛らわす為なのか、殴りつけて、殴りつけて、殴りつけてを繰り返した。



「気持ちは解るが今は待つほか無い……待つしか……」


「解ってる……けどよお! このまま! レディこいつが帰って来なかったら! 俺!! 俺は……」


「自暴自棄になるな。 一週間だ。 仮に意識が戻らなかったとしても、ちゃんとバックアップはしておる。 おそらくはエラーデータを消せば普通に起動する筈なのだ」


「でも! そいつはもうレディじゃねえ!! 俺はレディこいつが良いんだ!! レディこいつがよぉ……うっ……」


「キミは本当にミレディ君を愛しておるのだな?」


「ったりめぇじゃねえかよ! 俺にはレディこいつしかいねぇんだ……レディこいつしか……」


「………………」


「…………もし」


「……………ん」


「もし、レディこいつが帰って来なかったら、俺を安楽死させて貰えねぇだろうか?」


「き!? キミは何をバカな事を言っておるのだ!? いくら愛しているとは言え、ヒューマノイドだぞ!?」


「ヒューマノイドじゃねえ!! レディこいつはレディだ!! 俺のたった一人の相棒なんだ!!」


「だからと言ってキミはボクに人殺しになれと言うのか!?」


「そんな事は言わねえ、安楽死出来る薬でも装置でもくれりゃあ、後は自分でやるさ。 ……無理なら……まあ、自分で掻っ捌く他ねえな? その時ゃ汚しちまうけど、許してくれよな?」


「バカなのか!? キミはバカなのか!?」


「ああ、バカだよ俺ぁ……レディこいつがこんなになるまで放っておいたツケが来たんだ……あの時、早くあんたに頼んでおけば、何とかなったかも知んねえのになぁ?」


「過ぎた事はどうにも成らんだろう!? 待て!! もう少し待て!? な!?」


「俺……辛くてよぉ。 こんなに弱かったんだなぁ俺……それなのに王様になんて成れる訳ねぇよな?

 バカな夢見てたよ……たった一人の国民すら守れねえ王様なんて、王様失格だよなあ!?」


「──せん……」


──っ!?

 ネモの手をが強く握りしめた。



「そんな事はありません!! マイロード!!」


「レディっ!?」


貴方ネモは私のたった一人の王様です……昔も、今も変わること無く、これからも……ずっと私の……マイロード!!」


「あぁ…………ああ、そうだ! 俺はたった一人の国民を心から愛している王様だ! バカだけど、死ぬほどバカだけど!! 世界一国民を愛している!!」


「マイロード!!」



 大粒の涙を浮かべる女性型のヒューマノイドと、ソレを力強く抱き寄せ大泣きする獣人族の男性。

 傍から見れば可笑しな取り合わせに思える光景かも知れない。 しかし、当事者にあっては、何ものにも代えがたい時間であり、不変の愛に満ちたモノであった。



 …………………。


「ネモ君」


「ん! お、おう、マキナさん!! 俺、すげぇ感謝してます!! ありがとうございました!!」


「ネモ君、そんなことよりもだな……ミレディ君は新品なのだ、大切にしたまえよ?」


「──台無しだ!!」


「バカ言え! ボクはキミたちが喜んでくれると思ってだなあ!?」


「──台無しだ!!」


「ひどい!?」


「マイロード! 今夜は私の初めてをあげられますね!!」


「色々と台無しだ!!」



 そしてネモは上着をレディに着せて、抱え上げると颯爽と部屋を出て行った。



「マキナ」


「グズ……何だGちゃん?」


はまだ帰って来んのか?」


「知らん! ボクはもう待ってはおらんのだ。 その話はもうしないでもらいたい……あんなの事はもう……ズビッ」


「そうか……なら、もう言わん」


「うん……」



 マッキーナがマキナを軽く引き寄せて、その豊満な胸で包みこんだ。


 ………………。



「ズビビビビビビッッビッ!」


「あ!? マキナったら私の胸で鼻をかまないで〜!!」


「うむ、何か急に腹が立ってのお……」


「もう! ネバネバしてるじゃないですか〜!!」


「ふん! ヒューマノイド如きが気なんか遣うからであろう!?」


「ひどい!?」



 マキナはひとつ微笑むと、窓の外の赤く染まった月を恨めしそうに睨みつけた。

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