第47話 はぐれドラゴン

「キユウウウウ……」


「そんな目で見ても、僕は食べ物とか何も持ってないぞ?」


「キユウゥ?」


「正直、何を言ってるのかもさっぱり判らんからな!」



 街中で偶然見かけたドラゴンは、人ひとりくらいは優に乗せれるくらいの大きさだ。 目は大きく瞳孔が縦に割れた青い瞳で、まっすぐにこちらを見ている。 身体は翼は大きく前脚と同化して鈎爪様の手があり、後ろ脚は爪も長くてガッシリと大きい。 体色は闇に溶け込む様な全身黒色で、じっと動かずに居たら石像か何かと見紛う程である。


 そのドラゴンが!


 後をつけて来る!


 いや、そこそこ大きいですからね?


 人ひとり乗れるくらいのドラゴンだよ?


 その気になれば子供くらいなら丸呑みにだって出来るんじゃないか?


 これ、何処かに連絡しなきゃいけない案件ですか?


 何か、足環が着いてるんですけど? 誰が飼い主さん居ますよね?


 めっちゃ人に慣れてますけど?



「クゥアッ!」


「うん、本当に何言ってるか分かんないからね?」



 あれ? 近くで見るとところどころ鱗が剥がれてたり、切り傷や擦り傷があるな?



「お前……何処かで怪我でもしたのか?」


「クルル……」



 僕が手で触ろうとしたら、途端に距離をとって警戒する。 ……少し怯えている? 人に慣れてはいるが、懐いている様には見えない。

 まあ、まるで他人だから当たり前か?


 しかし、何を考えているのか、はたまた考えていないのか? とにかく僕の後をつけて来る。


 人気ひとけが無いから騒ぎにはならないが、街中にドラゴンてどうよ? 仮にこんな所を見られたらそれこそ注目されてしまうし、ニュースにもなりかねない。



 ……寒いけど仕方ない。 僕は上着を脱いでタンクトップになる。



 アイトーンウィーング!!


 バッサア!!

 僕は翼を目一杯広げると、ドラゴンに向かって一言言い捨てる。


「じゃあな!」



 そう言い残して僕はニヴルヘル冥国のそらへと舞い上がる。 ニヴルヘルはとてつもなく巨大な地下空洞に建国された地底都市である。

 しかし、前述でもあるようにフレーズベルグ空港と言う空港などもあり、飛行機や、飛竜艇、飛竜艦などが飛行出来る宙空が存在する。


 僕は少し街から離れようとエーリヴァーガル川へと向かった。


 ………………。


 ………………。



「おい!?」


「クルア!?」


「ついて来るなって!」


「グエっ!」


「くそっ!」



 僕はマンティコアウィングに変形させて翼に魔力を注いだ。 そうだ、加速して一気に引き離すつもりだ。



「マンティコアウィング! マジックチャージ!」


「カラカラカラカラ♪」


「からの〜、ウィンドブースト!!」


「カラカラカラカラ♪」



 こいつ!? 完全に笑ってやがる!! 僕を嘲笑っているのか!? いや、ついて来れるって余裕かましているのか!!


 て言うか、ついて来てるし!!


 よーし、その気ならやってやろうジャマイカ!!



 僕はミノタウロスホーンを生やして魔力を練り上げ始めた。 特大の魔力を練り上げて行く。 やがて角は魔力で虹色の淡い光を帯び始める。


 僕の最高速度を叩き出してやる!


 やがて一人と一匹はソニックブームを起こさない程度に音速域に近い速度で、エーリヴァーガルの川沿いを一気に上流まで滑空して行く。 身体強化をしていないと気を失うレベルの速さだ。 それを……



「カラカラカラカラ♪」



 笑ってついて来やがる!!


 いや、何? 本当に何なの?


 襲って来る様子はないし、むしろ楽しそうだ。


 しかし……



 少し苦しそう? 心做しか表情が……!? 



「グブハッ!」



 突如ドラゴンが吐血して落下し始めた。 地下空洞とは言え高さはそれなりにある。 例えドラゴンとは言え、あのまま落ちて無傷とはいかないだろう。



「おいっ!?」


「クゥ……」



 落ちて行く。


 落ちて行く。 


 どんどん地面が近くなる。


 僕は間一髪でドラゴンの落下地点へ滑り込み、ハイモスフォームへメタモルフォーゼして、受け止め………る!!


