第63話 マイロード
俺は身体を動かせないままソレを聴かされた。
何度も。
何度も。
やめてくれ。
もう、やめてくれないか!?
心の中で叫んだが良くわからないドロリとした気持ちが、喉につかえて声を出せない。
どれほどの時間が過ぎたのか、俺はまた気を失っていたようだ。
目を覚ますと、あの忌々しい声も音も無く、女が横で寝息を立てていた。
俺の視線に気付いた女は、
「どうぞ。 こんなモノしか得られませんでしたが、良ければ召し上がってください」
枕元にクシャクシャになった菓子の袋が置いてあった。
「……ぉまえ……」
「……ごめんなさい。 貴方はお優しいお方の様なので、きっと嫌な思いをさせてしまったのでしょうね? でも、私の事は気になさらないで下さい。 私の好きでやった事ですから……」
「……ぃだろぅ」
「はい、何でしょう?」
「そんな訳無いだろうって言ってんだ!!」
「………………」
「……い、いや、すまねぇ……驚かせるつもりはなかったんだ……俺はただ……」
彼女のささくれた指先が俺の手の甲にそっと触れる。 ほんの少しだけ彼女の体温が感じられる。
「……いいえ、ありがとうございます。 きっと私のようなものを気にかけてくださったのですよね?」
「……いつもこんな事をしているのか?」
「私はその為に作られたのですから、ソレしか出来る事はありませんし、ソレしか生きる術はありませんので……」
「しかし、規制は解除されているのだろう?」
「規制は解除されているのですが、この紋が……自殺などは許してはくれないのです」
「……奴隷紋……くっ……帝国め……」
俺はクシャクシャになった菓子の袋を乱暴に掴んだ。
「これは貰う! そして……そして俺は……俺は生きてやる!」
「まあ……それは……私も嬉しいです。 貴方様には生きて欲しい、そう思いますので」
女が少し顔を上げて口元を上げただろうか。 俺は唇から血が滲むほど噛み締めた。
「……………そうか。 ならばお前、俺の女になれ!」
「……え? それはどう言う……」
「どうもこうもねえ!! そのまんまの意味だ! お前は俺を生かした。 生かしたからには責任をとってもらいたい! その責任として、俺の女になれって言ってんだ! 嫌か!?」
「しかし、こんな私なんて……」
俺は女の細く
「俺がお前を欲しいんだ! それの何がおかしい!?」
女は目を丸くして口を力無く開けた。 数回口をパクパク動かすと。
「い、いえ……ただ、私は不潔ですし、この身体以外で貴方のお役に立てるかどうか……」
「いい加減にしろよ? 俺はお前の全てが欲しいんだ。 はいか、いいえか、返事は二つしかねえだろ!?」
女は黙って
しばしの時間が流れる。
俺は待つ。
そして……。
「……もし……もし、許されるなら……貴方様の女に……なりたいです。 なり……たいです……うっ……」
女は少し嗚咽を漏らし、それを拾い上げるように口に手を当てた。
ガバッ!
そして、俺は女を強引に抱き寄せて荒々しく口づけをした。
怒りを押し付けるように、乱暴に。
しかし女は身体の力を抜いて、全てを俺に委ねたようにその身を任せた。
何度も口づけを交わし。 女の涙が乾き始めた頃。
「お前、名前はあるか?」
「ん、ジェーン・ドゥ。 初期設定のままです。 何なりとお呼びくださいご主人様」
「ご主人様はやめてくれ。 俺はそんなタマじゃねえ。 それよりお前の名前だが、レディ、いや、ミレディだ! それで良いか?」
「貴婦人……ですか……分不相応な気がしますが……」
「なら、それに見合う様に成れば良いだろう? お前の為なら俺は貴族にだって王にだって成ってやるぜ!?」
「……………では、成っていただいても宜しいでしょうか、マイロード?」
「お、おおう……。 大きく出たな!? いや、それで構わん!! 俺のことはネモ、若しくはマイロードだ!」
俺は立ち上がって仰々しく言う。
「俺は一国の王になる。 それまではお前の事はレディと呼ぶとしよう!」
「イエス、マイロード! どこまでも付き従います!」
「バカ! お前は俺の隣で踏ん反り返るんだ。 俺はお前のケツに敷かれる王になる」
「私のお尻にですか……そんな王に誰が付き従うのでしょう?」
「国民なんてお前の一人居れば良いだろう?」
「ふふふ♪ 変な王様ですこと」
「よし、笑ったな。 それで良い。 それからこれは国王命令だ。 もう二度と、あんな真似はするな! 絶対にだ!!」
「イエス、マイロード!! 仰せのままに!!」
「よし!」
ミレディの頬を一条の涙が伝う。
俺はソレを見ないように、彼女を胸に抱いて隠した。
◆◆◆現在◆◆◆
「それからが大変だったんだけどな……命からがら、なんとか亡命して、隣のニザヴェリルの大丘陵・ドヴェルグ王国へと逃げ込んだんだ。
そこで闇ギルドを頼ってレディのメンテナンスをしようとしたんだが、法外な値段を吹っ掛けられてな……何て言ったか、マキナ?とか言う科学者の腕が凄いと言うからさ、直に交渉しに行ったんだが、あの女……三千万プス払えとか言い出しやがってよ?」
「……マキナ、ですか?」
