第52話 『ウラノス』
【ギンヌンガガプの深淵】
ニヴルヘル冥国とムースペッルの大獄の境界は国境ではあるが、中立地帯となっている。
前述でも述べた通り、
それに加えて深淵と呼ばれるその限りなく深い深淵からは、高濃度の魔素を含んだ上昇気流が噴き上がっていて、溝を上空から跨ごうとする者の行く手を遮っている。
また、その高濃度の魔素に当てられて、通常の生き物はその毒気にやられてしまう。
しかし、魔素を好物とする魔物や、成長過程で魔素が必要となる魔物はむしろ好んで集まって来るのだ。
その影響で強力な魔物が出現する事もあるので、この辺一帯を中立地帯とし、各国の協力を得て討伐に当たる事もある。
そして、ドラゴンの成長過程にも大量の魔素が必要であり、国立競ドラ場を有しているニヴルヘル冥国は競争竜の国立ファームをここに設けている。
「俺は引き返すがここで構わないんだな?」
「ええ、ここでけっこうよ? クロがライセンス取れなかったら、後で回収に来てちょうだいね?」
「ああ、分かった。 ……ところで……」
「……何かしら?」
「ちょっと耳を貸してくれ」
「あら? ミレディさんに見られてるわよ?」
「まあ、良いから貸せよ」
モデナは少しため息をついて、ヤレヤレと言った仕草を見せて耳を貸す。
ネモはヒソヒソと耳打ちする。
「今日のメインレース、アンタの予想ではどの竜が来ると思うんだ?」
「あら? プロの情報は高くつくわよ?」
「何言ってやがる! ポケットのコボルトキングの魔石返してもらっても良いんだぜ?」
「あら、バレてたのね? まあ良いわ。 あくまで予想なので真に受けないでね?」
「ああ、分かった」
「ディープリジェクトとメジロスレイプニルは良い仕上がりしているわね?」
「ありがとよ! チュッ」
「ふふん♪ 健闘を祈ってるわ」
ネモはモデナの耳たぶにキスをして、さっさとライトニングのハッチで待つミレディのもとへと駆けて行った。
雪煙に撒き散らしながら離陸するライトニングを見送りながら、僕とドラゴンは顔を見合わせて視線で会話する。
ーーあれがファーム!?ーー
と。
ライトニングで送ってもらったファームは、ニヴルヘル冥国の国立のファームではなかった。
そこからかなり離れた場所にある物凄く……ボロい、廃墟のようなファーム?かどうかも疑わしい場所だった。
上空から見た国立ファームは近代的で最新鋭の施設であることが、ひと目でわかるほどにキレイな建物だった。
それがどうだ? この廃材を利用して作ったような柵や看板。 強い風で煽られてガタガタと煩い小屋? 岩山に掘られた横穴を利用した厩舎。 大丈夫なのか?
まあ、見た目で物事を測るのは良くないとは思っている。 しかし、この環境下でこの施設は無いと思うのだが……?
「あら? 何か怪訝そうな顔付きね? 何か文句あるのかしら?」
「いえ、何も」
「そんな事より、コレを着けなさい。 少しくらいなら何とも無いけど、あまり吸い過ぎると毒だからね、ここの空気は」
「え!? 毒……そんな事言ってませんでしたよ? ネモさんは」
「え?」
「え?」
「あんた……本当にネモと一緒に狩りをしていたの?」
「何かいけなかったですか?」
「いや……まあ、良いけど? とりあえず、念の為着けておきなさい?
「わかりました」
「聞き分けが良いわね。 じゃ、行こっか」
「はいっ!」
「クエア!」
僕はモデナさんからもらったマスクを着けて後に続いた。
厩舎へと歩き出すモデナさんは足早で、少しワクワクしているように見える。 何か鼻唄歌いながら、腕をグルングルン回しているのだ。 あ、スキップした。
「マシューさ〜んいる〜〜!? ……この時間なら
「グワァー!」
「おう! マデリーン! マシューさん居ないの? 小屋の方?」
「グアッグアッ!」
「どうした、マデリーン? おや?」
マデリーンの大きな飼葉桶の向こうから初老の男性が顔を出した。
「あ! いた!! マシューさん、久しぶりです!!」
「ああ? 何だって!?」
モデナさんはマシューさんの耳元まで近付いて大きな声で話しかける。
「おーひーさーしーぶーりーでーすーねっ!!」
「おお、おお、久しぶりじゃな! モデナ君、元気にしておったかの?」
「ハーイ! マシューさーんーもーげーんーきーしーてーたー?」
「わしゃあ、元気だけが取り柄じゃからの!? ところでそちらの若い……なん……じゃあああああ!!」
モデナがマシューさんと呼んだ初老の男性は、細かった目を大きく見開いて大きな声を上げたもんだから、僕のドラゴンとマデリーンと呼ばれるドラゴンがビクッとなってマシューさんを見た。
マシューさんはポケットからゴソゴソと何かを取り出して耳に入れた。 補聴器的なモノだろうか?
