第46話 倶楽部パンゲア
ナーストレンドの色街の片隅でひっそりと営業しているベラドンナから離れ、色街を抜けて街の路地裏に半地下になった薄暗い店舗【倶楽部パンゲア】。
パンゲアには夜な夜な何処からともなく、音楽を求めて若者が集まって来る。
「すみません、お子様の入店はお断りさせていただいておりますので、お引き取り下さい」
「誰がお子様なのだ!?」
「貴女とお隣のお嬢さんでございます」
店の入口で店員に引き止められた三人は、マッキーナとシロが子供だと言われて入店を断られていた。
「心外であるな! ドワーフナメてるのか!?」
「では、ICを確認させていただきますが、宜しいでしょうか?」
「かまわん! ほれ、とっとと確認してみやがれ!!」
「はい、失礼いたします」
「どうだ!? 僕は立派なレディだろう?」
「……大変疑わしいですが、確かに成人されてますね? しかし、そちらのお嬢さんは未成年でございますので、入店出来ません」
「ぬぬ……シロか……」
「マッキーナさん、私たち外で待ってるわ?」
「……そうか、レディひとりでは心許ないが仕方あるまい」
パンゲアは基本的にハードロックが聴ける店で有名なのだが、最も特徴的なのは他所ではあまり聴くことが出来ない、デスメタルが毎晩聴けるところだろう。
そんな訳で店には奇抜な格好をした若者が集まり、普通の格好をしているマッキーナ、シロ、ラケシスの三人は浮いてしまって逆に目立っている。 しかも、マッキーナとシロにあっては見た目が完全に子供なのだ。
「マッキーナちゃん、おねがいね!!」
「ああ、任せておけ! では、行ってくる!」
「「いてらーー!!」」
入口の分厚い防音を施したドアが開かれると、中から得体の知れぬ音楽が大量に流れ出してくる。
「うっ………………ままよ!」
マッキーナは覚悟を決めて中へと歩を進めた。
中はマッキーナの想像を遥かに超えていた。 暴力的と思える爆音が、壁や天井と所構わず殴りつけている。
そして、外の霧よりさらに深い濃霧、いや、煙草の煙が立ち込めていて目が痛い程だ。
マッキーナはヒューマノイドで基本的に自律で行動出来るのだが、マキナのリンクして感覚共有することもある。 まさに今がソレなのだが、マキナが視覚以外のリンクを遮断するほど強烈だった。
あまりの不快感にすぐにでも立ち去りたいと、ヒューマノイドのマッキーナでさえ思うほどである。
場違いとも思えるその空間から、一刻も早く立ち去る為にマッキーナは即座に情報収集へと着手する。
アルコールのボトルが大量に並べられたカウンターへと腰を下ろす。
「バーテンさん、一つ聴きたい事があるのだが……」
「……何も飲まないのかい? お嬢ちゃん?」
「ああ、ではモスコミュールをくれ」
「……おや、アルコールが飲めるのかい」
「売る気がないなら注文とるなよ? オッサン」
「それは失礼、お嬢ちゃん」
「……ちっ!」
「マスター、お客さん
バーテンの後ろの小さなキッチンスペースから出て来た若い男性が、初老のバーテンに声をかけた。
「そうかい? お嬢ちゃんがあまりに可愛かったから、少し遊んでただけさ。 少し離れるから頼んだぜ」
「はい、ゆっくりと行って来てください」
「………………」
「はい、モスコミュールです」
「……ありがとう」
「それで、何か聴きたい事があったんですよね?」
「あ、ああ。 キミもボクが子供に見えるんだろうね?」
「聴きたい事はそんな事なんですか? 子供に見えるかと聞かれたら見えますよ? お客さんドワーフの女性でしょ? 当たり前じゃありませんか……」
「まあ、そうなんだが。 いや、すまない。 こちらも気が立ってたみたいだ。 助け舟を出してくれたのに、失礼な態度を取ってしまったよ」
「いえ、別に気にしてませんよ」
「では、聴いても良いかな?」
「どうぞ?」
「魔女の居場所を知っていたら教えて欲しいのだが」
「………………」
「………………」
若い男性が指をチョイチョイ動かして近くに寄れと合図している様だ。
マッキーナは危険な香り(良い意味で)を感じながらも、胸をドキドキさせて顔を近付ける。
「ココでは話せないので、俺の仕事が終わるのを待っていてくれませんか?」
「……何か知っていr…んっ!」
男性がマッキーナの小さな口を塞ぐ。
「察してください」
口を塞がれたままのマッキーナは目を丸くして顔だけで頷く。 少しマッキーナの顔が赤らむ。
「解った。 終わるのは何時だ?」
男は何も言わずにコースターに何かを書き綴っている。
「誰に聞かれているか知れないので、こちらの番号にワン切りして下さい。 こちらから連絡を差し上げますんで」
「……承知した」
マッキーナが席を発とうとしたその時、隣の男に肩を掴まれた。 反動で後ろに少し仰け反って、隣の男に寄りかかってしまう。
「おっと! 大胆なお嬢ちゃんだぜ……ちょうど今夜の相手を探していたところだ。 そっちから来たんだから構わないよな?」
「なっ!? おぬし、ボクがな……」
ドカッ!!
マッキーナの眼の前のオッサンが、ライブスペースの観客の方へぶっ飛んた! 観客がざわつき始める。 マッキーナが呆気に取られて飛んで行った方向をみていると、カウンターを乗り越えてオッサンに飛び掛かって行くバーテンが視界に入って来た。
そしてその瞬間、たしかにマッキーナは耳にした。
「今のうちに行け」
爆音の中、聴き逃しそうな小声であったが、マッキーナの耳は確かに捉えていた。
「何しやがんだベノム! お前、アタマおかしーだろ!?」
「うっせ!! いっぺん死ねや!!」
ーーっ!?
