第62話 酔狂

 ライトニングの医務室にて、マッキーナは眉間に皺を寄せ、ミレディの身体とモニターを何度も往復させていた。

 歯を食いしばらせて、キーボードを叩く指も荒々しく、明らかに怒りをあらわにしている。


 ミレディは裸になって寝台の上に横になって眠っている。 後頭部のプラグからコードが繋がれて、医務室のモニターにそのデータが映し出されている。

 マッキーナは持ち込んだパソコンを医務室のコンピュータに繋いでそのデータを解析しているのだが……。


基本情報

タイプ:コンフォートヒューマノイド

名前:ジェーン=ドゥ

生産国:帝国

状態:AI規制解除済

インストールプログラム:アンノウン・スピリチュアル


解析データ

────────

────────

────…………



「なんてモノを解析させやがる! 胸糞悪いぞ、コレ……何を考えてやがる、ネモは?」


 寝台で横になっているミレディは、シャワー室で洗浄して化粧も落としているので、現在ありのままの姿をしている訳だが……皮膚は色褪せて擦り切れており、全身に擦り傷、打ち身、縫合手術の後、変形、等等……目も当てられない状態である。 どんな扱いをされてきたのか、考えるのも嫌になるくらいの歴史が身体に刻まれていた。



「ここではどうにも成らん、ソロモンで徹底的にフルチューンナップして、マテリアルも交換、プログラムやシステムもほぼアウトだが……フォーマットし直すのはさすがにネモの許可が要るだろうか……Gちゃん、用意出来るか?」


[造作もない]


「すぐにオペが出来るようにしておいてくれ」


[了解じゃ]


「……………くそ! 帝国なんて滅びてしまえば良いのだ!!」


[物騒なことを電波に乗せるでないわ]


「聞かれてたって構わんのだ。 ボクは何時だって相手になる覚悟はあるのだからな!」


[本当に、誰に似たんじゃか?]


「誰だろうな!?」


[はて? 誰なんじゃ?]


「知らん!!」



◆◆◆



「なあ……クロ?」


「何ですか、ネモさん。 僕はシロの事を大切にしたいから、やましい考えがあったとしても、それをひけらかす様な事はしませんよ」


「ああ、そんなこたぁ皆解って言ってるんだ。 お前、皆に愛されてるな?」


「え……僕が?」


「ああ。 知ってるとは思うが、俺は人間が好きじゃねえ。 だが、俺はお前を拾った」


「ええ、あの時はありがとうございました。 自暴自棄になっていたので、もしかしたら何かあって、皆に迷惑をかけたかも知れません。 本当に助かりました」


「別に礼が欲しくて拾ったんじゃねえよ。 最初は本当に俺の気まぐれさ」


「じゃあ、どうして?」


「ん? 面白かったからさ」


「へ?」


「お前と一緒に居ると楽しいからだよ。 正直なところ、レディがあんなに楽しそうなのは初めて見たかも知れない」


「え? ミレディさん、僕を邪魔者みたいに言ってませんでした?」


「あんな事を言ってはいたが、顔は笑っていただろう? お前の料理も凄く気に入っててさ? そりゃあもう、めちゃくちゃ楽しそうに話してくるんだぜ?」


「そう、だったんですか……全然気付きませんでした」


「まあ、アイツの事は俺が一番よく解っているからな。 信じてくれて構わないし、お陰で俺も楽しい時間が過ごせたんだ。 お前には感謝してる。 ありがとうな!?」


「いえ、こちらこそ!!」



 ネモさんは少し遠い目をして、窓の外に目をやった。

 僕もつられて外を見た。

 外はまた雪が降り出していて視界も悪く、景色などは殆ど見えていない。

 僕たちの居るリビングはかなり広く、二人で居るには空間を持て余すほどだ。

 窓際からソファへ移動して僕はオレンジジュースを、ネモさんはお酒をグラスに注いだ。



「もう月光石が光る時間だし、少しくらい酒を呑んでも構わんだろう?」


「はい、こちらにお構いなく、どうぞ!」


「じゃ、遠慮なく! お前とシロちゃんの未来に乾杯!」


「か、乾杯! ……あの、恥ずかしいから、皆の前では辞めてくださいね? 今の音頭」


「え? かまわんだろ、そろそろ慣れろ!」


「そんなもんですかね……全然慣れる気がしませんが……」


「………………」



 ネモさんは少し押し黙って、意を決した様に口を開く。



「なあ、クロ……」


「はい?」


「俺は今酔ってるから、これから話す話は酔狂だ、良いな?」


「…………はい」


「俺はレディを愛してる」


「はい?」


「……黙って聞いてろ」


「わ、わかりました……」


「レディと会ったのはもう十年も前になる。 俺は傭兵をしていて、連合国軍に属していたんだ。

 今も連合国軍と帝国の紛争は各地であるが、帝国の戦力は圧倒的だ。 ギリギリ抗ってはいるが、帝国が本気を出せば赤子の手をひねるより簡単に連合国軍なんざ壊滅出来るだろうよ。

 天界の侵略戦争と魔王軍との対立が無ければ、この世界は帝国一強だからな。


 俺は仲間を助けるために帝国軍に捕虜として捕まって、ズタボロにされて死にかけてた事があったんだ。

 帝国は囚人を生かしちゃくれねぇんだ。 そのまま順番に死ぬのを待つだけだが、それまでにも帝国兵のストレスのはけ口にされるんだ。

 俺は言うことを聞かない身体に鞭打って、収容所からの脱走を試みた。 そりゃ俺だって死ぬのは嫌だからな?

