第50話 それぞれの朝

「嬢ちゃん、あの男は来ないよ」


「ああ、さっきそう連絡があったのさ」


「これほど人に期待させておいて、この仕打ちは無いと思うがのぉ。 競ドラ場へ連れてってくれると言うから、楽しみにしておったのに……」


「クロは……約束破らないよ!! ……たぶん」


「ああ、ちゃんと埋め合わせはすると言ってたさ。 入金もちゃんと入っておった」


「しばらくは来れないとも言っておったがのぉ」


「そんな……クロ……。 お婆ちゃん! クロはどこにいるの!?」


「さあのぉ。 居場所なんか興味ないから聴いておらんよ」


「ううっ……他に何か言ってなかった??」


「はて? 今日は来れない しばらくは来れそうにない ……ドラゴンのライセンスがどうのと言っておったが……よお分からん」


「ドラゴンのライセンス? わかんないね?」


「うむ」


「ねえ、お婆ちゃん!?」


「なんじゃ、小娘?」


「クロの約束はシロが守る!! お婆ちゃんたちを競ドラ場へシロが連れて行くよ!!」


「なんと!?」


「おお!? それはまことか!?」


「いやしかし小娘、おぬしにバギーが動かせるのか??」


「バギーって何?」


「……わしが教えてやろう。 ついて来い」


「は〜い!」


「ガンツ、あたしたちゃは出かける用意するからね? ちゃんと教えておくんじゃぞ?」


「ああ、わかっておるよババアども」



 部屋のゴミを掻き分け、蹴飛ばしながら玄関を出て、家の裏側にあると言う納屋にむかう。 もはや、母屋も納屋も外観は全く変わらない様に見えるが、口には出さない。 わけが無い。



「うわあ! 家と変わらないねぇ? おんぼろだぁ!」


「おぬし……まあよいわ。 ふんっ!」



 ガゴッ! ガガゴゴゴガゴッゴッ!!

 ガンツが納屋の建付けの悪い大きなトビラを開けると……。



魔導マギア蒸気機関スチーム三輪バギー。 通称魔導カーゴと呼んでるが、そんな良いもんじゃあねえな」


「ねえねえ、これってどうやって動かすの?」


「うむ……ではやって見せようかの?」


「わ〜い! ありがとう! お爺ちゃん!」


 

