第54話 開通

 僕はモデナさんに指示されるままにウラノスに手綱とサドルを付けている。

 ウラノスは競ドラ場の竜と違って念話が通じるからなのか、大人しく言う事を聞いてくれる。

 モデナさんは不思議そうに首を傾げているが、上手く行っている事には変わりないのだから良いだろう。

 あとは乗るだけなのだが……。



『ウラノス、乗っても良いか?』


「グエッ!」


『何か間違っているのか?』


「クエア」


『何が間違えているのだろう?』


「………クゥ、クルァア」


『……やはり、ハイとイイエくらいしか判らんな……』


「………クゥ」


「どうしたの? サドルと手綱は付けれたのに、乗らないの?」


「いえ、その……何と言いますか、心の準備が……」


「何それ!? さっきまでやる気満々だったのに?」


「モデナさん、僕はどうして競ドラ場の竜に乗れなかったのでしょう?」


「それ以前の問題だと思うわ?」


「それは一体……何なんですか? モデナさん、教えてくれませんか?」


「これは、あまり教えたくないのよね? 押し付けがましい感じがするから」


「押し付け……何ですかね? それ?」


「貴方、この子の事、好き?」


「ええ、まあ……好き、ですよ?」


「ほら。 ソレよ」


「え? どう言う事ですか? 以前もソレ、僕に聞きましたよね? 何が正解なんですか?」


「何が正解と何も、あんた、本気でドラゴン好きになったことあるの?」


「え? それは……その……」


「無いんでしょ!?」


「本気かと言われたら、そうですね」


「ドラゴンはとてもセンチでナイーブな生き物よ? ましてこの子は……おそらくは虐待の跡がある。 人に対しての警戒心は人一倍、いえ、竜一倍とでも言うのかしら? ある筈よ?」


『そうなのか?』


「クエア!」


『お前……人の言葉ある程度理解出来るのな?』


「クエア」


「そう、ですか。 解りました!」


「本当に?」


「やれることをやってみます! あちらにある水道をお借りしても良いですか?」


「ええ、良いわよ? 他になにかある?」


「出来ればブラシとタオルが欲しいです」


「分かった。 でも、ブラシはこの小さいのしか無いわ。 タオルはそこのを使ってね」


「大丈夫です。 ご協力感謝します!」


「じゃあ、頑張ってね? 仮にでも、準備が出来たら教えてちょうだい? 私は学科試験の準備をしておくわ」


「学科……ですか、解りました」


「じゃね! ウラノスちゃん、後でね!」


「クエア!」



 モデナさんが小屋の方へ歩いて行く背中を眺めながら、僕はどうすればウラノスに自分の心を曝け出せるのか……考えていた。 曝け出せるのか……。

 いや、曝け出さないと!


 背中に圧力を感じる。 後ろを振り返ると、ウラノスが頭を押し付けていた。

 もしかしたら、竜種は会話や念話を介さなくても、人の感情を感知出来るのかも知れない。

 僕は自分の事ばかりで、この子にまだ向き合えてなかったのだろう。


 ようやく理解出きた気がした。


 しかし僕は傲慢だ。


 以前よりも。


 誰よりも。


 傲慢になってゆく。


 そんな僕が、この子に何を曝け出せるのか。



「なあ、ウラノス」


「クエア」


「話を聞いてくれるか?」


「クエア!」


「そうか、用意するからちょっと待ってくれ……」



 僕は木桶に水を貯めて、ウラノスの身体を小さなブラシで洗い始めた。


 そう、ブラシは小さい。


 きっと全身を洗い終えるのには、それなりの時間を要するだろう。

 だけど、それで良かった。


 僕はこちらの世界に来る前の世界の話から話し始めた。


 好きな人に笑われたこと。


 虐められていたこと。


 人間不信になったこと。


 友達がクラスメイトを殺して、自分も死んだこと。


 それからも無視され続けて、存在意義を見失ったこと。


 コミュ障になったこと。


 色んな仕事を転々として。


 料理の仕事に就いたこと。


 両親が交通事故で亡くなったこと。

 

 両親のコネがなくなって退職させられたこと。


 引きこもりになったこと。


 音楽配信やネトゲに夢中になったこと。


 ネトゲで知り合ったギルメンと仲良くなれたこと。


 ネトゲで知り合った女性に恋をしたこと。


 こちらの世界に転生したこと。


 クリムゾンレッドの呪いのこと。


 恋した女性がネカマだったこと。


 ギルメンが全員死んだこと。


 犯人がそのネカマだったこと。


 エクスさんからこの身体を貰ったこと。


 黒猫の姿で異世界を放浪していたこと。


 フェルに出会ったこと。


 スミスさんに出会ったこと。


 シロに出会ったこと。


 シロを帝都教会から助けたこと。


 シロの指輪のこと。


 アランさんやベンさんに会えたこと。


 マンティコアに襲われたこと。


 マキナ姉さんに会えたこと。


 ヨルムンガルド鉄道に乗ったこと。


 ヴァルカンさんに会えたこと。


 エリザベスさんやマチルダさんに会えたこと。


 モカ・マタリに会えたこと。


 ビフレストでバベルを登ったこと。


 アスガルド皇国のこと。


 ルカさんに会えたこと。


 モイラ三姉妹に会って啓示を受けたこと。


 カメオのこと。


 ハイモスさんに会えたこと。


 コロッセオの闘技大会のこと。


 アハトさんと会えたこと。


 アハトさんが亡くなったこと。


 自暴自棄になったこと。 

 

