第74話 ディーヴァ

 ヘレンさんは不安そうな顔をしているし、他の皆も怪訝そうな顔をしている。

 それもそうだろうな……この世界は綺麗なモノが良いと言う固定観念がとても強いのだから。 

 ギターやベースもそうだ。 エンチャントか何だか知らないが、あんなものに頼っているから音に深みがないんだ。



「ちょっと、クロさん?」


「はい、何でしょうマダム・ヘンリエッタ?」


「アナタ、ヘレンをさらし者にしてどうしようって言うのかしら?」


さらし者? 何を仰っておられるのか、全くを以て理解出来ませんね!! 僕は彼女をパーティーの主役に引き立ててやるつもりです。 わば今回のパーティーの目玉であり、花形ですよ!? さらし者だなんて、とんでもない!!」


「あら、とんでもない自信ですわね!?」


「ええ、まだ実力の程が知れませんが、僕は彼女の成功するイメージしかありませんからね? 

 つきましては、暫くの間、ヘレンさんをお借りしますが、宜しいでしょうか? 当然、その分の給金は保証します!」


「……そう、そこまで仰ると言うのなら見せていただきましょう! ヘレン? 構わないかしら?」


「マダム……しかし私は……」


「ヘレンさん、僕がヘレンさんの無限の可能性を引き出して差し上げます!! 僕を信じて任せていただけませんか!?」


「え……でも、こんな声なんですよ?」



 ヘレンは掠れた小声で俯き加減で自信無さげに言う。



「じゃあ、僕が魔法をかけて差し上げます! マダム? ピアノを借りても宜しいでしょうか?」


「何をするつもりか知らないけれど、良いわ、やってみなさいな? 良いわねヘレン!? その魔法とやらを見てみましょう!」



──パチン!


 一瞬でピアノが謁見の間に現れた!!


 それこそどんな魔法なんだ!? めちゃくちゃ興味あるんだが!?


 ……しかしまあ、当たり前だが皆に注目されてて、緊張するわ!!


 やってやろうじゃないか!!


 ママの心意気、ベノムの男気、ヘレンさんの未来の為に!!



 僕は徐ろにピアノを前にして椅子に腰掛けた。


〜♪〜♪〜♪


 順番に鍵盤を叩き、ペダルを踏んで音の確認をする。


 よし!



「それではヘレンさん、すぐ隣に立ってドの音をください!」


「……はひ……」


「行きますよ!?」



〜♪

「ア゙ァァ……」


「少し長く行きますよ?」


「……はひ……」


〜〜〜〜〜〜〜〜♪

「アァァ…ッア〜〜〜〜〜〜!?」



 途中、彼女のお腹を抑えたのだ。



「そう、思い出してください? お腹に力を入れるんです」


「……はい」


「お!? 良いですね! 声門の開き方を思い出したようですね? じゃあ……ほら背筋を伸ばして、遠くを見て……うん、少し上。 はい!そのまま顎を引いて、そう!」


 彼女の姿勢を整えて行く。 


「良いですか? 向こうに居る守衛さんよりもっと遠くまで届くように、頭の上から声を出すイメージでお願いします!」


「はいっ!」


 

 良い返事だ。 僕はその返事に笑顔で返して鍵盤を叩く。 



ド♪レ♪ミ♪ファ♪ソ♪ファ♪ミ♪レ♪ド♪

「あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜♪」


「音階を上げて行くのでついてきてください!」


ド♪レ♪ミ♪ファ♪ソ♪ファ♪ミ♪レ♪ド♪


「あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜♪」


ド♪レ♪ミ♪ファ♪ソ♪ファ♪ミ♪レ♪ド♪


「あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜♪」


「良いですね! 次行きますよ?」


「はい!」


ド♪ミ♪ソ♪ミ♪ド♪


「あ~あ~あ~あ~あ~♪」


「良いね♪ 次はリップロール!」


「はいっ♪」


 ロングトーン、アタック、音の切り替え……調子に乗っている彼女は難なくボイストレーニングについて来る。

 流石はセイレーンだ、これなら!!



「さあ! 君に魔法をかけよう!! よく聴いて!!」



”you ‘d be so nice to come home to”


 有名なジャズ・スタンダードの曲で、ハ長調(キーC)リズム4beetの伴奏だ。



 この曲は八小節の前奏から始まるのだが、よくある伴奏は軽いタッチで軽快に入りがちだが……僕は敢えて……


 スロウに……


    いや……


 違う……


       こうだ……


 メロウに……


      そう……


 そして……


      スモーキーに……


 まったりとしたインサートで入る……

 そして鍵盤の音を徐々に言葉に変化させて行く……


you’d be so nice to come home to〜♪


you’d be so nice by the fire〜♪


While the breeze on high,sang a llulaby〜♪


you’d be all that I could desire〜♪


under stars,chilled the winter〜♪


under an August moon,burning above〜♪


you’d be so nice, you’d be paradise〜♪


to come home to and love〜♪


 フィニッシュは切なく、儚く消えて行くように……♪



「か……っこいい……! めちゃくちゃカッコイイです! 私にも歌わせてください!!」



 ヘレンさんが両手を握りしめて、あの絶世の美貌を振りまきながら、エメラルドグリーンの宝石をキラッキラに輝かせている!!