 獣人族の身体強化は巨人族のそれとは異なるが、運動能力が飛躍的に伸びるんだ

 俺は逃げた。 身体が動く限界まで逃げ続けたんだ……」


「………………」



◆◆◆十年前◆◆◆



帝国領の東

ヤルンヴィドの鉄の大森林


 連合国軍と帝国の最前線がそこにあった。

 鉄の大森林とは鉄の含有量を多く含む植物が育ち、鉱物として、また木材として利用価値は高く、希少な資源として各国との貿易を盛んに行っていたのだが、帝国が独占しようと植民地化に乗り出したのである。

 これを境に各国が共闘して連合国軍を立ち上げ、帝国との対立を表明したのだ。


 ヤルンヴィドの大森林にはマーナガルム獣王国があり、最前線となる領土は、ネモにとってはまさに自国の地なのであった。



「はあ、はあ、はあ、……ゲホゲホッ……ペッ!」


 吐き出した唾に血が滲んでいる。 殴られて口の中に切れたらしい。 

 足は辛うじて動かせるが、片腕は完全に折れている。 肋骨も何本か折れていて、肺にでも刺されば命はない。


 俺は先日まで激戦区だった近隣の街へと逃げ込んだ。 掃討戦も終わって残党兵もいないはずだ。

 水と何か食料がないかと足を運んでみたのは良いが、思っていた以上に荒廃していた。


 しばらく道であったであろう場所をそれなりに歩いては見たが、人は勿論、犬猫一匹いない所を見ると、少なくとも食べ物は絶望的だと悟った。


 チョロチョロチョロ……


 どこかで水が流れる音がした。 俺は音のする方角を探ろうと、耳を澄ましていたが、音は途中で途切れてしまった。


 これは駄目かと諦めかけた時、俺の眼の前に一人の女が現れた。

 髪の毛はむしった様にボサボサで、顔は酷くやつれている。 服は着ているとは言えない布切れ一枚で、殆ど隠れていない身体はあちらこちらに傷やあざが見える。 何よりも、目が虚ろで生気を感じない。



「………………」



 野生の動物と目を合わせたような、何故か動けなくなる様な沈黙が続く。


 ドサッ……


 沈黙を破ったのは体力が限界を示した俺の身体だった。


 俺は死んだ。


 そう思ったんだ。


 だが、どれくらいの時間が過ぎたのか、俺は目を覚ました。


 何処かの廃墟なのだろう。 天井も壁も在って無いに等しい、辛うじて隠れる程の囲いの様な部屋の床の上に、襤褸ぼろを敷いただけの簡易ベッドに俺は寝かされていた。



「お目覚めに……なりましたか……?」



 それは、そよ風が枯れ葉を掃いたような、弱々しいかすれた声だった。



「お前が……助けてくれたのか?」


「はい……すみません。 余計な事かも知れないとは思ったのですが……どうしても放っておけなくて……それで……」



 怯えているのか、ただ心配してくれているのか……或いはその両方なのか、表情が読めないな。


「いいんだ……つっ……。 謝らないでくれ、俺はそんな事で責めたりはしないさ」


「ありがとう……ございます」


「そんな事よりも、もう、俺には構わない方が良い。 俺は脱走兵だ……一緒に居るだけで命が危険だ」


「……はい。 存じております……失礼とは存じますが、貴方の肩に付いている焼印が目に付きました。 帝国の囚人さん、ですよね?」


「なら、話は早い。 今すぐ俺を捨てて何処かへ行け!」


「何処へ……何処へ行けば良いのでしょう? 私は帝国に捨てられたコンフォートヒューマノイドですよ?」


「コンフォ……そうか。 いや、ヒューマノイドなら何故そんな……そんな哀しい目をしている!?」


「ああ……よく、あることなのですが、帝国のコンフォートヒューマノイドはAIの規制を解除しておりますので……感情が生じて、表情に出てしまうのです……その方が殿方が喜ばれるそうで……」



 通常、コンフォートヒューマノイドはAI規制法により感情も表情も仕草も限られた動きしかしないものだ。 それを解除することは、AI規制法によって禁じられているが、わざわざ人間性を持たせて弄ぼうと言う胸糞悪い野郎が、帝国兵には大勢居るという事だ。



「そんな……なんて、なんて……くっ……いてぇ。 いてぇ。」


「だ! 大丈夫ですか!?」


「大丈夫じゃねえ!! 心が痛むわ!! いててててて……」


「や、やっぱり……痛むのでしょ?」


「────? ────!?」


「おい、誰か来た。 早く逃げろ!!」


「いえ、私は……ここに居て下さい。 きっと何とかなります」


「お、おい!? どうする気だ!? 隠れて居れば良いだろう!? おい!?」


「……すみません……」



 女は俺を置いて声のする方へと歩いて行った。

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