第51話 モデナ

「グイイイ!」



 ドッシャ!!

 雪で濡れた地面に落ちる。



「うわっ!! つめた!!」


「これ以上は駄目ね。 ドラゴンのストレスになるわ。 この子は競争竜ではないのだけれど、おもちゃじゃないもの。

 失格よ。 クロ」


「クソッ!!」


「出直して来なさい? ここでは面倒見れないわ」


「モデナさん、お願いします!! 僕はどうしてもライセンスが欲しいのです!!」


「貴方、ドラゴンをお持ちなのでしょう? 練習すれば良いじゃない?」


「その子を飼いたいからこうしてお願いしているんじゃないですか!? ライセンスが無いと飼えないんでしょ!?」


「国際法ではね? この国では飼えないけど、ギンヌンガガプまで行けば国際法もへったくれもないじゃない? うちの牧場もあそこにあるのよ?」


「ギンヌンガガプ……の牧場ですか?」


「ええ。 私は今日、本当は非番なのよ。 朝の飛竜たちの世話が終わったので、これから牧場に行くのだけれど、そこの飛竜艦ドラグーンで連れてってくれるなら案内しても良いわよ!?」


「え? 本当ですか!?」


「飛竜艦に乗れる機会なんてそんなに無いものね? ちょっと乗ってみたかったのよ」


「ネモさん!! ダメ……ですか!?」


「ええ? 良いが……今日は……まあ、すぐに戻れば良いか。 行くならすぐに乗れ! お前たちを送ったら蜻蛉返りしてここに戻る!」


「ああ、今日は重賞レースの日ですものね? クロさんだっけ? 貴方は賭けなくて良いの?」


「僕はそんなのよりドラゴンに乗りたいんです! ネモさん! では、お願いします!」


「おうよ! レディ!? 行けるか?」


[誰にモノを言っていますか? マイロード、早く乗ってください!]



 キュイイイィィィ……

 言うや否やライトニングから吸気音が発せられる。 排気口周辺の雪が舞い上がりキラキラと日光石の光を反射させる。



「ふおおおおおお!! これが悪名高いレアハンターネモの赤竜、ライトニング!!」


「モデナさん!?」


「ねぇねぇ!! 乗って良い? 乗って良い? 今すぐ!!」



 うっわぁ……すっごい目がキラキラしてる。 手まで握りしめて、この人、本当はコレ目当てとかじゃ……



「モデナさん!?」


「良いから早く乗れ!! すぐ出発するぞ!?」


「きゃあああああ!! やっふーーーーい!」



 凄い勢いで叫びながら走って行くモデナさんの後ろ姿を、何とも言えない目で眺めながらあとに続く。



「ぎゃああああ!! これ!! あっ! こっちも!?」


「おい! 勝手にウロチョロすんじゃねえ!」


「だってだって! お宝の山じゃんよおお!? このグレーターワイバーンの頭骨!! こっちはスコルの毛皮!? ええっこれはっ!? バジリスクの冠っすか? ちょっと色がレアっぽいっすけど?」


「そうだが、触らないでくれるか? 乱雑に置いてあるかも知れないがコレクションなんだ」


「うんうん! わかるよ、わかる!! でもこんなの前にして私の理性が抑えられるか……くうう……無理!!」


「だれだ!? こいつ乗せても良いとか言ったやつ!?」


「貴方ですよ、マイロード」


「そうか! 俺か!! 馬鹿なのか? 俺は!?」


「イエス。 マイロード?」


「そうか。 なら仕方ないな!」


「そうね、私はとっくの昔に諦めていましたが? マイロード?」


「さあな!? ところで、ギンヌンガガプまではあとどれくらいだ?」


「もう三十分もあれば着きます!」


「そうか。 おいクロ? お前、アイツを見てもらっておいた方が良いんじゃねえか?」


「あっ! そうですね! モデナさん、少しこっちに来てもらえますか?」


「ええ〜!? あと三十分しかないのに〜??」


「何かすみません。 僕の私用ですが、お願いできますか?」


「で、何? 何か面白いモノ見せてくれるのかしら?」


「いやまあ……、僕の拾ったドラゴンなんですがね?」


「ドラゴン!? どこ!? 何処に居るの!?」


「めっちゃ食い付きますね……」


「だってドラゴンなんでしょ? しかも野良?」


「はあ……いや、野良ではなさそうなんです。 足環をしてまして、インスマスのファームではないかと言われてましたが、ファームの方は知らぬ存ぜぬの一点張りなのだとか……」


「ふむ、曰く付きかぁ……ますます興味が湧くではないか……じゅるり……」


「………………この人……」



 いや、考えるのはよそう。 そうだ、皆のタイプだと決めつけない方が良い。 きっと大丈夫。 の、筈だ。



『やあ、窮屈な思いをさせて済まないね! 君を紹介したい人がいるんだ。 少し変わった人だけれど、もしかしたら君の助けになるかも知れない人だ』


「……クエア!」


「うっひょおおおおおおお!?」


「ちょっ!? モデナさん?」


「こりわああああああ!! はうっ!」


「モデナさんっ!?」


「いや、済まないね! 興奮が頂点に達してしまって、昇天してしまいそうになったよ!」



 本当に大丈夫かめちゃくちゃ不安になって来た……。 もう、お引き取り願おうかな?