彼がベラドンナで聞いていたベノムと言う男性。 状況を察したマッキーナは騒ぎに乗じてスタジオを後にした。
パンゲアの分厚いドアを開けて元の世界へ帰還したマッキーナは大きく深呼吸をする。
「すうぅぅぅぅ……はああああああ!!」
「早かったね! マッキーナ!」
「どうだった!?」
矢継ぎ早に聞いてくる二人を右掌を前に出して制止する。
「だ、ダメ……だった?」
「いや、そうじゃない。 とりあえずココは離れよう。 歩きながら話すが、ベノムと言う男とはちゃんと連絡が取れたから安心するが良い」
「わかった! マッキーナちゃんありがとう!」
「まだ、情報を得られた訳では無いがな。 スタジオ内では話が出来ない状況でな、已む無く連絡先だけ貰って出て来たのだ」
ピコン♪
「それは?」
「ああ、ワン切りしてあちらにボクの電話番号を伝えた。 仕事が終わり次第連絡が入る手筈になっているのだ」
「そっか! 早く終わって欲しいな〜」
「良い男は居た?」
「ぬ? ベノムは存外良い男だったぞ?」
「へえ!? マッキーナちゃんが男を褒めるとか、それはかなり期待出来そうね?」
「まあ、会ったばかりだから、第一印象だけだがな! ……少しドキッとしたぞ」
「へぇ〜?」
「なんだ!? 変な目で見るな! まだそんなんじゃないからな!?」
「へぇ〜? まだねぇ〜?」
「う、うるさい! シロ、行こう!」
「は〜い!」
その頃、倶楽部パンゲアのライブスタジオで起こったイザコザは、少し騒ぎが大きくなっていた。
ベノムはお腹を抑えて
「お、俺は悪くねぇからな!?」
「て、てめぇ……」
「きゃーー!! 血よ!! 誰か、魔警隊呼んで!!」
「そんな事より止血だ! 魔警隊より先に魔救隊を呼べ! すぐにだ!」
マスターと呼ばれていた男は、タオルをベノムの腹部に押し当てて止血を試みている。 ベノムの血色がどんどん色褪せて行く。 ちなみに魔救隊と言うのは異世界における、救急救命士のようなモノであって、マテリアル体、エーテル体、アストラル体と全ての知識を有するエリート魔導医である。
三分ほどすると魔救隊の一人が到着して、すぐに止血、手当にあたる。 そのすぐ後に来た魔警隊はすでに犯人を捕まえていて、現場検証を始めた。
「マスター……俺……」
「喋るな、ベノム。 傷口が開いたら助かるモンも助からなくなるかも知れんだろう」
「ちがっ……う……」
「失血で意識が落ちたみたいですね、病院へ急ぎます」
「ああ、ベノムを宜しくお願いします」
ベノムは魔救隊によって魔導担架に乗せられ、そのまま魔救ドローンによって近くの病院へと運ばれた。
そんな事は露ほども知らず、待ち惚けをくらったマッキーナたちは、街のホテルの一室で燻っていた。
「全然連絡が無いのだが?」
「過大評価し過ぎていたのかしら?」
「ゔゔ〜〜」
「くそっ!ベラドンナを消し炭にしてくれようか?」
「パンゲアの閉店時間は?」
「ふむ……そう言えば……ちょいとネットで確認して…………あっ」
「え?」
「どうかした?」
「倶楽部パンゲアで殺傷事件!?」
「あらやだ! さっきのお店よね?」
「ん〜〜? どうかしたの?」
「さっきの店で起こった喧嘩で、片方がナイフを使って相手を刺したらしいのだ。 恐らくはこの刺された方がベノムやも知れん……ナンテコッタ」
「そんなー! じゃあ、魔女の家はー?」
「まあ、ソレどころじゃないじゃろうな?」
「そう……マッキーナちゃん、どうするの? 明日、病院行ってみる?」
「それは……無関係ではないボクが行くと聴取を、受けそうだが……くぅ!」
「シロが行こうか?」
「いや、こうなったのもボクの責任もある! 明日、病院に行ってちゃんと確認しよう! 聴取ならボクだけで済むだろう!?」
「あらあら、マッキーナちゃん、ベノムさんの事が気になるのかしら?」
「そ! そりゃあ……ボクのせいでこんな事になったのだから……気にならないわけが無いであろう?」
「とにかく、明日はビョーイン行こうね!?」
「ええ、ええ! そうしましょう♪」
「何かひっかかるが、明日は他に仕方もあるまい、病院へ行こう!」
かくして、ひょんなことから三人は病院へ行くことになった。
◆◆◆
時を同じくして街中を歩いていたのはクロであった。
クロは考えていた。
お金が手に入ったのは良い。 しかし、ホテルに泊まるとなるとIC認証が必要となる。 商業ギルドでは登録だけだったが、もしかしたらソレだけでも、足がついているかも知れない。
つまり、ICを使った形跡から、マキナに逆探知されかねないと懸念していた。
しかし、風は吹き荒ぶし辺りは暗くなる一方だ。 野宿出来ない訳では無いが、文明に触れてしまった今、また猫の様な生活に戻るには戸惑いを禁じ得なかった。
「ああ、どうして僕はベノムの申し出を断ってしまったのだろう……後悔しても仕方ないが、後悔しかない!」
僕は頭を抱えながらしばらく街路を歩いていると、広場の噴水に……
ーー1匹のドラゴンがいた!?ーー
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