第75話 黒魔法

 ………………。


 ………………。


「ローレンさん、結局来ちゃったんですね?」


「はい、あまりにも現地担当者のキャパシティを越え過ぎてしまいましたので、こうして馳せ参じた次第です」


「それは御足労様です。 ……それで、モカ・マタリさんはどの様なご用件ですか?」


「師匠!! 俺たちを置き去りにしないでくださいよ!!」


「ん? いったい何があったんだ?」


「ベノムさんの動画見ましたよ!? あのメイガスってベーシスト、完全に師匠じゃないっスか!! 僕たちを差し置いて勝手に他のバンドとセッションするだなんて、嫉妬だってしますよ!?」


「そ、そうか……まあ、色々事情ってもんがあったんだ、許してくれ。 それにしても……別にニヴルヘルくんだりまで来なくても良かったんじゃねえのか?」


「何を言ってるんです!? 何か面白そうな事をしてるって、ローレンさんから聴きましたよ!?」


「……ローレンさん?」



 ローレンさんはパソコンに向かい合って聴いてない。 いや、額に変な汗が出てるな……この人っ!? 



「まあ良い、せっかくだから手伝ってもらって構わないか?」


「はい! 是非協力させてください!!」



 ……ニヤニヤしてやがるな……ローレン。 ふっ。



「ローレンさんは許可だけくれたら良いです。 後のややこしそうな手続きだとか何だとかは、全てローレンさんにお任せします!」


「ええええええええええっっ!?」


「ほら、聴いてたでしょ?」


「……。 解りました。 その代わりと言っては何ですが、クロさんの考えている企画は全てお話いだきますからね!? 諸々の権利の発生等は当方が責任を以て管理させていただきましょう!」


「それで構いません。 宜しくお願いします!」


「それで、そちらのお二方が、そのベノムさんとヘレンさんでしょうか?」


「紹介が遅れましたね。 こちらが動画のボーカリストのベノムさん。 そして、こちらが今回ローレンさんに相談に乗っていただきたい、ヘレンさんです」


「ども、ベノムっス」


「あの……ヘレンと申します。 宜しくお願いします」


「クロさん、失礼ながら下調べして来たのですが、彼らは元伯爵家の御子息と令嬢で間違いないのでしょうか?」


「………………ローレンさん、それは今回の話に何か関係ありますか?」


「いえ……それは……」


「あの、クロさん? 俺たちは大丈夫ッス。 慣れてますから。 それより、ローレンさんが仕事し易いように計らってあげてください」


「ええ、私も大丈夫です。 ローレンさん? 私どもは元ワグナー伯爵家の者です。 しかし、叙爵となった今、何の肩書もありません。 私は娼婦ですし、兄はグライアイの護衛とアルバイトを生業としております。 必要な情報があるなら仰ってください。 協力させていただきます」


「あ…………、いえ、こちらこそ失礼だとは存じております。 私は貴方がたをプロデュースするに当たり、イメージを作らなければなりません。 それで、貴方がたの背景からイメージを作り上げたかったので、質問させていただきました!」


「え? プロデュースって、なんスか!?」


「私たちを? デビューさせると仰っておられるのですか? とても皆さんにお見せ出来るようなモノではありませんよ?」


「はぁ……、本当にそうお思いですか? それではこの動画を見て下さい……」



 ローレンさんはパソコンの動画をフォログラムモニターへと映し出す。 そこには以前倶楽部パンゲアでセッションした際のサマエルの動画が映っていた。



「1億9750万ダウンロード!?」


「これが冥王のネームバリューです。 冥王の弟子メイガスと言うだけでこれだけの再生回数を叩き出すのですよ? そのメイガスが手掛けるアーティストです。 注目を浴びない訳が無いのです」


「しかし、私は、私たちは……」


「ヘレンさん! ベノムさん! 私は貴方がたを一晩でビッグアーティストに仕立てるつもりです! つきましては、うちの事務所と契約をしていただきますが、宜しかったでしょうか?」


「一晩!? 契約!?」


「はい。 リリーズ・キャッスルのパーティーのライブ会場を全国に放映します! 冥王プロデュースとあらば、もう手放しに収録させていただきたく、今回もマダム・ヘンリエッタさんの了承を得ております!」


「全国放送!? クロさんって何者なんですか!?」


「え? 元引きニートですが?」


「………何ですかソレ?」


「……とは言え、今回は冥王の弟子、メイガス様がプロデュースと言う形をとりますが、間違いなく売りに行きますよ! 冥王さんの記録したデカプルミリオンを超えに行きます!!」


