第44話 ベノム
僕はスキニーパンツのお兄さん、【ベノム】さんに連れられて、グライアイの魔女が住んでいると言う、住居?の前に来ていた。
掘っ立て小屋だ。
それこそミドガルズエンドのスラムにあるようなボロ小屋である。 ガラクタを組み立てた様な外観は、とても護衛の守る様な対象が住んでいるとは想像しがたいモノであった。
カビ臭い、蜘蛛の巣、風にガタガタと音を立てるトタンの様な外壁。 しかし中から老齢の女性を思わせる声が、
「まくれまくれまくれーー!!」
「逃げろ逃げろ逃げろ〜〜!!」
「いや! 差せ! 差すんじゃよ!」
ベノムさんがドア?引き戸をガタガタと動かして開いて行く。 部屋の奥からタバコの煙たい香りと酒臭いアルコールの揮発した匂いが外に流れ出して来た。
「うっ……………」
「さあ、どうぞ?」
「ああ。 ありがとうございます」
僕は足場の無い通路をゴミを踏みながら奥へと進んで行く。 そうだ、
いったい……
魔女ってなんなんだ?
グライアイの魔女ってなんなんだ?
この人たち……
「きったーーーー!!」
「ぬう!! もうっ! また外れたぁ〜」
「予想屋のアンディはもう三連敗じゃ、本当にあてにならんのぉ……」
「お取り込み中すみません! お客様をお連れしました!」
「おう、ベノム! ええところに来た! この配当でまた酒を買ってくれんかのぉ?」
「ああ、良いすけど、交代まで待ってください。 それと聞こえました? お客様をお連れしたんすけど?」
「あん? なんじゃ、もう何も売るもんは無いんじゃが?」
「ペムペム、それは違うじゃろ?」
「では何じゃと言うんじゃ? エニュニュン?」
「それは……何なんじゃろか? デイノン?」
「う〜ん……ベノムくん、説明しとくれ?」
「あの、こちらはクロさんと申しまして……」
「クロです。 御三方はグライアイの魔女とお聞きいたしまして、本日はこちらに訪問させていただきました。 つきましては、こちらをご覧下さい」
テーブルのゴミを押し退けて、グライアイの瞳を置いた。 まあ、瞳そのものだとすれば、現状見える訳では無いのだろうが?
「おおう」
「なんと!?」
「我らが光!? 本物……じゃ!!」
「これをお持ちしました。 モイラ姉妹の啓示を受けまして、貴女方にコレを届けよと、仰せつかりました。 つきましては、ゴルゴンの在り処を教えていただきたく存じます」
慣れない言葉を使うと舌を噛みそうになるな。 とにかくスムーズに話を進めたいが……。
「うむ、確かにコレは本物であるし、神子の話は嘘ではあるまい」
「では、教えていただけるのでしょうか?」
「教えてやってもええが……」
「タダと言うのもなあ……」
「今更瞳が戻っても生活が変わる訳でもあるまいし……」
何だ? このBBAどもは!? 何故上から目線?? 僕が下手に出たからか??
「……では、この瞳はもう要らないと言う事で宜しいですね? ペムペムさん」
「まてまて! そうは言っておらんじゃろ? のお、エニュニュン?」
「そうじゃ、言っておらん! なあ、デイノン?」
「まあ、慌てるでないわ!! ねえ、ベノム?」
「……いったいどう言う事でしょうか? ペムペム婆ちゃん?」
「……どう言う事なんじゃ? エニュニュン?」
「……ん〜、デイノン?」
「なっ!? え? ベノム? 説明してみろ?」
「はあ、……つまり、こうですかね? 人間に奪われた瞳が帰って来たのは善しとしよう。 しかし、今更瞳が帰って来たとて生活が変わるわけでもなし。 何か旨い汁でも吸わせろや、ボケナスが!」
ベノムの言葉のチョイスが意味不明だが、要約すると確かにそう感じた。 そして、鬱陶しいな、この回転ルーレット!!
「……まあ、そう言う事じゃな?」
「旨い汁ですか……食材ありますか?」
「ない」
「……そうですか」
「ないし、そんな意味ではないのじゃがの?」
「では、どうしろと?」
「つまり、魚心あれば水心と言うじゃろう?」
「はあ……つまりどう言うことですか?」
「我々は今、競ドラにハマっておるのじゃ!」
「はあ……競ドラとは?」
「ベノム?」
「はあ、んと、競ドラと言うのはですねぇ。 まあ、婆ちゃんたちで言うなら飛竜ですが、飛竜に騎手が乗って競う公営競技っす。 簡単に言うとギャンブルです。 婆ちゃんたちはその軍資金が欲しいと言っているのだと思います」
なんて……強欲で自分勝手なBBAたちだ!
