第72話 返還の儀
リリーズ・キャッスル、謁見の間。
マリア、ラケシス、シロの順番に横並びになり、リリーズ・キャッスルの謁見の間の入口に立っている。
しかし少女の目はその更に横を見ている。
「アナタ、ナニモノ?」
『っせーな! 何者だってオメェに関係ねぇだろう?』
『へえ、念話かぁ』
『てめっ!? 使えるのか!?』
『使えちゃおかしい?』
『いや、おかしくねぇが、魔族では珍しいぜ?』
『精霊との相性が悪いから?』
『っ!? テメェ……テメェこそ
『失礼ね? アナタこそナニモノだって訊いてるじゃない?』
『オレサマは見ての通りの闇の精霊じゃねえか!』
『へぇ? 闇の? 精霊ねぇ?』
『キサマァ……』
『フェル? 大丈夫!?』
『シロは黙ってろ』
『う、うん……』
『………………』
「ふん! まぁ、いいわ……それで? マリア、今更のこのこ顔出して来て、いったい何の用かしら? ようやく謝る気になったの?」
「あら、叔母様? 勿体振った言い方しておりますけど、全てご存知なんでしょう?」
「クロはどこ!?」
「あらやだ、可愛らしい天使ちゃんも一緒だなんて、ほんと、何の用かしら?」
「まさか叔母様……もうお食べになったのかしら?」
「クロを返して!!」
「アナタたち、人の城に土足で踏み込んで来て、その暴言は失礼だとは思わない!?」
少女は一糸纏わぬ姿で巨大なソファに横たわっている。 フカフカモフモフのソファカバーが彼女を包み込む様にその肢体を撫でている。
辺りはサキュバスが発情した際に発する甘い香りで蔓延していた。
そして、その
「お……遅かった……?」
「あの服、クロさんが着ていた服……ですわよね?」
「ねえ! 聞いてる!? クロを……クロを返して!! ……返してよ……グズ……クロぉ」
シロは既に涙目だ。
「……アナタがシロね?」
「シロがシロ! ……ねえ、クロは──っ!?」
「言っておくけど、クロは自分でここに来たのであって、私が招き入れたのではなくってよ!? そこだけは間違って欲しくないわ? そして……ほら、コレ返すわよ!」
──ゴスッ……
シロの足元に黒い塊が鈍い音を立てて投げ捨てられた。
それは黒い大きな毛玉に見えたが、よく見ると丸くなった黒い猫だった!
「クロっ!!」
シロが黒い塊に手をかけて、そう声をかけると、超硬質に固まっていた身体が解ける様にだらりと伸びて、フワフワモフモフとしたとても柔らかな毛並みの一匹の猫になった。
「……シロ?」
「クロ!!」
「シロ……怖かった……シロ……」
「クロ、もう大丈夫だよ。 シロはここにいるよ!」
シロはクロを優しく抱き上げてぎゅうと抱きしめる。 そして、背中をぽんぽんと宥める様に叩いた。 クロの喉がコロコロと気持ちよさげに鳴り出した頃。 シロは眼差しを刃に変えてマダムを突き刺した。
「クロに何をしたのっ!?」
「いっ!? ……ふん! そんなの知らないかしら!!」
「何をしたっ!?」
シロが無意識に白の魔力を放出させ、マダムを威嚇するように囲い込んだ!
