第70話 リリーズ・キャッスル
ニヴルヘル冥国の首都ナーストレンド
ナーストレンドの街は霧に包まれた街だ。 昼でも薄暗く、夜は事更に暗いのだ。
淡く降り注ぐ月光石の光は霧散して、建物の輪郭を薄っすらと形取る程度である。
そんなナーストレンドの街でも、
リリーズ・キャッスルは色街でも別格で、冥国の王城をも凌ぐほどである。
門を潜るとそこは別世界である。
特別に設えた照明により、冥国の夜にも関わらず明るく、何より暖かいのだ。 草木に花が咲き乱れ、フローラルな香りに包まれて、陽気に誘わるまま春を思わせるほどに心地良い。
そんな常春情緒に誘われて、世界各国から集まってくる人々は、それぞれの春を探して彷徨い歩く。
──場違いだ。 出直そうかな……。
既に挫けそうになっていたのは、先ほどまでメイガスとして倶楽部パンゲアを沸かせていたこの僕だ。
情報ではここに居ると聴いていたし、デバイスを調べたら直ぐに辿り着いたが……。
──こんなにデカいなんて聴いてない!!
リリーズ・キャッスルは城だけではなく、城下町まであるのだ。 何故街の中に国がある? と、思わせるほどである。
──しかし、また来るのも嫌だ。 この雰囲気にどうも馴染めない。
僕は意を決して
数々の勧誘を払い除けて進むも、なかなか城まで辿り着かないのは、螺旋状に続くこの道の所為だろう。
ぐるぐると同じ場所を回っている様な感覚に陥るほどに、城に近付いた気がしない。
ヘレンさんは超が付くほどの高級娼婦だと言う。 そしてヘレンさんの勤める高級娼館こそリリーズ・キャッスルであり、その女主人がマダム・ヘンリエッタなのだと言う。
僕はとにかくヘレンさんに会ってみようと思って
ライブで生じた高揚感からか、ドーパミンが出まくって調子に乗ってしまった様だ。 自分が何でも出来る気になっていた。 誰か、セロトニンをくれ!
歩くこと四半刻、僕は捕まっていた。
「ねぇ♪ 今夜あたいを買ってくれないかい? たっぷりサービスするからさぁあ?」
「あら、そんな年増よりうちの方が良いって♪ ねっ? ねっ? おにぃちゅぁあアン♡」
「そんな事ないわよ、ほら、もうこんなに……ふふふ♪」
「や、やめてください! 僕は人を探しているんです!」
「あら? もう目当ての
「ありませんって! 放してください!」
「つれないわねぇ……。 その
「ヘレンさんです!」
「へ? あらやだ、変な声でちゃったじゃないの……ふふ」
「ヘレンって言ったらあの出戻り姫のヘレンの事よね?」
「は、はい……おそらく、そのヘレンさんです」
「貴方、どんな関係か知らないけど、本当にヘレンに会えると思っているのかしら?」
「それはどう言う……?」
「そもそも城内にすら入れないのではなくて? 坊や♪」
「城に入るには城下町の入り口に居た門番の許可を経て、直通の渡り廊下を行く必要があるのよ? それも会員制だから、一見さんは無理だわねぇ?」
「それじゃあ……いつまで経っても……」
「だから言ってるじゃない? それに姫を一晩買うお金、坊やにあるのかしら?」
「………………」
「今夜は諦めてあたいを買わないかい? 坊やにここのイロハを教えてあげるわよん♡」
「入り口ですね? ありがとうございます! コレ、ほんの少しですけど!」
僕は財布に入っていた札を全て彼女に握らせた。
「ちょ!? あんた、これだけあれば……ああ、行っちゃったか……ふふ、若いわねぇ♪」
「それに面白いわねぇ♪ ところでソレ、山分けよね?」
「馬鹿言いなさい。 年増はお金にガメついのよ♪」
「けーち!!」
僕は大急ぎで入り口まで戻ることにした。 途中デバイスでマキナさんに連絡をとる。
「あ、マキナさん? お願いがあります! えっ!? メイガス? 見てたんですか!? ……そんなのどうだって良いです! ベノムさんの為にひと肌脱いでくれませんか? ……服は脱がなくて良いです!! 手を貸して下さい!! ……勿論、倍返ししますから!!」
僕はマキナさんにあるお願いと約束をしてデバイスを切った。
くっそなんか腹が立って来た!! 色街が何だ! マダムが何だ! やってやろうじゃねぇか!! 使えるモノは何だって使ってやる!!