まあしかし、確かに彼女たちにこの瞳は、もうそんなに価値の無いものなのかも知れない。 何故なら帝国に奪われて、返って来なかったかも知れない訳なのだから。
そして、現在に至るまで大して不自由なく暮らせているのだとすれば、僕がただゴルゴンの所在の情報を、聞き出しに来たに過ぎないのだから。
「競ドラ……ですか。 つまるところ、いくら提供すれば教えていただけますか?」
「そうじゃな……いくらだ? ペムペム?」
「うむ、いくらじゃ? エニュニュン?」
「いくらぐらいが良いかの? デイノン?」
「ほれ、お前の出番じゃ、ベノム!」
「はあ、ここは思い切って百万プスと言うのは如何でしょう?」
「「「なっ!?」」」
「いや、さすがにそんなには……出せるのか?」
「いくらか聞いておいて何ですが、実は今、手持ちがないのです。 金銭以外ではダメでしょうか?」
「そうか……それは……残念じゃな」
「期待外れじゃな……」
「まあ、あたしゃ競ドラ場に連れてってくれたら嬉しいがのお?」
「「なぬ!?」」
「だってそうじゃろ? せっかく眼が返って来たのじゃ、久しく見ていないレースが見れるのじゃぞ?」
「それは……」
「良いのぉ……!?」
「競ドラ場……ですか? それは何処にあるのでしょうか?」
「おおう。 まさか本当に連れてってくれるのか!?」
「本当に!?」
「競ドラ場へ!?」
「いや、その前にその競ドラ場と言うのは何処にあるんですか?? ……あ、ベノムさん、ご存知ですか?」
「え? あ、ああ、ここからエーリヴァーガル川を源流まで遡った先のフヴェルゲルミルの泉、そこにあります」
「そうですか……少し時間をいただけますか? どうするか考えます。 何せ手持ちがありませんし、御三方を運ぶ手段も考えなくてはなりません」
「魔導カーゴならありますが……しかし、その魔導カーゴは古い型なので非常に燃費が悪く、三人を乗せて運ぶとなるとそれなりの魔力が必要となります。 俺の魔力でも数キロメートルが限界ですね」
「魔導……カーゴですか……? 一度拝見させていただいても構いませんか?」
「良いですよ? 表に出て家の裏側へ回ってください」
「わかった」
部屋のゴミを掻き分け、蹴飛ばしながら玄関を出て、家の裏側にあると言う納屋にむかう。 もはや、母屋も納屋も外観は全く変わらない様に見えるが、口には出さない。
納屋の建付けの悪い大きなトビラを開けると……。
「な……なんだ、この
そこには三人掛けの後部座席が付いた大型の三輪バギーが鎮座していた。 牛でも轢いて殺せそうなデカいタイヤが三本。 ムダに長くてデカいマフラー、運転シートにも背もたれ!?
動力は何なんだ? まさかガソリンではあるまい?
「
「え……蒸気……なんですか?」
「はい、ですからとても効率良く?魔力を浪費するんすよ」
「へえ……」
「でもまあ、今日はもうレースもありませんので、明日以降になると思いますよ?」
「へえ……」
「とりあえず部屋に戻りますか?」
「いや……明日出直して来ます」
「そうすか。 それじゃあ、今日は俺の弟分がご迷惑をおかけしました。 また、婆さまたちの大切な瞳を届けていただいて、ありがとうございました。 何か困った事があったら、俺、相談に乗りますんで」
「あ、ああ、宜しく頼む」
ブタ、トリ、イモは家に帰らせたし、BBAを競ドラ場へ届けるのは明日だ。 今晩何処かで寝泊まりしないといけないが……BBAの家は御免被りたいし、デバイスがないのでお金も使えない。 魔物の素材を換金するしかないか?
「ところで、何処かで宿をとりたいのだが、さっき話した通り手持ちの金が無い。 どこかで魔物の素材を換金したいのだが、ナーストレンドの街に行けば商業ギルドはあるよな?」
「はあ、ありますが……俺の部屋で良ければ泊まって行きます?」
「いや、これ以上は迷惑かけたくないので、何処かで宿泊しようと思う」
「わかりました。 俺、もう少ししたら護衛を交代するので、それまで待ってもらえれば案内するっす」
「……本当にベノムさん、お優しいんですね?」
「え? いえ、俺なんて全然っすよ」
僕はベノムさんの交代の時間まで待つことにして、小屋の入口まで移動した。 護衛が出来れば小屋の中でも良いらしいが、やはり散らかっていて場所がないのと、とにかく臭いのとで玄関辺りで立哨と言うのが定位置らしい。
待っている間、少しベノムさんと話をしたのだが、グライアイ三姉妹はニヴルヘル冥国の国定魔女だそうで、かなり権威があるそうだ。
しかし、彼女らの有する唯一の瞳が奪われ、ゴルゴンも奪われて、帝国がマジックキャンセラーを開発したがために、魔女としての価値も今は落ち目らしい。
以前は公爵家の住むような大きな舘で暮らしていたそうだが、仕事がなくなり、ギャンブル狂いが加速して資産を食いつぶし、今に至るのだそうな。
バギーが売却されずに残っているのは、古くて魔力消費が大きく燃費が悪いので、買い手がつかないだけなのだとか。
ベノムは彼の父親が護衛を務めていた頃からの付き合いだそうで、夜の仕事をしながら昼は彼女たちの面倒を見ているらしい。 夜は交代で彼の祖父が来るのだそうだ。
「おうベノム、遅くなってスマン。 少し道に迷ったみたいで、遅れてしもうたわ」
交代の時間になって現れたベノムの祖父は、グライアイ三姉妹ほどではないが、齢を重ねた老齢の騎士を思わせる風貌だ。 軽装ではあるが、ちゃんと武装もしており、これから警備に立つのだと一見して判る。 しかし、手や脚が少し震えているみたいで、装備がガチャガチャと音を立てている。
「ガンツ爺ちゃん、そろそろ引退も考えた方が良くね?」
「まあ、ワシもこの歳になるとすることもないからの。 死ぬまではここのババアどもの面倒くらいみるわ。 オマエは自分のやりたい事をすればええで」
「爺ちゃん、すまねぇな。 じゃあ、この人を街に案内して、婆ちゃんたちに頼まれた酒を買って一度戻って来る」
「ああ、酒ならどうせ要るだろうと思って買って来ておる。 オマエはそのまま夜の仕事に精出すがええで」
「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうよ。 じゃ、無理すんなよ、爺ちゃん?」
「ああ、任せておけ」
ベノムはガンツ爺さんと交代すると街への先導をしてくれる。 本当に……なんでこの格好と名前ベノム?
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