第48話 届く声・届かない声

 ニヴルヘル冥国の外れ、エーリヴァーガル川の上流、フヴェルゲルミルの泉のほとりに【ファーヴニル飛竜競ドラ場】が設けられている。


 競ドラ場に併設されている競飛竜研究所に、僕はいた。

 本来関係者以外立ち入り禁止なのだが、言い値の治療費の倍額を払うと言って現金を見せたら対応してくれた。 どこの世界でも金の力って偉大だよな。



「それで、どうなんですか? この子、助かりますか?」


「ふうむ、そうじゃなぁ、生命いのちには別状ない。 全身に打撲の跡と、軽い栄養失調。 それとアルカロイド系の植物が便から検出された。 ……生命いのちには別状ないが……どうしたものかな? 」


「え? どう言う事でしょう?」


「このドラゴンはまだ未登録のドラゴンで、足環を見ると帝国のインスマスファームのドラゴンだと言う事までは分かるのじゃが……問い合わせたところ、ファームは知らぬ存ぜぬの一点張りなのだよ」


「インスマス? ……そう……ですか……。 では、この子をどうすれば良いとお思いですか?」


「いやまあ、初めに言っておくが、うちはボランティアではないので預かれんよ?

 その上で助言となると……殺処分……明日にでも保健所に引き取ってもらうくらいですかね?」


「え? 助けてやる手段は無いのですか?」


「これはもう……自己責任で飼うほか無いかと? しかし、ドラゴンを飼うとなるとライセンスが必要となるので、一般の人が飼う事は違法となりますので……オススメは出来かねますがね?」


「そう……ですか。 少しこの子と二人で考えさせてくださいますか?」


「はあ……構いませんが、貴方テイマーか何かなんで?」


「?? 何ですかそれ?」


「いえ、知らなければけっこうです。 時刻も遅いので手短にお願いしますね」


「わかりました。 ご協力感謝します」


「俺達も外で煙吸って来るわ」


「はい……」



 この施設専属の竜種専門魔獣医は、少し眠そうな顔をして部屋を出て行き、ネロとミレディもあとに続く。



「………………」


「………………クゥ?」


「お前…………どうしたい?」


「クエア!」


「相変わらず言ってる事がわからんな!」


「グワッ!」


「俺はお前を助けたいと思ってる。 …迷惑か?」


「………………クルゥア?」


「さっぱりわかんねぇ!」


「………………グェ」


 

 まあ、当然ドラゴンの気持ちは理解出来ない。 しかし、この世界には念話と言うものがある。 言葉は分からなくても、何か通じるモノがあるのではないかと、とても小さな希望に願う。


ーーどうか、僕の言葉を届けておくれーー



『僕は君を助けたいと思っている。 君は助かりたいか?』


「クエア!」


『今、返事してるのか?』


「クエア!」


『正直、通じているのか不安だ。 一度だけ頭を撫でるが構わないか?』


「……………クエア…」


『少し躊躇したが、良い……のかな? 触るぞ……』


「………………」



 僕は恐る恐る右手をドラゴンの頬の部分に近付ける。


 ドラゴンは一瞬ピクリと動いたが、そのまま大人しく動かない。 そして目を閉じた。


 右手の薬指。


 右手の中指、人差し指。


 小指。


 そっと親指を添えて。


 ピタっと掌を頬に充てがう。


 大丈夫だ。 動かない。


 硬くてゴツゴツしているが、少し体温を感じる。 外が寒かったせいなのか? いや、ほんのり温かい。 喉の奥がコロコロと鳴っている様な振動が伝わって来る。


 これがドラゴン。



『ありがとう』


「クエア!」



 今度はドラゴンの方が近付いて来た。 いったい……まあ、動かないで居よう。


 少しずつ、顔を近付けて来る。


 近い。


 近い近い近い!


 ベロリンチョ!!



「うわあ!!」


「カラカラカラカラ♪」


「お前!!」


「カラカラカラカラ♪」


「ふっ! ふはははははは!!」



 こんな。


 こんな面白いドラゴン死なせるかよ!!



「僕は君を助けるぞ!! どうなっても知らないから、覚悟しておけ!!」


「クエア!」



 よし、言質はとった!!



「ネモ!!」



 ……ガチャッ



「んあ〜? どした〜?」


「僕はこの子を助けたい! 連れてっても良いですか?」


「良いも悪いも、オマエが決めたんだろう?」


「はい!」


「なら、オマエが俺にどうして欲しいか言えば良い。 応えてやれることなら応えてやる。 ただ、無理な場合はオマエが自分で何とかしろ!!」


「わかりました! とりあえず僕、ライセンス取ります!」


「へっ!?」


「あんたばっかじゃないの!?」


「いや、レディ!? コイツおもろ過ぎるわ!」


「あ、もう一人馬鹿が居たのね?」


「わははははははは! よし、良いぜ! 取ろう! ライセンスを!」


「と言うわけで先生? ライセンスはどこで取れますか?」



 入口で成り行きを覗きに来た獣医の先生は、何とも言えない顔でこちらを見ていた。 一同、先生の顔を見守る。



「本気で……言ってるんですよね?」


「はい、本気です!」


「では、明日このファーヴニル飛竜競ドラ場の専属トレーナーを紹介しましょう。 彼女に詳しい話は聴くと良いでしょう。 今夜はもう遅いですし、また明日出直してください。 ドラゴンの方はお任せします。 抗生物質だけ処方しておきましたので、飲み物に混ぜて与えてください」


「わざわざありがとうございます!」



 クロは深く頭を下げてお礼を言った。



「いや、構いませんよ。 それにしてもこの子……この顔立ち……」


「この子が何か? どこかおかしいんですか?」


「いえ、きっと気の所為です。 気にしないでください」


「はあ……。 とにかく明日、もう一度顔出しに来ますので宜しくお願いします!