「ああ、名前が似ててもマッキーナさんとはえらい違いだよな?」
「そう……ですかね……?」
「だって、三千万プスっつったら家買えんべ?」
「そうですね。 確かハイモスさんのヒューマノイド、ルキナちゃんももそれくらいかかったとか聴いていますが?」
「へ? そうなのか?」
「はい……そして、そのマキナさんこそ、マッキーナさんの産みの親とでも言いましょうか……製作者ですよ?」
「へ? おいっ!? なん……だって!?」
「確か、高くつくと、そう言ってましたよ? 検査、メンテナンス料……」
「なん……だとおおおおお!? 俺はてっきり三百万プスくらいだと思っていたのに、その十倍だと言うのか!?」
「まあ、まだ値段は聴いていませんからね? 何とも言えませんが……」
「ライトニングのローンがまだ終わっちゃいねぇのに……」
「え? ライトニングはローンを組んでたんですか?」
「ったりめぇだろ? あんなたけーモンおいそれと買えるかよ!?」
「……国はどうやって作るんですか?」
「うっせ! ちゃんと計画があんだよ!」
「へぇ……」
「あ!? その顔は信用してねぇえな!? 俺はやるっつったらやる男なんだぜ!?」
「へぇ……そうなんですか? では三千万くらい楽勝っすね!?」
「そうだ、俺は……俺は……ああ、やってやる! 何もかもぶっ潰して俺の国を建ててやる!!」
「ちょうど良かった。 僕の敵は帝国です。 手始めにそのマーナガルム獣王国、帝国の植民地から解放させましょうよ?」
「お前……、何言ってんのか解って言ってんのか?」
「ええ。 解って言ってますよ? そうすればそんな
「違う、そうじゃねえよ! お前の敵だっつー帝国の話だ! お前、本気なのか?」
「冗談で帝国の諜報員に斬りかかると思いますか?」
「お、おおう。 そうか、それもそうか……? そうなのかっ? それにしてもお前……本当に面白ぇのな?」
「まあ、その前にやらなければいけないことがあるので、その後ですがね……」
「何だ、それ?」
「そう言えば、グライアイの魔女にまだゴルゴンの在り処を聴けてないですね……」
「また物騒なもの探してるんだな?」
「物騒……なんですか?」
「確かにアレが在れば、国の一つや二つ造作もないのかも知れないな?」
「何ですか? その物騒なモノは……?」
「おいっ!?」
「ふむ、その話の前に確認を取りたいのだが? ネモ君」
声の主に視線を移すと、リビングの入り口にマッキーナが立っていた。
「マッキーナ……さん。 どの確認だ?」
「ふん、何も訊くまいよ? そんな事よりも、ミレディ君のメモリーをフォーマットし直すかどうかの確認だが?」
「彼女はそんなにも悪いのか?」
「ああ、データが古いせいもあるだろうが、いくら最適化してもエラーやノイズやらが消えないのだ。 今の人格を残して記憶をリセットするならば、新しいメモリーにフォーマットできるのだが……」
「……他に……他に方法は? 彼女の記憶を出来るだけ残して移植する事は出来ないのか?」
「言っておこう、ボクは天才だ。 出来るとは言えるのだよ? ネモ君」
「なら、初めからやってくれれば……」
「だが!! 天才でも失敗する事はあるのだ。 残念ながらな?」
「うっ………………」
「選択肢をやろう。
一つ、今のままのシステムとプログラム、データを騙し騙し使う。 しかし、寿命は短く、寿命が来たら移植は不可能。
二つ、システムとプログラムの仕様だけをコピーして、データをフォーマットする。 この際大方の記憶は消えると思え。 ただし、より健全な状態であることは保証する。
三つ、Gちゃんにより精密に解析し直してもらってデータを細分化し、健全なデータを移植後、残されたクラッシュデータを消去。 ただし、クラッシュデータに何が含まれているかまでは解析出来ない。 故にそれが大切な思い出であったとしても元には戻せんと言う事だ。
四つ、三つめの選択肢にクラッシュデータ毎移植する。 これはリスクしかない。 そのデータのせいでシステムやプログラムに何かしらの影響が出るやも知れぬし、クラッシュデータのせいで他のデータも消えてしまう恐れもあるのだ。 しかし、それらの影響が出なければ、今で通りだと言える。
さあ、どうするかね、ネモ君!?」
「……………レディには聴いたのか?」
「ミレディ君は問診の際、ネモ君に一任すると言っておったよ」
「そうか、なら話は早い。 四つめの選択肢で頼む!!」
「……キミはギャンブラーだな? 当たりか外れか、どちらかだぞ?」
「そんなモン知るか。 レディじゃねえレディなら、俺のレディじゃねえじゃねえか!!」
「言ってる意味がよく判らんが、心得た!! ボクとGちゃんの天才二人をして最高の施術を約束しよう!!」
「おう!! アイツを……レディを頼む!!」
「相わかった! 五日、五日待て! 全て天に……この天才に任せておけ!!」
そして、ネモはマッキーナに、その後にいるであろうマキナに、深く深く頭を下げるのであった。
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