 ズンッ!!


 ……ドラゴンの口から血が……間に合わなかった……のか?



「クルル……」



 目が合った。 しかし、そのまま意識を失い瞬膜しゅんまくを閉ざす。



 ………………。


 僕の……せい?


 僕のせいで死んだ?


 ?に無茶をさせて飛行させたから?


 そうかも知れない。 知れないが、不可抗力だろう? とにかく……


 僕はドラゴンの心臓部に耳を押し当てた。


 ……クン……トクン……トクン……



「…………生きてる……はあああ、良かったあああ!」



 しかし、このままではジリ貧だ。 どうすれば良い? ドラゴンを診てくれる獣医とか、この世界に居る? 居たとして、コレ……持って行くのか?



「あ!」



 思わず声に出てしまったが、思い出した。

 確か、エーリヴァーガル川の上流にある、フヴェルゲルミルの泉とやらに競ドラ場があるとか言ってたっけ……。 このまま運ぶか……?


 考えている暇はない。 とにかく急がないと死んでしまいそうだ。 助けないといけない義理はない。 無いが、これは僕の……僕の傲慢だ!


ーーコイツを助けたいーー


 ただそれだけの想いに突き動かされる。 過去にそんな正義感で何度と無く痛い目を見ている。

 見ているが懲りてない。 なのでコレは僕の傲慢に他ならない!


 あまりの大きさに飛んでは行けない。 地道を歩いて行くしかない。 この川の上流が全然見えて来ないが、先に見える小高い山へと続いている。


 間に合うだろうか?


 間に合わなくても、仕方ないが、どうにも後味が悪くなりそうだ。



 助かるだろうか。


 助かると良いな。


 助からないと……嫌だな。



「クロ」


「今忙しいから後にしてくれる?」


「そうか……」


「え?」


「え?」


「どうしてこんな所に?」


「それはこっちのセリフだろ? なんて格好してやがる」


「はっ!? お……うわわ!」



 僕はハイモスへフォームへのメタモルフォーゼで素っ裸だった。



「変態ですね」


「変態だな」


「ネモさん、ミレディさん、コレは……違うんですってば!」



 そう、声をかけてきたのは先日までお世話になっていた、ネモさんとその相方のレディさんだった。



 「あなた、シロちゃんて子が居ながら、ドラゴンとする趣味があるだなんて……ド変態じゃない。 見損なったわ!」


「俺はお前の味方をしてやりてぇが、……共感は一切出来ねぇな!」


「お二人とも、それは誤解です! 僕にだってそんな趣味はありませんよ!」


「じゃあ何なんだ? 説明してみろ」


「これはですね……はぐれドラゴンと街で出会って、飛行勝負していたらコイツが急変して……今、競ドラ場まで行こうかと思いまして、運んでいるところです」


「お前………ホント、何やってんだ??」


「いや、それはこっちのセリフですよ! お二人こそ、こんなところで何やってんですか!?」


「そりゃお前、明日のレースを見る為にここで待機してんだろ? 見てわからんか?」


「わかりませんって!!」


「そうか? ほれ、コレ食うか? 今焼けたところだ」


「コレ……僕が仕込んでおいたアルミラージのタンドリー風」


「旨いぞ?」


「……そりゃどうも」


「旨いわよ? もきゅもきゅ……」


「そりゃどうも!」


「何? やさぐれちゃって、何かあったのかしら?」


「今お話しましたよね!? 僕は急いでるんですってば!!」


「分かってるけどよぉ。 急いでるなら乗ってけば良かんべ? モグモグ、ゴキュン!」


「い、良いんですか?」


「良いも何も、急いでんだろう?」


「お、お願いしても、良いですか!!」


「おう! そうと決まりゃあ急げ! レディ!」


「もう、エンジンかけています! マイロード!」


「さすが、俺の愛しの相棒! 行くぞ!」


「あん! 股に腕を…ああん! もう! 後でお仕置きが必要ね!」



 ネモがレディの股座に腕を突っ込んで持ち上げたのだ。 そのまま肩に担ぎ上げて走り出した。


 ……相変わらずお熱いこって。 まあ、本当に頼りになります。 本当にお世話になります。 有り難いことです。

 僕は内心で感謝を述べつつ、急いでライトニングへ駆け乗った。


 キュイイイイィィィィィ……


 ゴゴゴゴゴゴ……ガコン!