「デカプル……ミリオン? どんな数字なんですか?」


「一千万以上ですよ」


「…………本気、なんですよね?」


「当然です。 一千万超えに行くと言ってはいますが、実際は億を超えるつもりですからね?」


「私……皆さんに迷惑をかけてしまわないか、不安です……」


「貴方がたも黒魔法クロマジックをその目で見たのでしょう? 見てないとは言わせませんよ?」


「……はい、見ました」


「私はかけていただきました!」


「かけて? まあ、良いでしょう。 黒魔法クロマジックの奇跡。 私はそれらを余すこと無く集めて、みなさんにお届けする事を使命にしております」


「あの……、何ですか?その黒魔法クロマジックって……」


「それはもう、クロ様の成される所業の全てにございます」


冥王ダークロードだとか、黒魔法クロマジックだとかメイガスだとか仰々しくないですか?」


「御言葉ですが……メイガスはクロ様が提案されましたので、即採用でございました。 やはりこれも黒魔法クロマジック、素晴らしい采配であり英断であると思っておりますが?」


「………………そう、でしたね。 はい、まあ良いです」


「では、話を戻して続けさせていただきます。 ベノム様、ヘレン様、我がムジカレーベルと専属契約を結んでいただけるでしょうか? つきましては、クロ様と同じ三百万プスを契約金としてご用意しております。

 そして、貴方がたのお抱えになっておられる五億プスの身請け金、これも当方が肩代わりさせていただきますが、その代わり五年間は専属契約をお約束していただきます」


「……た、たった五年で五億を売り上げる見込みがあると言うことでしょうか?」


「いいえ、この一年で売り上げてみせますよ? その代わりクロ様と同じ待遇と言う訳には参りません」


「同じ……と、言いますと?」


「はい、クロ様とは専属契約を結ばせていただいておりますが、その活動内容にあっては自由とさせていただいております。 その中で今回の様なイベントや音楽による利権が発生した場合は当方が必ずバックアップさせていただくと言う内容となっております」


「自由……なるほど。 納得いたしました。 私はムジカレーベルさん、御社と専属契約させていただきたく思います。 どうか、宜しくお願いします!」


「俺は……五年間。 その五年間の契約を以て契約の方は解除してい欲しいッス。 そして、五年後、俺はこのヘレンのマネージャーを務めたいと思ってます。 それがソチラで働くことになるのか、自社を立ち上げるのかはまだ決めてませんが、理解して欲しいッス」


「……畏まりました。 では、とりあえず五年間契約で五年後、更新するかどうかを伺います。 この内容に目を通していただきまして、コチラに御署名をお願いいたします」



 ローレンさんはその場で作成した契約書を二人に提示しする。 相変わらずの流れるような仕事、さすがはローレンさん。 双方の利害が一致するラインの見極めも完璧だ。 この人に任せておけば、彼らの未来は安泰だな。



「ありがとうございます。 どうぞ、このムジカレーベルと私、ローレンを宜しくお願い致します!」


「「こちらこそ宜しくお願い致します」」



 双方深々と頭を下げる。

 ローレンさんが僕の方へと視線を移す。 なんだろ?



「それからクロ様」


「あ、は、はい?」


「ヘレンさんが歌を歌うに当たって何やらトレーニングされたそうですね?」


「え?……まあ、はい。 しましたけど、特別な事は何もしてませんよ?」


「ウィスパーボイス……私は初めて聴きましたよ。 貴方の知っている知識を詳しく教えていただきたいので、今回のイベントでのヘレンさんのトレーニングを含めて、全て記録させていただきたいのですが、宜しかったでしょうか?」


「へ?」


「宜しかったでしょうか?」


「まあ、邪魔をしないようにしていただけるなら?」


「勿論でございます。 音声と映像の収録、それぞれの専門スタッフやトレーナー等が付きますので、宜しくお願い致します」


「……多すぎません?」


「お邪魔にならないように、少なく見積もりましたが?」


「……解りました。 本当に邪魔しないでくださいね?」


「それは勿論、専用の機材を設置して、マジックミラーのパーテーションにて別部屋を作らせていただきます」


「……そう、ですか。 では、イベントの内容についてですが──」



 その後も延々とイベントの話は続いて、丸一日が費やされてしまったのだった。 はぁ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る