 ガンツは大き過ぎるバギーをよじ登ると、運転席に座ってシロに手招きする。



「お前も上に上がって見ておれ!」


「は〜い♪」


「ほれ、このグリップの親指が当たる所に魔晶石が埋め込んであるじゃろう? ここに魔力を流して……スタートをかけると!」



 プシュウウゥゥ……シュッシュッシュッシュッ…


 蒸気が漏れる音が小屋の中に響き渡る。 



「魔力でボイラーを稼働させて、生み出した蒸気でタービンを回して動力に変えておるのじゃ」


「よくわかんない」


「とにかく魔力を流して、このアクセルを踏めば走るのじゃ! そして、これがブレーキ。 しっかりと握るのじゃ。 これだけは忘れるな? ブレーキじゃ!」


「うん! わかった!」


「よし、じゃあやってみるか!?」


「あいあいさーっ!!」



 座席からガンツが降りて横に居たシロが座る。 ……。



「お爺ちゃん!!」


「何じゃ!?」


「足が届かない!!」


「なん……じゃと? 本当に届いておらんな? では、仕方あるまい、ちと狭いが我慢せいよ?」


「うん!」



 シロが少し前にズレて、ガンツが座席の後の方に座る。 端から見ると、仲の良いお爺ちゃんと孫娘の様だ。



「よし、魔力注入じゃ!!」


「魔力注入!!」



ブッシュウウウウウウ!! シュバッ!シュバッ!シュバッ!……

 ボイラーの計器が振り切れている。



「おいおいおいおい!? いきなり最大火力じゃと!? 何モンじゃおぬし!?」


「シロだよ!? お爺ちゃん」


「いかん! 少し魔力を落とせ! ボイラーが焼ききれてしまうわい!」


「あ〜い!」



 しばらくの間ガンツによるシロへのレクチャーは続いた。 二人は実に楽しそうにバギーを動かしている。


 そんな様子を陰から見ている者が居る。



『チッ……。 楽しくやってんじゃねえか。 オレサマが居なくても良いのかよ』



 フェルはつまらなさそうに言葉を吐いた。

 されど、フェルはジッとシロの様子を窺っている。 一時も目を離す事もなく。 様子を窺っている。

 シロの楽しそうな顔が、少し恨めしかった。 それでもフェルは、シロが笑顔でいることを他の誰よりも喜んでいるのだ。



『くそっ! つっまんねぇの!』



◆◆◆



「何じゃあのバカでかいバギーは!? いや、バギーなのか? 色々と不思議な機構システムなようじゃが、あんな化石みたいなモンがよくこの現代まで残っていたもんだな!」


「ふぁ〜……。 あら、マッキーナちゃん? 何だか興奮気味ね? 朝から覗きとは良い趣味だわ?」



 相変わらずホテルの一室から動かないマッキーナとラケシス。 

 朝から五十は展開しているモニターとにらめっこしているのはマッキーナ。

 朝風呂からバスローブを着てあくびをしながら艦橋ブリッジに顔を出したのはラケシスだ。



「うむ。 なかなかに良いモノが見れたぞ? 是非分解してみたいが、今顔出す訳にはいかんからの」


「それはどうして?」


「シロの覚悟が無駄になるじゃろ?」


「そんなものかしら?」


「そんなものじゃ」


「それにしても……モニターの半数がベノムさんの画像ってどう言う事かしら!?」


「ぬ? これはボクの趣味だが?」


「そう。 私もベノムさんの顔でも眺めながら、珈琲でも淹れようかしら」


「うむ。 それが良いな」



 二人はこの後、ベノムの寝顔を観ながら珈琲を飲んでマッタリと過ごした。



◆◆◆



 ミドガルズエンドは西街の外れ、ブラックボックスと呼ばれる真っ黒な箱型の建物、それがマキナの研究所である。

 研究所では日夜ハイモスが研究に明け暮れている。

 マキナとルカは情報収集を、モイラ姉妹は皆の身の回りの雑用をしながら過ごしている。



 「ルカさん、師匠が帰って来ないんだ。 ……向こうで何かあったのではないかと思っているのだが、どう思う?」


「そうね、たしかに最近ヘッドセットを着けたままね? でも……ほら、口元見て?」


「だらしなく緩んでいるな? しかもヨダレでベトベトして気持ち悪い」


「そう、この状態のマキナさんてアレじゃない?」


「アレと言うと?」


「発情?」


「そう言えば、クロさんが居た時にちょいちょいこんな顔をしていましたね!?」


「そうでしょ? だから心配ないとは思うわ。 ところで、ハイモスさんの方はどうなの?」


「はい。 このマキナさん特製のサウザンドコアプロセッサ搭載ヘッドセットですが、これは危険な代物ですね」


「危険……なの?」


「ええ。 これが世間に出回ると良からぬ事が必ず起きます。 決して外には出してはイケないモノだと思っています」


「ハイモスさんがそれほど言うからには、相当危険なモノなのね?」


「ええ。 これを被るだけで人の千倍の演算能力、並列思考が可能となります」


「でも、マキナさんは帰って来ないわよ?」


「師匠はアチラに全集中しながら他にいくつもの仕事をしているのですよ? 私の指導も然り、マッキーナさんの方の情報解析も然り、他の手に入った情報の精査も然り……師匠は化け物じみています。 同じヘッドセットを着けていても同じ芸当は、俺には出来ませんからね?」