 ライトニングは歩行モードになった! そしてズンズンと歩いて進んで行く!



「え? 飛んで行くんじゃなかったんですか?」


「え? お前ライトニングの航行速度知ってるだろ?」


「はあ、まあ?」


「山に突っ込んだらどうすんだ?」


「それは……困りますね?」


「だろう? だから歩くんだよ! そんな事より、ドラゴンの容態はどうだ? レディ?」


「人用の生体診断がどれほど有効なのか分かりませんが、あまりかんばしくはありませんね? 中でも打撲が多く、内出血が酷いです。 それから栄養面もあまり良くないみたいで、少し栄誉失調を起こしています。 ドラゴンに有害な物質も尿から採取出来ました。 また、大量に水を飲んでいることから、アルカロイド系の毒素を出そうとしたものと思われますね」


 ミレディさんて……こんなに優秀だったんだ? 彼女の事、それなりの時間を過ごしてきたけど、僕はまだ彼女の断片しか見れてなかった様だ。



「ボウっとしてないで、そこの抗生物質取ってちょうだい!」


「え、あっ、はい! これですか!?」



 僕は後の戸棚から、彼女の指差す先にある瓶を取り出すと、彼女に手渡した。



「効くかどうか知らないけど、簡易電子カルテを見る限りはこれで炎症くらいは抑えられそう」


「ミレディさん、ありがとうございます!」


「……この子が回復したら、またご飯作ってよね?」


「はい! もちろんです!」


「ちゃんとレシピも置いて行くのよ!?」


「解ってますって!」



◆◆◆



 ニヴルヘル冥国の首都、ナーストレンドの夜は霧が深く、照明はあるものの朧げで明るいとは言い難い。 

 街の景色がぼんやりとした輪郭を型取り、キラキラと空気も凍りつつある夜の帳を、ホテルのバルコニーで独り眺めている少女が居た。



「ねえフェル、起きてる?」


『ああ、起きてるぜ?』


「フェルはどこにも行かない?」


『ん、何だ? どこかに行って欲しいのか?』


「ううん、ずっと側にいて欲しい。 どこにも行って欲しくなんてない」


『じゃあ、何でそんなしょうもねえ事聴くんだ? クロか?』


「うん、クロは私と一緒に居てくれるって言ってくれたのに、どこかに行っちゃったでしょう?」


『アイツはバカだからな。 そんな事もあるさ。 アイツにだって色々あるのさ』


「フェルにはクロの気持ちが分かるの?」


『分かるかって聞かれたら分かんねえ。 でもな、お前だってクロの事、まだ諦めてねえんだろう?』


「うん、あきらめたくない! 私、あきらめたくない!!」


『ああ、知ってる。 ならよお、信じるしかねえよな? アイツはアイツの考えがあって出て行った。 それだけのことだ。 別にオメェの事を嫌いになった訳じゃねえよ』


「フェル……いつもありがとうね。 私、決めた。 クロを探しに行く!」


『オイオイオイオイ! どうしてそうなる!? オメェ一人で何が出来るってんだ!?』


「何か出来たって、出来なくたって、仮に帝都教会に見つかったって、捕まったって、私はクロを探しに行く!!」


『オメェ……そこまで覚悟を決めてたのか!?』


「フェル、私は初めからずっと同じ気持ちだよ!? 私は一人でだって探しに行くつもりだったよ!?」


『………………』


「フェル?」


『オレサマが……居なくてもか?』


「う……うん!!」


『……そうか。 じゃあ、今回はオレサマは行かない』


「えっ!? フェル!?」


『何だ? 一人でも行くんじゃねえのか?』


「そう……だけど……」


『じゃあ、行って来い?』


「………………わかった!!」


『気を付けて行って来いよ?』


「うん!!」


『………………』


「じゃあ! 行って来る!!」


『……………おう』



 シロはホテルのバルコニーから飛び降りた。



『シロ!?』

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