 バベルでミノタウロスと戦ったこと。

 

 ネモとミレディさんに会えたこと。


 ミュルクヴィズでゴブリンキングとオークキングを倒したこと。


 ギンヌンガガプでアルミラージと戦ったこと。


 グライアイ三姉妹やベノムさんと出会ったこと。


 ウラノスは何も言わずに耳を傾けてくれている。


 僕はと言えば、ブラシをかけ終えたので、濡れタオルで汚れを拭っている。



「そして、昨日の吹雪の夜、あの広場で、君と出会ったんだ、ウラノス」


「クエア!」


「僕は傲慢な人間だ。 今も自分の為に君に乗りたいと思っている。 君に全てを話したら、僕に打ち解けてくれると算段している浅ましい人間だ。 しかし、君を助けたいと思っているのも事実だ」


「……クエア」


「僕が君に出来る事は限られているが、出来る助力は惜しまない! だから!!」


「……」


「君に乗せてくれ!! 君に乗りたいんだ!! 自分の為に!! シロのために!! 皆の為に!! そして、君のために……」


『いいよ、クロ』


「おまえ!? ーー今、念話を……」


『うん。 キミの心とボクの心がね』


「うん」


『開通したんだよ?』


「開通?」


「クエア!」『そう!』


『ボクたち竜族は心通わせる種族なんだ。 言ってみれば皆繋がっている』


『そう、なのか……』


『うん、ただ繋がっているのではなく、波長が合うからリンク出来る、つまりチャネリングしてると言うのかな?』


『そうか、だから心が通わなければ君たちに乗る資格がない理由わけだ』


『そうだね。 例えるならモデナさんは竜族に限らず大抵の魔物に波長を合わせることが出来る、言ってみればテイマーと言う資質スキルを持っている』


『テイマー?』


『テイマーと言うのは魔物と心通わせて友達になれる資質のことさ。 まあ彼女の場合、こうして会話ができる訳ではなく、ただ何となく判るだけなんだけどね』


『それは……凄いな……』


『うん、彼女は凄い。 けど、彼女は……』


『モデナさんがどうした?』


『いや、これはプライベートな事だからボクからは話さないよ』


『そうか、わかった!』


『さあ、乗ってよ。 キミと一緒に飛びたくなって来たよ!』


『ああ! よろしく頼む!!』



 僕はそう念話するや否や、ウラノスに跨がった。

 ウラノスはかなり大きい。 僕の視点は倍くらいの高さになった気がする。翼はもっと大きく、伸ばし切ると15メートルくらいはありそうだ。

 しかしウラノスは言う。



『実は人を乗せるとね、物理的に飛ぶことは不可能なんだ』


『えっ!? えええええええ?? じゃあ、どうやって……』


『昨日、キミもやっていたじゃないか、翼に魔力を注ぐんだ』


『……なるほど?』


『じゃあ、行こうか!! ボクたちの初めての飛翔フライトに!』


『ああ、行こう!! あ、モデナさんに……まあ、後で良いか!』



 ブワッサアアア!!

 ウラノスは翼を目一杯広げてギンヌンガガプの風を受ける。

 僕は手綱をしっかり持ってあぶみに力が入る。

 ウラノスは後ろ脚で地面を力強く蹴りつけると、一気にギンヌンガガプの空へと舞い上がった。


 凄い……。


 僕は自身でも飛ぶことは出来る。 しかし、この……ウラノスの背中から観る異世界風景は……



 まさに幻想的ファンタジー!!



 ギンヌンガガプの切り立った渓谷から吹き上がる乱暴な風が、気圧の谷が作り上げる雲も雨も稲妻も、一切合切を吹き飛ばしている。

 後ろには高くそびえるアスガルド山脈と、その下に大きく口を開けるニヴルヘルへの入り口からは冷たい寒気が吹き抜けてくる。

 渓谷の向こう側には荒廃した灼熱の世界が広がっていて、目がくらめいているかの如くゆらゆらと歪んだ世界が見える。


 何と言えば良いのか、チャネリングの所為なのか、ウラノスとの連帯感がある。 チャネリングを通してウラノスの感覚、感情がつぶさに伝わってくるのだ。


 ウラノスは帝都教会の研究対象だったに違いない。 今なら手に取るように彼の生い立ちが解る。

 人間への恐怖や怨恨も深い。

 しかし、刷り込みによる服従の念も少なからずあるようだ。

 ただ、今は僕に心を開放してくれている。 僕も素直に自分自身を曝け出すことが出来る。


 ああ、自分の中の埋められなかった何かが満たされた気分だ。


ーー心が軽いーー


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る