「ヘッドセットより、マキナさんがヤバいわね? 彼女は何故こんなところで燻っているのかしら? 普通なら帝国の重要人物じゃないの?」


「それは……あまり大きな声では言えませんが、彼女のお爺さんの事件が関係していると思います」


「え? 事件?」


「あれ? ご存知ありませんか? あの有名な【プロメテウス事件】(※注釈あり)を?」


「へ? あの天才科学者デウス=プロメットの事件!? てか、彼の孫娘ってこと!? ええええええええ!?」


「なので帝国とくみすることはないし、むしろ敵対している様なものだからね。 よく帝国領に拠点を置いていると思うよ。 ゾッとするよな」


「そうね。 ……ところでハイモスさん? 貴方、そのヘッドセットを使って良からぬ事をしておりません?」


「へ? どう言う…」


「ルキナちゃんて女子風呂入るわよね?」


「そりゃ、女の子ですから……え? いや、そんな事はしてませんよ!? 断じて!!」


「そうかしら?」


「し、信じてくださいよ〜〜!!」


「……そう言う事にしておくわ? もしやるなら私だけにしてくださいね?」


「へ……へい?」


「間の抜けた返事ね?」


「は、ははは、はい!!」


「まあいいわ。 ところでルキナちゃんは?」


「ふふふ……聞いて驚いてください?」


「あら、何か悪そうな顔をしているわね?」


「実は旅に出しました」


「へ?」


「師匠に教わってビーブル級飛竜艦ドラグーンを作製いたしまして、試運転がてらルキナに航行してもらっています」


「へ?」


「ギンヌンガガプを超えれるかどうかが問題ですが、私もクロさんやシロさんが心配なもんですから、色々と試行錯誤していたんですよ!」


「へえ」


「……もっと感心してくださいよ?」


「ソレハスゴイワネエ。 イッタイイクラカカッタノカシラ……」


「それは……家がイチニイサン……」


「返す宛はあるのかしら?」


「それは……その……」


「バカねえ……頑張って仕事しなさいよね!?」


「え、あ……、はい!!」


 ハイモスは背筋を伸ばしてルカを見る。 ルカはひとつ頷いて「よし」と言い残し、踵を返した。


「はああああ……金かぁ、どうしよう……」


 ハイモスは頭を掻きながら少し考えるが、諦めてすぐにヘッドセットを手に取った。



※注釈

〜・〜・〜・〜・〜

【プロメテウス事件】

 マキナの祖父、デウス=プロメットは稀代の天才として自律型のヒューマノイドの研究に明け暮れていたが、法の抵触が故に研究が進まないもどかしさから、自身の肉体改造を繰り返し、サイボーグを経て今や完全に機械化したヒューマノイドと成り果てていた。

 人工魔石や魔晶石等を創り出し、一種の記録媒体としての可能性を見出したのも彼だ。 彼のおかげでこの世界の科学は飛躍的に進歩したと言っても過言ではない。

 彼の発想は飛躍し過ぎていて世間には理解出来ない者も多く、あまりにも社会への影響力が大きい為に、国際的な危険人物とされて身柄を拘束された。 

 彼は人工魔石や魔晶石等の研究資料を譲渡する事を条件に、自身の身柄の自由を求めたが、既に押収されていた研究資料の譲渡など認められる訳もなく、他に開放される司法取引なども無かった。

 結果、已む無く彼は自身の身体を棄てる事にした。 即ち、予め復元機能を保たせておいた、もう一つの身体(ヒューマノイド)に移行したのだ。 拘束された身体は数日後、自動的に機能を停止した為にデウス=プロメットは死亡認定された。

 遺族であるデウス=プロメットの孫娘、エクス=プロメットは国連(国際連合、以後国連)が父・デウス=プロメットを不当に拘束し、世界的財産とも言える研究資料を半ば強引に押収した挙げ句、精神的に追い詰めて死に追いやったとして訴訟をおこした。 これが世に言う『プロメテウス事件』であり、人に火を与えたが為にゼウスに責め苦にあったプロメテウスになぞらえたモノである。

〜・〜・〜・〜・〜

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