 あ、この子も連れて来た方が良いんですかね?」


「明日は顔合わせして確認、そこから話が進めばライセンス取得の説明の流れになるかと思われるので、一緒じゃなくても構いません」


「わかりました! 本日は遅い時間までありがとうございました!!」


「はい。 ではお大事に」



 僕はもう一度深くお辞儀をして、ドラゴンを連れて外に出た。 外は風と雪が強くなっていた。

 ネモにドラゴンの保護の了承をとって、僕たちはライトニングへと帰艦した。



◆◆◆



「ーーと言う訳なのよ」


「ふむ、つまりラケシスきゅん、キミはフェルの念話を盗み聞きしていた訳なのだな?」


「ええ!? まあ、聞こえてしまったモノは仕方ないじゃない?」


「そうだな。 そう言う事にしておこう。 まあ、シロの荷物には魔導発信機を付けておる。 それを追ってモスキート君がすぐにでも探し当ててくれるだろう」


「……貴女にかかれば私たちのプライバシーなんて無いも同然なのね?」


「そうだな。 キミは今日もノーパンノーブラの痴女紛いの格好だと言う事も確認済みだ」


「下着と言うものがあんなに窮屈なモノだとは思っていませんでしたのよ?」


「……今まで履いたことすらなかったのか……それはもはや異文化であるな。 まあ、キミの下着の話に興味はない。 シロを連れ戻すのは簡単だが、あの子もそれなりの覚悟があって今回の行動に繋がったと、ボクは考えている」


「そうね。 フェルもことだし、とりあえず様子見かしら? それにしても外はけっこう吹雪いて来てるんじゃない?」


「そうだな。 ボクのモスキート君(蚊型)だと安定して飛ばしにくいから、レディバードちゃん(てんとう虫型)を今送ってるところだ。」


「……よく分からないのだけれど、どう違うの?」


「モスキート君はホバリングして撮影するタイプで移動が素早い。 

 レディバードちゃんは本人に付着・寄生して撮影するタイプで、コンパクト設計なので目立たない。 つまり、こんな悪天候な時はレディバードちゃんの方が効果的に情報収集出来ると言うことだ」


「へえ」


「興味がないなら聞かぬが良かろ? とりま、こちらはこちらでクロを探さねばなるまい。 例のベノム君の入院先が決まったみたいだ。 そちらへは今、モスキート君を飛ばしているところだ」


「ベノム君は無事なの?」


「ああ、刺されたが重症は免れたようであるな。 二週間ほどの療養で何とかなるようだぞ?」


「そう、それは良かったわぁ。 そんな情報よく手に入るわね?」


「え?」


「え?」


「魔警隊の捜査記録と救急病院のカルテを見れば普通分かるだろ?」


「普通は見れないモノなのよ?」


「そうなのか?」


「そうよ?」


「へえ」



 ラケシスがふと窓の外を見遣ると、窓枠にも積もる程に吹雪いていた。 マッキーナがその視線を追うと、ヒューマノイドにもかかわらず、ぶるりと寒気がした。



◆◆◆



 シロは折れた足も回復して、降り積む雪の中をひたすらに歩いていた。 ナーストレンドの街は既に真っ白に降り積もり、吹雪により視界も悪い。

 街は深夜に入り灯りも少なくなっているが、月光石の灯りは降り積もった雪に淡く乱反射して、建物の造形が浮き上がる程度には見えている。


 宛はない


 何処へ向かっているのかもわからない


 自分が何処にいるのかもわからない


 寂しい


 寂しいから歩き続ける


 寂しい


 寂しいから会いたい


 会いたい


 会いたいから歩き続ける


 シロは直向きにクロを求めた



 しかし



 気掛かりがある


 ずっと一緒にいてくれた友だち


 フェルを置いて来た


 喧嘩をしたわけじゃない


 私がクロに会いたい


 そう強く思ったからだ


 フェルはいつも私の事を一番に考えてくれる


 フェルはいつも私を守ってくれる


 なによりも


 フェルはいつも私と一緒にいてくれる


 大切な友だちなのに


 置いて来ちゃった……



「置いて来ちゃったよお……フェルぅ……」



 声に出てた。 誰が聞いているでもない、独り言だ。 でも、声に出てた。


 誰が聞いているでもないのに……。



『バカだなシロは……オレサマがいなきゃ……何も出来やしねぇじゃねえか』



 誰が聞いているでもないのに……。

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