「君はクロと言ったか?」


「はい、そうですね」


「クロ君、こいつぁヤベェ拾いモンをしたな!?」


「何がですか?」


「こいつぁ、おそらく古竜エンシェントだ」


「はあ……何がヤバいのですか?」


「何? 君、古竜エンシェントだぞ? だ」


「え? でもここに……」


「だからヤバいんだろう? 何故ここに居て、何故足環をしているのか考えてみよ!」



 まあ、少し考えれば、誰でも容易に解ることだ。 僕は敢えてそれを口にする。 



「……ここに居ない筈の竜が、ここに居て、人の手が加わっていると言う事実ですか。 しかもインスマス、つまり帝国が絡んでいると見て間違いない、と?」


「うむ。 見れば瞳はまだ蒼い。 つまり仔竜だ。 まさか……君はライセンスを取ってこの子を飼おうと言うのか?」


「何か問題あるのでしょうか?」


「ドラゴンはライセンスを取れば、飼う資格は得られるだろう。 しかし、ドラゴンは役所で登録しなければ飼えないのだよ。

 君は絶滅種の古竜エンシェントが登録可能な種類だと思っているのか?」


「知りませんね、そんな事。 役所が無理だってこの子には関係ないでしょ? 既に人の手が加わっているこの子を、自然に返せると思いますか!?」


「ふむ、君は面白いな?」


「だろ!?」


「ちょっと! ネモさんまで?」



 不意に後ろからネモが割り込んで来た。 どうもネモさんは僕の事を面白がっている節は以前から感じていたが……僕自身は詰まらない。



「なあ、アンタ……モデナだっけか?」


「呼び捨てにされるほど仲良くしたつもりはないけれども? ネモ君?」


「ふん、それは手に持っているコボルトキングの魔石を返してから言って欲しいな? ?」


「では、お相こと言う事で手を打つわ? 


「全然お相こではないが? 


「お相こよ?


「いんや?」



 二人の距離がどんどん近くなる。 顔と顔が付きそうなくらいに……あ。



「はい、そこまでです! うちのネモは女と見たら見境が無くなりますので。 許してくださいませ?」


「ちょっお、えい〜っ」



 ミレディさんがネモの口を鷲掴みにしている。 モデナさんは驚いて一歩下がる。



「少し気が強い女を見ると落としたくなる病なのですよ、うちのネモは」


「わははははははは! 何それ! まあ、私はちゃんと彼氏が居るから安心して欲しいわ? ミレディさん?」


「疑わしいけど、信じてあげますわ? モデナさん?」



 何だか二人とも視線が怖くて間に入れない……。



「そんな事はどうでも良いだろう? 今はこのドラゴンをだなぁ!?」


「うちで!」


「へ?」


「うちで預かっても良いわ。 ただし条件付きでね!?」


「本当ですか!?」


「だから言ってるでしょう? 条件付きよ?」


「何ですか? その条件て?」


「ちゃんと貴方がライセンスをとって、正規の登録をして、この子の飼い主になる事。 それが絶対条件よ? それが出来たら、うちで預かってあげる」



 僕はドラゴンと視線を合わせた。

 彼の目が何を訴えているのか判らないが、真っ直ぐに僕を見る目を裏切れない。

 僕は大きく頷いて言う。



「解りました! 必ず取って見せます! ライセンス!!」


「「あったりまえじゃない(ねえか)」」


「「えっ!?」」


「完全にリンクしてますね!?」


「何かイラッとしましたわ?」



 ミレディさんがイラッとしたところで、モデナさんはドラゴンと対峙する。


 舐め回すように身体中を見て行く。


 丁寧に。


 慎重に。


 舐める様に。


 べろん


 あ、舐めた。



「グエッ!」


「あっ! モデナさん!? あぶな……」


「大丈夫!!」



 ドラゴンがモデナさんの頭に噛みついた。 と、思った。


 実際には咥えただけだった。


 そのままモデナさんの顔を舐めている。 それはもうベロンベロンと。

 モデナさんの顔はねっとりとしたドラゴンの唾液でベトベトだ。



「はああ………」



 なのに……何でこの人は恍惚とした笑みを浮かべているのか? それはもう、変態確定だからだろ?

 モデナさんについての確定事項。 彼女は魔物ヲタクモンスターフリークだ。 それも重度の。

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