入り口は三門の様になっていて、確かにその門の上部から城に向かって、渡り廊下の様な長大な橋が架かっている。
門番はいかにも屈強そうなガッシリとした体躯の巨人族が二人……まるで阿形吽形の金剛力士像の様に立っている。 入る時には気付かなかったな……出る方を抑えている辺り、この色街のシステムを空恐ろしくも感じる。
門の横に入口があって受付らしき詰め所がある。 僕は意を決して声をかけた。
「すみません、城へ行きたいのですが……」
「会員証のアプリはお持ちでしょうか?」
「はい、ちょっと待ってください」
僕はデバイスを起動して、先ほどダウンロードしておいた、リリーズ・キャッスルの会員アプリを立ち上げた。 ……さすがマキナ姐さん仕事が早い!
「これで良いですか?」
「少々おま……すみません!! どうぞ! お通りくださいぃっ!!」
「ども〜♪」
僕は素知らぬ顔をして受付を抜けた。
「……………ねぇ、見た?」
「うん、プラチナ会員なんて初めて見たよ?」
「ねぇ? ほんの一握りの人しかなれないって……こんな場所から入る事もあるのね? 気をつけなくっちゃ……」
「うん、普通は裏からだもんね?」
「それに……あんなに若いなんて……どんな人なのかしら? メイガスさんて?」
「あそうだ、マダムに連絡しなきゃ怒られちゃうわ!」
「そうね、お願い出来るかしら? こっちは守衛に声をかけとくから」
受付嬢二人は顔を合わせて、頭上にはてなマークを乱立させていた。 何故か疑うことはしなかったのだ。 まあ、権威って無条件に怖いもんだよな……。
僕は勘繰られる前にさっさと進む事にした。 城までは一直線だし、もう邪魔する者も居ないだろう。
城に近付くにつれ御香の様な良い香りが漂ってくる……無駄に心拍数が上がるな。 もしかしてそう言う効果があるのか?
城のエントランスは開放的で、天井は高く大きなシャンデリア、正面に大階段に続くレッドカーペット、巨大な支柱、そして案内してくれそうな受付なんてモノはない。 否が応でも目立ってしまう。 そして何処に行けば良いのかも分からない……うわ、これどうする?
「ちょっとアナタ」
──っ!?
怪しまれたか? あれ?
「ちょっとアナタ、アナタがメイガスさんね?」
娼館の下女か何かか? 歳にして十七、八の……女の子?
「ああ……いかにも俺がメイガスだが」
「そう……」
見た目魔族……蝙蝠様の羽。 可愛く先の方が逆さハートになった尻尾に、リボンが着いててフリフリフリフリ……ベラドンナの二人と同じサキュバスって事だろうな。
「アナタ、どうやってここに来たのかしら?」
「え? 普通に渡り廊下を使って……」
「ふ〜ん?」
少女は少し悪戯に笑って、僕を下から覗き込んでくる。
「普通は裏口使って来るんだけどね?」
「えっ!?」
「アンタがプラチナ会員てのも嘘」
「どうして……」
「どうしても何も、アタシ、プラチナ会員の顔は全員覚えているもの」
「………………」
ヤバい、完全にバレてた! しかし、誰も呼ばない所を見ると何か……目論見でもあるのか?
「ね〜え? アンタ、ここには何の用があって来たのかな?」
「………………」
隠しても仕方ないだろうが……、ダメ元で正直に言うか、何も言わずに捕まるか?
言ったらベノムさんやヘレンさんに迷惑がかかってしまうかも? しかし……。
「俺……友達を助けたくって、ここの女主人、マダム・ヘンリエッタさんに会いに来た。 普通だと会わせてもらえないと聴いて、裏手を使って来たんだ」
「へえ……裏手ねえ? 気になるな〜?」
「それは……言えません」
「まあ、良いわ。 会わせてあげる、マダムに♪」
「え!? 良いのか?」
「会いたくないなら、お帰り願うわよ?」
「お願いします」
「ふふん♪ 素直な子は好きよ♡」
小さく舌を出して誂う様に笑顔を振り撒いている。 サキュバスの性分なのだろうか、あざと可愛いな。
少女は大階段のレッドカーペットを足早に駆け上って行く。 僕はその後を追って少し足早に登る。
大階段の先にある大きな扉の前に少女が立つと、自動的にドアが開放されて行く。
ドアの向こうは大広間……いや、何だ? それこそ玉座の設けられた謁見の間の様な空間だ。
大きなドアは門番と同じく巨人族が左右に居て、それぞれ開けていたらしい。
玉座に続くレッドカーペットを足取り軽く走って行く少女。
玉座と言っても無駄に装飾された堅苦しいソレではなく、フカフカモフモフのたっぷりとした巨大なソファだ。 大人が五人くらい同時に横になれそうなくらいに巨大だ。 それこそ巨人族だって……。
しかし、そのソファに人影はないし、奥に部屋はあるみたいだが、そちらに向かう様子もない。
少女はそのソファにどっかと飛び乗るとこちらを振り返って言う。
「ようこそ! 我がリリーズ・キャッスルへ!! マダム・ヘンリエッタよ、ヨロシクねクロ♡」
──全部バレてた!?
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