マダム・ヘンリエッタはシロの視線と威圧に冷や汗を覚えて、少し声が震えて上擦る。
「な、ななな、何も、何もしてないわよ!! ちょっと
「そんな事でクロがこんなになるわけない!!」
「あんたがシロでしょ?」
「シロがシロ! それが何!?」
「アンタねぇ、クロの欲求不満の原因はアンタじゃないの!? アンタが何もしてあげないから、彼、苦しそうだったわ
よ?」
「っ!?」
「ちょっ!! ちょっと、マダム!! 待った!!」
「ああ……、シロちゃんもちょっと待って?」
「……………??」
「まさか、この
「おそらくは、そうね……」
「はあ……」
「……………??」
「確認するけど、マダム、あなたはクロにまだ手を付けてない。 コレで間違い無いわね?」
「ええ。 見ての通り、カッチカチの猫に何が出来るって言うのかしら?」
「……そうね。 私もサキュバスだけど、この状態の殿方に何も出来ないわ。 正直お手上げだわね。 クロ様は完璧な防衛をなされた訳ね」
「ふん! あれだけの誘惑に抗おうとする男なんて初めてだわっ!! 本当にバッカじゃないの!? サキュバスのプライドがズタボロかしら!!」
「そして……シロちゃん?」
「………ん? な~に? ラケシス、たん?」
「貴女、クロと何もしてないの?」
「えっ!? …………えへへ〜、んとね? シロね? クロとね? チュウ……しちゃったんだよ♡」
「ああ、ダメ……この子たちは無理! アタシには手に負えないわっ!! 貴方たち、
マダムはクロの服も投げ捨てると、手のひらをヒラヒラさせている。 素っ裸で。
「……
「ああ、そうね。 ヘレンの身請け金をベノムの肩代わりしたいのだそうよ?」
「それで?」
「……これ、別にアナタたちに話す必要ないのじゃないかしら? それに何? アタシの仕事に茶々入れるの?」
「………クロがベノムの肩代わりしちゃいけないのかしら?」
「契約魔法にクロの名前は入ってないのよ? ベノムやヘレンの承諾もないんじゃ、話にならないわ? それなのに何とかしろって言うじゃない? だから彼の筆下ろしと交換条件にしたのよ……拒まれたけどね?」
「まあ、正当な対価とは言い難いけど、
「それ以外の対価は無いのかしら?」
「…………別に、アタシはお金に困っている訳でもないし、欲しいモノなら自分で手に入れられるかしら。 ですから一番欲しい彼の遺伝子をお願いしたまでよ? じゃあ、逆に訊くわ? こんなアタシにいったい何を与えられると言うのかしら?」
「クロは! クロは凄いんだよ!?」
「……へ!? 何が?」
「んとね! ピアノもお上手だし、ギターやベースってのもすっごく上手なの!!」
「ピアノ? ギター? 彼は音楽家?」
「うん! それからね? それからね?」
「うん?」
「クロはお料理がすっごい上手でね? 何を作ってもす──────っごく! 美味しいのっ!! カレーは最高なの!!」
「お料理? カレー?? 何それ? 食べ物? 彼は料理人? 音楽家? どっち?」
「どっちもクロなんだよ!!」
「そうね。 クロはそのどちらも提供出来る事は私も保証しますわ? 貴女がそれを求めるかどうかは知りませんが、彼は極上のエンターテイナーだと言えるわねぇ?」
「何を言い出すかと思えば……あはははははははははは!! そう……。 彼は音楽家で料理人なのね?」
「そう! クロは最高!」
──パチン!
淀んでいた部屋の空気が一新される。
始終虚ろだったクロが、少し正気に戻って来だした。
「クロ? 気がついた?」
「……ん、シロ? どうしてここに……シロ? シロ!! ごめん! 僕、また一人で……」
「ううん、ベノムさんの為に頑張ったんだよね?」
「うん……そうだけど……マダムは……あれ? マダムは?」
「ほら、あそこにスッポンポンでいるよ?」
「ひっ!? シロ! 僕……どうなってしまったんだろう!?」
「……どうもこうもないかしら? アナタ、アタシが手を出そうとしたら急にカッチカチの猫になったじゃない!? ばかなの? アンタばかなの!?」
「クロはバカじゃないよ!」
のそのそと動き出したクロは徐ろに自分の服に潜り込む。
─ボソッ
「メタモルフォーゼ……」
僕は元の身体に戻るとシロを抱きしめる。 そう。 補給しなきゃ……シロを補給しなきゃ死んでしまいそうだ。
恥も外聞も知ったこっちゃない。 僕には今、シロの成分が必要なんだ。
「アナタ……もう、帰ったら?」
「もう少しこうさせてください……」
「もう……」
ひとしきりシロを堪能した僕は……もうちょっとだけシロを堪能しようとシロの頭に頬を寄せた。
「クロ? だいじょぶ?」
「うん、ありがと」
「ねぇ……そろそろ良いかしら? なんか腹が立って来たわよ?」
「マダム、すみません。 俺……僕は身体の提供は出来ません」
「それはもう解ったから。 アナタに一つお願いしようかと思うのだけど、良いかしら?」
「……何でしょう?」
「その前に、ちょっと離れなさい? 見ていて胸焼けするわ!」
「す、すみません……マダム」
「ええ〜!? 別に良いのに……」
「アタシが耐えられないわ……」
「「あたしも……」」
──パチン!
人数分のリビングソファが用意されて、マダムはいつの間にかランジェリーを身に着けていた。 ……服を着て欲しいが、贅沢は言えないか。
「クロ、アナタに一つチャンスをあげるわ?」
「え? いきなり何ですか?」
「……要らないなら帰ってちょうだい? アタシ、今、とっても腹が立っているのよ?」
「す! すいません!! 言って下さい!! 僕にチャンスを下さい!!」
角度にしてぴったり90度のお辞儀をして懇願した。 一糸乱れぬ完璧なまでのお辞儀だ!
「そう言うの、いいから!」
──全否定された!!
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