「いや、大声を出してすまなかった! 最近来客がなかったもんで、外してたんじゃ、補聴器。 ほんで、そちらの若いもんとそっちの
「そうなの。 いつもワケアリばかりで悪いけど、今回も
「ああ、かまわんよ! 好きに使っとくれ!」
「ありがと〜〜!! ブチュー!」
「これ! 人前ではしたない!」
「もうっ! 照れちゃって可愛いんだから〜。 マデリーンも元気してた?」
「クエア!」
「うん、でね? こちらが今回ライセンス希望のクロ君。 そしてこちらがドラゴンの……クロ君、ドラゴンの名前は?」
「へ? 名前……名前?」
「嘘!? まさかまだ名前付けてないの?」
「は、はい……何かすみません」
「付けないの? たまに付けると情が移るから、付けないとか言うヘンコがいるけど、私は付けた方が良いと思うわ?」
「じゃあ……」
僕は隣のドラゴンをじっと見る……大きな蒼い瞳、黒光りして光沢のある鱗、ひときわ大きな翼、まっすぐに伸びた鋭い角、ガッシリとした力強い脚、そして何よりも……この黄金色のアストラル体は他の竜には見られないモノだろう。 神々しくもあるソレはやはり角を中心に身体中へと巡っているようだ。
よし、決めた!!
「お前はウラノスだ!」
見た目は全然関係なかった!
どうせなら偉大な天空の神、ウラノスから貰おうと言う、僕の腹積もり……いえ、ただの厨二病です、はい。
「クエア!!」
しかしまあ、良しとしてくれたみたいで良かった。
「ウラノス……ヤバい、惚れそう!!」
「グエッ……」
「え、私、そんなに魅力無い? さっきあんなに顔舐めたじゃない?」
「グイイイ……」
「お愛想とかウソでしょ?」
「モデナさん……ドラゴンと会話出来るんですか?」
「ん? そんな訳無いじゃない? 何となく?」
『ウラノス、そうなのか?』
「……クエア」
「まぢか……」
「アンタ……この子に何か言った?」
「いっ……そんな訳無いでしょ?」
「ふ〜ん」
「まあとにかく、クロ君とウラノス君でええんじゃな?」
「はい、どうもクロです。 お世話になります!」
「クアックアッ!」
「ああ、どうも。 まあ、ゆっくりしていってくれ。 ワシはワシの仕事をしておるで、まあモデナに任せておけば大丈夫じゃろ。 よう、勉強せえよ!」
「は、はい!」
「ふふん。 じゃあ……あ、その前に……」
ツカツカとモデナはマデリーンの元へ歩いて行く。 マスクを外すとポケットに突っ込んで、マデリーンの前で立ち止まる。 マデリーンも首を伸ばしてモデナの方へ頭を近付けた。
ワシッ!
モデナがマデリーンの頬を両手で抑えると、猛烈にキスをし始めた!
「マデリーン!! ぶっちゅー! ぶちゅっ ぶちゅっ ぶちゅっ べろんべろん……」
しまいには舐め始めた!? この人……本当にヤバい人だな……。 あっ……。
マデリーンはお返しにとモデナの頭を甘咬みして、やはりベロベロ顔を舐め始めた。
え、何これ? もしかしてドラゴンに対する普通の挨拶か何かなの?
そして、僕もしなきゃ駄目なヤツとかじゃないよね? ねえ?
「ふう〜〜っ! ああ、やっぱりマデリーンの甘咬みが一番しっくり来るわ!!」
「あ、違ったか。 良かった」
「え? 何か言った?」
「いえ、そんな事より早く教えてください!」
「お! ヤル気だね、クロ君!! いい心掛けだ!! では行こう! 今日中にライセンスクリアするぞ!?」
「はい!!」
僕はとっととこんな試験をクリアして、やらなければならない事が山のようにあるんだ!
立ち止まってなんかいられない! 早く終わらせて……早く終わらせて、皆の元へ……シロの元へ!
シロ……シロは大丈夫だろうか? 無茶はしていないだろうか? それだけが心配でならない……シロ……。
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