 火が点いた様だな? じゃあ、もう少し薪を焚べてやろうじゃないか!


「良いでしょう。 しかし、本当の魔法はこれからです」


「えっ?」


「ヘレンさん、ため息をついてください」


「え、ええっ!? それはどう言う……いえ、わかりました!」


──はああぁぁぁぁ……


「良いですね! 次は普通に声を出してください」


──あぁ〜〜〜〜〜……


「もう一度ため息を」


──はああぁぁぁぁ……


「それを繰り返して混ぜてみてください」


──はあぁ〜〜〜〜……


「良いですよ。 それを遠くまで飛ばしましょうか!」


──はああ〜〜〜〜〜!!


「凄い! 凄いですよ、ヘレンさん♪ それがウィスパーボイスと言います♪」


「ウィスパーボイス……あのっ! 先ほどの歌を歌っても良いですか? 歌詞なら大丈夫ですから!」


「大丈夫なの?? では歌詞は何とかしてください。 そして、イメージしてください。

 ため息を吐くように切なく、気怠げに、抑揚をつけて歌ってください! 僕の時より力強く!」


「やってみます!!」



 僕は笑顔で応えると、先ほどよりも少しアップテンポにして、キーを彼女の声に合わせて前奏を奏でる。



you’d be so nice to come home to〜♬

(あなたのところに帰れたらなんて素敵だろう)



you’d be so nice by the fire〜♬

(あなたが暖炉のそばにいてくれたらいいのに)


While the breeze on high,sang a llulaby〜♬

(そよ風が空高く歌い上げる子守唄を聴きながら)


you’d be all that I could desire〜♬

(私の全ての望みを叶えてくれる)


under stars,chilled the winter〜♬

(凍えそうな冬の星空の下も)


under an August moon,burning above〜♬

(燃えるような8月の月の下でも)


you’d be so nice, you’d be paradise〜♬

(あなたがいてくれたらとっても素敵まるで楽園のよう)


to come home to and love〜♬

(愛するあなたのもとに帰れたら)


 ………………。


「………………」


「………………」


「………………」


「………………」


「………………あれ?」


「……クロさん……私……スンッ」



 ヘレンさんは涙目に……いや、もう大粒の涙を流している。


 あれ? 喜んでもらえると……思ったんだけど……な?


──ガバッ!



「うわっ!! ちょ! ヘレンさん!?」



 突然の美女の抱擁。 後ろから抱え込まれるように、そして涙と嗚咽を頭に感じる……。



「うっ……クロさん! 私っ! 歌えたっ!! 歌えたわっ!!」


「お、おおう……そりゃ、良かった……えっ!?」



 よく見たら皆、滝のように涙を流しながら鼻水を啜り上げている。



「ちょっ!? ええええっ!?」


「アナタ、本当にとんでもないわね! 感動じだわ! ずびびっ!」


「め、冥王様! 後で必ずサインぐだしゃいね? じゅるるるるん!」


「ねえ、クロ? 私の男にならないかしら? すん!」


「ラケシスはダメ!! クロはシロのだからあげない!! ねっ!? クロッ!? じるるるるるるるっっ!!」


「シロ!? 鼻水拭こうな?」


「うん。 拭いて? じるん!」


「……はいはい。 ほら、チン!」


──ぶびびるるるるるっっるっ!


「…………とりあえず、ヘレンさん? パーティーの目玉として僕の伴奏で歌ってくれますか?」


「はい、喜んで!! こちらからお願いします!!」



 パチパチパチパチパチパチ!!

 拍手。 遠くで巨人族の守衛さんも盛大に拍手をくれている。 ちゃんと届いたな。



「良かったわ、ヘレン! 正直諦めてたわ、アタシ……クロ、アナタに最大級の感謝と敬意を!! ……うぅ……」


「マダム、まだ彼女はこれからです。 マダムの協力も必要になるかと思いますので、宜しくお願いします!」


「喜んで協力させてもらうわよ!!」


「クロさん、アタイ、アンタのファンクラブ作ります。 是非、公認のファンクラブにさせて欲しいのだけれど?」


「え? そんなの別に……僕なんかじゃなくて、ヘレンさんやベノムさんが凄いんですよ?」


「い・い・え! アタイはアンタのファンクラブを作りたいんです!!」


「は、はあ……まあ、僕の正体が明かされなければ、別に構いませんが、事務所があるので、今度ローレンさんに相談してみますね?」


「マリアさん、私も入りますわ?」


「え? ラケシスさん、入る必要あります!?」


「あら? いけませんの?」


「いえ、そんなことは……」


「シロはずっとファンだよ!?」


「お、おおう。 ありがとな?」


「うん♪」


「では、マダム、近いうちに僕の担当を連れて来ますので、打ち合わせに付き合っていただきます。 パーティーは盛大にやりましょう!」


「解ったわ! 城を挙げて盛大にやります!! かかる費用は心配しなくていいわ!! 全て私が持ちましょう!! アタシたちが歌姫ディーヴァを誕生させるのよ!!」



──間もなく歌姫ディーヴァが産声をあげようとしていた

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