第60話 熾天使降臨

 僕の魔力が角を中心に全身にみなぎる!


 ペドロは全身甲殻化しておりもはや甲冑を着込んだ黒騎士と化している。 黒騎士か……そんな時代もあったよな……。 つまり相手は守りに徹していると言えよう。

 今の僕はそんな甲冑モノは必要ない。

 そして、そんな甲冑モノぶった斬ってやる!


 僕は斬鐵剣を双剣に持ち、ズンズンとペドロへ向かって歩を進める。


 ペドロは相変わらずどす黒い影を垂れ流して、奴の周囲はドロドロとした沼地の様になっている。 正直近付きたくない。


 が、しかし!!


 僕は奴を許さない!!


 シロを僕から引き離そうとした奴を!!


 許さない!!


 断じて!!


 僕はペドロを倒そうと歩を進める最中さなか!!


〜♪


おい!? 誰だ!? 



[よお! 元気か?]


「ネモさん!? 今取込み中ですが!?」


[わかってるよ。 取込み中だからかけたんだ]


「どゆこと?」


[それ以上ペドロに深入りするな!]


「それはどう言う……うっ!?」



 急に足元に違和感が生じ、奴の影に引き摺り込まれる。



[おい!?]


「お……遅かったかも?です」



 足元から影が湧き上がり、僕の身体をじ登り、包み込んで行く。

 僕は翼まで絡め取られて、その場から動く事もままならなくなってしまった。 油断しているつもりはなかったが……。 これはヤバいか?


 ………………。


 ……まあ、シロは助かったんだ、僕はもう……かまわない。



『おい、クロ!? そいつに呑まれるな!!』


『ん……フェルか……シロは無事なんだろう? 僕の役目は終わったんだ……』


『バカ言ってんじゃねえ!! シロはまだ無事なんかじゃねえ!! しっかりしろ!!』


『う……頭が……僕は……シロを……うう……』


『クロ? どしたの? クロ?』


『シロ……!? くっ………頭が! 頭が割れる様に痛い……』


『抗え!! 呑まれるな!! その影は対象の精神と脳に負の感情や思考を植え付けるんだ!!』


『負の……そうか……シロ……。 シロ……。 シロ……。』


『クロ!! クロがぁっ!!』


『シロ……僕は君のことが……』


 意識が遠退く……


 もう……


 でも……


 言わなきゃ……


 言わなきゃ!!


 シロ!!



「君のことが好きだ!!」


「───っ!!」


『ウラノスちゃん、お願いします! どうか、私をクロの所へ連れて行ってください!!』


『シロ、ダメだ!! ヤツは危険だ!!』


『ウラノスちゃん!!』


『分かった! でも、僕には君をクロの所に送り届ける事しか出来ないよ?』


『うん!! それでじゅうぶん!! おねがいします!!』


『任せて!!』


『シロっ!! 無茶だ!!』


『フェル、ごめんなさい! 私、行かなきゃ!! きっと後悔するから!!』


『シロ……』


『さあ、行くよ! しっかり掴まって!』


『はい!!』



 クロは影に呑まれてもう形も見えなくなっている。

 シロはウラノスの手綱をしっかりと掴んだ。 ウラノスは角の魔力の全てを翼に送り、最高速度で一気にペドロへと詰め寄る。



「くくく……二人ともいただきだなぁ……くくく……」


「ウラノスちゃん、ありがとう!!」


「クエア!!」『うん!!頑張って!!』


「クロ─────ッ!!」



 シロはウラノスから飛び降りて、クロを包み込みながら黒くうごめく塊へと真っ直ぐに向かって墜ちていく。


 墜ちて行く


 墜ちて行く


 黒い


 黒い


 影へと


 墜ちて行く


 影はシュルシュルと


 伸びて


 拡がり


 シロを受け止めるように


 呑み込むように


 包み込んだ


 ………………


 ………………


 沈黙がつづく


 影はただうごめいて


 二人を呑み込んで行く



『ああ………シロ……』



 フェルの念話の声もむなしく、返事は返って来ない。


 ペドロは満足気に舌舐めずりするかの様な下卑た笑いを隠そうともしない。




 落ちて行く……


 墜ちて往く……


 堕ちて逝く……


 僕の魂が黒く染まっていく……


 僕の……


 最後の言葉は……


 彼女に……


 シロに……


 届いただろうか……


 届いただろうか……


──届いてないよ


 それだけが……


 心残りだ……


 他はもう……


 どうだっていい……


──よくないよ


 シロに……


 この気持ちが……


 この想いが……


 この魂が……


──まだ届いてないから


 届かなかったのか……


 クロの気持ち……


 クロの想い……


 クロの魂……


 温かくて……


 力強くて……


 真っ直ぐな……


 『好き』


──まだ全然足りない


 私もクロのことが


 『好き』


 僕もシロのことが


 『大好き』


 ううん


 足りない!


 僕も足りない!


 全然足りない!!


 僕も全然足りない!!


 もっと欲しい!!


 もっとあげたい!!



 『『愛してる!!』』



 シロ!!


 クロ!!


 僕は


 私は


──君(あなた)の居ない人生なんて考えられない


 ひとつに


 ひとつに


 君と


 あなたと


 ひとつに


 ひとつになれたら


 もう二度と離れない!!


 離れない!!


 離れない!!



 魂と


 魂が


 惹かれ合い


 触れ合い


 熱くなり


 濡れて


 交わり


 絡み合い


 溶けていく


 融けていく


 解けて……


 ……………



──熱い


 シロ!?


──背中が熱い


 おい、シロ!?


──焼けるように熱い


 シロ……君は……



 その時、クロとシロを呑み込んだペドロの黒い影は、ピタリと動きを止めたのだった。

 ペドロは乾いた笑みを浮かべつつ、影へと魔力を送り続ける。



「くっ……何だ? いったい何が……」



 ペドロは魔力をいくら送れども反応を見せなくなった影に、煮立つ感情をあらわにしている。


 やがてよどんだ影に亀裂が生じ、亀裂の隙間から一条の白い光が洩れる。


 光は細く薄く微かに洩れる程度であった。


 しかしペドロは怪訝そうな目付きでその様子を窺っている。



「なん……だ? あの光……忌々しい……」



 やがて亀裂は蜘蛛の巣の様に拡がり、白い光は溢れ出す様に洩れ始め、ペドロ顔の影は深まって行く。


 バキッ!! メキメキキキ……


 何かが割れる音とともに、影が白い光に呑み込まれて行く。


 やがて辺りは眩いばかりの白色に染まり、一握り残された影もその存在を否定された。



──刹那



 眩耀げんようの中からそれは白い、純白の輝きを放つ三対六枚の翼を持つ、一位の天使の姿が在った。


 天使はクロを優しく抱きしめて、穢れを浄化してゆく。


──ちぅ


 その口づけにしてひとつの奇跡は、クロをむしばむ影を一掃するのに、余りある祝福をもたらした。



「何だ……俺はいったい何を見ている?」



 ペドロが放出する陰の魔力は無力化されて、その力の真理はもはや意味をなさない。


 天使はクロをその胸に抱き寄せて、慈愛の眼差しを惜しみ無く注ぎ込んだ。

 クロは全てが真っシロに満たされて、安らかな笑みを湛えたまま気を失っている。



 天使は一頻ひとしきりクロを抱きしめた後、その視線をギラつかせペドロを一閃する。



「ひぃっ!?」



 天使から人には視認出来ない白い魔力がおびただしく照射され、その場から影と言う影が消えた。



「ああああぁぁぁぁ…………」



 ペドロは抗えない恐怖に全身を蝕まれ、その存在理由全てをを否定されたのだ。



 辺りを白と清寂が支配する。


──それがシロの世界だ


 しかし、それは誰にも視認出来ない。 えるものは、ただ眩いばかりの霊魂の形がえるのみだ。



 やがて辺りがその姿形、色彩を取り戻した頃、二人の男女が折り重なって倒れていた。


 しかしその表情は安堵に満ちて、この上なく安らかな笑みを浮かべていた。



『シロ……おまえ……』


『ボク、天使なんて初めて見たよ』


『ああ……驚いた……』


『あれがシロさんなのか、天使の受肉なのか判らないけど、ボクたちは奇跡を見たんだよね!』


『そうだな……』


『そんな事よりキミ、キミもとても複雑な存在だよね』


『オメェ、エンシェントか……他のやつには黙ってろよ?』


『うん、そうする。 この二人に害を及ばさない限りは、だけどね!?』


『チッ! わーってるよ!』



 フェルはシロの無事を見て胸を撫でおろし、力無くウラノスに寄りかかった。



『ちょっと疲れちまったみたいだ。 わりぃが少し乗せてくれ』


『仕方ないなぁ! もう、フェルはだらしないんだから〜』


『オマッ! 会ったばっかなのに馴れ馴れしいな!?』


『そんなボクに寄りかかってるのは何処の誰だい?』


『あ〜! あ〜! 聞こえねぇ〜!』


『ふふふ。 ねぇ、ボクはキミのこと嫌いじゃないよ?』


『あん!? 何だよ気持ちわりぃな、オメェわよ!?』


『そんな事言ってても顔がニヤけてるのが可愛いね!』


『あーー! うっせうっせうっせーーー!!』



 二つの黒い影は二人のもとへ降り立った。 そして皆が皆、寂しがりやが集まったかの様に、身を寄せ合うのであった。



【ライトニングにて】


「おい……何か映ったか?」


「いいえ、マイロード。 何も」



【ヴァルカンにて】


「マッキーナさん? モニターが真っ白なんだけど?」


「うむ、原因不明のホワイトアウトだ」


「ルキナにも解析出来ませんでした」


「Gちゃんは?」


[ワシの推論に過ぎんが、シロちゃんの純白のおパンt]ブツッ! プー、プー、プー……



【研究所にて】


「マッキーナはホワイトアウトとか言うておるがこれは……何かしらの発光でモニターが焼けただけだ」


「師匠、 俺もそう思います。 詳しい解析は出来ないのであくまで憶測の域を超えませんが……」


「シロちゃんまぢ天使ですわ♪」


「クロさんもカッコ良かったですわね♪」



 この後、ヴァルカンが二人を回収に来るが、ウラノスを乗せる事が出来ず、結局ライトニングがヴァルカンごと回収したのだった。

 

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